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第三章:王都学園編~初年度後期~

第15話:癒しのひと時

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「えっ? 親御さんは来られていないの?」
「はい。従者と一緒に来たのですが、彼が手続きをしている間に私が勝手に移動してしまって」
「あらあら、しっかりしてそうでおっちょこちょいなのね」

 私より小さな女の子の手を引いて、とりあえず受付を担当している生徒に報告をする。
 それから、教員室へと向かう予定だ。
 
「今頃、従者の方も大慌てて探しているでしょうね」
「受付の近くにいてくれたら、はぐれなかったのに」
「そりゃ、受付を終えてお嬢様がいなかったら、慌てて探し回るでしょう。普通は」

 これは自分が迷子になったのではなく、従者の方がはぐれたとでも思っていそうだ。
 うん、思ってるのだろう。
 良いとこのお嬢さんっぽいし。

「まったく。あの人は、そそっかしいところがあるから」
「そうね」

 うん、思ってるねこれは。
 確実に。

「それよりもエルザ様は、おひとりなのですか?」
「ん? 今はエレオールと一緒だから、二人だよ」
「そういう意味ではないのですが」

 私の言葉に、少し困った表情を受けべている少女。
 可愛い。
 青い目が揺れているけど、不安なのだろう。
 心無し、巻き髪も元気がなさそうだ。

 それにしても、危ないところだった。
 彼女と一緒に移動を始めてから、一定の距離でついてきている気配が複数ある。
 それも、大人の気配。
 狙われているのだろう……そんなこと、あるのかな?
 基本は貴族の関係者しかいないはずの、この敷地内で。
 無いだろうね。
 ってことは、彼女の関係者か……敵対する派閥とか貴族の関係者だろうけど。
 彼女の知り合いだったら、きっと声を掛けて来てるはずだろうし。

「それにしてもエレオールは、とても綺麗なお顔立ちをしてるのね。ご両親は、きっと美男美女ね」
「エルザ様がそれを言いますか……一つしか歳が違わないのに、とてもお姉さんっぽいです」

 結構、身長差があるからね。
 学年でも私は高い方だし。
 
「スタイルも凄くいいですし。どうやって、その体型を維持してるのですか?」
「まあ! 幼くても、立派なレディなのね。私は……剣や運動が好きだから、特に努力をしているわけでもないんだけどね……ははは、趣味の副産物かな?」
「私もそれなりに、運動はしているのですよ?」
「うん、良いと思う。それに、背が伸びたら自然と細くなるよ。でも、それ以前に今でも細いから、もう少し食べた方がいいんじゃない?」
「食べすぎると、ドレスの形が崩れちゃいますし……コルセットがきつくなるだけなので」

 うん、コルセット……あれ、本当に百害あって一利なしな存在だよね。
 見た目が美しく見えるって、誰のために美しくないといけないんだって話だし。
 美しかろうがそうじゃなかろうが、基本は親が婚姻相手を見つけてくるのが殆どの貴族社会。
 社交界で自分で見つけるなんて、大変だよ。
 まあ、美しくないと大事にされないかもしれないけど。
 価値観は人それぞれだ。
 個性的な顔立ちや、ふっくらとした体形が好みの男性だっているはずだ。

「こんなに小さい時から、コルセットなんてしなくて良いです」
「いまやっとかないと、大人になったらもっと大変じゃないですか。それに、エルザ様と一つしか違わないのですが? 去年はコルセットされてなかったのですか?」
「うん? 基本的にはつけない方針だよ。そもそも戦闘だと体にぴったり這うような服は、急所に狙いをつけやすいと思わない? それよりもゆったりめの服の方がいいよね? 布地に触れた感触で、攻撃の軌道も読めるし」
「うーん……ちょっと、それは価値観が普通じゃないです」

 だから、価値観は人それぞれなんだよ。
 正直、ダリウスとの婚約もどっちでも良いし。
 なんてことは、大声では言えないけどね。

 つけてくる気配に、害意はなさそうだね。
 これなら、少し遠回りしてもいいかな?

