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第1章:仮冒険者と魔王様、冒険者になる!~エンの場合~
第15話:ダンジョン14階層~飯テロ~
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気が付いたら寝ていたらしい。
1時間と言わずに経っている気がするが、周りを見るとレイドが立派なベッドで横になっている。
はっ?
どういう事?
カナタさんは……あれ? 居ない……
取りあえずレイドを起こす。
「レイド……レイド!」
「ん? もう朝?」
寝ぼけているのか、目をこすりながらこっちを見つめる。
それからようやく状況を思い出したのか、慌てて起き上がるとベッドから飛び降りる。
「あれ? 僕なんでベッドなんかで寝てるの?」
うん、それは僕のセリフだよ。
なんてことを思っていたらカナタさんが部屋に入って来た。
「おう、起きてたのか?」
何食わぬ顔でソファに座ると、コーヒーを飲み始める。
「あっ、いえ今起きたとこです。というか、どこに行かれてたんですか?」
「ん? ちょっとな」
うん、ちょっとなと言われましても。
ダンジョンでちょっとと言って居なくなる人なんて見た事無いのですが?
もしかして、お花を摘みに行かれてたのですか?
安心してください、この部屋トイレあります。
「カナタさん戦えないって言ってましたよね? 危ないですよ?」
「ん? そんな事より、レイド! ベッドの寝心地はどうだった?」
そんな事て、あーたね!
ここは冒険者の先輩として一言ガツンと言っておかないと!
「あのねカナタさん! こんなところではぐれたら、あっという間に魔物の胃袋に収まる事になりますよ? 僕たちもカナタさんを必死で探す事になるところだったんですよ? そして変わり果てたカナタさんと対面することになる可能性だって0じゃないんですから、もうちょっと慎重に行動してくださいね! 分かりました?」
よし、ガツンと言ってやった!
心の中で……
すいませんヘタレで。
「あっ、エンはまた忘れてるみたいだけど、俺は気配が分かるからな? 魔物も人も……ね?」
ほらー!
絶対この人、僕の心も読んでるって!
気配だけじゃなくて色々と読めるんだって!
結構マイペースな行動してるけど、あれも計算し尽くされた上で、読んだ空気を敢えてクラッシュしてるんだって。
空気も読めるんだって!
こわっ! まじこわっ!
「怖くないよ?」
「怖いわ!」
あっ……
思わず怒鳴ってしまった……
まだ、心読めるとか決まった訳じゃないのに。
いや、ほぼ確定なんですけどね。
「まあ、そんな事はどうでも良いとして、ベッドの事で不満があったら教えて欲しいな。改良するから」
というか、そのベッドもカナタさんがどこからか出してたのですね。
これは僕にも分かる……この人は手品師じゃなくて魔術師だと。
流石にベッドをこっそり持ち運べるかーい!
「凄く良いですけど、強いて言うならば少し体が沈み込みすぎですかね? 凄く柔らかくて気持ち良かったのですが……昼寝にはこれほど適したものは無いと思います」
真面目か!
「なるほど……やはり、冒険者は身体を動かす職業だから低反発よりは、高反発のマットレスの方が良さそうだな。体圧の分散に優れているから、寝返りも打ちやすいし起きてすぐに動けるしな」
そして、そのアドバイスに対して何やら聞きなれない単語を並べるカナタさん。
貴方達分かってますか?
ここ、ダンジョンですよ?
イースタン風に言うとダンジョンナウですよ?
声を大にして言いたい! ダンジョン嘗めんなと!
―――――――――
そして朝食? 夕食? を取ってボス部屋へと向かう事にする。
出たのが朝、ここに来るまでに7時間……そしてマルタさんたちと話して、それから少し休憩のつもりがガッツリ5時間くらい寝てたらしいから、やっぱり夜か。
早速体内時計が狂いそうだ。
「正確には、夜の11時28分43秒だ」
うん、カナタさんが自信満々に言ってるけど、それを確かめるすべは無いからね。
でも、信じてしまうよね?
