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第1章:仮冒険者と魔王様、冒険者になる!~エンの場合~
第5話:冒険者ギルド
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その日は別々に夜を明かしたわけだが、次の日僕はカナタさんを迎えに宿屋小麦の薫りに向かう。
ロビーにはすでにカナタさんが座って居て、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
うん、優雅っすね。
なんか朝日が当たって、輝いてるし。
まあ、いいや。
「カナタさん!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
僕に気付いたカナタさんが、カップを持った手をあげて挨拶してくる。
「エンくんも飲むかい?」
僕に気付いた、昨日は居なかった店主のおじさんが声を掛けてくる。
「いえ、すぐに出ますので」
「そうかい?」
おじさんは肩を竦めると、他のお客さんにコーヒーを勧めに行く。
うん、取りあえずこの人を一人でなんとか出来るようにしないと、不安なんだよね。
ということで、カナタさんを急かす。
「っていうか、何呑気にまだコーヒー飲んでるんですか! 今日は忙しいんですから」
「忙しいの? なんで? 時間ならいっぱいあるよ?」
いや、まあ確かにそうかもしれませんが、僕も働かないとお金が無い訳で……いつまでもカナタさんに付き合ってる訳にもいかないですからね。
「僕は仕事があるんです。さあ、まずは冒険者ギルドからですよ」
「ふふっ、冒険者ギルド……良いね。すぐ行こうか」
そう言ってコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。
はやっ!
ていうか、そんなに冒険者ギルドに興味があるのかな?
すでに玄関にまで歩いて行って、マスターに何か話している。
めっちゃマスターが困った顔して、何かを拒んでいる……嫌な予感しかしない。
「ちょっとカナタさん!」
「ん? いや、パンが美味しかったからお礼をね」
そう言ってカナタさんが差し出しているのは……ルビー?
いや、デカいし……
「ちょっ、エン君なんとかしてくれ。こんなもん受け取れないって言ってるのに、引いてくれないんだよ」
「カナタさん、換金して適正なチップを用意しましょう。これは駄目です」
僕はそのままカナタさんの背中を押して、町に出る。
もう、出鱈目過ぎるわこの人。
朝っぱらから、物凄く疲れたが、その後もあっちにウロウロ、こっちにウロウロするカナタさんを一生懸命先導して、なんとか冒険者ギルドに着いたのは昼前だった。
「あっ、あれ美味しそう」
「いま、貴方お金無いでしょう」
「貸して?」
「昨日渡したのが最後だよ!」
食べ物やの前を通るたびに繰り返される死闘。
「なあなあ、あれ何作ってるの?」
「さあ?」
「ちょっと聞いてこよ……」
「銀細工です! この街の近くに銀山があって、銀の加工がこの街で結構盛んなんですよ」
「知ってんじゃん」
「あれは何を作ってるのかな?」
「あそこは、鍛冶屋ですよ」
「鍛冶? それは是非「是非なんですか? 取りあえず先に冒険者ギルドと、商業ギルドでしょ! まず冒険者ギルドに登録してみたいって言いだしたのカナタさんですよ」
「ふんっ、忙しない奴め」
とうとうエンから奴にランクダウンですか?
早すぎませんか?
まあ、なんとなく分かってましたけどさーーーー!