「そうだ! 食堂に寄ってく?」
「えっ? 教員室に向かうのでは?」
「少しくらい、時間に余裕がありそうだし」

 チラッと後ろを見たら、こちらを見ていた男性がすっと木の陰に隠れていった。
 身のこなしからして、彼女の護衛かもしれない。
 あっ、諦めたのか身体を半分出してきて、頭を下げられた。
 思惑は分からないけど、彼女をよろしくと言っているように感じたんだけど。

「それに、私に何か用でもあったんじゃないの?」
「えっ? なんでですか?」
「うーん、なんとなく?」

 別に、そういう訳じゃないのかな?
 新手の美人局かと思った。
 まあ、良いか。
 
 と思って校舎に入って、食堂に向かっていたら……出たな、お邪魔虫!
 廊下で、複数の生徒が一人の生徒を取り囲んでいる。
 エレオールが一瞬、嫌そうな表情を浮かべていた。

「あなた達! そんなところで横に広がっていると邪魔よ!」
「あん? あー……おー……いい天気だなぁ」

 私が声を掛けたら威圧的な声をあげながら振り返って、そのまま視線を窓の外に向けていた。

「聞いてるの?」
「おっ、これはエルザ様。気付きませんで」
「何か御用ですか?」

 白々しい。
 用件なら、さっき伝えたんだけど。

「聞こえなかったの? 邪魔って、言ったんだけど?」
「あー、これはこれは気付きませんで」
「さっきも、聞いた」
「はい……すいません。おい、お前ら行くぞ!」

 全員が回れ右をして……私たちの進行方向に向かおうとしている。
 どっちにしろ、邪魔なんだけど?
 それと……

「彼は友達ではないのですか? おや? 怪我をされてますね?」

 彼らが去ったあとに取り残された、蹲っている男子に声を掛ける。
 見ると頬が腫れて、口の端から血まで出ている。
 なんでこんな暴挙を、学園は見て見ぬふりをするのだろうか……
 いや、してない先生が大半だけどさ。
 学内で問題にならないのが、不思議でしょうがない。

「あー、いえ……大丈夫です! もう、解決しました」

 そして、お前には聞いてない。
 あとそれは、お決まりの常套句……というよりも、定型文なのだろうか?
 蹲ってる男子じゃなくて、取り囲んでいた方の男子が答えてきたので思わず変な顔をしてしまった。
 解決してないだろう……どう考えても。

「もう、大丈夫です。ほんとに」
「あなたには聞いてないって」
「大丈夫だよな? なっ? なぁ? 大丈夫だって言ってくれ」

 何をこんなに焦っているのか知らないけど、人に見られるのが嫌ならこんなことしなければいいのに。

「だ……大丈夫です」

 蹲っている子も、大丈夫だと言ってしまった。

「本当に?」
「本当に、大丈夫ですって!」
「いや、だからあなたには聞いてないってば!」

 段々、イライラしてきた。
 これが「こら男子!」「うわっ! エルザだ! 逃げろー」みたいな、流れなら多少は……
 いや、全然よくないか。

 それで、遠くまで行って「ブース!」って言うところまでが、流れだろうけど。
 遠くまで逃げたところで、魔法でどうにもできるし。
 そもそも、転移で距離なんか一瞬で詰められるけど。

「本当に、大丈夫です」
「まあ、きみがそう言うなら。でも、あなたたちの顔は覚えたからね?」
「ひいっ!」

 ひいっ! って言うの、やめろマジで。
 どれだけ、私が怖いんだ。
 とりあえず取り囲んでいた男子に睨みを利かせたうえで、釘は刺しておいた。
 本当に、身分至上主義派ってやつは。

「一人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です」

 とりあえず蹲っていた子を立ち上がらせて、魔法で傷を癒してあげる。
 それから水魔法で濡らしたハンカチを渡して、エレオールを連れて食堂に。

「凄いですね?」
「でしょ? 本当にびっくりするよ。ああいう子には、なっちゃだめだよ。それから、見かけても近づかないようにね。何かされたら、すぐに私に言うんだよ」
「いや、彼らじゃなくて……エルザ様の話だったのですが?」
「私? なんで?」
「男子が大勢いるところに、普通に声を掛けて止められるところとか」

 うーん、普通のことだと思うけど。
 誰かが困っていたら、助けるのは当然だし。

「凄い事じゃなくて、当たり前のことを当たり前にしてるだけだよ」
「何が、当たり前かよくわからないのですが」
「困っている人が居たら、助けるのは当たり前」

 私の言葉に、エレオールが不思議そうな表情を浮かべている。
 おかしなことを言ったかな?