だって、時計っぽいものを持ってるんだもん。
しかも、腕に巻いてた。
これは商品化したら売れそうだ。
街にあるのは、丸い時計に上部にリュウズが付いている懐中時計と呼ばれるものか、大きな塔に添え付けられた大時計しかないからね。
これは冒険者がほしが……いや、時計みたいな高級品腕に巻いてたら戦闘で壊れるわ。
僕はカバンから魚の一夜干しを取り出すと、部屋にある何故か薪を入れなくても消えない暖炉の火で軽く炙ってから齧りつく。
そしてハムとレタスのサンドイッチだ。
カナタさんが羨ましそうに……いや、怪訝そうな顔だな。
「それって……合うのか?」
生臭い一夜干しを食べて、ハムとレタスのサンドイッチを口に入れる……
うっ、不味い……
「お……美味しいですよ! これが通の冒険者の初日だけ食べられる御馳走ですから」
かなり苦しい言い訳だが、ここで不味いといったら今度は馬鹿にしたような笑みを浮かべるに違いない。
そんな事を思ってつい見栄を張ってしまったが……
「そうだったんですね! 僕、初めて聞きました。失敗したなー……僕も一夜干し買えば良かった」
真面目か!
真面目や……
レイドに間違った知識を教え込みそうになったので、恥を忍んで正直に言う。
「嘘です……失敗しました……好きな物を持ってきたけど、この二つ最悪に相性悪いです……」
「そ……そういう時もありますよ……」
レイドが慰めてくれる。
チラッとカナタさんの方に目をやると……やっぱり、ちょっと小ばかにした笑みを浮かべていた。
チクショウ!
「私はこんなにゆっくりと食べられると思わなくて、干し肉と干しブドウです」
レイドがちょっと寂しそうに呟きながら、カバンから猪の干し肉と干しブドウを取り出している。
ああ、そう言えば普通はそうだったな。
でも、初日の食事くらいならもうちょっとちゃんとしたのを用意すれば良かったのに。
「だってこんなに早くにボス部屋前の休憩部屋に着くとは思わなくて」
可哀想にちょっと泣きそうになっている。
でも安心して?
カナタさん手ぶらだからね?
きっと、あの人食べ物持ってないよ?
「そうか、ならそれは次に回したらいい。今日は一緒に食うか?」
カナタさんは、いつの間にかテーブルクロスを広げて目の前に湯気の立つコーンポタージュ、そしてこれまたホカホカと湯気を上げている柔らかそうな白パン、みるからに新鮮そうな瑞々しいサラダ、そして柔らかそうな丸いブツブツとした丸い塊……たぶん肉なんだろうけどを並べていた。
ですよねー……コーヒーをパッとどこからともなく取り出す人が、食事を出せない訳ないですよねー……
しかも、丸い塊はジュージューと音を立てていて、肉と胡椒の良い香りが漂っている。
胡椒とか……一粒で良いから嘗めてみたいってレベルの高級品なんですけどね。
貴族の館の前を通ったときに漂って来た香り……
たまたま通りがかった他の貴族の人が
「ああ、胡椒の良い香りね……早く夕飯食べたくなっちゃった」
と言いながら足早に横を通り過ぎていった。
それから、たまにその館の前を通って匂いだけ御馳走になっていたが……虚しい。
味の想像が全く付かないが、きっと美味しいはずだ。
カナタさんの手元から漂ってくる匂いだけで、一夜干しのレベルが2段階は上がる。
ああ……食べてみたい……
「いや、でもそしたらカナタさんのご飯が半分になっちゃう」
レイドが凄く物欲しそうにカナタさんの目の前の料理を見つめながら、自分の手元の干し肉に視線を落とす。
「僕はこれで十分ですから……」
それから、なんとも寂しそうな笑顔を浮かべそれを口に運ぼうとする。
うん、僕のサンドイッチあげるから。
だから、そんな顔しないで!
そう言おうと思ったその時……
「【三分調理】」
という声が聞こえたかと思うと、カナタさんの前にあるのと同じものが机に現れる。
はい、確かに聞きました!
今の、絶対魔法です!
誰がなんと言っても魔法です!
