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七章 動乱の元霊祭

第67話 婚約の証

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 「――以上が、今日俺がノーミオ家で土の大精霊エレメントから得た情報です」

 あの後俺はすぐにウンディーノ家の迎えで本邸へ赴き、リギスティアさんに今日の報告をしていた。大精霊から聞いた話と学長との会話を一通り伝えると、彼女はしばらく考え込む仕草を見せる。

 「そうですか……記憶を継承した敵は、ノーミオ家の者である可能性が高い。そして十年以上前に既に継承した者がいるか、或いは一人だけか、と。私の意見もリオさんと同じです。楽観はできません」

 「怪しい人に、心当たりはあるんですか?」

 「ノーミオ家となれば、何人か。フィロンテ殿は何と仰っていましたか?」

 「学長は昔から変わらないけど、兄ディルク達は昔の方が優しかったと。ただ、彼女は立場上そう接する者が多かったと考えられます」

 「そうですね。あの家は内政から巫女を切り離すのが伝統ですから。しかし内政官長が怪しくないとは言えません。引き続き監視をさせます」

 リギスティアさんは俺と概ね同じ考えだ。これでノーミオ家が黒である証拠がまた一つ揃ったと言う。

 「ですが、今回の話でヴィオテラはその候補から外れたと私は考えます。彼女は自分の意思であのように振舞っているのでしょう」

 「学長がですか?」

 「ええ。まず記録が残っているという十年前の継承はヴィオではないでしょう。彼女が巫女だったのはもっと前です。その継承がどのような条件で起こるのかは不明ですが、タイミングが合いません」

 「では学長が巫女だった時は?」

 「ノーミオ家の先々代の巫女は私も殆ど知りません。ヴィオが巫女となったのはもう四十年近く前ですね。そして彼女が巫女を退いたのは二十年ほど前。その間という可能性はあります」

 そんなに前の話なのか。四十年前って言ったら俺どころか母さんも生まれていないな。

 「しかし昔の彼女は、というかノーミオ家自体がかなりの穏健派でした。当時の各家の当主は皆、王政を覆した時を知っています。争う事を是としなかったのです」

 「昔の学長も、同じように考えていたんですか?」

 「ええ。彼女が変わったのは、ドラヴィドとの戦争があってからです。この頃からノーミオ家に戦争推進派が現れたのですが、その数が急激に増えたのは十年ほど前。今日の話と重なりましたね。私も納得がいきました」

 「なるほど……もし学長が敵の記憶を持っていたなら、もっと早くから戦争推進派が増えていたはずって事ですね。それに巫女自身が大精霊を破壊する目的を持っていたんだとしたら、やり方は他にあるはずですし……」

 「そうです。敵の記憶を継承した者が他にいるとしたら、もっと別の場所にいると考えます。それはまだ見当も付きませんが」

 他の所に潜伏しているか、或いは本当にいないのか。分からないな。でも一人だけ気になる人物がいるから聞いてみるか。答えは出ないだろうが。

 「……俺の父親は、その可能性がありますか?」

 「それは……調査中、いえ、捜索中です」

 「見つかってないんですね。そんな人がここにいたら分かりますよ。母さんの口止めに合わせてかは知りませんけど、母さんが極東に戻る前か同じ頃にいなくなったんですよね?」

 「詳しくはお答えできません。ですが、概ねその通りです」

 小さく溜息を吐く。こんなに頑なに秘密を守らせるなんて、母さんはいったいこの国で何をしたんだろう。というかリギスティアさん自身も俺に話すのを躊躇っているのだ。聞きたいような聞きたくないような気もしてくる。

 「母さんは……この国と巫女家を、利用しようとしています。目的はたぶん大精霊。母さんにどんな恩義があるのかは知りませんが、ノーミオ家のようには利用されないで下さい」

 「大丈夫です、リオさん。私も過去の恩と今の状況を混同するような真似はしません」

 彼女の力強い瞳は信頼できる。失言だと咎められてもおかしくない俺の発言にすら頷いてくれたのだ。しかし俺は更に確かめたい事があった。俺がこの場にいる事にも繋がる、一連の出来事のキーマンだ。

 「分かりました、それともう一ついいですか?」

 「どうぞ。答えられる範囲なら」

 「極東軍の元外交官、ミゲル・キリシマとの面会をさせて下さい。彼にいくつか聞きたい事があります」

 「彼の身柄はシルフィオ家が管轄しているので、すぐに私から許可は出せません。向こうに伝えておきます」

 「ありがとうございます。じゃあ報告は以上ですね。また何かあったら連絡します」

 すんなりと受け入れられ、この話は終わりとなった。

 「はい。突然の呼び出しに応じて下さり感謝します。こちらからも進展があればお伝えします。ところで話は変わりますが、頼まれていたものが準備できました。近いうちにこちらの店に行って下さい」