「噂とは、随分と違う方のようですね」
「噂? なに、私の噂って! といっても、碌なことじゃなさそうだね。いいよ、言わせたい人には言わせておけば」
「強いんですね」
「そりゃ、レベルが四桁にもなるとね」

 あっ、エレオールが硬直しちゃった。
 なんか、変なこと言ったかな?

「この国の歴代最強レベルを、レオハート大公と共に塗り替えたのは知ってましたが……まさか、その倍にまで届いているなんて」
「へえ、よく知ってるね。レベルに興味があるんだ! でも、四桁越えって世界を見ると、割といるらしいよ」
「うそでしょ!」
「何百人もいるわけじゃないけど、思ったよりは多かった」
「てか、どうやってその情報を? もしかして1000超えたら、なんか特殊なネットワークでもあるとかですか?」

 ネットワークって、また異世界翻訳さんが変な実力を発揮してる。
 ん?
 あっ、そうですか……地球でも中世から存在してた言葉なんですね。
 注釈っぽいのが脳裏に流れ込んできたけど、本当に翻訳スキルさん自立型のスキルじゃないよね?
 とうとう、私の疑問に答えを返すようになってくるとか。
 スキルと会話できるようになる日も、近いんじゃないかな?
 そう思うよね?
 ……これには、答えてくれないのか。

「そういったのは無いけど、色々と世界中のことを知ってる知人がいるからね」
「へえ……たぶん、王族も知らない情報ですよね? それ」
「知っても、意味ないんじゃないかな?」
「エルザ様とレオハート大公がいなければ、その1000超えの人に王国が蹂躙されることも」
「それって、私とおじいさまでも出来るってこと?」

 あっ、私の言葉にエレオールが黙り込んでしまった。

「大丈夫! 私はみんなの味方だから」
「みんなって、誰ですか!」
「知り合った人たち、全員だよ?」

 唖然としているけど、友人や家族を傷つけるようなことはしないよ。
 絶対……いや、事故を除いたらだけどね。
 うっかり、巻き添えで怪我とかさせちゃうかもだけど、治療魔法も得意だし。

「えっと……食堂が閉まってるように見えるんですけど?」
「ジェフさん! エルザです! 開けて」
「ああ、はいはい……何か用ですか?」
「うん、ちょっとこの子と食堂の一角を貸してもらえたら」
「良いですよ! もう火は落としちゃったんで料理は無理ですけど、冷やしてあるデザートとお茶を用意してお持ちしますね」

 扉をノックして中の料理長にお願いしたら、すんなり入れてもらえた。

「ありがとう! 来年から通う予定の子だから、美味しいお菓子をよろしくね」
「ええ、もちろんですとも」

 それから、椅子と机を借りて隣り合って座る。

「普通、こういうのって向かい合って座るもんじゃないですか?」
「ええ? 色々と、お世話するのにこの方が、やりやすいじゃん」
「私、一人で食べられます……あと、ここの方にご迷惑じゃなかったですか?」
「大丈夫じゃない? 料理長とは仲良くしてるし、たまに私の友達と一緒にここで話をすることもあるからね」
「質問の答えと、微妙にずれてるような」
「色々と、調味料やら調理法も提供してるし」

 そして、その成果が形成肉のステーキと。
 そこに色気を出して、トカゲの形にしてきたのは許さんけどな。
 面白かったけど。
 できれば、サイコロステーキが良かったよ。

 それから、色々とエレオールと話をして楽しいひと時を過ごしたよ。
 もう彼女の従者も隠れる気が無いみたいで、普通にジェフさんにお菓子を貰って少し離れた場所に座ってたし。
 彼女もそっちを見て、私を見た後で観念したのか本当の目的を話してくれた。

 どうも、私と身分至上主義派の関係を知りたかったらしい。
 彼女の素性までは教えてくれなかったけど、どうせ来年には分かるからとはぐらかされてしまった。
 オルガに聞いたら、答えてくれそうだし。
 たぶん、やんごとない身分の子だろう。
 ダリウスの妹は、まだ下だからね。
 従兄妹とか?

 その後、出てきたモンブランに舌鼓を打ってから、校内を散策することに。
 あれこれと見て回ったら、最終的に呼び方もエルザ様がエルザお姉さまに変わって私もご満悦だ。
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