48 / 97
第五章
5-2
しおりを挟む
ため息をついて、ウォーレンがぱっとアイルの手から紙を取り上げる。
「あ!」
「アイル様。前にも散々説明いたしましたが、フィルは狼になどなりません。わかったら今すぐ席について、勉強を再開してください」
相変わらずのスパルタだ。高い位置に掲げられた紙を、アイルはぴょんぴょんとジャンプして取り返そうとする。
「もーう! 返してよー! 僕、それ上手に描けたのにー!」
「だったらまずはきちんと勉強なさってください。お絵かきはその後です」
「ぶー! ウォーレンのケチ! じゃあ僕、今度はクラウスが狼さんになった絵を描くもんね!」
取り上げられた紙を諦めて、アイルは新たな紙とペンを手に持った。
「ア、アイル様っ!」
途端に、ウォーレンが慌てたようにアイルからペンを没収する。
「あー! 取らないでよー!」
キーッと、癇癪を起こす寸前の口調でアイルが言った。
「いいえ。そんな悪いことばかりするなら、もうペンを使ってはなりません」
「僕悪いことしてないもん! クラウスが狼さんになった絵を描くだけだもん!」
「だからそれがっ――」
珍しく歯切れの悪いウォーレンに、フィルはことりと首を傾げた。何やら、ウォーレンの顔が赤く染まり上がっている。
――ウォーレン……?
ややあって、はっとしたようにウォーレンが口を開いた。
「とにかく、クラウスもフィルも狼になどなりません! そのように描かれる本人が傷ついたり、嫌な気持ちになったりする絵は描いてはならないのです。わかりましたね?」
さすがは家庭教師、親切丁寧な説明だ。
ちなみに例の口論があった翌日、ウォーレンは顔を合わせるなり一番に「昨日は言いすぎて悪かった」と謝罪してきた。そのことに関してはフィル自身も多分に非があったことを自覚していたため、こちらからも同じく謝罪することによって平和的解決がなされた。
いってももう、両者いい年をした大人なのだ。たかだか一回の口論をきっかけに、その後しつこく険悪な関係を続けるほど子どもではない。
むぅと、この館で唯一精神年齢がお子様並みのアイルが頬を膨らませる。逡巡の後、しゅんと眉尻を下げてこちらを見上げてきた。
「フィルは僕が狼さんの絵を描いて、傷ついちゃったの?」
「え?」
ぽかんとして、フィルは返答に迷う。しょんぼりとした表情を浮かべるアイルに悪気がなかったことは明白で、だったらと、静かに首を横に振った。
「いいえ、アイル様。私は傷ついてなどおりませんよ」
すっと目を細めて微笑みかけると、アイルは「ほんとに⁉」と嬉しそうな声を上げる。
「おいフィル――」
「ウォーレン。よろしければ、その絵をアイル様に返してあげていただけませんか。もちろん、このあとはしっかり勉強するという約束つきで」
「し、しかしだな……っ」
食い下がるウォーレンへと、フィルは苦笑した。
「ご安心を。私は本当に気にしておりませんので。……しかしアイル様」
振り返って、フィルはアイルの目をじっと見る。
「ウォーレンの言う通り、人によってはそれを嬉しくないと感じることがあるのも事実です。ですからクラウスの絵に関しては、もう少し別のものを描いて差し上げてくださいね」
もちろんしっかり勉強したあとで、と再度念を押すと、アイルは「わかったー!」と元気よく返事をした。
ウォーレンはしぶしぶ、アイルにペンと絵を返してあげる。
「あ!」
「アイル様。前にも散々説明いたしましたが、フィルは狼になどなりません。わかったら今すぐ席について、勉強を再開してください」
相変わらずのスパルタだ。高い位置に掲げられた紙を、アイルはぴょんぴょんとジャンプして取り返そうとする。
「もーう! 返してよー! 僕、それ上手に描けたのにー!」
「だったらまずはきちんと勉強なさってください。お絵かきはその後です」
「ぶー! ウォーレンのケチ! じゃあ僕、今度はクラウスが狼さんになった絵を描くもんね!」
取り上げられた紙を諦めて、アイルは新たな紙とペンを手に持った。
「ア、アイル様っ!」
途端に、ウォーレンが慌てたようにアイルからペンを没収する。
「あー! 取らないでよー!」
キーッと、癇癪を起こす寸前の口調でアイルが言った。
「いいえ。そんな悪いことばかりするなら、もうペンを使ってはなりません」
「僕悪いことしてないもん! クラウスが狼さんになった絵を描くだけだもん!」
「だからそれがっ――」
珍しく歯切れの悪いウォーレンに、フィルはことりと首を傾げた。何やら、ウォーレンの顔が赤く染まり上がっている。
――ウォーレン……?
ややあって、はっとしたようにウォーレンが口を開いた。
「とにかく、クラウスもフィルも狼になどなりません! そのように描かれる本人が傷ついたり、嫌な気持ちになったりする絵は描いてはならないのです。わかりましたね?」
さすがは家庭教師、親切丁寧な説明だ。
ちなみに例の口論があった翌日、ウォーレンは顔を合わせるなり一番に「昨日は言いすぎて悪かった」と謝罪してきた。そのことに関してはフィル自身も多分に非があったことを自覚していたため、こちらからも同じく謝罪することによって平和的解決がなされた。
いってももう、両者いい年をした大人なのだ。たかだか一回の口論をきっかけに、その後しつこく険悪な関係を続けるほど子どもではない。
むぅと、この館で唯一精神年齢がお子様並みのアイルが頬を膨らませる。逡巡の後、しゅんと眉尻を下げてこちらを見上げてきた。
「フィルは僕が狼さんの絵を描いて、傷ついちゃったの?」
「え?」
ぽかんとして、フィルは返答に迷う。しょんぼりとした表情を浮かべるアイルに悪気がなかったことは明白で、だったらと、静かに首を横に振った。
「いいえ、アイル様。私は傷ついてなどおりませんよ」
すっと目を細めて微笑みかけると、アイルは「ほんとに⁉」と嬉しそうな声を上げる。
「おいフィル――」
「ウォーレン。よろしければ、その絵をアイル様に返してあげていただけませんか。もちろん、このあとはしっかり勉強するという約束つきで」
「し、しかしだな……っ」
食い下がるウォーレンへと、フィルは苦笑した。
「ご安心を。私は本当に気にしておりませんので。……しかしアイル様」
振り返って、フィルはアイルの目をじっと見る。
「ウォーレンの言う通り、人によってはそれを嬉しくないと感じることがあるのも事実です。ですからクラウスの絵に関しては、もう少し別のものを描いて差し上げてくださいね」
もちろんしっかり勉強したあとで、と再度念を押すと、アイルは「わかったー!」と元気よく返事をした。
ウォーレンはしぶしぶ、アイルにペンと絵を返してあげる。
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる