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第二章:王都学園編~初年度前期~

第14話:我慢の日々

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「不本意だ……」

 フォークで謎のカラフルな衣を付けられて揚げられている、これまた謎の肉を目の高さまで持ち上げて溜息を吐く。
 思わずつぶやいた言葉をカーラが拾った。
 こっちを、ギョッとした表情で見つめている。

「何か、面白くないことでも?」

 面白くないこと?
 いっぱいある。
 身分至上主義派の子たちの増長があまりにも酷い。
 男爵家や準男爵家の子たちは一部を除いて、この派閥には所属できない。
 一部というのは脈々と血を受け継ぎつつ、なおかつ財力があり中央での役職において要職についている家系。
 それ以外で歴史の長い男爵家の者たちは、いつまでたっても陞爵できない無能と蔑まれている。

 そして身分派閥主義派に属する子たちが、我が物顔で人生の春を謳歌している。
 学園生活2ケ月目にして、ずっと目を瞑っていたけども。
 そろそろ我慢の限界だと……
 そう思い、ちょっと……ほんのちょっとだけ、本当にかるーく虐めてやろうかなと考えた。
 ただそれだけなのに、クリントとシャルルが手を組んで対抗勢力となる全生物平等主義派閥を立ち上げた。
 極端すぎるし、家が関与しているわけじゃない。
 ただ、学園内の一部の生徒たちが手を組んだわけだ。

 これにも男爵家や、準男爵の子たちは参加していない。
 庇護する対象ではあるけども、表立って上位貴族と敵対させるのは得策ではないと主要メンバーによる意見が出たからだ。
 この派閥の主要メンバーによるグループ……周りからは、誇り高き獅子の会と呼ばれている。

 ダリウス殿下は特定の派閥に与するのは王族として問題なので関与していないけども、彼の側近から何人か参加している。
 ソフィアの件の時に手伝ってくれた先輩も。
 濃紺の髪の毛と、黒い瞳の青年。
 短く整えられた髪の毛と、手入れされた眉毛が爽やかさを演出しているが、胡散臭い笑みをよく浮かべているので台無しだ。
 ロータス・フォン・ナミール。
 南のナミール侯爵家の嫡男だった。
 といっても、現当主は彼の祖父だけれども。
 期せずして南西派閥対、北東派閥という構図が出来上がっていた。

 そして何が不本意なのかというと、私がそこに誘われないことだ。
 所属すら断られた。

「エリーは万物平等ではなく、可愛いもの贔屓が酷いから」
「キレると、物理で相手の家を潰しそうだし」

 とはシャルルとクリントの言葉だ。
 他の主要メンバーも頷いていた。

「身分至上主義派閥に関してはこちらで対処するから、お嬢は大人しくしてくれ」

 とクリントに言われたけど、現在進行形で私に対する嫌がらせも加速しているんだけど?
 というのも、この会の名前のせいだ。
 誇り高き獅子の会……どう考えても、レオハート家の存在を匂わせる名前だもんね。

「みんなが、私を除け者にする」
「そんなことありませんよ。剣術の講義の先輩方はみんな、エルザ様に優しく接してくれてるじゃないですか」

 そういう意味じゃない。
 私だって、身分至上主義派閥に一泡吹かせたいと思っているのに。
 私が学校で除け者にされていることに対する不満じゃなくて、楽しそうな活動に参加できないことに対する不満だ。

「ソフィーもよそよそしいし」
「あの子は……エルザ様と一緒にいると、迷惑が掛かると分かっているからですよ。だから、敢えて距離を置いているんです。身分が違いすぎますし、彼女と一緒だと余計に侮られますからね」

 レイチェルはあまり私の憤懣に興味のない様子で、素っ気なく現実を突きつけてくれる。
 冷たい……

「それに……エルザ様は、やる気になったら何を言っても止まらないことは良く知ってます。諫めるだけ無駄ですから、我慢の限界を迎えられたら笑顔で見送るしかできませんし」

 違った、諦められていた。
 確かに機を伺いすぎて、逃してしまったことは否定できない。
 でも、やろうと思えばいつでも出来るから、先延ばしにしただけだし。
 なんなら、いまこの場で行動することも出来る。

