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おしまい

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夕方。駅前の大通り。田舎町でも、案外入れ替わりの激しいテナント。それが立ち並ぶ本通りから、やや脇にそれた路地。とある店屋の前、夕方営業が始まるを、私とセイヤ君とサクラの3人で待っている。
いや、本当は店屋はもう開いていたんだけど、
「師匠が来ねえな。」
「一応、待ち合わせしてるんだよね、ここで。」
「うん。」
「先入っててもいいんじゃない?」
「いや、それだと最悪、師匠が来なくて、師匠のおごりのはずが、俺たちの金で食べなちゃいけなくなる。」
「あ、確かにそうだね。」
あの師匠なら、やりかねない。でも、それにしても、
「なんか、口調がくだけたよね、セイヤ君。」
「まあ、仕事終わりでなんとなく気が抜けてさ。いつもクラスの野郎どもとつるむ時の口調に戻っちゃったよね。」
「そっちの方がいいと思うよ。ていうか、いつもそっちの口調で知ってるから。むしろそっちの口調じゃないと、」
気味が悪い。
「え、ひょっとして、ずっと気味悪がってたの?」
「うん。」
「なんだよ、じゃあもっと早く言ってくれよ。」
「さっきから、何を話してるの?さっきからっていうか、今までずっと?」
セイヤ君。
と、私たち三人のうちのもう一人。
それは真っ当な問いかけだった。
「ずっと独り言みたいなのを隣で。気味が悪いよ。」

チリンチリン!

ベルを鳴らしながら、近づいてくるママチャリ。色は白い。乗っている人も白い。
綿のロンパン
綿のランニングシャツ。
色の褪せたクロックスを引っ掛けて。
掛けているメガネはまるで、
「ハズキルーペ。ねえ、ハズキルーペ掛けてる、変な白い人がこっちに近づいてくる。セイヤ君、あれも《この世ならざるものたち》ってやつなの?」
「ああ、違うよサクラちゃん。あれはただの変質者だよ。これから、僕たちに飯をおごってくれる。気にしなくて、いいよ。」
「え、気色悪い!」
チリンチリン、
と師匠は店屋の前で停車した。
「こんなところに止めて大丈夫ですか?」
「馴染みの店だ。何も問題ない。」
「師匠を馴染ませてくれる空間が、この世界にも存在したんですね。」
「まあな。ここは俺を受け入れてくれる、数少ない場所の一つだ。」
え、私たち、そんな変なところに入らなくちゃいけないの。とサクラの怯えた声。
「大丈夫。このうどん屋自体は、グルメ雑誌とかに、取り上げられる、ちゃんとしたいいお店だから。」
味は美味しいよ。注文してから出てくるのも早いしね。
「ほら、もう出てきた。」
みんなで同じものを頼んだ。馬肉うどんミニ天丼セット。馬肉なんて馴染みがないし、まして馬肉うどんなんて、味の想像ができなかったけど、いざ食べてみたら、これは確かに美味しかった。馬肉うどんと聞いて、どうも食べたくなさそうにしていたサクラも、ちゃんと美味しそうに食べている。私の方を見て、驚きながら。
「本当に食器が一人でに持ち上がってる。本当に、アイリがここにいるんだ。」
「うん、いるよ。確かに、サクラちゃんには、直接見えないだろうけど、池村は今、サクラちゃんの目の前にいるよ。にしても、」
このミニ天丼が美味しいんだよね。タレがさ、うどん屋さんのダシを元に作ってるから、天ぷら屋さんのタレより美味しいんだよね。
「でもやっぱり、私は馬肉うどんの方が好きだな。」
「初めて食べたけど、駅前にこんなにいいお店があるなんて、知らなかった。灯台もと暗しね。」
「師匠、念のために聞いておきますけど、ちゃんと財布持ってきましたよね。」
「あたりめーだろ。ちゃんと金入ってるよ、三千円。」
「いや、一人前千円を四つ頼んだから、四千円なきゃダメなんですけど。」
「え、だって幽霊が食べた分は払わなくていいだろ?」
「いや、無理じゃないですかねえ。モノは頼んじゃったし。」
「無理かー。」
と言うわけで、結局セイヤ君がもう千円支払うことになった。
食べ終わってぼうっとしていると、私の目の前に紙ナプキンが差し出された。サクラが差し出してくれたのだ。それを受け取って、口の周りをふく。幽霊だし、別に汚れていなかったけど、せっかく差し出してくれたものだ、ありがたく使わせてもらった。くしゃくしゃにして、手のひらに握りこむ。こうすれば、サクラにも私の居場所が分かる。
「嘘!チャリなくなってる!」
「鍵も掛けてなかったし、盗まれたんでしょう。それか警察が持っていったか。ここ、路駐禁止だし。」
「歩くしかないかなあ?」
「歩きましょう、師匠。どうせ運動不足でしょ。ズボラは適度にしておかないと、アザも広がっちゃいますよ。」
そんなこんなで、二人並んで歩きはじめようとしている師匠とセイヤ君。
どうやら、あの師匠の家の木造建てに向かうみたいだが、
私たちは一体どうしたらいいのか。私たちのことはなんだか忘れているみたいな感じ。二人で話し込んでいる。
「私たち、これからどうしたらいいんだろうね。解散でいいのかな」
と、話しかけたサクラの横顔がこちらを向くことはなかった。
(ああ、そうか。もう私たち、話せることはないのか。)
「もう、アイリと話せることはないんだね。それもこれも、私のせいだね、結局。」
考えていることがたまたま同じだったのか、サクラの言葉だった。
何もサクラが全て悪いと言うわけではない。それに、生きている側からすれば、どう見えるかは分からないが、命を失っても、それほど困ることはない。むしろ楽に感じるぐらいだ。
まあ、確かにもうサクラと話せないと思うと、やっぱり生きていたかったなとは思うが。
「全部、自分のせいだとおもいすぎるところも私の悪いところ。イジメていい理由なんて、この世に存在しないけど、直したほうがいいところは、私の中にはやっぱりある。」
それだって、むしろサクラの場合、過酷な家庭環境の中で培われてしまったものが大半だろう
サクラがそんなにつらい思いをしながら生きているなんて、ずっとそばにいたのに、知らなかった。何かを省みる必要があるのは、私も同じだ。「もうアイリちゃんの命はないから、今さら罪滅ぼしなんて、できない。だけど、アイリちゃんから見られて、恥ずかしいくない生き方はしなくちゃいけない。ううん、私がそういう生き方をしたいの。そういう生き方をして、罪の償いになるかどうかは分からないけど、でも、罪や家族から背負ってしまったものから離れられる生き方だと思う。そういう生き方をする方が、きっと本当の罪の償いになる。」
ごめんねアイリ。アイリはもう生きることすらできないのに、そんなアイリの前で生きられることを自慢するようなetc...