ていうか、料理を作る魔法とかあったのかよ!
てか、カナタさんそれ使えるのかよ!
「えっ?」
そうなるわな。
レイドが物凄く目を見開いている。
「もう作ったから、食べればいいよ。流石に俺も二人前は食べられないしな……要らないなら捨てるけど」
「食べます!」
レイド即答でした。
ですね。
当り前ですわ。
こんな、見るからに高そうな料理を捨てるとか言われたら、食べるしかないっすわ。
「美味ひい!」
聞こえない……
何も聞こえない……
何も見えない……
ムシャムシャ、モキュモキュ、パリッ、ズズズ……
という肉の咀嚼音、パンを頬張る音、しゃっきりレタスの歯切れの良さそうな音、スープを啜る音……
何も聞こえませんから……
満面の笑み……まるで女神か! と突っ込みたくなるような、神の祝福を受けたかのような笑顔なんて見えませんから。
僕も……が言えない自分が憎い!
きっと血の涙を流しながら、僕はいまサンドイッチを口に運んでいるに違いない……
パクッ、パリッ、ジュワ……
あれっ?
なんだこれ?
すげー美味い!
溢れ出る肉汁、口から鼻孔に抜ける憧れの胡椒の薫り……
ちょっとピリッとしてるけどなんというか心地よい辛さとしょっぱさに、食べている最中なのに胃液と唾液が溢れてくる。
不思議に思って自分が持っているなんの変哲もない黒パンと、レタス、ハムのサンドイッチに目をやる。
あれ? なんだこれ?
ふとカナタさんに視線を送ると、パチリとウィンクされた。
ズキューン! という音が聞こえそうなほど、心がときめきました。
だって、いつの間にか僕の手に握られていたのが、上が柔らかそうな厚みと丸みのある茶色いパンで、下がきつね色の薄い平な丸いパンに変わっていた。
そして具も、さっきまで持っていたサンドイッチと違って水をはじきそうなほど新鮮そうなレタスに、カナタさんとレイドの前にある丸い肉のような塊に変わっていたのだ。
どう考えてもこんな事が出来るのはカナタさんしかありえないだろう。
「カナタさん、これ?」
カナタさんに向かって声を掛けようとしたら、唇に人差し指を当ててそれ以上言わなくてもいいよ。
という声が聞こえた気がした。
あんた男前ですわ!
色々と失礼なことを考えてすいません。
「ほんなにおいひいのはひへへ!」
レイドも感動して、唾を飛ばしながら叫んでいる。
うんうん、口の中が空っぽになってから喋ろうか?
分かるけどさ……
「うんうん、落ち着いて食べていいよ逃げないから。それと、食べてから喋ろうか?」
カナタさんに言われてレイドが慌てて口を閉じる。
それから、味わうように咀嚼してゴクリという喉を通る音を響かせた後で、カナタさんに話しかける。
「こんなに柔らかいお肉料理初めてです……これってなんて料理なんですか?」
「それはハンバーグって言って、お肉をひき肉にしたものを丸めて焼いたものだよ」
こ……これがハンバーグだったのか!
ということは、僕の手に握られているのはハンバーガーと呼ばれる食べ物なのか?
イースタンの人が確か王都で経営している高級レストランで食べられるという。
ちなみに通常150ジュエルするハンバーガーのセットが、イースタンの人が訪れた場合5ジュエルで提供されるらしい。
ワンコインサービスと言われていて、同郷の人との絆を重んじる彼らの国民性を体現する美談として有名だ。
同郷の者よ、困ったらうちに来いという意味が込められているとか。
(注:彼らの住まう地では有名チェーンのハンバーガーのセットはワンコインが平均です。ぼったくりがバレるのを恐れて……)ストーップ!
何やら、感動を打ち消す天の声が聞こえそうな気がした……
ちなみに……
レイドとカナタが食べているのは、某有名チェーンひるくまの和牛ハンバーグ単品税込み2,138円である。
そしてエンが食べているのは、エンダーのビーフベジバーガー税込み310円である。
お腹いっぱいご飯を食べた僕とレイドは、食後の運動とばかりにボス退治! ……にはいかず、そこからさらにひと眠りするのであった。
1時間と言わずに経っている気がするが、周りを見るとレイドが立派なベッドで横になっている。
はっ?
