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第一章:お嬢様爆誕

閑話4:とある侍女の一日

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 私の名前は、レイナ。
 実家は……そこそこ大きな商家です。
 
 安く買って高く売るの基本に忠実な、手堅いスタイルで少しずつ大きくなっている家ですね。
 取り扱い商品は多岐に渡りますが、日用雑貨から骨董までなんでも取り扱っております。
 骨董は……まあ、赤字ではない範囲ですね。
 なんせ、安く買って高く売るだけですので。

 暴利をむさぼってるわけではありません。
 色々な費用を上乗せしたうえで、利益が出る程度の価格設定です。
 目利きが得意というわけではありませんので。

 銀貨3枚で買った黒くて特徴のない壺を、銀貨7枚で売ったりといった程度です。

 話に出た壺ですが、利益はありました。
 気分的には大損でしたが。
 まさかあのただの壺が、かの巨匠カルロス・ダーウリの作品だったなんて。
 銀貨どころか、金貨100枚の値がついてもおかしくない逸品でした。
 といったこともありますが、損をする商売はしてません。
 日持ちする物ばかり扱ってますし。
 いつかは、売れるだろうと。

 壺の一件があって、一時期倉庫が壺であふれてましたが。
 目利きが出来るものがいないので、最終的には結局いつも通りの価格設定で売り払ってました。
 祖父が個人的に集め出した以外は、特に問題はないですね。

 売り払った壺の中に、名品や逸品がまぎれていたみたいですが。
 目利きができないほうが悪いのです

 ちなみにそれらの壺を買われたのが、エルザお嬢様なのです。
 その結果、どこかの金持ちの家に嫁がされるだけの存在である、次女の私が彼女の家でお手伝いをすることになったのですよ。

 14歳の夏の出来事でした。
 祖父からは、お嬢様の側で目利きを学べと言われましたが。
 お嬢様からは、秒で無理だと思うと言われてしまいました。
 私には才能がないということでしょうか?

 違いました。
 お嬢様が特殊なだけでした。
 しっかりと理由を理解しました。
 見れば分かるという、天才しか言えない台詞と共に。
 くっ……才能は血に宿るというのは、事実だったのですね。
 武力一辺倒な当主様ではありますが、家柄も血筋も国内トップレベルですから。

 基本的には屋敷では、家事手伝いのような扱いです。
 ですが、買い出しを頼まれることも多いですね。
 なんせ、お嬢様ほどではないですが、目利きはできますし。
 値段交渉も得意です。
 公爵家の仕入れですから、量もかなりのものです。
 ですから、値段交渉も捗りますね。

「おや、領主様んとこの侍女かい? よく来たね。お嬢様にはいつもお世話になってるから、いくらでも持って行っていいよ」

 八百屋さんで、こんなことを言われましたが。
 流石にただでというのは、公爵家のプライドがありますし。
 そもそも、相手に損をさせることは禁じられております。
 領民を富ませることも、領主の仕事ですから。
 ようは、無駄遣いしないように……足元を見られて高く吹っ掛けられたら、ちょっとお灸を据える程度に買い叩くのが主な仕事です。

「これとこれと、あとこれおまけしとくから! 必ず、お嬢様のお口にとどけておくれよ」
 
 これは特殊な例でしたね。
 次は、金物屋と……

「ああ、頼まれてた鍋ならできてるよ! お嬢様の依頼だろ? 銅貨1枚でいいよ」
「いやいや、材料費にすらならないですよね?」
「いやあ、楽しい仕事だったしさ。それに、お嬢にはいっぱい儲けさせてもらってるから。丹精込めて、一世一代の大仕事の心意気で作ったから、我ながら良い出来だぞ」

 店主の弟の鍛冶師のオルドさんが、良い笑顔で鍋を手渡してきます。
 大きいですね。
 寸胴鍋と呼ばれるものらしいですが。
 
 と、こんな感じで、私が腕を発揮することはありません。
 滅多に。
 
「ああん? おめえになんか売れるかよ!」

 時には、こういうパターンがあります。

「お嬢が取りに来たら、ただでやるけどなぁ」
「えっと……それは、ちょっと」
「じゃあ、屋敷まで持って行くから、お嬢と直接交渉させてくれよ」
「いや、私の一存では……」
「頼むよ! お嬢に会わせてくれよ!」
「なんでそこまで……」

 時には、こういった熱烈なファンも。

「お嬢に金借りてんだよ! 息子の病気の治療費……返してえんだが、俺の顔を見ると凄い勢いで逃げていくし。直接お礼も言いたいのに、顔を合わせないようにしてるというか……」

