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第二章:王都学園編~初年度前期~

第16話:デート

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 結局昨日のゴタゴタも消化不良で終わった。
 ダリウス殿下に付けられた護衛気取りの先輩方のせいで。
 いや、別に良いんだけどね。
 特権階級の身分全開の恫喝で、彼らは憔悴しきっていた。
 怖い人たちに詰められるって、あんな感じなんだろう。

 ちょっとイラっとしたから、手袋を拾ってくれたロータス先輩に責任を取って決闘しようって誘ったら名分がないって断られた。

「落ち着いて話をすると決めて、最初に出す話題がそれって……」

 と呆れられてしまった。
 誰でも良いから、ちょっと運動に付き合ってもらいたかっただけなのに。

 昨日の5人組は、先輩方にシメられた後でさらに教員の呼び出しもあったらしい。
 そして、ギリー伯爵は二度目の保護者呼び出しを喰らったとか。
 少しだけ溜飲が下がった。
 
 別れ際に5人に対して、またお会いしましょうねと挨拶したら酷く怯えられた。
 私は何もしてないのに、解せぬ。

 そんな鬱屈とした気持ちを、スカッと晴らしてくれる予定が今日はある。
 そう、今日は闇の日。
 所謂、学校が休みなのだ。
 そして、ソフィが我が家に遊びに来る。
 綺麗になった制服を取りに来るという名目で。
 代わりに、汚れた制服を返してもらう。
 綺麗に洗えば、全然使えるし。

***
「何か、刺繍が増えてるのですが」
「ん? 我が家の家紋を入れておいたから、魔除けがわりにはなると思うよ」
「いや、そんなの受け取れないですよ」
「いいから、いいから」

 せっかくなので、胸ポケットのところにレオハート家の家紋のワッペンをつけておいた。
 二本足で立った獅子の背景に金で縁取りされた赤い心臓が描かれたワッペン。
 これがあれば、多少は意地悪されることも減ると思う。
 思いたい。

「それよりも、これでバイバイってのも寂しいから買い物行こうよ」
「えっ? いえ、そんな余裕ありませんし。予習もしないと」
「大丈夫だって。一日くらい勉強しなくても、大して変わらないし。なんなら、買い物のあとで私が見てあげても良いし」
「そこまでご迷惑をお掛けするわけには、いきませんよ」
「堅い、堅い。私とソフィの仲じゃない」
「貴族家筆頭のお嬢様と、平民の貧民寄りの少女の仲は一緒に買い物にいけるものではないと思います」

 意外と辛辣なことを言ってくる。
 いや、内容としては正しいのかもしれないけど、私は全然気にしない。
 身分なんてのは親のものであって、私のものじゃないからね。

「同じ学校の同学年の仲なら、買い物くらい普通だから。それにお金なら誘った私が出すから、大丈夫!」
「全然大丈夫じゃないです。同学年の仲の子に、物を買ってもらうのは普通じゃないです」
「頑なだなぁ。でも、そこが良い! だから、ご褒美に何かプレゼントします」
「は……話が通じない」
「おっ? 分かってくれたみたい。それじゃあ、出かけようか? また、あとでうちに戻るから、荷物は置いていっていいよ」

 強引にソフィアを連れて、街へと繰り出す。
 そして、目的のお店に。

「最初に来るお店が、金物屋さんですか?」
「そうそう、せっかく剣術を習ってるんだから、剣の一本くらいは持っておかないと。それから、今後のためにライトアーマーくらいは」
「なんの今後ですか? 実戦練習も、学校から貸与品があるじゃないですか」
「ええ? 誰が使ったかもわからない、臭い防具なんかつけられないでしょう」
「使われるのは貴族の方ばかりですし、皆さん良い匂いですよ。それに、きちんと洗浄されてると思います」
「ソフィーも良い匂いだよ! 太陽と、草原の香り! 爽やかで、ほんわか暖かくなる素敵な匂い」
「か……噛み合わない」

 なんだろう、ソフィーの村の宿屋で話すときはもっとこう気安い感じなのに。
 やっぱり、ホームとアウェイの違いかな?