どういう事?
カナタさんは……あれ? 居ない……
取りあえずレイドを起こす。
「レイド……レイド!」
「ん? もう朝?」
寝ぼけているのか、目をこすりながらこっちを見つめる。
それからようやく状況を思い出したのか、慌てて起き上がるとベッドから飛び降りる。
「あれ? 僕なんでベッドなんかで寝てるの?」
うん、それは僕のセリフだよ。
なんてことを思っていたらカナタさんが部屋に入って来た。
「おう、起きてたのか?」
何食わぬ顔でソファに座ると、コーヒーを飲み始める。
「あっ、いえ今起きたとこです。というか、どこに行かれてたんですか?」
「ん? ちょっとな」
うん、ちょっとなと言われましても。
ダンジョンでちょっとと言って居なくなる人なんて見た事無いのですが?
もしかして、お花を摘みに行かれてたのですか?
安心してください、この部屋トイレあります。
「カナタさん戦えないって言ってましたよね? 危ないですよ?」
「ん? そんな事より、レイド! ベッドの寝心地はどうだった?」
そんな事て、あーたね!
ここは冒険者の先輩として一言ガツンと言っておかないと!
「あのねカナタさん! こんなところではぐれたら、あっという間に魔物の胃袋に収まる事になりますよ? 僕たちもカナタさんを必死で探す事になるところだったんですよ? そして変わり果てたカナタさんと対面することになる可能性だって0じゃないんですから、もうちょっと慎重に行動してくださいね! 分かりました?」
よし、ガツンと言ってやった!
心の中で……
すいませんヘタレで。
「あっ、エンはまた忘れてるみたいだけど、俺は気配が分かるからな? 魔物も人も……ね?」
ほらー!
絶対この人、僕の心も読んでるって!
気配だけじゃなくて色々と読めるんだって!
結構マイペースな行動してるけど、あれも計算し尽くされた上で、読んだ空気を敢えてクラッシュしてるんだって。
空気も読めるんだって!
こわっ! まじこわっ!
「怖くないよ?」
「怖いわ!」
あっ……
思わず怒鳴ってしまった……
まだ、心読めるとか決まった訳じゃないのに。
いや、ほぼ確定なんですけどね。
「まあ、そんな事はどうでも良いとして、ベッドの事で不満があったら教えて欲しいな。改良するから」
というか、そのベッドもカナタさんがどこからか出してたのですね。
これは僕にも分かる……この人は手品師じゃなくて魔術師だと。
流石にベッドをこっそり持ち運べるかーい!
「凄く良いですけど、強いて言うならば少し体が沈み込みすぎですかね? 凄く柔らかくて気持ち良かったのですが……昼寝にはこれほど適したものは無いと思います」
真面目か!
「なるほど……やはり、冒険者は身体を動かす職業だから低反発よりは、高反発のマットレスの方が良さそうだな。体圧の分散に優れているから、寝返りも打ちやすいし起きてすぐに動けるしな」
そして、そのアドバイスに対して何やら聞きなれない単語を並べるカナタさん。
貴方達分かってますか?
ここ、ダンジョンですよ?
イースタン風に言うとダンジョンナウですよ?
声を大にして言いたい! ダンジョン嘗めんなと!
―――――――――
そして朝食? 夕食? を取ってボス部屋へと向かう事にする。
出たのが朝、ここに来るまでに7時間……そしてマルタさんたちと話して、それから少し休憩のつもりがガッツリ5時間くらい寝てたらしいから、やっぱり夜か。
早速体内時計が狂いそうだ。
「正確には、夜の11時28分43秒だ」
うん、カナタさんが自信満々に言ってるけど、それを確かめるすべは無いからね。
でも、信じてしまうよね?