 そうですか……頑張ってください。
 でも、その木材を売ってもらわないと、お嬢様の訓練用の案山子が……

 とにかく、街に出るとお嬢様の話が殆どです。
 ときおり、当主様の話が出ることも。
 基本は、感謝の言葉ばかりですね。

「お嬢様のお陰で、街がとても綺麗になりました」

 ふふ……ただの侍女に街長が挨拶されるくらいには、レオハート家は感謝されているのです。
 
「すごいんだよ! おじょうさまはおひめさまみたいなのに、てをあてるだけでけがをなおせるんだ! おじょうさまってめがみさまじゃないの?」

 スカートの裾を引っ張って、小さな子がこっちを見上げてそんなことを言っております。
 聖属性の魔法も扱えるのは、噂ではなかったのでしょうか……

「お嬢様は、天使かもしれませんね」
「てんしさまかー……だって、すっごくきれいだもん! わたしも、おじょうさまみたいになりたい!」

 これは、困りましたね。
 現実を教えてあげるべきか、夢を見させてあげるべきか。

「リーナちゃんは、十分天使だよ! 私の、可愛い天使の一人だから、きっと将来は女神様にだってなれるかも」
「わあ! おじょうさま! みてみてー! こないだのところ、きずもなにもないよー」

 ちょっと考えていたら、ラフな格好のお嬢様が私の横に立っておりました。
 相変わらずの、天使っぷりですね。

「良かったね。こんな可愛い子のお肌に傷が残ったら、嫌だもんね」
「わたし、かわいいの?」
「リーナちゃんは、可愛いよ!」
「でも、エルザねえのほうがかわいい! すっごくかわいい! わたしもエルザねえみたいになりたい」
「はうっ……こんなところに、本物の天使が……」

 あっ、お嬢様が女の子の言葉に、ダメージを受けておりますね。
 そして、エルザねぇって……
 子供とはいえ、領民にそんな呼ばせ方をしていたら、怒られますよ。

「気にしないでいいよ。私は、みんなのお姉ちゃんで、妹で、娘で孫だから!」
 
 いや、ちょっと何言ってるか意味が分かりませんね。

「あっ! おじょういた! お金! お金返させてくれ!」
「いやだよー! 先祖代々守ってきた木の女神像を売ったお金なんか、受け取れないって」
「その女神像だって、おじょうが買い戻してうちの中に置いて行っただろう! せめて、金だけでも!」
「だからぁ、先にジョージ君に栄養のあるものを、食べさせてって! 病気は治っても、体力は戻ってないんだから! あと、大事な物を売ったお金はいらないから! 銅貨一枚ずつでもいいから普通に稼いで、余裕があるぶんだけ返してくれたらいいから」
「あっ、逃げられた!」

 うーん、これは問題だと思うのですが。
 お嬢様は、自他ともに認めるエゴイストですからね。
 自分が気持ちよくなるためなら、他人のことなどまっく考慮せずに親切の押し売りをするレベルの。
 
 人助けすると気持ちいいから、対価はそれで。
 この喜び、プライスレス! とかって言ってますけど。
 助けられた側は、結構な負担ですからね?
 一方的に恩を受けている状況というのは。

 領主の一族が特定の個人に肩入れするような形になっているのも、色々と……癒着だったり、贈収賄の疑いを持たれたりとか。

「そんなの関係ないよ? 別に、個人でもお金はいっぱい稼いでるし。それに私は身勝手で、我儘なんだよ! お嬢様だからね!」

 貴族令嬢の傲慢って、そういうことでしたっけ?
 絶妙に、ズレていますが。
 しかし、領民全てに愛されているのは、ほぼ間違いないですね。
 地方の町や村でも、いろいろとやらかしているみたいですし。

 税とは別に、お礼の品として村から特産品が届くくらいには。

 確かに、歩きやすいこの道も、街の至る所にある休憩スペースも、水飲み場も……全部、お嬢様の立案と投資で作られてますし。

 水飲み場……かなり大きめな水の魔石を使ったものですが、これを用意したのもお嬢様ですし。
 だから、誰も何も言えないんですよね。

 そして、水飲み場ができたおかげで、色々と良い事も多いですし。
 浮浪者や、孤児たちも水だけは心配なくなりましたし。
 水浴びのようなこともできるので、なんか浮浪者も孤児も綺麗になってますし。
 彼らに仕事を斡旋したり、住むところや食事も提供しているみたいですね。
 夜、道端や裏路地で眠るのが、ほとんど酔っ払いだけになってますし。

 湯水のごとくお金を使ってますが、当人は湯水のごとくじゃぶじゃぶ湧いて来るから大丈夫と言ってます。
 いや、水もお湯もわりかし貴重なのですけどね。
 場所によっては。
 水が無いから、ワインを飲むレベルで。

 この街は……お嬢様が、どこからか水の魔石を大量に持ってくるから、水で困ることはないです。
 あと、井戸もよく掘りあてますし。
 
 その水を探したりするのも、目利きの秘訣らしいですね。
 なるほど……
 お嬢様……鑑定のスキルとか……
 
 はは、そうですよね。
 持ってても、言わないですよね普通。

 ……持ってるってことですか。
 いや、壺を鑑定しても壺としかでないと思うのですが?

 ……特別仕様なのですね。
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