誰かが創り上げた楽園に今日もあやかる

ユミグ

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【アルバート】

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水の都ベイウィンティア、ここは人との出会いと別れが最多な街だと思ってる

この街の建造物に魅了され、水に魅了され、人に魅了され、すべてに魅了される

そんな人の瞬間を見かける事が多々ある

が、俺には分からない

この街で生まれ育って、実家を出て気になる職について恋人が出来ては別れてを繰り返してたらいつの間にか27歳になっていた、そんな傍はたからみたら惰性にも見える人生を歩んでた



ちょうどその時の恋人に振られたばかりの時に両親が死んだと職場の通信魔機に連絡がきた

不運が重なったとは思わない

でも、頼る事も泣く事も出来ないんだな、と思いふけった

両親の死はよくある魔動の衝突事故だった

上から下へ、下から上への移動が激しいこの街は魔動という固く絞ったような布に乗り移動する人が主だ

結構な速度を出すから、その分事故も多い



両親は生まれがこの街で幼馴染というやつだった

親父の親、今はもう居ない俺の爺さん婆さんが煙草屋を生業として生きていた

それを親父が継いで・・・そして俺も継ぐ事にした



この街は上と下の移動が激しいと言ったが、ここは下でも随分と端の方にある煙草屋だ

だからか、ここらに住まう人には欠かせない店の1つだと思ってるし、そう思い込みたい気持ちもある



実家に戻り煙草屋を継いで5年が経った今、俺は32歳になっていた



この街は全てにおいて多種多様だ

人種も、人間・獣人・竜人の3つの人種全ての者が唯一共存している街だと言われている

俺と同じ人間の平均寿命は100歳・獣人は200歳・竜人は3000歳だと言われている

人間には分からないが、獣人と竜人には番つがいと呼ばれる概念が存在するらしい

なんでも、会ったら唯一無二の相手だと分かるとか、匂いや触れ合いで魂の伴侶だと分かるとか、人間にとっちゃ七不思議のような話がある

実際近所に住む獣人夫婦は運命の相手だと言っている

信じてない訳じゃない、ただどうしたって分からないものは頭じゃ分かっていても理・解・までは出来ない

そして寿命は長い方に引っ張られるらしい、長生きに憧れてる人間もたまに居るが俺としてはそんなに長く生きてどうすんだという感想しか出てこない



多種多様なのは恋愛においてもそうだ

異性・同性関係なく恋愛が自由だ

隣の国はもう少し厳しいらしいが、この街から出た事のない俺にとってはそういうモノだと幼い頃からの認識だ

そして俺は同性愛者だ

今まで付き合った事がある奴は全員同性、女を好きになった事もこれから好きになる事もないだろう

だから、子供は諦めている



性行為においては受けと攻めどちらも経験がある

俺はどちらも変わらなかった、どちらも同じに感じた

というより、性行為で快楽を得るのが俺は少しばかり不得手なんだと思う



まぁ、どうしてこうも自分語りをしているのかというと

別に物思いに耽ふけっている訳でもなければ、誕生日が近いとかでも命日が近いとかでもない



俺は今熊に押し倒されてる



ああ、いや、少し語弊があるか・・・

熊そのものではなく、熊みたいなでかい獣人に押し倒されてる



「いきなり襲っちゃいけませんて習わなかったか?」



吊り上がった黒目で俺を見るこいつは話を聞いていないのかなにも答えない



今日だっていつも通り昼前に起きて飯食って開店準備をしてぼけっと煙草を吸っていたんだ

俺の前にぬっ…と現れた人影は煙草を指定してくる訳でもなくじっと見降ろしてくる

観光客かと思って「ここは煙草屋だ、観光名所はもっと中央の上だよ」なんて案内してやったのに動こうとしない

痺れを切らして立ち上がり店から出ようと扉を開けたら今まで動かなかったのはなんだったんだ・・・と思えるくらいの速さでこいつに担がれ勝手に俺の店の奥まで入ってきたと思ったら床に押し倒し俺の顔の横に手を置いてギラついた眼をして俺を逃さないというように追い詰められた餌のような気持ちにさせる