モノづくりのお店の前を通るたびに繰り返されるやり取り。
疲れた……酷く疲れた。
当然商店の前でも闘いは繰り返された……
なんだろう……小麦の薫りから冒険者ギルドまでの道のりが、Cランク冒険者以上推奨レベルのダンジョンの通路に見えてたような気がする。
「というわけで、冒険者ギルドです!」
「ついに来たか!」
貴方が寄り道しなければ10分で着いてたんですけどね。
そんな事を思いながら、ギルドの扉を開いて中に入る。
中に居るのは、夜行性の魔物を狩るために今から準備をする高レベル冒険者か、すでに昼までに仕事を終えてどうするか悩んでいる仮冒険者やE級冒険者ばかりだ。
他にもパーティの勧誘に来ている者や、素材の買い取りに来ている冒険者、あとは買い取りに来た商人や依頼に来た一般人の姿もチラホラと見える。
昔ながらのギルドには酒場もあるらしいが、あまりにもめ事が多いからそういったところは、大分減ってきている。
うう……嫌な奴も居るな。
見つかりませんように。
なるべくカナタさんの陰に隠れるように、2人でカウンターに向かっていると横から近付いてきた4人組の男女に声を掛けられる。
うわぁ……
「おやぁ? これはこれはエン先輩じゃないですか」
「ああ、まだ居たんですね。最近見かけなくなったので心配してたんですよ」
「エンさんが死ぬわけないって言ったんですけどね」
ニヤニヤしながら次々と声を掛けてくる冒険者たちを見ながら、カナタさんが頷きながらこっちを向く。
「なんだ、結構後輩に人望あるんだな」
んなわけないでしょ!
どう考えても馬鹿にしてるように思えませんか?
「そうだよなぁ……万年薬草拾いのエンさんが死ぬわけないじゃん!」
「ププッ! 失礼だってそんな事言ったら。貴方だって薬草採取の時に、色々と教えて貰ったんでしょ?」
「ああ、助かったなー……どうしても必要な薬草があってね、その為だけに声掛けたのに、聞いても無い事をあれこれと色々嬉しそうに喋っててププッ、殆ど聞いてねーっつーの!」
そう言って馬鹿笑いする4人組。
クソッ……そのうちの2人は僕より後から仮冒険者になって色々と教えてあげてたのに、先にF級冒険者になったとたんに掌を返したかのようにこっちを馬鹿にしはじめた。
「行きましょう……」
「フフッ……良いな。これもテンプレか……」
無視して進もうとカナタさんを促すが、ニヤニヤしたまま動こうとしない。
とういかなんなんですかテンプレって。
昨日も言ってましたが、意味分かんないですよ。
「あれーお兄さんは誰かなー?」
すぐに魔法使い見習いの女の子が僕の傍に居たカナタさんに声を掛けてくる。
「ああ、今日から冒険者になろうと思ってね。だから、エンさんに案内してもらってる」
「ププッ! エンさん人の世話見る前に、自分の事を見た方が良いんじゃないですか?」
薬草の事をあれこれと教えた狩人の男が、馬鹿にしたように漏らすのを睨み付ける。
「なんすか? その目……まさか仮冒険者の癖に、冒険者に文句があるんですか?」
そう言って狩人の男に睨み返されると、何も言い返す事は出来ない。
彼は冒険者……自分は冒険者見習い。
経歴は僕の方が長くても、立場は彼が上だ。
「それより、お兄さんエンさんに世話になるの止めて、私達に任せて見ない? すぐにF級にしてあげるわよ」
「そうそう、金持ってそうだしね。報酬さえ頂ければ1ヶ月でF級にしてやるよ」
魔法使い見習いの女の子と、剣士の男がカナタさんに近づいていく。
一応こんなのでも冒険者だ。
金さえ払えば、たぶん本当にF級にしてくれるだろう。
勿論、僕への当てつけもあるわけだしね。
「ふっ、1ヶ月も掛からずに自力でなるからいいさ……それに、こいつの方が面白そうだしな」
カナタさんは鼻で笑うと、僕の肩を押して4人組の包囲から抜け出す。
大人の余裕ですね……分かります。
全然相手にしてないって感じでその対応って……不味いですよね?