だって、時計っぽいものを持ってるんだもん。
しかも、腕に巻いてた。
これは商品化したら売れそうだ。
街にあるのは、丸い時計に上部にリュウズが付いている懐中時計と呼ばれるものか、大きな塔に添え付けられた大時計しかないからね。
これは冒険者がほしが……いや、時計みたいな高級品腕に巻いてたら戦闘で壊れるわ。
僕はカバンから魚の一夜干しを取り出すと、部屋にある何故か薪を入れなくても消えない暖炉の火で軽く炙ってから齧りつく。
そしてハムとレタスのサンドイッチだ。
カナタさんが羨ましそうに……いや、怪訝そうな顔だな。
「それって……合うのか?」
生臭い一夜干しを食べて、ハムとレタスのサンドイッチを口に入れる……
うっ、不味い……
「お……美味しいですよ! これが通の冒険者の初日だけ食べられる御馳走ですから」
かなり苦しい言い訳だが、ここで不味いといったら今度は馬鹿にしたような笑みを浮かべるに違いない。
そんな事を思ってつい見栄を張ってしまったが……
「そうだったんですね! 僕、初めて聞きました。失敗したなー……僕も一夜干し買えば良かった」
真面目か!
真面目や……
レイドに間違った知識を教え込みそうになったので、恥を忍んで正直に言う。
「嘘です……失敗しました……好きな物を持ってきたけど、この二つ最悪に相性悪いです……」
「そ……そういう時もありますよ……」
レイドが慰めてくれる。
チラッとカナタさんの方に目をやると……やっぱり、ちょっと小ばかにした笑みを浮かべていた。
チクショウ!
「私はこんなにゆっくりと食べられると思わなくて、干し肉と干しブドウです」
レイドがちょっと寂しそうに呟きながら、カバンから猪の干し肉と干しブドウを取り出している。
ああ、そう言えば普通はそうだったな。
でも、初日の食事くらいならもうちょっとちゃんとしたのを用意すれば良かったのに。
「だってこんなに早くにボス部屋前の休憩部屋に着くとは思わなくて」
可哀想にちょっと泣きそうになっている。
でも安心して?
カナタさん手ぶらだからね?
きっと、あの人食べ物持ってないよ?
「そうか、ならそれは次に回したらいい。今日は一緒に食うか?」
カナタさんは、いつの間にかテーブルクロスを広げて目の前に湯気の立つコーンポタージュ、そしてこれまたホカホカと湯気を上げている柔らかそうな白パン、みるからに新鮮そうな瑞々しいサラダ、そして柔らかそうな丸いブツブツとした丸い塊……たぶん肉なんだろうけどを並べていた。
ですよねー……コーヒーをパッとどこからともなく取り出す人が、食事を出せない訳ないですよねー……
しかも、丸い塊はジュージューと音を立てていて、肉と胡椒の良い香りが漂っている。
胡椒とか……一粒で良いから嘗めてみたいってレベルの高級品なんですけどね。
貴族の館の前を通ったときに漂って来た香り……
たまたま通りがかった他の貴族の人が
「ああ、胡椒の良い香りね……早く夕飯食べたくなっちゃった」
と言いながら足早に横を通り過ぎていった。
それから、たまにその館の前を通って匂いだけ御馳走になっていたが……虚しい。
味の想像が全く付かないが、きっと美味しいはずだ。
カナタさんの手元から漂ってくる匂いだけで、一夜干しのレベルが2段階は上がる。
ああ……食べてみたい……
「いや、でもそしたらカナタさんのご飯が半分になっちゃう」
レイドが凄く物欲しそうにカナタさんの目の前の料理を見つめながら、自分の手元の干し肉に視線を落とす。
「僕はこれで十分ですから……」
それから、なんとも寂しそうな笑顔を浮かべそれを口に運ぼうとする。
うん、僕のサンドイッチあげるから。
だから、そんな顔しないで!
そう言おうと思ったその時……
「【三分調理】」
という声が聞こえたかと思うと、カナタさんの前にあるのと同じものが机に現れる。
はい、確かに聞きました!
今の、絶対魔法です!
誰がなんと言っても魔法です!
ていうか、料理を作る魔法とかあったのかよ!
てか、カナタさんそれ使えるのかよ!