ぼけっとして何を考えてるか分からない、なんて言われる俺も流石に焦った

知らないでけぇ男に担がれて押し倒されるんだ、焦らない奴が居たら対処法でも聞きたいね

なんでか俺も負けたくない気持ちで見つめ返してたけど、あまりにもこいつが動かないから声をかける前に観察する

吊り上がった太い眉はその瞳によく似合うと思った、顔を近づけたらすぐにつきそうな鼻に固く結ばれた唇、その顔に不釣り合いな丸いフォルムの耳が頭についてる

俺は動物に詳しくないからこいつがなんの種族なのか分からないが、獣人って事は分かる

俺と似たような金髪だけど、俺より少しくすんでいる色味の固そうな髪質と柔らかな耳だ



一通りに観察が終わると俺も飽きてきたので聞いてみる

「いきなり襲っちゃいけませんて習わなかったか?」



喋り出そうとしないこいつに俺は思ったんだ、こういう奴と会話しようとする方が間違っていると

襲われてるにも関わらず好きに動く事にした



「どいてくれ、何も買わないなら出てけ」



そう言いながらこいつから抜け出そうとするんだが、でけぇ腕がビクともしない

俺だって男だし、それなりに鍛えてる

けど、こいつの体は訓練されてるものだ、ただ趣味程度に動かしてる筋肉とは違う

それを見せつけたいのか分からないが俺が押しても引いてもピクリともしない

下半身は多少動かす事は出来るがこいつが俺の上を跨いでるせいで多少しか動かない



「おい、いい加減退け、俺も暇じゃないんだ」



俺を見つめたまま動かない、俺が喋る度に耳がぴくぴく動くから聞こえてないって事もないだろ



「おい」



段々とイライラしてきた

大体なんで俺が押し倒されてんだ、俺は何かした心当たりなんかもない



「退け、邪魔だ」



「おい!」



大きく声を出すとようやく動き出した・・・・・と思ったら俺を強く抱きしめる





・・・なんでだよ





退けって言ってんのに逆の動きしかしないこいつは頭が狂ってんのか?

俺も狂ってんのか、久しぶりの人の温もりに涙が出そうになる

だけど、そんな事で泣きたくもいきなり襲ってきたこいつの前で泣きたくもない



「おい、苦しいんだよっっ」



はっとして、俺の上からようやく退く

また押し倒されたら面倒だから、すぐにその場から立つ



「ここは煙草屋だ、そしてここは俺の家だ、許可なく入ってくるんじゃねぇ」



そいつを見下ろしながら言い放つ



こんな風に無理やりなんて事は今までないが、まぁ俺はそこそこモテる

金髪碧眼でスタイルも顔のパーツも悪くないと言われる

愛想がないところがまたそそる、なんて言われた事もある

だから、ナンパは珍しくはないんだ

だが、こんなに強引な行動も、未だに一言も喋らず俺をじっと見つめながら動かないこいつの意図が分からない



「出てけ」



「・・・・・どうしたらいいか分からない」



「は?」



やっと喋ったと思ったらそんな事を吐く

こいつのじっと人を見るのは癖なのか?