「おい待てよ!」
案の定剣士の男がすぐに声を荒げてカナタさんの肩を掴んだ瞬間に、一瞬で場が凍り付いた。
その場に居た数人の冒険者が一斉に剣士とカナタさんの方に視線を向けたのだ。
「なっ! なんだてめー……なっ、なんですか?」
剣士の男がすぐに文句を言いかけたが、周りを見て勢いが失われる。
そして、周囲の冒険者に伺うように声を掛ける。
というのも、2人を見ていた冒険者というのが、どれも有名パーティのエース級……いわゆるB級やA級といった戦士ばかりだったからだ。
しかも、その歴戦の戦士たちは何かに驚いたような、それでいて若干怯えた表情で二人の成り行きを心配そうに眺めているのだ。
当然、剣士の男も不安に駆られる。
「どうしたんですか? なんか言ってくださいよ!」
剣士の男の言葉に応える人たちは居ない。
全員がカナタさんに視線を向けたまま固まってしまっている。
剣士の男が慌てているが、誰も彼の事を見ようとしない。
「フッ……先に行ってもいいかな?」
カナタさんが、いつもの柔らかい笑みを浮かべて剣士に声を掛けると、剣士が一瞬逡巡したがすぐに道を譲る。
直後、周囲から聞こえる安堵の溜息。
うん……ぶっちゃけ自分が一番怖かったです。
だって、普段なら憧れるだけで目も合わせられない、目標とも呼べる人達が一斉にこっちに注目してるんだもん。
緊張しない訳が無いよね。
「あ……ああ」
剣士がどうにか絞りだすようにそれだけ言うと、狩人の男が心配そうに駆け寄って来る。
「おい、行かせていいのか?」
「いや、分からないけど……さ。周りが」
先ほどこちらに注目していた冒険者のうちの数人は、今でも剣士を睨み付けている。
流石に、このクラスの冒険者に睨まれたらここで働く事は難しい。
というか、凄腕冒険者が怯えるって事は、僕が知らないだけでカナタさんってやっぱり有名な金持ちか貴族なのかな?
まあ、実力のある冒険者なら顔も広いだろうし、そういった人たちの情報はしっかりと集めているだろうしね。
できっと大金をギルドに落とす良い依頼人なのだろう。
そういう依頼人に害を成すと、ギルド全体の評価が落ちるし街を跨ぐような依頼人の場合、他の町のギルドからも非難を浴びることになる。
そうなると、ギルドマスターから粛正と言う名の実質命を取らないだけの、限りなく死刑に近い状況に追い込まれる。
即ち、ギルドネットワークによって、全ての種類のギルド、商店の利用禁止なんて事もあり得る。
金があってもパン一つ買えなくなることだってあるくらいだ。
チラッとカナタさんを見るが、相変わらず読めない。
余裕だ……今なら、金持ち喧嘩せずって言葉をちょっと理解出来る。
きっと、彼のような大金持ちからしたら、所詮金を持たないF級冒険者や、僕のような仮冒険者なんて塵数多の存在なのだろう。
歩くのに、ちょっと邪魔かなくらいにしか思って無いんだろうな……
「良く分かんないけど、行っても良いってさ」
カナタさんがそう言ってスタスタと歩き出したので、慌てて後を追う。
チラッと後ろを見ると、銀の槍のエースのA級冒険者、疾風のレンゲさんが、例のF級冒険者達に何やら声を掛けていた。
全員の表情が真っ青だったことから、たぶんすげー脅されてるんだろうな。
ザマー見ろって思いたいけど、もしかしてカナタさんの対応一つ間違えたら、明日は我が身?
