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第二章

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にこにこと無邪気な笑みを浮かべて、リースはまた手に持ったぶどうへと向き直る。さながらお猿さんのように房ごとかぶりつこうとしたそのとき、一粒の実がコロンと床に転がり落ちてしまった。

「あ!」
「あ……」

 同時に声を発して、リースとフィルは転がったぶどうへと目を向ける。

「大丈夫ですか、坊ちゃま。私が拾いま――」
「取ったー!」

 フィルが身を屈めるよりも早く、そう言ってリースが落ちたぶどうを拾い上げた。

「っ、坊ちゃま……! そのようなことは私にお任せくだ――坊ちゃま⁉」
「食べたー!」

 床に落ちたぶどうをパクッと口の中に入れて愉快そうに笑うリースを見て、フィルは気が遠くなった。

「ぼ、坊ちゃま……」

 呆然とするフィルをよそに、リースは食べかけのクロワッサンを手に取って、べっちょりとジャムを塗りつける。ぼとりと、白色のネグリジェにジャムが垂れ落ちたのにも気づかず、頬いっぱいにクロワッサンを頬張った。

「……」

 フィルはもう、何も言えなかった。ただただ信じられない気持ちで、変わり果てたリースの姿を凝視する。

 ――これが、あの気品と聡明さに満ち溢れたリース様……?

 本当は頭を打ったのは自分で、今見ているのは幻覚か何かなのではと疑いたくなった。リースの乗った馬車が崖から落ちたというショックで、自分は頭がおかしくなっているのかもしれない。

「はぁ~、お腹いーっぱい! 美味しかった!」

 最終的には手も口の周りも服もベチョベチョにして、リースは満足気に両手でお腹を擦った。血のように真っ赤なイチゴジャムがネグリジェに染みて、ひどい有様である。

「坊ちゃま、ネグリジェがお汚れになっております。お着替えいたしましょう」

 提案に、リースは瞳を輝かせた。

「僕、お着替えするー!」
「ええ。少々お待ちくださいませ、坊ちゃま。替えのお洋服をご用意いたします」

 部屋の隅に設置された衣装ダンスに手をかけて、フィルはコーディネートを考える。

 ――青……いや、黒がいいか……。

「坊ちゃま、チュニックは何色になさいますか。私といたしましては、このあたりの色がよろしいかと思うのですが……」

 両手に持った服を見比べつつ、フィルは背後へと振り返る。こういうとき、リースは大抵どっちでもいいと答えるのだが――
 バタン、と扉の開閉する音を聞いて、フィルははっと肩を揺らした。

「坊ちゃま?」

 視線を向けた先、さっきまでリースがいたはずの場所がもぬけの殻となっていることに気づいてぎょっとする。どういうことか、脱ぎちらかされた服だけがその場に残っていた。
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