「あーー・・・迷子か?仕方ないから連れてってやる、宿でも取ってんのか?それとも借りてんのか」



「離れたくない」



「は?」



離れたくないってこの家か?俺か?つうかなんなんだよこいつ



「意味分かんない事言ってないで出てけ」



「嫌だ」



「なんでだよ」



「・・・番の傍に居たい」



「・・・・・番って俺の事か?」

コクンと頷く



「・・・一応聞くがまちが「間違えていない」」



「・・・・・」





番っていうのはこいつらにとってはとても重要な事で茶化していいもんじゃないっていうのは話に聞いてるし、なによりこいつはジョーダンを言うタイプにも見えない



「・・・・・」



俺は面倒が嫌いだ



だから、やめた

なにをって?考える事を放棄した



「そうかよ」



本能だか運命だか知らないけど勝手にやってくれ

俺はそいつを放って店前に座る



案の定というかなんというか、こいつは俺が動けば着いてくる

今も俺が座ってる後ろに突っ立ってる

構わず煙草を吸う



俺は昨日の続きのチェスをやろうと机の上に出した

こうやって1人でいつもチェスを指している

そういう日常にこいつが入り込んできた、ただそれだけの事



チェスを指してると近所の人達がぽつぽつと煙草を買いに来る

いつもとは違って俺の後ろにはでけぇ獣人が居るから一瞬驚くが



「俺が番なんだと」



というとみんな『ああ』という顔をして、そいつには触れずに、けれどいつものように世間話はせずに煙草を買って帰っていく



この街は流れが早い

そして人も続々と流れていく

だからか、この街の人間は番と言われ見初められる隣人を見るのも少なくない

そして、対処法も身に着いている

これもまた、この街に住む人間の常識だ



番を見つけた者はその相手しか見えなくなる、そして離れようとしない

けれど、相手の嫌がる事はしない

もしも、見つけた相手に伴侶や恋人が居た場合近くに住みこっそり眺めながら生きていく

その行為を酷く拒絶すれば自殺する奴も居ると聞く

だからそっとしておくに限る



そして、相手が居ない番を見つけた場合はそいつを囲おうと一生懸命になる

そうして、他者の排除に必死になる奴も多い

近所に住む獣人夫婦も職場まで一緒に行き帰りも一緒、離れる事はなく他人との関りも最小限に済ましている

でもそれは獣人同士だから出来る事

相手が俺のように人間だと番が分からない場合

獣人も竜人も相手が人間の時に備えてのマニュアルがあるのか知らないが、割と自由にしてくれると聞いた事がある

番の嫌がる事はしないという有名な話を知っているからか俺も特に警戒したりも追い出す事もしない

俺の生活に図体のでかい獣人が入り込んできた、ただそれだけだ





腹が空いてきたら店を閉める

近所の店にある弁当を買いに行こうとするが



「どこに行く」



「飯」



俺の行動を止める気はないのかそれとも行動範囲を知りたいのか黙って着いてくる

近所の人間にはもう俺に番が出来た事が知られているのかすれ違っても挨拶してこない

俺がこれから先どうするか俺の動きで近所の人達との関係が決まる

なんだか偉くなったような錯覚に一瞬陥るが弁当の匂いで思考が戻る



「家に飯なんかないから帰らないならここで買え」



こいつに俺の台所事情を話して注文する

今日はバルック・エクメーイにした、ここのはサバをフライにして野菜と一緒にパンに挟んでる

1つでも結構なボリュームだ

俺の好物で2日に1回はこれを食べる

こいつは俺が頼んだ物を見た後、バルック・エクメーイを5つ手にして会計をする・・・よく食うな



俺の飯と一緒の袋にして持ち帰る

なんだか手持無沙汰になり煙草に火を点けて歩く



家に着くと当たり前のようにこいつも部屋に上がる

リビングで買ってきた飯をあけて食べる

何故か食べないこいつの事を、気にしてたら負けだと思い黙々と食う



「追い出さないのか?」



「もぐ、追い出したら出ていくのかよ」



「・・・・・」



だろうな



また無言になったこいつを無視して飯を食い終わると風呂に入る為席を立つ

着いて来ようとするから



「風呂だ、着いてくんな」



偉そうに言い放ち風呂に向かう

偉そうっつっても主導権は俺にあるようでない

最低限のお願いをしているだけだ



風呂に入らなくても洗浄魔法があるがここら辺の人間は風呂が好きでどの家にも風呂場がある

大浴場もあるが、同性愛も多いこの街では遠慮する人間も多い

俺もその1人だ



風呂に浸かって目を閉じる



俺に番か・・・俺はもうあいつ以外見る事はないんだろうな





別に構わないと思う

だって俺には今恋人が居ない、5年も居ないから欲求だって溜まってる

それにひと肌恋しくなっても抱きしめて欲しいと言ったらあいつは永遠に抱きしめるだろう

振られても新しく探す必要もない

便利に使える事しか頭にないが、お互い様だと思う

あいつは勝手に俺の傍に居て他者を排除しながら生きていくのだから、利用するくらいの気持ちでちょうど釣り合いが取れるだろ



ザバァ……とお湯を揺らし風呂場から出る

リビングに水を取りに行けば飯を食い終わって丁寧に片づけた痕がある



「風呂に入るか?」



「いや・・・」



まぁ風呂に入る習慣があるかどうかは人それぞれだ



「なぜ受け入れる?」

「あんたこの街にきて間もないのか?」

「ゴイウェルの街からベイウィンティアに移動になって昨日この街に着いた」

「なんの仕事だ?」

「警ら隊だ」

「今日は休みか?」

「明日から仕事だ」



なるほどね

ゴイウェルの街は聞いた事がある、ここより西の森が多く海のない街だと聞く

獣人が多く番探しにそこからやって来る者も多い

そして、この街とは常識が異なる



「ちょっと待ってろ」



リビングの奥に続く廊下を歩き、久しく開けていない部屋の扉を押す

中には本がたくさんある

煙草屋は仕入れなんかあるが大抵は暇だ

暇つぶしとして婆さんの代から細々と集めた本が大量にある

俺は字を読むのが苦手だから、あまり読まないけれどせっかく集めた物を捨てるのも憚はばかられ思い出の部屋のような扱いになっている

目的の本を探そうと目線を右往左往と動かすがすぐに見つかった

・・・俺が最後に見た時と場所が変わってないんだな

目当ての本を取ってリビングに戻る



「これ読め」



渡した本には番として人間を見初めた獣人のおとぎ話が書いてある

おとぎ話だが、人間がどう対処して見初めた側がどうしてそうするのか子供向けに分かりやすく書いてある



「俺の家はここだ、煙草屋を辞めるつもりはない。部屋は空いてる好きに使えばいい」



俺の譲歩出来ない物事を伝えて住んでも問題ないと伝える

背を向けて寝室に向かう為階段を登る、話す事はないというように背を向けて





ただ、背中を向けてもあいつの瞳が追いかけてくるようなそんな熱を感じた
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