―――――――――
「おいルーキー……相手の実力も測れない奴が調子に乗るな」
「レ……レンゲ! ……さん」
剣士の男は、突如目の前に歩いてきた雲の上の存在、永遠の憧れであるA級冒険者に声を掛けられ緊張がマックスだ。
「あの人そんなに?」
「もし俺が今の実力でランクが冒険者見習いだったら、きっと話も聞かないようなお前たちにも分かるように教えてやろう……いま、このギルドに居る全員で襲い掛かっても、恐らくあの男には勝てないだろう。少なくとも、俺のところのパーティだけじゃ手に負える相手じゃない」
「んな馬鹿な!」
「ふんっ、見ただろう? この場に居たB級以上の実力を持った連中が一度にお前らに注目したのを……ああ、D級やE級の中にも振り返った奴等が居たが、あいつらの顔も覚えとけよ……あれはすぐに上がってくる奴等だ」
「えっ? いや、確かに言われてみれば……」
そこまで言われて、改めて思い出す。
その場に居たA級は3人、B級が8人だったと記憶しているが、A級の3人は全員が振り返っていた。
B級も7人はこっちを見てたような……そしてE級の奴はよく覚えている。
確かレイドって奴だったと思う。
仮冒険者の時に声を掛けたけど、断られたから腹いせにちょっとちょっかい出したらこっぴどくやられた。
しかも4対1で手も足も出なかった……それから2ヶ月でレイドにはランクまで抜かされて、今じゃ目も合わせられないけど。
「あの人一体何者なんですか?」
「……化け物だ。俺にはあの一瞬でお前の首が胴体から離れる映像が鮮明に見えた……恐らくなんとなく感じた奴もいるだろうが、同じものを見た奴も居るはずだ」
レンゲさんが少し震えながら答えるのを聞いて、身震いがした。
それが事実なら、殺気だけで幻視が見えたって事だ。
「今の一瞬で、このギルド内の実力者は全員あの男に顔を覚えられただろうな。お前らを見た時に巨大な爬虫類のような獰猛な瞳で見つめられるのを感じた……」
「ああ、あれはドラゴンの瞳だったよ……」
続けてレンゲさんの後ろから声を掛けて来たのは、同じくA級冒険者の真炎のバルバドスさんだ。
数年前にレッドドラゴンが現れた時に、有名パーティばかりで緊急で組まれた討伐メンバーとして活躍した人だ。
当時、11パーティ60人体制で討伐に向かって帰って来たのは4パーティ11人のみ。
メンバー全員が無事だったのは、バルバトスさん率いる誇り高き狼だけだ。
11人全員がドラゴンスレイヤーとしてA級冒険者に昇格している。
止めを刺したフレイヤって人は確かS級に昇格したはずだ。
「余計な事をしやがって」
バルバドスさんは頭の後ろをガシガシ搔きながら、俺を睨み付ける。
「目的は分からないが、気持ちの良いもんじゃないな」
レンゲさんも溜息を吐いている。
「これに懲りたら、少しは大人しくしろよ? お前ら最近目立ち過ぎだ! 悪い意味で」
バルバドスさんは俺の頭を軽く小突くと、そのまま踵を返して去っていった。
レンゲさんも同じ意見のようだ。
知らず知らずに上位冒険者に悪い感情を与えていた事を知り、居た堪れなくなった。
ふと周りを見ると、他の3人も酷い顔をして黙り込んでいる。
「うん……これからは、仮冒険者にも優しくしようね」
「うん、そだね」
「りょうかーい」
「はーい」
皆誤魔化すように、軽い返事をしているが表情は笑っているのに笑っていないという、不思議な顔だ。
でもしょうがない……一生話すことも無いと思っていた、憧れのA級冒険者様との初めてのコンタクトがこれじゃあ、暫くギルドに来れないよな……
後にこの4人は新人応援団というパーティ名に変えて、新人のバックアップを全力でするように方針を変えたとか変えてないとか。