「他の貴族の方の態度を見ると、やっぱり凄い人なんだなって改めて実感したので」
「凄いのはご先祖様とおじいさまであって、私は普通の女の子だもん」
「普通……普通ですか……」
「そっ、普通! だから、ソフィーも気にしないでね」

 これだけ言っても、あまり緊張がほぐれないみたい。
 どうすれば、もっとお近づきになれるのだろうか。
 というか、ここまでくると身分が邪魔に思えてきた。
 他の子たちも、立場が一緒なら喧嘩もちゃんとしたものになるし。
 喧嘩した後は仲直りして、一緒に遊ぶまでがワンセットだよね?
 うん、身分って邪魔だなぁ……封建社会に真っ向から喧嘩を売って、一発革命でも起こしてみようかな。
 公爵家が革命起こしても、あんまり体制に変化はないか。
 
「とりあえず、これ持てる?」
「持つことはできますけど、振るうとなるとちょっと重たいです」
「そっか……じゃあ、やっぱりこっちのショートソードかナイフの方が良いか。でも、女の子ならショートソードを両手で持っても良いかな? いや、盾も装備しないといけないか」
「そんな本格的にですか?」
「だって、剣術の講義受けてるじゃん。好きなんじゃないの?」

 私の言葉に、ソフィアが困ったような笑みを浮かべる。

「他の選択肢がありませんでしたから。貴族の方が受けられる講義に、私が混じるのは色々とハードルが高すぎて」

 ……そうか。
 考えてみれば、ソフィアは剣術一択しかないようなもんだった。
 先にそこに思い至れば私も何も考えずに、剣術を選ぶことが出来た。
 変にブライト先生にもったいぶることも無かったのか。

 舞踏……絶対に馬鹿にされるし、男子も組みたがらないだろう。
 仮にいたとしても、ワンチャン平民の女の子と遊んでやろう程度のクズ……12歳でそれはないか?
 いや、早熟な男の子だと、それも怖い。

 お茶会……最悪だろう。
 壮絶ないじめの標的に……されるかな?
 お茶を嗜むようなレディが、そんな心構えで良いのかな?
 良いんだろうね。
 大人しそうな可愛らしい女の子でも、レイチェルやソフィーに辛辣な言葉を投げかけてるのをみると人間不信になる。

 音楽……無理だろう。
 素養もない状態で、いきなり楽器を鳴らせとか。
 だいたい、ああいう科目を受ける人はみんなそれなりに実力と自信のある子たちだろうし。

 一事が万事そんな感じか。
 ギリ、許容できるのが剣術だったのかな?
 いやいや、組手と称してボコボコにされる可能性……女の子にそんな酷いことをする子が騎士?
 騎士道を目指す男子が庇ってくれそう。
 ソフィー可愛いし。
 
「エ……エリーお嬢様が参加されると伺ったので、少しでも見知った方がいればと。でも、まさかここまでの凄い家の方だとは思っても無くて」
「あはは、村の平民の子からしたら準男爵も公爵も貴族だもんね。その認識で、レッツゴー!」
「レッツゴー?」
「気にしなくてもいいよ」

 とりあえず、こんな感じで話をしながら会計を済ませる。

「えっ?」
「ん? もう、支払っちゃった。私もうちの家の人も使わないから、返されても困るよ?」
「そんな、強引な」
「あれ? いつものことじゃない?」
「……はい、知ってました。うふふ」

 引き攣った表情のソフィーにおどけた様子で首を傾げてみたら、ようやく表情に笑みが戻ってきた。
 うん、少しだけ打ち解けたというか、打ち解けなおしたというか。
 せっかく村通いで距離が縮まったのに、学園生活が始まった途端に一気に広がっちゃったから寂しかったけど。
 また、縮まった気がする。

「今度、泊まりにおいでよ。私の部屋で二人っきりなら、昔みたいに多少は遠慮しなくてもすむでしょ?」
「そうかもしれませんが、私のことを不快に思われたらひと思いにサクっと」
「するような人間に見える」
「絶対にないと、言いきれますけど」

 よーしよし、当初の目的も果たせたし、ソフィーとの仲も深まった。
 本当に、今日は良いデートになりそうだ。

「学校でも「あっ、それは無理です」」

 最後まで言ってないのに。
 
「流石に他の方々から、物凄く不快に思われるのは分かりますよ」
「むぅ。でも、困ったら気軽に声かけてもらっても良いし、レイチェルやテレサを頼ったら私も駆けつけるよ」
「そんな迷惑を掛けられないですって」
「え? この場合、私に迷惑を掛けるのはソフィアじゃなくて、ソフィアにちょっかいを出した愚か者の方だから、気にしなくて良いって。貸しは相手の方に付けとくから、遠慮しちゃだめだよ」
「本当に、エリーお嬢様はお優しいですね」
「今頃気付いたの?」
「ふふ、初めて会った時から、知ってました」

 うーん、本当に可愛いことを言う。
 それに、この笑顔。
 癒されるわー。
 失くしたくないこの笑顔って言葉が似あうね。
 なんで、みんなソフィーに笑ってもらおうと思わないのかな?
 絶対悲しい表情させるより、笑いかけてもらった方が気持ちが晴れやかになるはずなのに。

