一宮君と幽霊ちゃん

へたまろ

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生きてる人と幽霊

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「私だって、一生懸命なのに!」
「うん、知ってるよ」

 幽霊ちゃんが絶賛、へそ曲がり中。
 俺が全然驚かないのが悪いらしい。
 俺のせいなのか?

 理不尽だと思いつつも、黙って受け入れる。

「これでも頑張ってるんだよ?」
「うんうん、分かってるから」
「全然、分かってなーい!」

 ダメだ。
 何を言っても、落ち着きそうにない。
 あと、眠くなってきた。
 だって、電気消さないと会話できないし。

 で、電気消して暗い部屋で、布団に入っての愚痴を聞かされてる状態。
 幽霊ちゃんはベッドの横で、正座して抗議してきてるけど。
 こっちは、明日の講義は1限目からだから早く寝たい。

「もう、いいもん!」

 そして、幽霊ちゃんが消えた。
 次の日も。
 また、その次の日も。
 そのまた次の日も。

 流石に心配に。
 あと、寂しい。
 けど、色々と楽しかったり。
 夜更かしとか。
 夜遊びとか。
 まあ、友達と徹マンとか、友達のクラブのイベント行ったりとかだけど。

 そして5日目。
 バイト仲間と飲んでからの帰宅。

 ちょっと、飲みすぎたかな。
 気持ちいい。
 ドアの鍵を開けるのに、少しもたつく。

「ただいまーっと……ん?」

 入った瞬間に背筋がゾワリとする。
 部屋の奥から冷気が。

 これは……いるな。

 リビングに入る。
 電気はあえて点けない。
 久しぶりだし。
 少しは悪いと思う気もあったから、付き合ってあげたい。

 案の定、部屋の真ん中に後ろ向きに座っている女性が。
 白いワンピース姿で。

「おかえり」

 声を掛けてみたが、返事がない。
 まだ拗ねてるのかな?

「あー、ごめんね」

 今日は、驚かせる気がないのかな?
 少しずつ近づく。

「その……怖がらなくというか、怖がれなくてというか」

 俺は、なんの言い訳をしてるんだろう。
 ただ、幽霊ちゃんが戻ってきてくれたことが、嬉しい。

「でも、寂しかったよ」

 そういって、背後から重なるように抱きしめてみる。
 酔ってるからね。

「まだ、怒ってる?」

 うん?
 なんか小刻みに肩が震えてる気がする。
 というか、微妙に違和感が。
 髪型かな?
 それともスタイル?

 これ幽霊ちゃんじゃない……

「誰?」
「むりー!」

 俺から逃げるように前に飛び出した女性が、こっちを振り返る。
 顔が腐ってる。
 目が窪んでて、なんとも形容しがたい。

「本当に誰だ?」

 思わず、キョトンとしてしまった。

「はは……マジか……これ、無理だわ」

 女性の顔が早戻しのように、再生していく。
 あらやだ、別嬪さん。

「あの、どちらさまですか?」
「あんた、私が怖くないの?」
「えっと、まあ酔ってるもので」

 ひとしきりケラケラと笑ったあとで、女性が首を傾げて尋ねてきたが。
 あんまり、怖いと思わない。
 というか、もともと幽霊に対して恐怖心が無いというか。

「もう、次郎くんってなんなの!」
「あっ、幽霊ちゃん!」

 カーテンの隙間から幽霊ちゃんが出てきた。

「ごめんね、この子からあんたが全然怖がらないって聞いてさ。呼ばれてきたんだけど、あんた本当に怖がらないんだね」
「うーん」

 反応に困る。

「てか、超愛されてるじゃん! うらやましっ」
「もう、やめてよ!」
「しばらく家空けて戻ってきたら、おかえりなさいって言われる幽霊とか」

 必死で笑いを堪えてるのが分かる。
 それから、お話をして女性は消えていった。
 
 この部屋に元々いた幽霊らしい。
 幽霊ちゃんとは、俺が来る少し前に交代したと。

 野良幽霊の幽霊ちゃんが寂しそうだから、連れてきたらしい。
 
「先輩はね、執着の対象が変わっちゃったんだって」

 もともと元カレに貢いだあげく浮気されて、しかもボコボコに殴られて捨てられるという壮絶な経歴の持ち主。
 幽霊にありがちなエピソードらしい。

 それがショックで自殺して、見つかったのは半月後。
 夏だったから、腐乱もかなり進んでたらしく。

 で、死んだ時の姿と生前の姿に自由に切り替えられると。

 そんあヘビーな話を、笑いながら聞かされた。
 うーん、死んでからポジティブになったのかな?

