積雪の恋

貧乏神の右手

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4話

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「おまたせしてすみません」
 
 駅を出たところで待っていると、三ツ谷さんが足早に駆け寄ってきた。待ち合わせには早い。

 僕は寒さで冷えた手をポケットから出して、小さく手を挙げた。

「ううん。あまり待ってないし大丈夫だよ」
「それなら安心しました。ありがとうございます」

 今日は札幌にある商業施設に行く予定だ。普段は映画観賞やショッピングで来ることが多いけれど、今回は冬から飾り付けられたクリスマスツリーを見たいらしい。
 
「違ったら申し訳ないんだけどさ、もしかして普段よりおしゃれに気を使ってたりする?」
「え、気づいてくれたんですね。嬉しいな」

 着ているコートもバッグもいつもとは違ってフォーマルなものを選んでいた。キャンパスに居るとどうしても学生として見てしまうけれど、今は一人の大人な女性として意識してしまっている自分が居た。
 
 なんというか、気持ち悪い話、艶がある。クリスマスの雰囲気にあてられたのかもしれない。

「それで、本当にいいの。今日の予定任せちゃって」
「もちろんです。私にまかせてください」

 どうにも緊張しているようだけれど、本人がそうしたいなら何も口を出すまい。僕も人のプランに文句を言えるほど偉くはないし。

 立ち話をしていては体が冷えるだけなので、僕らは早速ツリーが見られる施設へと足を向けた。
 
 やや日が落ち始めてきた。冬空はすぐに暗くなってしまう。この分だと帰る頃には綺麗な装飾を見ることが出来そうだ。
 建物の中に入れば、入り口付近は人だかりになっていた。おそらくここで待ち合わせをしている人もいるのだろう。二人横並びで歩くのもやっとだった。

「先日伝えたように、今日はおいしい洋食を食べられるレストランを予約しました。ただ、まだ少し時間に余裕があるみたいなので見て回ってもいいでしょうか」
「もちろん。ここあんまり来たことなかったから、僕も見て回りたいなと思ってたんだよね」

 よし、と胸の前で小さくガッツポーズを取っていた。こうやって時々出る小さい仕草がまた面白い。

「あ、いま笑った?」
「いやまあ、笑ったけど」
「馬鹿にしては……」
「ないね」
「よかった」
「でも、小さい子がおバカなことしてると微笑ましい意味で笑っちゃうでしょ。それと似た感じ」
「子ども扱いしてますか?」
「違うよ。まあ、その、可愛らしいなとかそんな感じ」

 三ツ谷さんの表情は見えなかった。

「照れますので、人前ではおやめください」
「うんごめん。僕も今かなり恥ずかしい」

 しばらく色々なところを見て回った。洋服屋さんやおいしそうな和菓子のお店に目を輝かせる姿は新鮮で、普段の楚々な振る舞いとのギャップがある。

 話してみると、三ツ谷さんは思いのほか庶民的な感覚を持っていることがわかった。どこか彼女をお嬢様のように見ている節があったので、これまた魅力的に感じた。

 予約したレストランはさすがクリスマスというだけあってかなり混んでいた。大衆向けらしく、民家に連なる食堂のような印象を覚えた。家族で来ている方もいたので、程よく賑わいがあった。

 食べ終えてお店を出れば外はすっかり暗くなっていて、ツリーの前は人で埋まっていた。

「コース料理の出るお店も考えましたが、背伸びしすぎている気もしたので、雰囲気の良いあそこを選んでみました。好みに合いましたか」
「洋食大好きなんだよ。だから、ありがとうと言いたいくらい。めちゃくちゃおいしかった」

 実際、食事中にも言ったけれど、メインからデザートまでつい笑ってしまうほどおいしかった。大満足だ。

「それに、それだけ考えてくれたことが嬉しい」
「本当によかった……」

 ほっと胸を撫で下ろす。やや間があった。目を合わせることすらも気恥ずかしい。我ながら、情けない。

「あー…………」
「うん?」
「いえ、心が溢れてしまっただけです」

 ん?

「なにかあったというわけではなく?」
「たぶん、好き、なんです。あなたのことが」

 あー…………うん。

「ただ、自分でもよくわからなくて」

 三ツ谷さんは謝った。

「雰囲気もなにもなくてすみません。でも、恋愛経験なんてなくて、本当にわからないのです」
「そっかそっか」

 悲しむでも嬉しむでもない表情。

 正直に伝えよう。

「僕もよくわからない。だから今日は、というかこれから三ツ谷さんのことを知っていきたいと思ってるんだ。僕こそ、三ツ谷さんの好きな食べ物すら知らなかったし」

 なので。

「こんな話は変だと思うけど、お付き合いすることを前提に、僕とこれからも遊びに出かけたりして欲しい。そう思ってます」

 ぱあっと、ツリーの明かりに照らされた。

「いいんでしょうか」
「僕でよければ、よろしくお願いします」

 挨拶を交わすときとはまた違う。深くお辞儀をしてから目を合わせる。

「でしたら、私からも一つお願いを」
「なんなりと」
「これからは下の名前で呼んでもいいでしょうか」

 ああ。

「じゃあ僕もゆきさんって呼ぶよ」

 今度は溶けても大丈夫なように。恋の寿命が尽きないように。

 明日の朝は雪だるまでも作ろうか。
 ゆったりと雪が降ってきた。少しずつ積もっていく。
 彼女の横顔がとても綺麗だった。

 
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