 うん、そうだね。
 笑顔を振りまく会を作るのもいいかもしれない。
 身分至上主義派、全生物平等派、そしてそこに食い込む新たな第3の勢力。
 笑顔の会。
 良いと思う。
 笑顔は世界を救うって信念のもとに、活動を行って。
 基本の指針は、何があっても常に笑顔で対応……うん、なんか怪しい宗教団体じみてきたし、ちょっと怖い集団になりそうだから微笑みの会くらいに……これもこれで、色々と駄目な気がしてきた。
 馬鹿にされても何されても微笑み返すって、逆に煽り返してるよね?
 お前如き、相手にする気もないって意思表示みたい。

 笑顔って、誰でも良いってわけじゃないんだね。

「どうしたんですか? ニコニコされて」
「いや、皆がずっと笑ってたら世界も平和にならないかと思ったけど、何が起きても笑ってる人の集団って怖いなと思ってたところ」
「……一瞬、良い事じゃないですかと思いましたけど、確かにずっと笑ってる人がたくさんいる光景って想像したら不気味ですね」
「でしょ? ソフィーの笑顔に癒されたから、みんな笑顔でお互いを癒したらと思ったんだけど……これ、精神病むやつだわ」
「ですね」

 結局、笑顔の会を発足するには至らなかったけど、それはそれとして第三勢力の立ち上げはいいかもしれない。
 ソフィーの準備も整ったから、これでようやく放課後魔物狩りレベル上げ計画を、実施できる。
 ソフィーが自分の身を守れるレベルになったら、誰かが実力行使に出ても私が駆け付けるまで時間稼ぎできるだろうし。
 惜しむらくは、冒険者登録が出来ないってことだ。
 自分が身分証を偽造して本登録してたから忘れてたけど、12歳ってお手伝い登録だけなんだよね。
 清掃や雑用しか受けられない。
 ただ、真面目に仕事して礼儀正しくしてたら、先輩冒険者がポーターとして冒険者気分を味合わせてくれたりするレベルの立場。
 流石にお手伝い登録の子って本当にお金に困ってる子ばかりだから、騙して森に連れて行って身ぐるみ剥ぐような対象でもないし。
 男性パーティが女の子誘ったら、そりゃギルド内の視線がやばいことになるらしいし。
 でも、居るところには居るんだよね。
 本気で12歳の子に恋する冒険者。
 ルーキーや20代前半……いや、30代にもチラホラ。
 40代でも。
 うん、ヤベー奴らが普通にいる。
 そういった連中の情報は、当然冒険者ギルドの職員も持ってるわけで。
 純愛なら良いってもんじゃねーぞ? と睨みを利かせることもある。

 確かに、レオハート領では20歳差の冒険者夫婦もいたけど。
 あれは、逆だったから。
 森に薬草採取にいって、魔物に襲われてる13歳の女の子をベテラン冒険者が助けて惚れられたパターン。
 吊り橋効果と、熟練の冒険者の頼りがいにやられたパターン。
 しかも幼い頃に父親を亡くした子で、父親に対する憧れまで上乗せされて拗らせちゃったんだよね。

 まあ、グイグイ行く行く。
 相手の冒険者の方が引いてるのに、お構いなしだった。
 いつか幻想から醒めるだろうと、ベテランの方も特に気取ったことはせずありのままを見せてたらしいけど。
 そしたら今度は、この人には私がいないとダメなんだって拗らせて……
 
 もう、運命だったと諦めて、結局押し切られて。
 未だに、ラブラブなんだよね。
 女性の方が。
 おっさんの方は、大人な感じで軽くすべてを受け止めてる感じが……うん、なんとなくお似合いというか、良い夫婦だと思わせてくれてる。

 ……そして、ギルド内のそういった趣味の男どもが、それを真似て大人しくなったから良いんだけどね。
 ただあれだ……あれは、イケメンやイケオジに限るってやつだぞー!

「もう、良いですか?」
「えっ?」
「いや、急ににやにやと考え事を始められたのですが、表情が呆れたものに変わったので結論が出たのかなと」
 
 おおう。
 また、自分の世界に入っていた。
 そして、やっぱり表情に出てた。 

「とりあえず今度、装備の使い心地を確かめに町の外に出て行ってみようよ」
「危なくないですか?」
「大丈夫、うちから護衛も連れて行くから」
「でも、足手まといになったりとか」
「ならないならない。一人でいっても楽しくないから、むしろ来てもらった方が助かるし」
「そう言ってもらえるなら、正直なところ行きたいです。少し、自然が恋しくなってきてたので」

 目的は違うけど、次の約束も取り付けられた。
 うん、良いデートだったよ。
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