「それよりも、その揚げ物のお味はどうなのでしょう?」
「相変わらず面白いよ。フルーティで甘味もあって、辛味も苦味もある不思議な味ね」

 先月末くらいから行動を共にしているテレサが、不思議そうに声を掛けてきたので正直に答える。
 食堂でのメンバーは、私とレイチェルとカーラに加えて、テレサとフローラが増えた。
 この2人は幼馴染で、テレサはレイチェルと同じクラスらしい。
 ともに父親が騎士爵を持つ家系の子で、剣術の講義を受けている。
 騎士爵は領地を持たず、一代限りの爵位だ。
 今は王族を守る近衛の中でも、もっとも重要な騎士達に与えられる爵位でもある。
 2人の父親は、3代目となるらしい。
 弛まぬ努力と誠実さで世襲ではない騎士爵に、実力で代々任じられている家なのだ。
 少し変わった家ともいえる。

「ほら、どけよ! ここは、俺たちの席だぞ」

 遠くから聞こえてくる声に、溜息が漏れる。
 振り返るとおそらく上位貴族の子供だろう生徒が、他の生徒を押しのけていた。

「窓際の良い席に、お前らみたいな下賤な輩が座るなんておこがましい」
「身の程を弁えろ」
「ほ……他に、席が無くて」
「無いなら、下に座って食べたらいいだろう」

 ……

「何を揉めている?」
「なんだ、庶子風情が俺たちに文句でもあるのか?」

 私が動く気配を察したのだろう。
 少し離れた位置に座っていたクリントが、颯爽と揉め事の現場に向かってしまった。
 この流れが、不本意なのだ。
 私の意を汲み取ってくれるのはありがたいけど、私のフラストレーションの溜まり具合も汲み取ってほしい。
 正直、クリントたちの対応が温すぎて、イライラが少しずつ溜まっている。
 
「お前たちも貴族の端くれなら、少しは上品な振る舞いは出来ないのか?」
「何を偉そうに。お情けで公爵家に置かれているだけのくせに」
「本家筋でもないくせに、調子に乗るな。そもそも、先輩に対して失礼だろう!」

 いや、クリントは本家筋だが?
 なんなら、君たちが神輿として担いでいるスペアステージア家こそ、純然たる分家なんだけど?

 どうしてこう、身分至上主義派には馬鹿が多いのか。
 いや、意味もなく人を見下すのは、馬鹿だからだろう。
 愚者は何者からも学ばずとは、よく聞く言葉だ。

 賢者は誰に対しても謙虚で、学ぶ姿勢をもっている。
 自分が足りてないことを知っていて、それを埋めることに対して努力を惜しまない。
 歴史から学ぶというけども、経験からも当然学べるのが賢者なのだ。
 それを知っているから歴史を紐解くだけでなく、様々なことを経験したがり、交友関係を広く持とうとする。

 さて……口の回るうえに理屈の通じない馬鹿3人相手に、クリントが劣勢のようだ。
 
「いい加減になさい。クリント様は、正統なレオハート家の血筋です。父君は、次期公爵となられるレオハート伯爵ですよ。それにクリント様ご自身も、ご兄妹と仲が良いのですけれど?」

 腰を浮かせようとしたら、シャルルが割って入っていってた。

「ふん、そのような者を庇うなど、ニシェリア侯爵令嬢も落ちたものですね」
「何を馬鹿なことを」

 今日は随分と調子に乗ってるなぁ。
 何か、強気に出られることでもあったのかな?

「聞きましたよ。エルザ様が、ダリウス殿下の婚約者として相応しくないと王城で噂になっているとか」
「婚約破棄に向けての会議が行われるのも、間近だと」

 ……
 ごめん、その噂の出どころ私なんだけど。
 そしてそのことを知っているレイチェルと、カーラが気まずげに私の方を見つめている。
 ちょっと、色々とやりたくて用意した下ごしらえの一つだ。

 それがいま、事情を知らないクリントとシャルルの首を絞めることになってしまった。
 
 うーん……しかもこの噂……学園内ではなく、ウール商会を通じて王都の一部の貴族達に流してもらった噂だ。
 お茶会やパーティ好きな身分主義派のお家柄の貴族に。
 勿論、ウール商会が疑われないように、噂をばらまくのは彼が雇い入れている元闇ギルドの人たちだけどね。
  
 なんで、そんな噂を流したのかって?
 もともと、学園内では一部の馬鹿どもが陰口で言っていたことだし。
 だから、少しだけ裏付けを与えて信憑性を持たせて、敵対する身分至上主義派の連中を一気にあぶり出そうと思ったわけだ。 
 そのうえで、そんな話は無いと一蹴してやろうかなと。

 ダリウス殿下には予め伝えておいたんだけどね。
 何故かその直後に、私の周りによく顔を合わせる知らない子たちが増えた。
 廊下で何度もすれ違ったり、食堂で近くに座ったり。 
 立ち話をしていると、視界に入らないぎりぎりの場所に居たり。
 気配で分かるけど。
 なんなら、気配で個人を判断も出来るから。
 だから、知らないけど常に近くにいる存在は分かる。

 そして、その子たちが今クリントたちを取り囲んでいる。
 いや、あれはクリントたちの後ろに立ったといえるかな?