地道な努力でC級冒険者まで上り詰めて、また後進の育成に力を入れた実績を認められてそれぞれギルド職員の新人育成部門に無事転職出来たとか出来てないとか。
なお、この新人育成部門で仮冒険者に訓練を行う時は、一番最初に……後の英雄だろうが覇王だろうが誰でも等しく仮冒険者から始まるのだという事を徹底して説明する。
だから相手が仮冒険者だろうと見くびらない事……なぜなら、英雄級の仮冒険者の実力は既にB級はあると覚えておけと、新人が思わず何かあったのだろうか? と勘ぐるほど必死に説明をしているらしい。
ロビーにはすでにカナタさんが座って居て、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
うん、優雅っすね。
なんか朝日が当たって、輝いてるし。
まあ、いいや。
「カナタさん!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
僕に気付いたカナタさんが、カップを持った手をあげて挨拶してくる。
「エンくんも飲むかい?」
僕に気付いた、昨日は居なかった店主のおじさんが声を掛けてくる。
「いえ、すぐに出ますので」
「そうかい?」
おじさんは肩を竦めると、他のお客さんにコーヒーを勧めに行く。
うん、取りあえずこの人を一人でなんとか出来るようにしないと、不安なんだよね。
ということで、カナタさんを急かす。
「っていうか、何呑気にまだコーヒー飲んでるんですか! 今日は忙しいんですから」
「忙しいの? なんで? 時間ならいっぱいあるよ?」
いや、まあ確かにそうかもしれませんが、僕も働かないとお金が無い訳で……いつまでもカナタさんに付き合ってる訳にもいかないですからね。
「僕は仕事があるんです。さあ、まずは冒険者ギルドからですよ」
「ふふっ、冒険者ギルド……良いね。すぐ行こうか」
そう言ってコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。
はやっ!
ていうか、そんなに冒険者ギルドに興味があるのかな?
すでに玄関にまで歩いて行って、マスターに何か話している。
めっちゃマスターが困った顔して、何かを拒んでいる……嫌な予感しかしない。
「ちょっとカナタさん!」
「ん? いや、パンが美味しかったからお礼をね」
そう言ってカナタさんが差し出しているのは……ルビー?
いや、デカいし……
「ちょっ、エン君なんとかしてくれ。こんなもん受け取れないって言ってるのに、引いてくれないんだよ」
「カナタさん、換金して適正なチップを用意しましょう。これは駄目です」
僕はそのままカナタさんの背中を押して、町に出る。
もう、出鱈目過ぎるわこの人。
朝っぱらから、物凄く疲れたが、その後もあっちにウロウロ、こっちにウロウロするカナタさんを一生懸命先導して、なんとか冒険者ギルドに着いたのは昼前だった。
「あっ、あれ美味しそう」
「いま、貴方お金無いでしょう」
「貸して?」
「昨日渡したのが最後だよ!」
食べ物やの前を通るたびに繰り返される死闘。
「なあなあ、あれ何作ってるの?」
「さあ?」
「ちょっと聞いてこよ……」
「銀細工です! この街の近くに銀山があって、銀の加工がこの街で結構盛んなんですよ」
「知ってんじゃん」
「あれは何を作ってるのかな?」
「あそこは、鍛冶屋ですよ」
「鍛冶? それは是非「是非なんですか? 取りあえず先に冒険者ギルドと、商業ギルドでしょ! まず冒険者ギルドに登録してみたいって言いだしたのカナタさんですよ」
「ふんっ、忙しない奴め」
とうとうエンから奴にランクダウンですか?
早すぎませんか?
まあ、なんとなく分かってましたけどさーーーー!
