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第三章:王都学園編~初年度後期~

第10話:お迎え

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「エルザ様、どちらに向かわれるので?」

 授業の後、教室を出て上の階に向かおうとしたらカーラに呼び止められた。
 本当は、こっそり行きたかったのに。

「ダリウスを迎えに行くだけだよ」
「あら、まぁ! 今日は、お二人で帰られるのですか?」

 私の言葉に、カーラが花開いたような笑顔を見せる。
 そんな、ロマンチックなものじゃない。
 だから、別にみんなと一緒でも良いか。

「いや、とりあえず迎えに行くだけ。カーラもついて来る?」
「いえ、お二人の邪魔をしてはいけませんので、私は今日はレイチェル嬢たちと帰りますわ。全員、きっちり揃えて連れて帰りますのでご心配なさらずに」

 なんの、心配だよ。
 そこ、強調しなくてもいいから。
 本当に、しょうもない理由なんだから。
 むしろ、全員で取り囲んで帰りたいくらいだよ。

「勿論、ジェイやジェーンの様子も見にいきますし、二人も一緒に連れて帰りますから」
「気を遣わせてごめんね。いや、ほんと」

 余計な気遣いだけどね。
 気が重くなる。

「しっかりと、仲直りしてくださいね」
「ん? 仲直り?」

 仲直りとは、なんぞや?
 別に、私とダリウスは喧嘩なんかしてないけど?

「どういうこと?」
「えっ? 殿下の両方の頬が腫れていたの、エルザ様がやったんじゃないのですか?」
「あっ、いや……まあ、右はね」
「右は? では、左は?」
「ミレニア王妃殿下だけど?」

 ああ……その件ね。
 いや、それは確かにそうだったんだけどさ…… 

 そうなのだ。
 あのあと、私は王城に乗り込んでダリウスに詰め寄った。

***
 私の友人を使ってまで、あんなくだらない茶番を見せてきたのは何のつもりだと!
 ただでさえ学校で微妙な立場のレイチェルを、さらに追い込むとは!
 レオハートを敵に回す気かと!
 気が付けば、王城でダリウスの襟首を掴んで文句を言っていた。

「わっ、私は……その方に、何かある前にどうにかしたかったのだ!」

 と真剣な目で見てきたので、盛大に溜息を吐いてジトっとした視線を向けてやった。
 かなりたじろいでいたけど、それでも必死に何やら言い募っていた。
 呆れて何も言えなくなるかと思ったら、マシンガンのように勝手に言葉が出たわ。

「王族ともあろう方が、おとり捜査まがいのマッチポンプに手を染めるなんて……自身に威厳がないと、自己紹介されているようなものですよ」
「そっ、そんなこと……」
「父君であられる陛下を見習いなさい。行き過ぎた行為があっても静観をしつつ、その裏で証拠を集めて色々と手を回しているのを知らないと?」
「そうなのか?」

 知らなかったのか……
 いや、これ……陛下も悪くないか?
 国として身分至上主義派にどう対処するかを、息子と共有していなかったのか。
 その最たるものが、私という婚約者なのに。
 
 スペアステージアが簒奪を目論んでいることなんて、王家ではとっくにお見通しに決まってるだろう。
 でなければ先代陛下が弟である祖父をレオハートに婿入りさせたりなんかしないし、その孫を王太子の婚約者にしようなどと考えないだろう。
 レオハートとのパイプを強くすることで、西側の勢力をまとめようとしているのだ。
 二代に渡って準備をしているなら、次代のダリウスにもしっかりと引き継いでおいてもらいたかった。
 だからこそシャルルや、胡散臭いロータス先輩を殿下の近くに付けたりしたのに。
 周りの人間を上手く使ったつもりかもしれないが、まったく生かし切れていない。
 そのうえ、そこにあまり影響力のない令嬢を不必要に危険に巻き込むなんて。

「痛いではないか!」
「反省する前に、現状を理解しなさい!」

 レイチェルの顔を思い浮かべた瞬間に、ダリウスの右頬をひっぱたいていた。
 軽くたたいたつもりだったけど、かなりのダメージを負っているのが笑える。
 王族なんてのはあるだけで、伯爵家以下の貴族を抑えられるのに。
 わざわざ自分で揉め事の種を用意して、それを他人に撒かせて素知らぬ顔で刈り取ろうとするとか。

「恥を知りなさい!」
「それは、あんまりではないか! 私なりに一生懸命にエルザのことを考えて、どうすれば手助けできるか「私だけじゃなくて、私の周囲にも気を配りなさいって言ってるんですよ! 私の友達を巻き込むことが、なんで私の手助けになるんですか? これで、レイチェルが逆恨みされて直接危害を受けたら、相手の命の保証はしませんよ?」」

 私の言葉に、ダリウスが項垂れた。
 少しだけ納得いってなさそうだけど。
 そういうのには、敏感なんだよ私は。
 気配探知を極めると、そういった感情の機微も微妙に伝わってくるんだ。
 敢えて無視することが多いけど、今回は看過できない。
 ここで徹底的に絞めておかないと、こいつはまたやらかす。

「レイチェル嬢なら大丈夫だと思ったんだ……1年で、エルザの次に強いし」
「馬鹿ですか? レベルや剣の腕はそうかもしれませんが、内面は私と違ってお嬢様なんですよ?」
「えっ?」
「えっ、じゃねーよ! 普通に考えたら、分かるでしょうが!」
「うっ! 二度もぶつことはないだろう!」
「私の友達を、侮辱するからですよ!」

 今回は割と強めにいったから、ダリウスが倒れこんでこっちを睨んで来た。
 今のも、ダリウスが悪いと思うのは私だけだろうか?
 私の考えがおかしいのだろうか?

