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第三章:王都学園編~初年度後期~

第11話:特別措置

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「それでは、レオハート嬢にはこれを解いてもらおう」

 そういって、理科の先生が手渡してきたのは一枚の羊皮紙。
 植物紙がそこまで普及していないから、未だに羊皮紙が大活躍だ。
 とはいえレオハート領では量産体制がようやく整って、大量生産が始まっている。
 いずれ、王都にも侵食することになるだろう。
 羊皮紙と取って変わる日も近い。

 なぜこういった時代背景だと、紙の発展が遅いのだろうか。
 まるで転生者のために、取っておいてくれたのではと思う。
 その疑問は、ミッシェル嬢が教えてくれた。
 ちなみに、彼女も植物紙を自作して使っている。
 うちのものよりも品質は劣るけども、ほぼ家でしか消費しないからと言っていた。

「そりゃ、平民の識字率が低いんだから当然でしょう? 人口の9割以上が平民の世界で紙を必要とする人なんて殆どいないわよ」

 お……おおう。
 確かに。

「そして、貴族や商人はお金があるからね。そんなに気にしないんじゃないかな? ずっとそうだったんだから、高価で当たり前。そういう物だと思ってるのよ」

 そうなのだ。
 紙だけ安くしたところで、ペンもインクも高いのだ。
 庶民が買えるようなものじゃない。
 羊皮紙だって、一頭の羊から実用サイズだと5~6枚しかとれないわけだし。
 加工にも時間が掛かる。
 そりゃ教科書も高いわけだよ。
 100ページ作るのに、羊が20頭……
 いや、そんなにページ数は無いけどさ。
 つっても、紙だけのために羊を絞めるわけでもないし。
 当然肉だって、取れるわけだしね。

「領民を気に掛けられる身分に産まれたから出来たことよ。しがない子爵家だと、そんな余裕ないし。しかし、鉛筆は盲点だったわぁ……この世界にだいぶ毒されてた。炭なら安く手に入るし、それで紙に字を書けばいいだけだもんね」

 炭で壁や地面に字や絵を描くのは、この世界でも普通のことなんだけどね。
 下の方の人達からすれば。
 元身分至上主義派にいたミッシェルだと、考え付かなかったことらしい。
 とりあえずレオハート領の領民の識字率が異常に高くなっているということは、分かった。
 王都で植物紙を流行らせようと思ったら、必要とする人を増やさないといけないか。
 商人や貴族には重宝されるかもしれないけど、それでも大量に売れるわけじゃない。
 とりあえず、冒険者ギルドから卸してみるか。
 地図とかを紙と炭鉛筆を買って書き写したら、そっちの方が安くあがるくらいの価格設定で。
 そういえばマッパーも、炭鉛筆を使ってるらしいし。
 うん、イケる気がする。
 多少は耐久性をあげておかないと。
 画用紙くらいの厚みがあれば、良いかな?

 ということがあって、今は王都での販売は試験的に行っているところだ。
 当初はコストの関係で羊皮紙より安い程度だった紙も、大量生産できる今となってはかなり価格を落とせるし。
 うん……冒険者ギルドよりも先に、先生方に勧めるべきだった。

 先生に手渡された課題を見ながら、余計なことを考えてしまった。
 ちなみに、この課題は私だけのものだ。

 相変わらず授業を上の空で聞いていたら、先生に呆れられてしまった。
 補習の際に、基礎の重要性をしっかりと説いたのに。
 長期休暇で、もう忘れてしまったのかと。

 忘れたわけじゃなくて、完ぺきだから必要ないと口ごたえしたらテストを受けさせられた。
 
「これで満点が取れたら、レオハート嬢には別の課題を与えることにするかね」

 という教授からの挑戦状。
 受けて立つ!
 必要は無いんだけどね。
 本来なら、真面目に受けて当然なんだし……いや、真面目に臨んではいるんだけどさ。
 他所事を考えちゃうだけで。
 でも、そういったことを咎められなくなるならと。

「やっぱりですね……」

 そして、先生がテストの結果を見て嬉しそうに微笑んでいた。
 満点だったけど、悔しくないのかな?