モノづくりのお店の前を通るたびに繰り返されるやり取り。
疲れた……酷く疲れた。
当然商店の前でも闘いは繰り返された……
なんだろう……小麦の薫りから冒険者ギルドまでの道のりが、Cランク冒険者以上推奨レベルのダンジョンの通路に見えてたような気がする。
「というわけで、冒険者ギルドです!」
「ついに来たか!」
貴方が寄り道しなければ10分で着いてたんですけどね。
そんな事を思いながら、ギルドの扉を開いて中に入る。
中に居るのは、夜行性の魔物を狩るために今から準備をする高レベル冒険者か、すでに昼までに仕事を終えてどうするか悩んでいる仮冒険者やE級冒険者ばかりだ。
他にもパーティの勧誘に来ている者や、素材の買い取りに来ている冒険者、あとは買い取りに来た商人や依頼に来た一般人の姿もチラホラと見える。
昔ながらのギルドには酒場もあるらしいが、あまりにもめ事が多いからそういったところは、大分減ってきている。
うう……嫌な奴も居るな。
見つかりませんように。
なるべくカナタさんの陰に隠れるように、2人でカウンターに向かっていると横から近付いてきた4人組の男女に声を掛けられる。
うわぁ……
「おやぁ? これはこれはエン先輩じゃないですか」
「ああ、まだ居たんですね。最近見かけなくなったので心配してたんですよ」
「エンさんが死ぬわけないって言ったんですけどね」
ニヤニヤしながら次々と声を掛けてくる冒険者たちを見ながら、カナタさんが頷きながらこっちを向く。
「なんだ、結構後輩に人望あるんだな」
んなわけないでしょ!
どう考えても馬鹿にしてるように思えませんか?
「そうだよなぁ……万年薬草拾いのエンさんが死ぬわけないじゃん!」
「ププッ! 失礼だってそんな事言ったら。貴方だって薬草採取の時に、色々と教えて貰ったんでしょ?」
「ああ、助かったなー……どうしても必要な薬草があってね、その為だけに声掛けたのに、聞いても無い事をあれこれと色々嬉しそうに喋っててププッ、殆ど聞いてねーっつーの!」
そう言って馬鹿笑いする4人組。
クソッ……そのうちの2人は僕より後から仮冒険者になって色々と教えてあげてたのに、先にF級冒険者になったとたんに掌を返したかのようにこっちを馬鹿にしはじめた。
「行きましょう……」
「フフッ……良いな。これもテンプレか……」
無視して進もうとカナタさんを促すが、ニヤニヤしたまま動こうとしない。
とういかなんなんですかテンプレって。
昨日も言ってましたが、意味分かんないですよ。
「あれーお兄さんは誰かなー?」
すぐに魔法使い見習いの女の子が僕の傍に居たカナタさんに声を掛けてくる。
「ああ、今日から冒険者になろうと思ってね。だから、エンさんに案内してもらってる」
「ププッ! エンさん人の世話見る前に、自分の事を見た方が良いんじゃないですか?」
薬草の事をあれこれと教えた狩人の男が、馬鹿にしたように漏らすのを睨み付ける。
「なんすか? その目……まさか仮冒険者の癖に、冒険者に文句があるんですか?」
そう言って狩人の男に睨み返されると、何も言い返す事は出来ない。
彼は冒険者……自分は冒険者見習い。
経歴は僕の方が長くても、立場は彼が上だ。
「それより、お兄さんエンさんに世話になるの止めて、私達に任せて見ない? すぐにF級にしてあげるわよ」
「そうそう、金持ってそうだしね。報酬さえ頂ければ1ヶ月でF級にしてやるよ」
魔法使い見習いの女の子と、剣士の男がカナタさんに近づいていく。
一応こんなのでも冒険者だ。
金さえ払えば、たぶん本当にF級にしてくれるだろう。
勿論、僕への当てつけもあるわけだしね。
「ふっ、1ヶ月も掛からずに自力でなるからいいさ……それに、こいつの方が面白そうだしな」
カナタさんは鼻で笑うと、僕の肩を押して4人組の包囲から抜け出す。
大人の余裕ですね……分かります。
全然相手にしてないって感じでその対応って……不味いですよね?