 リギスティアさんはそう言いながら一枚の紙を示した。何かの依頼書のようなものに、住所と店名が書いてある。宝飾店だ。準備と言うとお金だけかと思ったが、店の方まで用意してくれたみたいだ。

 「国内で一番の宝飾工務店です。オーダーメイドも取り扱っています。明日にでもいかがでしょうか?」

 「えーと、ちなみに予算は?」

 「下の方に書いてあります。勿論リオさんの給金から出ますし、足りなければ貸し付けますが」

 どうやらこの紙は、高額な後払いで付けるための依頼書らしい。ゼロが沢山並んだ数字を数えてみるが……

 「いちじゅうひゃくせん…………へっ?」

 え? マジ?

 「えっ……あの、これ、マジですか?」

 「ええ。次期当主と次期巫女の婚約としては妥当かと」

 「いやいやいやいや、え、ちょっと待って下さい、俺の給料ってどうなってるんですか!?」

 「ひと月あたり、その額の三割ほどです。無論、働き具合による特別支給は抜いた基本給ですよ」

 まあ正式な契約はしてませんから概算ですけどね、というリギスティアさんの呟きは俺の耳に入らなかった。だってこれ……ちょっと前に酔っ払ったソージア先生から聞いた、彼女の給料の十倍は下らないじゃないか! 俺の給料、先生の三倍かよ! ていうか給料三ヶ月分って考えは極東と一緒なんだな。いやそれどころじゃないけど!

 「公務とはそういうものですよ。以前にも言いましたが、貴方にそれくらい出しておかないと下の者に示しが付きません。受け取って下さい。そしてこういった時に使うものです」

 「わ、分かりました……」

 いきなり目の前に並んだデカい数字に庶民脳が追いつかない。なんかもう、さっきまでの悩みとか吹き飛ばされた気分だ。これで話は本当に終わりなようで、未だ混乱する頭を夜風に冷やしながら、俺は家に帰るのだった。



 本邸からの送迎で帰宅する頃には夜遅く、最近ようやく見慣れた家が目に入ったら安堵の溜息が出た。

 「あ、おかえりお兄ぃ! どうだった?」

 「お帰りなさいませリオ様。すぐに食事の支度をして参ります」

 「ただいまヒナ、ソフィーさん。もうお腹ペコペコなのでお願いします」

 出迎えた二人に挨拶し、窮屈な礼服の上着を脱ぐ。暖炉が灯された室内は暖かい。もうすぐ冬だな。

 「ねーねー、今日のはどうだったの?」

 「イレアにも一緒に話すよ。呼んできてくれ」

 「あ、お姉ちゃんさっきお風呂入っちゃったから。言っておくね」

 「急かさなくていいぞ。俺も夕飯あるし」

 そんな会話をしつつ、俺が遅めの夕食を食べ終えるのとイレアが風呂を上がったのはほぼ同時だった。話を待ちきれない様子のイレアは、まだ濡れた髪をタオルでパタパタと拭きながら席に着いた。

 「よし、じゃあ話すぞ――」

 土の大精霊から得た情報と、リギスティアさんの考えをなるべく丁寧に話す。二人にも考えて欲しいからだ。

 「――って感じだ。どうだ?」

 「うーん、どうって言われても……」

 「私はお婆様に賛成かな。どう考えてもノーミオ家の中に敵が少なくとも一人はいると思うけど、それが学長だったらもっと直接的な動きがあると思うし」

 ヒナは考え中、イレアは賛成のようだ。もちろん反対意見が出るとは思っていないが、ヒナは何か引っ掛かるらしい。

 「待ってお兄ぃ。おばあちゃんはさ、わたし達のお父さんは見つかってないって言ったんだよね?」

 「ん? ああ、捜索中って言われたな。いくら母さんが父さんの事を俺達に秘密にしているとは言っても、ウンディーノ家が完全に人一人を隠すってのは考えにくいし。失踪した、じゃなくてわざわざ捜索中って言ったんだから本当に見つかってないんだと思う。母さんと一緒に極東に行ったか、もしくは国内のどこかにいるか……或いはもう生きてないかもしれない」