「であれば、無駄に時間を浪費させるのは申し訳ないので、私の研究を手伝ってもらうことにしますね」

 なるほど……そういった、本音が隠されていたんですね。
 いいですけど。
 そっちの方が楽しそうですし。

 といった流れで、渡された課題。
 周りの生徒は、もはや何も気にしなくなってるけど。

「うーん……魔石を使った回路による魔力基盤の作成工程の課題か。これは、お手伝いじゃなくて試されてるのかな? どの程度なら、お願いしても大丈夫かの試金石代わりか」

 とりあえず、レオハート領の最新の情報を記載しておこうかな?
 元々、これはうちの魔導研究所に開発させた仕組みだし。
 そういえば、ミッシェルさんは流石だった。
 魔法が使えるのに、わざわざそんなものを作る必要が無いとは言われたけど。
 そりゃ転生者なら、魔法を上手く使えるかもしれないけどさ。
 凄い魔法とかって意味じゃなくて、科学的な応用って意味で。
 そして、彼女は雷系統の魔法を特に鍛えていた。
 電気分解が、彼女の内政チートに必須だったかららしいけど。
 電気を自在に操れたら、多少はどうにかなるとは彼女の言葉だ。
 魔力回路なんか使わなくても、普通の回路でどうにかなる。
 であれば高価な魔鋼やミスリル銀を使うよりも、遥かにコストを抑えられるって。
 電池や電源の代わりは、雷属性の魔力でいくらでもどうにでもなるって言われたし。

 うーん……まあ、とりあえずオーソドックスにミスリル銀と魔石を使ったものにしておこう。
 課題にあったのは、無限に水が湧き出るデキャンタだ。
 いや無限というか、魔石に魔力がある限り。
 
 といっても、そこまで難しいものじゃ無いんだよね。
 デキャンタの底面に魔法陣を刻んで、口の方に魔石を設置。
 デキャンタに段差を作って、水に浮く素材で穴の開いた円盤を入れるだけ。
 水が減るとその円盤が落ちて、魔力回路を繋ぐ。
 そして底の魔法陣から、魔法が発動する。
 水が増えると円盤が浮いて、魔力回路が切断される。
 これで、魔石の魔力がある限り自動で補充されるデキャンタの完成。

 今回は、これを提出すれば終わりらしい。
 他の子たちと違うことをしているというのは、少し後ろめたさがあるけど。
 これを基準に次の課題というか、お手伝いの内容が決まるのだろう。

 他の授業はそこまで、他所事を考えること無いんだけどね。
 あっ、歴史の授業も上の空になることが、多かったか。
 やっぱりファンタジー要素が多い授業は、どうしても妄想が捗るというか。
 色々と、思いを馳せてしまうのは仕方がないことだよね。

***
「やっぱり、エルザ様は凄いですね。後期の理科のテストも満点間違いなしです」
「まあ、そのテストを前倒しで受けさせられたからね」

 テスト内容は変えるといっていたけど、難易度は一緒らしい。
 というか、言葉を入れ替えたりとか、数字を変えたり程度らしい。
 私から、今回受けたテストの内容が漏れても大丈夫なように。
 うん、そこは信用して欲しかったけど。

「君は、可愛い女子生徒には甘いから。私も信用したいのだがね……そっち方面の、信用も高いのだよ」
 
 と言われてしまったら、仕方ない。
 少し、納得してしまったし。
 うん、勉強のお手伝いをするといって、仲の良い子たちには問題を言ってしまいそうだ。

「今日も殿下を迎えに行くのですか?」
「あー……まあ」

 今日で殿下とうきうき放課後デートも、三日目。
 正直、ストレスらしきものを感じ始めている。

 というのも、ダリウスが全然反省していないというか、
 それはそれこれはこれといった感じで、一緒に帰るのを楽しんでいるからだ。
 モヤっとして仕方ない。

 昨日も喫茶店の前を馬車で横切るときに、喉が渇いたから止めてくれと言いだした。 
 そして、当然のように私と喫茶店に入るつもりだったらしい。
 まあ都合喫茶店と言ったけど、昼食も提供していて軽食も出すレストランだね。
 お茶を飲むだけのお店は、王都にはないから。
 お茶は家で飲むものだし。