と、サクラの反芻思考。また悪いクセが始まってしまった。
そんなサクラを私は黙って抱きしめる。
罪を犯したのは、私も同じだ。ただでさえ苦しんでいたサクラを、さらに苦しめたのは私自身だ。

もちろん、私には実体がないから、私が彼女を抱きしめたことに、本来ならば彼女は気づくはずがない。だけど彼女の腕は私の体を包み込み、触れることはなくとも、私のことを抱きしめ返してくれた。手のひらに握ったナプキンが繋いでくれた、親友との以心伝心。
「まあ、あれだ。セイヤ。」
確かに、今回も、助けられなかった命はあったし、ひょっとしたら、本当は助けられた命だったのかもしれない。でも、取り戻せた命だってあった。あそこで抱き合っている命は、お前がいなければ、きっと取り戻せなかった命だったよ。
「本部の方には俺から言っておく。あとのことは本部がやってくれるから、お前はしばらくゆっくり休め。焦って先ばかり見るよりも、今、確かに生きている二つの命を目に刻みつけようぜ。この仕事の一番いいところは、ここなんだからさ。一番美味しいところを逃してたら、どんな仕事だって続かねえよ。」

夕暮れを捕まえはじめた暗闇を見ると、確かに不安になるけれど、夜が明ければきっとまた朝はやってくる。それに、朝を迎えるための準備だと思えば、夜だってそんなに悪いものじゃない。

これから私たちは夜を迎える。
夜が明ければ今度は明日がやってくる。

明日にはどんな物語が待っているのか。
辛い物語かも、
楽しい物語かも、

今からそれを知るよしもないが、
ひとまずこの物語は閉じるとしよう。

この物語に関わってくれた見知らぬあなたが、
何だかんだで素晴らしい物語を生きることを祈って。


おしまい。
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