 へえ、優秀。
 幽霊ちゃんは出来ないらしいけど。

 で、彼との思い出の部屋に執着してたみたいだけど、俺の前の住人に一目ぼれしたらしい。
 でもって色々とちょっかいを出すうちに、本気になってそっちに執着したと。
 背後霊として外出した先で、幽霊ちゃんを拾ったと。

「彼にはさ、この後きっと私が必要になると思うんだ」

 俺みたいに、前の住人はこの女性と会話を試みていたらしい。
 この部屋を出る直前には、普通に会話して触れることもできるようになったと。
 なにそれ、羨ましいんだけど?

 そろそろ、彼が心配だからと女性は部屋から出て行ったけど。

「じゃあ、2人とも仲良くするんだよ」
 
 うーん、なんとも言えない言葉を残して。

 そして久しぶりに、幽霊ちゃんと2人きり。
 ちょっと、照れくさい。

「なんで、幽霊が怖くないの?」

 最初に会話を切り出してきたのは、幽霊ちゃんの方だった。

「うーん、望まずに幽霊になった人には申し訳ないけど……幽霊って素敵な存在じゃん?」
「えっ?」
「だって、死んだ後も世界があるなによりもの証明だからさ……」
「あっ」
「そしたら死んでいった人たちとも、いずれまた再会できるかもしれないし」
「うん」
「死んだ後も、好きな人とずっと一緒にいられるしね」
「そっか……そんなふうに、考えたこともなかったな」

 俺の言葉に、幽霊ちゃんが俯く。
 あー、酔っ払ってるから臆面もなく思ったことを口にしてしまった。
 でも、幽霊ちゃんが戻ってきてくれてよかった。

「俺も死んだらさ……君に触れることが出来るかな?」
「えっ?」

 そう言って彼女の髪に手を触れてみたけど、やっぱり触れない。
 こっちを見上げた彼女と目があって、急に照れくさくなる。

「だって、死んだ後もこうやって幽霊になれるんだよね? だったらさ、死ぬのも怖くなくなったし。幽霊ちゃんとずっと一緒に居るのも悪くないかなって」
「次郎くん?」
「死んだらご飯も食べなくていいし、働かなくてもいいしね」

 幽霊ちゃんが顔を上げる。
 こっちを睨みつけるように。

「死んだらなんて言わないで! 死んだこともないくせに!」

 あっ……

「ごめん「私がなんで死んだのか、私がなんで幽霊になったのか私自身分からないけど……次郎くんはまだ生きてるんだから!」

 照れ隠しで、つい思っても無いことを口にしてしまった。
 実際に幽霊になってしまった彼女のことも深く考えずに。
 軽い気持ちで。
 これは、完全に俺の失言。

「生きてるうちにしか、出来ないこといっぱいあるんだよ?」
「ごめん……」

 そうだよね。
 お酒も飲めないって言ってたよね。

「私だってもっと生きたかった! 幽霊になんかなりたくなかった!」

 うん……1分前に戻りたい。
 完全に酔いが冷めるのを感じると共に、罪悪感と後悔が押し寄せてくる。
 
「お母さんやお父さんともっと一緒にいたかったし、おしゃべりだってしたかった。それなのに気が付いたら幽霊だった……友達ともお別れできてない!」

 うん……

「男の子とデートだってしてみたかったし。一緒に映画館で映画見たり、ご飯食べたり、お酒飲んだり……」

 ……

「次郎くんと生きてるうちに出会いたかった! 触れてほしかった! 抱きしめてほしかった!」
「幽霊ちゃん!」
「こんなに好きなのに! 結婚もできないし、子供だってできない! 私は幽霊になんてなりたくなかった!」
「幽霊ちゃん、身体が!」

 幽霊ちゃんの身体が喋ってるうちに、徐々に薄くなっていく。

「私は……私は、いま生きたい!」
「幽霊ちゃん!」

 思わず抱きしめたが、俺の腕は彼女の身体をすり抜ける。

「生きたかったよ……」

 それだけ言い残して、彼女の姿が消えてしまった。
 俺に愛想をつかしてしまったのか……
 そしてその後、幽霊ちゃんとは二度と会うことはなかった……
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