 うん、貴族が一堂に会する王都ならば、社交の場として喫茶店を開くのも悪くないかもしれないね。
 バルがあるのだから、昼間にその代わりとなる貴族向けのお店があってもいいよね。
 というか、マジでデート気分だなこいつは。

「お互いのことをもっと知るには、話し合うことが大事だと思うんだ」

 ……もう少し、気の利いたことは言えなかったのか。
 なんか、段々と劣化しているというか。
 安っぽいことを言いだしたときは、どうしようかと思ったよ。
 私がいない場所では、威厳を保ててるみたいだけど。
 どっちがダリウスの本質なのか、分からなくなってきた。
 
 ハルナも別の馬車に乗せられてしまっているので、最近機嫌が悪い。
 ダリウスに対して、明確な敵意を持ち始めているし。
 とりあえず昨日は腹が立ったので「私は馬車で待っているので、一人で飲んできては?」と答えたら、焦っていた。

「な……何か、気に障ることでも言ってしまったのか?」

 と言ってきたけど、終始気に障ることしか言ってない自覚は無いらしい。
 そういうところを直すために、こうして行動を共にしているというのに。
 あー、あれだ……ここに来て、彼は自己中だということが理解できた。
 他者を思いやっているようで、自分の意思を尊重しているだけなのだ。
 こうすれば喜ぶだろうという思い込みが、ただの独りよがりだとは気付いていないのだろう。

 そりゃ王子が気を遣ってくれたり、自分のために何かしてくれたらみんな喜ぶと思う。
 基本は……
 それは王国で最も偉い人物の跡を継ぐ人物が、自分のために行動をしたから喜んでいるだけだ。
 その行動の結果で喜んでいるわけではない。
 そういった周囲の反応で自己肯定感を上げ続けた結果、自分が人のためによかれと思って何かすれば無条件で喜ぶと刷り込まれたのだろう。

 違う……それは、違う。
 王太子がやったから大げさに喜んでいるだけで、他の人がやったら軽い感謝で終わるかもしれない。
 下手したら、余計なお世話だと思われるようなことだってある。

 私だって余計なお世話を焼く人間ではあるけれども、それは自身で自覚している。
 自分の幸せのためにやっているだけの、エゴの塊だって理解しているからね。
 じゃなきゃ、悪人まで救おうとは思わないよ。
 性善説を信じて、全力で救える人を全て救うという行動指針はただの自己満足のためのものだ。
 根底に相手が何をしても、権力も腕力も遥かに上だから問題ないと思っている。
 ようは、他人を完全に見下して神になった気分を味わっているだけ……というのは言い過ぎだとしても、相手が何をしようがどうにでも出来るという余裕があるから、全てをなるべく救うし基本的には許すというスタンスなのだ。
 権力は生まれ持ったものだけど、戦闘能力は自身の努力の積み重ねの結果だし。
 争いは同レベル同士の者でしか発生しないを、地でいっているだけ。
 それが他者を見下しているというなら、それでいい。
 結果もやってることも、悪いものではないのだから。

 しかし、ダリウスは違う。
 本当に自身は周りのために行動していて、周囲も喜んでいると思い込んでいるのが問題なのだ。

 うん、時間が経つと色々と見えてくるね。
 昨日までのことを考えて、ダリウスの教育方針が決まった。

 ……いや、ちょっと待って。
 なんで、私がダリウスの教育をしないといけないのだろうか。
 私の方が立場は下だし、年齢も下なのに。
 ただでさえ身分至上主義派の対応に、被害者の救済、友人との付き合いに、自領の運営の補助。
 さらには自身のやりたいこと等、やることはいっぱいあるのに。

 今は、王都の孤児救済を考えているところだ。
 本来ならば王都でそういったことをすると、王の為政を疑うことになって不敬なのだが。
 私は一応ではあるけれども、未来の国母だから許される範囲だ。
 将来性にもつながるし。
 というのは建前で、薄汚れた孤児と周囲が思ってても私からすれば原石だ。
 汚れを落としてあげたら、皆天使ちゃんなのには変わりないからね。

 少なくとも暇ではないのに、こんなポンコツの面倒まで押し付けられるとは。
 段々と腹が立ってきた。
 今日こそ、なんとか成果をあげないと。
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