「えっ?」
そうなるわな。
レイドが物凄く目を見開いている。
「もう作ったから、食べればいいよ。流石に俺も二人前は食べられないしな……要らないなら捨てるけど」
「食べます!」
レイド即答でした。
ですね。
当り前ですわ。
こんな、見るからに高そうな料理を捨てるとか言われたら、食べるしかないっすわ。
「美味ひい!」
聞こえない……
何も聞こえない……
何も見えない……
ムシャムシャ、モキュモキュ、パリッ、ズズズ……
という肉の咀嚼音、パンを頬張る音、しゃっきりレタスの歯切れの良さそうな音、スープを啜る音……
何も聞こえませんから……
満面の笑み……まるで女神か! と突っ込みたくなるような、神の祝福を受けたかのような笑顔なんて見えませんから。
僕も……が言えない自分が憎い!
きっと血の涙を流しながら、僕はいまサンドイッチを口に運んでいるに違いない……
パクッ、パリッ、ジュワ……
あれっ?
なんだこれ?
すげー美味い!
溢れ出る肉汁、口から鼻孔に抜ける憧れの胡椒の薫り……
ちょっとピリッとしてるけどなんというか心地よい辛さとしょっぱさに、食べている最中なのに胃液と唾液が溢れてくる。
不思議に思って自分が持っているなんの変哲もない黒パンと、レタス、ハムのサンドイッチに目をやる。
あれ? なんだこれ?
ふとカナタさんに視線を送ると、パチリとウィンクされた。
ズキューン! という音が聞こえそうなほど、心がときめきました。
だって、いつの間にか僕の手に握られていたのが、上が柔らかそうな厚みと丸みのある茶色いパンで、下がきつね色の薄い平な丸いパンに変わっていた。
そして具も、さっきまで持っていたサンドイッチと違って水をはじきそうなほど新鮮そうなレタスに、カナタさんとレイドの前にある丸い肉のような塊に変わっていたのだ。
どう考えてもこんな事が出来るのはカナタさんしかありえないだろう。
「カナタさん、これ?」
カナタさんに向かって声を掛けようとしたら、唇に人差し指を当ててそれ以上言わなくてもいいよ。
という声が聞こえた気がした。
あんた男前ですわ!
色々と失礼なことを考えてすいません。
「ほんなにおいひいのはひへへ!」
レイドも感動して、唾を飛ばしながら叫んでいる。
うんうん、口の中が空っぽになってから喋ろうか?
分かるけどさ……
「うんうん、落ち着いて食べていいよ逃げないから。それと、食べてから喋ろうか?」
カナタさんに言われてレイドが慌てて口を閉じる。
それから、味わうように咀嚼してゴクリという喉を通る音を響かせた後で、カナタさんに話しかける。
「こんなに柔らかいお肉料理初めてです……これってなんて料理なんですか?」
「それはハンバーグって言って、お肉をひき肉にしたものを丸めて焼いたものだよ」
こ……これがハンバーグだったのか!
ということは、僕の手に握られているのはハンバーガーと呼ばれる食べ物なのか?
イースタンの人が確か王都で経営している高級レストランで食べられるという。
ちなみに通常150ジュエルするハンバーガーのセットが、イースタンの人が訪れた場合5ジュエルで提供されるらしい。
ワンコインサービスと言われていて、同郷の人との絆を重んじる彼らの国民性を体現する美談として有名だ。
同郷の者よ、困ったらうちに来いという意味が込められているとか。
(注:彼らの住まう地では有名チェーンのハンバーガーのセットはワンコインが平均です。ぼったくりがバレるのを恐れて……)ストーップ!
何やら、感動を打ち消す天の声が聞こえそうな気がした……
ちなみに……
レイドとカナタが食べているのは、某有名チェーンひるくまの和牛ハンバーグ単品税込み2,138円である。
そしてエンが食べているのは、エンダーのビーフベジバーガー税込み310円である。
お腹いっぱいご飯を食べた僕とレイドは、食後の運動とばかりにボス退治! ……にはいかず、そこからさらにひと眠りするのであった。
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