 正直、俺としては最後に言った事が本心だ。母さんの極度の秘密主義、そして極東軍の何らかの作戦が関わっているのなら、情報の封鎖のために人が消されていてもおかしくない。リギスティアさんも、そう思ってこそ俺達に隠しているのかもしれないし。

 「うーん……なんか引っ掛かる……ごめん、ちょっと考えさせて。あとミゲルおじさんの所行く時はわたしも連れてってね」

 「分かった。まあゆっくり考えてくれ」

 話も終わったし、俺も風呂に入ろうと席を立った時。もう一つこの場で言うべき事があったと思い直した。ヒナもいるけど、誘うなら今しかないな。

 「そうだイレア、明日って空いてるか?」

 「明日? 特に予定はないけど」

 ヒナはすぐに俺が何を言いたいのか察したみたいだ。恥ずかしいからこっち見んなって。

 「じゃあさ、その……買い物、行かないか?」

 「うん、分かった」

 あれ? なんか思ったよりアッサリ承諾されたんだけど? そう思った時、すかさずヒナがツッコミを入れた。

 「お兄ぃー、それ全然伝わってないよー。お姉ちゃん鈍感なんだからハッキリ言ってあげなきゃ」

 「? えっ、私、なんかあった?」

 頭にハテナマークを浮かべるイレアはやはり分かってないみたいだ。まあこんな言い方した俺が悪いか。

 「いや、うん、そうだよな……イレア。明日、前に言ってた婚約記念のやつ、買いに行こう。できれば一日じっくり考えて決めたい」

 指輪という単語を出さなかったのは、まだ未定なのもあるが若干恥ずかしさがあったからだ。しかしようやく理解したイレアも、その内容と気付かなかった事で二重に顔を赤らめる。

 「か、買い物ってそれの事……うん、分かった、行こう。場所は決まってるの?」

 「ああ。リギスティアさんに頼んだら紹介してくれたよ。じゃあどれくらい時間かかるか分からないし、十時くらいには出ようか」

 「お昼もどこかで食べるの?」

 「そこまでは決めてないけど、折角だしそうしようか」

 「えー、いいなー。わたしも行きたーい」

 置いてけぼりにされたヒナがそう呟いた時。

 「ヒナちゃん」

 真剣な、ともすれば鋭いくらいの眼差しでイレアがヒナの名を呼んだ。驚いて振り向く俺とヒナだが、イレアはそれ以上に自分が声をあげた事に驚いているようだった。

 「あ、えっと、その……また今度どっか行こう?」

 「……お邪魔しました~」

 優しく言ったイレアだったが、バツが悪そうに畏縮してしまったヒナは小さい声でそう言って、風呂場に引っ込んだ。俺が先に入ろうと思ってたけど、まあ今は譲ろう。

 「……じゃあ、また明日ね。おやすみリオ」

 「お、おう。おやすみ、イレア」

 そしてイレアもまた逃げるように自室へと向かってしまった。珍しいものが見れたのと、イレアが俺と二人で選ぶ事を考えてくれた嬉しさで、なんだか呆然としてしまった。一瞬イレアを怖いと思ったのは内緒だ。
 その後、風呂から出たヒナもまた逃げるように自室に籠り、残された俺は明日の予定を考えながら少し冷めた湯舟に浸かるのだった。


■□■□


 翌日。移動手段を全く考えていなかった事に朝一番に気付いて慌てたが、昨日の俺達の会話を聞いていたソフィーさんが気を利かせて馬車を手配してくれたらしい。頭が上がらないな。

 「それではいってらっしゃいませ、リオ様、イレア様」

 「いってらっしゃーい。帰ってきたら見せてね」

 いつも通りのソフィーさんと寝起きで気怠げなヒナに見送られ、俺とイレアは出発した。思えばこうやって二人だけでどこかに出掛けるのは久しぶりだな。夏休み以来だろうか。

 「「行ってきます」」

 揃って玄関を出た俺達は御者に挨拶し、街へと向かった。



 「イレアはさ、どういうのが欲しいとかある?」

 「実は全然考えてなくて……指輪とか? ペンダントとかも考えたけど、ちょっと違うかなって」

 「俺も似たようなもんだな。行ってから考えるか」

 カタカタと舗装された道を進む馬車の中でそんな会話をする。イレアが俺と同じくらいの意識の低さでちょっと安心したな。そんな彼女の今日の装いは、丈の長いベージュのスカートに長袖の黒いニットを合わせた秋らしい格好だ。対する俺もブラウンのロングシャツに黒のパンツと、示し合わせたような服装になってしまった。まさか合わせた訳ではあるまい。