「おい待てよ!」
案の定剣士の男がすぐに声を荒げてカナタさんの肩を掴んだ瞬間に、一瞬で場が凍り付いた。
その場に居た数人の冒険者が一斉に剣士とカナタさんの方に視線を向けたのだ。
「なっ! なんだてめー……なっ、なんですか?」
剣士の男がすぐに文句を言いかけたが、周りを見て勢いが失われる。
そして、周囲の冒険者に伺うように声を掛ける。
というのも、2人を見ていた冒険者というのが、どれも有名パーティのエース級……いわゆるB級やA級といった戦士ばかりだったからだ。
しかも、その歴戦の戦士たちは何かに驚いたような、それでいて若干怯えた表情で二人の成り行きを心配そうに眺めているのだ。
当然、剣士の男も不安に駆られる。
「どうしたんですか? なんか言ってくださいよ!」
剣士の男の言葉に応える人たちは居ない。
全員がカナタさんに視線を向けたまま固まってしまっている。
剣士の男が慌てているが、誰も彼の事を見ようとしない。
「フッ……先に行ってもいいかな?」
カナタさんが、いつもの柔らかい笑みを浮かべて剣士に声を掛けると、剣士が一瞬逡巡したがすぐに道を譲る。
直後、周囲から聞こえる安堵の溜息。
うん……ぶっちゃけ自分が一番怖かったです。
だって、普段なら憧れるだけで目も合わせられない、目標とも呼べる人達が一斉にこっちに注目してるんだもん。
緊張しない訳が無いよね。
「あ……ああ」
剣士がどうにか絞りだすようにそれだけ言うと、狩人の男が心配そうに駆け寄って来る。
「おい、行かせていいのか?」
「いや、分からないけど……さ。周りが」
先ほどこちらに注目していた冒険者のうちの数人は、今でも剣士を睨み付けている。
流石に、このクラスの冒険者に睨まれたらここで働く事は難しい。
というか、凄腕冒険者が怯えるって事は、僕が知らないだけでカナタさんってやっぱり有名な金持ちか貴族なのかな?
まあ、実力のある冒険者なら顔も広いだろうし、そういった人たちの情報はしっかりと集めているだろうしね。
できっと大金をギルドに落とす良い依頼人なのだろう。
そういう依頼人に害を成すと、ギルド全体の評価が落ちるし街を跨ぐような依頼人の場合、他の町のギルドからも非難を浴びることになる。
そうなると、ギルドマスターから粛正と言う名の実質命を取らないだけの、限りなく死刑に近い状況に追い込まれる。
即ち、ギルドネットワークによって、全ての種類のギルド、商店の利用禁止なんて事もあり得る。
金があってもパン一つ買えなくなることだってあるくらいだ。
チラッとカナタさんを見るが、相変わらず読めない。
余裕だ……今なら、金持ち喧嘩せずって言葉をちょっと理解出来る。
きっと、彼のような大金持ちからしたら、所詮金を持たないF級冒険者や、僕のような仮冒険者なんて塵数多の存在なのだろう。
歩くのに、ちょっと邪魔かなくらいにしか思って無いんだろうな……
「良く分かんないけど、行っても良いってさ」
カナタさんがそう言ってスタスタと歩き出したので、慌てて後を追う。
チラッと後ろを見ると、銀の槍のエースのA級冒険者、疾風のレンゲさんが、例のF級冒険者達に何やら声を掛けていた。
全員の表情が真っ青だったことから、たぶんすげー脅されてるんだろうな。
ザマー見ろって思いたいけど、もしかしてカナタさんの対応一つ間違えたら、明日は我が身?