「話は全て聞かせてもらいましたよ」

 そんなやり取りをしたあと、どう言い聞かせたものかと硬直状態に陥った。
 その瞬間を見計らうように、ミレニア王妃が入室してきたけど……
 ミレニア殿下……息子さんと同じような言葉を言うのですね。
 親子で流行ってるんですか? それ……

「本当に、うちのバカ息子が情けない」
「は……母上?」
「なんで、あんたはこんなに怒られているのに、ごめんなさいが言えないのですか! 悪いと思ってないのですか?」
「私はエルザのためにと思ってやったのです。それは悪い事なのでしょうか」

 あっ……
 こいつ、本当に駄目だ。
 私のためという言葉に全てが集約されてる。
 どんな手段を取ろうが、私のためになれば私が喜ぶとでも?
 ミレニア殿下が登場して早々にフリーズしてしまった。

「この馬鹿息子がぁっ!」
「痛いです」

 あっ、右頬を殴ろうとして止めたから、てっきり親心か何かかと思ったけど。
 左頬を思いっきり、グーでぶん殴っていた。
 右の頬がすでに腫れていたから、反対にしただけか。
 厳しい、お母様だ。

「本当に情けない! なんで、普段は賢くて冷静で聡明なあなたが、エルザ嬢が絡むとおバカで間抜けになるのですか」

 おおう……親ばか乙。
 あと、流れ弾がこっちに凄い勢いで、飛んできたんだけど?
 それだと、私のせいでダリウスがおバカになったみたいじゃないですか。

「エルザを侮辱するのですか?」
「そうじゃない! こんな簡単なことも分からないなんて……エルザ嬢を侮辱してるのではなく、貴方を叱っているのですよ!」

 そうだったの?
 いや、なんか……私のでせいでダリウスがおバカになったって意味合いのことを……というか、ほぼストレートにそう言ったよね?
 というか、ここでそういう返答をするあたり、本当にダリウスがおバカになっている。
 普段は、こんなこと全然ないのに。

「私の何が悪かったのでしょうか……」
「それが自分で分からないから、母は貴方を情けないと思ってるのです!」

 もうだめだ、この子……何が彼を焦らせたのかが分からないけど。
 周りが見えなくなるほどに、不安になることでもあったのか?
 視野狭窄に陥った人間の悪循環を目の当たりにすると、こっちまで自身の考えがあってるか揺らいでくる。
 現にミレニア王妃も、混乱し始めているようだし。

「もうよさないか、みっともない。部屋の外まで声が聞こえているぞ」
「貴方も、なんとか言ってください」

 あっ、陛下が部屋に飛び込んで来た。
 どうやら、外に丸聞こえだったらしい。
 どこからかな?
 私とのやり取りより、後なら良いな。

 できれば、ミレニア王妃の下りくらいからが理想。

「こんなところで、王子の評判を落とすようなことを大声で喚くようなことではない」
「今は、そんなことを言ってる場合ですか」
「落ち着け! 母子揃って話がおかしな方向に向かってる。少し、お互いに距離を取って頭を冷やせ。ほら、お前も自分の部屋に行け」

 おお、流石陛下。
 上手い事、まとまりそうだ。
 陛下がダリウスに、自分の部屋に戻るように命令する。

「嫌です!」

 なんでやねん!
 そこは、素直に引き下がりなさいよ。

「……父は、部屋に行けと言ったぞ」
「何故ですか?」
「三度は言わん……」
  
 結局陛下に睨まれたダリウスは、何度も振り返りながら部屋から出ていったけど。

 そして、その後の話し合い。
 結論から……私がダリウスと距離を詰めて、私が何を嫌がって何を喜ぶかを教えてやって欲しいと頼まれた。
 独りよがりな考えを、正すためにと……

 ミレニア王妃、絶対に私のせいでダリウスが馬鹿になったと思ってるよね?
 だからって、親が匙投げて婚約者に押し付けるってどうなのさ?
 しかも12歳の少女に。

***
「はぁ……」
 
 溜息を吐いて、重い足取りで階段を上がる。
 廊下でにやにやしているロータス先輩とすれ違った。
 すれ違いざまに、腹に一発入れたくなってしまったけど我慢。
 周りの目があるし。
 無かったら、本当にやってたかもしれない。

「大変ですね」

 うん……本当にやってただろう。
 すれ違いざまに、面白がった様子でそんなことを呟くロータス先輩を睨みつける。

 気が重い。
 強制的に、ダリウスと下校とか。
 本人が、嬉しそうなのが余計に腹立つ。
 なぜ、こんなにも好かれてしまったのか……

「久しぶりに、一緒に帰れるな」

 どうしてやろう、この脳みそお花畑王子様……
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