「へえ、それは興味深いね」
「うちでは、そんな話は聞こえてこないけど?」
「ダリウス殿下は、常にエルザ様のことを思いご令嬢に相応しくあろうと努力を積み重ねているというのに」

 ……
 殿下の側近候補の子たち8人のうちの3人だった。
 最終的にこの中の4人が、ダリウスの側近になるとか。
 外れた者も、将来要職につくためのエリート街道に進むことを打診されることになる。
 現時点で、我が学園の出世頭だね。
 
 侯爵家や伯爵家、辺境伯家の子。
 それも、家格だけでなく国内の立場でも上にいる家ばかり。

「君たちが、殿下の思い人を愚弄したことは、伝えさせてもらうよ」
「そ……それは」
「そもそもがだ……身分を大事にしたいなら、レオハート公爵家やニシェリア侯爵家の子息令嬢にまずは敬意を払うべきじゃないかな?」
「口先だけで実の伴わない自分たちに都合の良いルールを、さも名分があるかのような直接的な分かりやすい呼び方で胡麻化すのは不正を行う貴族のお家芸だからね」
「陛下にも、君たちの家のものを取り立てる際には不正に気を付けるように言っておかなければ」

 おお、都合5対3で人数が逆転したけど、クリントとシャルルは何の役にも立ってないように見える。
 口を挟む隙すら与えずに、3人が脅しを重ねていってる。

「その、家は関係ないと言いますか「これは、おかしなことを……家が関係なければ、君たちなんかなんの価値もない人間ではないのかい? 特に秀でた能力も無ければ、生産的なことが出来るわけでもない。農家や職人以下の存在……いや、家畜以下じゃないか」」
「さんざん家柄を盾に横柄な振る舞いを行い、相手を乏しておいてそれは通用しないよ」
「そもそも貴族の子息じゃなければ、ここにすらいないと思うけど?」
「そうだね、お互いに家が関係ないと言うなら、実力で分からせてあげても良いけど?」
「決闘か……それも、悪くない」

 一つ何か言えば、十倍近い反論が返ってきてる。
 うーん……特定派閥に肩入れしないと言いつつ、この子たちは殿下が派遣したのは間違いないと思うけど。

「別に平和主義派に肩入れしたわけじゃなくて、エルザ嬢の身辺警護として送り込んだだけだから問題ないよ。婚約者のための行動ですから。強いて言うなら、エルザ様に肩入れしている……というか、入れ込んでいるというか」

 遠くのやり取りを他人事のように眺めていると、私の疑問に応えるかのような言葉が聞こえてきた。
 振り返ると、ロータス先輩がまた嫌な笑みを浮かべて立っていた。
 勿体ない。
 もう少し自然な笑みを浮かべられたら、もてると思うけど。

「おや? 私は、これでも校内では優良物件として、なかなかの男ぶりで評判なのですが」
「そうですか。私にはこの国で一番優良な婚約者がいるので、特に関係ありませんね」
「ふふ……こういうときだけ、殿下を都合よく使われる」

 うん、男を寄せ付けない除虫菊のような、パワーワードだからね。
 あぁ……結局、今回も何も出来なかった。
 私は、なんと無力なのだろう。

「それは違うと思うよ」
「それは、違いませんか?」
「エルザ様が存在することで、こうして悪しきを正そうとする流れが生まれたのです」

 ……皆がそろって、否定してきたけど。
 気を遣われているようにしか、思えないな。
 溜息が出る。

「それに伝家の宝刀は、ここ一番に振るうものです」
「殿下の懐刀だけにですか?」

 テレサとフローラの言葉に、周りから笑い声があがる。

 異世界翻訳機能、あってるの?
 伝家の宝刀だの、懐刀だの。
 殿下をもじった洒落だの……こっちの言葉で、その洒落はちゃんと噛み合ってるのかな?
 皆が乾いた笑い声をあげているから、あってるんだろうね。
 場を和ませるためだろうけど、面白くないのに無理して笑ってるのを見るのもきついものがある。
 いや、流石に貴族の子息令嬢だけあって、自然な笑いに見えるけどさ。
 人間不信になりそうな、一幕だ。

 異世界翻訳というか通訳というか……このパッシブスキル、オンオフできないかな?
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