 「そうだ、お昼何食べたい?」

 「うーん、それなら――」

 他愛も無い話をしながら、まだ少し肌寒い休日の朝を馬車は進んで行った。



 「お待ちしておりました、イレアーダス・ウンディーノ様、ミヅカ・リオ様。当店をお選び頂きありがとうございます。お二人のご希望に沿えるよう、ご案内させて頂きます」

 本邸の使用人達よりも丁寧な挨拶で出迎えられた宝飾店は、内装もこれまた国内一の名に恥じぬ美麗さだった。

 「婚約の記念に買おうと思って来たんですけど、まだ殆ど何も決めてなくて……」

 「お話は伺っております。まずはどのようなものにするかお決め頂きますので、いくつかご紹介致します」

 「お、お願いします」

 流石リギスティアさん、一から十まで手が回されているようだ。店員はショーケースの方に向かいながら説明を始めた。

 「まず代表的なものですと、指輪ですね。婚約指輪は華美な装飾をあしらったものから日常的に身に付けられるシンプルなものまで取り揃えております。お二人はご婚約からご結婚まで長い期間があると思いますので、後者のものがお勧めかと。もちろんオーダーメイドも承ります」

 ガラスケースの中には大きなダイヤモンドが飾られた豪華なものから、非常にシンプルなシルバーのリングまで様々な指輪が並んでいる。今まで全く縁が無かったが、こうして目の前にすると色々種類があって興味が湧く。横のイレアはやはり女の子だからか、光を放つ指輪をうっとりとその目に映している。

 「次にご希望される方が多いのが、ネックレスやロケット付きのペンダントです。刻印などの融通が利きやすく、また日常的にも服の下に身に付けやすい事から近年お若い方々の間で流行しております。難点としては、お手入れが指輪よりもやや手間がかかる事です」

 「指輪と比べてどう?」

 「激しく動いた時にちょっと邪魔になっちゃうかもね。引っ掛かると危ないし」

 イレアはそこまで拘りは無いようで、実利的な意見を返された。確かに、戦う時まで身に付けるとなるとネックレスとかは危ないかもな。すると、店員は少し違った提案をしてきた。

 「お二人は精霊術を使う機会が多いと存じ上げます。記念品の趣旨からは外れてしまいますが、精霊術の力を込めたアクセサリーなどは如何でしょうか?」

 「そんなのもあるんですか?」

 「はい。当店は工務店も兼ねておりますので。まだ試作段階のものも多いのですが、例えばこれは……」

 そう言ってケースの中から鈍色の指輪を取り出す。彼はそれを指に嵌めると、エネルギーを込めた。すると。

 「おお、光った」

 「へえ、火の精霊術ね。こんなに小さいのに記録できるの?」

 「こちら、最新の特殊な技法を用いていまして。術式を完全に記録するタイプでありながら、発動の度に術式を再記録する仕組みになっております。これにより、小型でありながら半永久的な術式の保持が可能なのです。負荷の高いものは扱えないという欠点はございますが」

 誇らしげな店員の説明に、俺とイレアも興味を唆られた。ただ、光るだけの指輪はあまり実用的じゃないな。そう思っていると店員は更に提案をしてきた。

 「そうしましたら、こちらのものは如何でしょうか?」



 「思ったより早く決まったな」

 「あはは、私もリオもあんまりこういうの興味ないからね」

 店員が最後に出したものに俺達は即決し、その場で指のサイズを測った。しばらく時間をおいてから来て欲しいと言われたので、近くにあるレストランでランチを食べている。

 「でも良かったのか? もう少し見ておかなくて」

 「うーん、『こういうのは直感で選んだ方が良い』ってヒナちゃんも言ってたし、ホムラ先生にも『あんまり悩んでも結局最初の方に見たやつに決まる』って言われたし」

 どうやらイレアは周りにも相談していたみたいだ。あんまり悩んでいないようでいて、ちゃんと考えてはいたんだな。こういう時に意外とイレアの方が考えているのはいつもの事な気がする。
 それからしばらく食事を楽しみ、レストランを出ようという頃合いになった。時計を見ると、予定の時間には遠い。

 「食べ終わったけどまだ時間あるし、しばらく散歩でもするか?」

 「そうね。じゃあ……リオ、案内して?」

 先に立った俺に手を差し伸べるイレア。最近のイレアは、自分の役回りを理解してこういう事をよくするようになったな。曲がりなりにも自分の立場を分かっているお嬢様だ。これから指輪が嵌められるであろうその手を取り、俺は彼女をエスコートするのだった。
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