―――――――――
「おいルーキー……相手の実力も測れない奴が調子に乗るな」
「レ……レンゲ! ……さん」
剣士の男は、突如目の前に歩いてきた雲の上の存在、永遠の憧れであるA級冒険者に声を掛けられ緊張がマックスだ。
「あの人そんなに?」
「もし俺が今の実力でランクが冒険者見習いだったら、きっと話も聞かないようなお前たちにも分かるように教えてやろう……いま、このギルドに居る全員で襲い掛かっても、恐らくあの男には勝てないだろう。少なくとも、俺のところのパーティだけじゃ手に負える相手じゃない」
「んな馬鹿な!」
「ふんっ、見ただろう? この場に居たB級以上の実力を持った連中が一度にお前らに注目したのを……ああ、D級やE級の中にも振り返った奴等が居たが、あいつらの顔も覚えとけよ……あれはすぐに上がってくる奴等だ」
「えっ? いや、確かに言われてみれば……」
そこまで言われて、改めて思い出す。
その場に居たA級は3人、B級が8人だったと記憶しているが、A級の3人は全員が振り返っていた。
B級も7人はこっちを見てたような……そしてE級の奴はよく覚えている。
確かレイドって奴だったと思う。
仮冒険者の時に声を掛けたけど、断られたから腹いせにちょっとちょっかい出したらこっぴどくやられた。
しかも4対1で手も足も出なかった……それから2ヶ月でレイドにはランクまで抜かされて、今じゃ目も合わせられないけど。
「あの人一体何者なんですか?」
「……化け物だ。俺にはあの一瞬でお前の首が胴体から離れる映像が鮮明に見えた……恐らくなんとなく感じた奴もいるだろうが、同じものを見た奴も居るはずだ」
レンゲさんが少し震えながら答えるのを聞いて、身震いがした。
それが事実なら、殺気だけで幻視が見えたって事だ。
「今の一瞬で、このギルド内の実力者は全員あの男に顔を覚えられただろうな。お前らを見た時に巨大な爬虫類のような獰猛な瞳で見つめられるのを感じた……」
「ああ、あれはドラゴンの瞳だったよ……」
続けてレンゲさんの後ろから声を掛けて来たのは、同じくA級冒険者の真炎のバルバドスさんだ。
数年前にレッドドラゴンが現れた時に、有名パーティばかりで緊急で組まれた討伐メンバーとして活躍した人だ。
当時、11パーティ60人体制で討伐に向かって帰って来たのは4パーティ11人のみ。
メンバー全員が無事だったのは、バルバトスさん率いる誇り高き狼だけだ。
11人全員がドラゴンスレイヤーとしてA級冒険者に昇格している。
止めを刺したフレイヤって人は確かS級に昇格したはずだ。
「余計な事をしやがって」
バルバドスさんは頭の後ろをガシガシ搔きながら、俺を睨み付ける。
「目的は分からないが、気持ちの良いもんじゃないな」
レンゲさんも溜息を吐いている。
「これに懲りたら、少しは大人しくしろよ? お前ら最近目立ち過ぎだ! 悪い意味で」
バルバドスさんは俺の頭を軽く小突くと、そのまま踵を返して去っていった。
レンゲさんも同じ意見のようだ。
知らず知らずに上位冒険者に悪い感情を与えていた事を知り、居た堪れなくなった。
ふと周りを見ると、他の3人も酷い顔をして黙り込んでいる。
「うん……これからは、仮冒険者にも優しくしようね」
「うん、そだね」
「りょうかーい」
「はーい」
皆誤魔化すように、軽い返事をしているが表情は笑っているのに笑っていないという、不思議な顔だ。
でもしょうがない……一生話すことも無いと思っていた、憧れのA級冒険者様との初めてのコンタクトがこれじゃあ、暫くギルドに来れないよな……
後にこの4人は新人応援団というパーティ名に変えて、新人のバックアップを全力でするように方針を変えたとか変えてないとか。
地道な努力でC級冒険者まで上り詰めて、また後進の育成に力を入れた実績を認められてそれぞれギルド職員の新人育成部門に無事転職出来たとか出来てないとか。
なお、この新人育成部門で仮冒険者に訓練を行う時は、一番最初に……後の英雄だろうが覇王だろうが誰でも等しく仮冒険者から始まるのだという事を徹底して説明する。
だから相手が仮冒険者だろうと見くびらない事……なぜなら、英雄級の仮冒険者の実力は既にB級はあると覚えておけと、新人が思わず何かあったのだろうか? と勘ぐるほど必死に説明をしているらしい。
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