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第一章:お嬢様爆誕

閑話2:レイチェルの困惑

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 私はレイチェルと申します。
 ズールアーク家の5番目の子供で、三女です。
 下には、まだ幼い弟がおりますが。

 王都から馬車で4日ほどの場所に領地を構えていますが、いま私はお父様と一番上のお姉さまと王都の屋敷に住んでおります。
 というのも、お父様が王城にて仕事を受け持っているからなのです。
 
 お父様が請け負っているのは、王都の開発部門の仕事らしいです。
 武器や、商品、防具に農具など様々なものを開発する部署とのことでした。
 なぜ私とお姉さまが同行しているかというと、一番上のお姉さまのアイデアをお父様が王城で提案して開発するからなのです。
 お姉さまはお父様のアドバイザーなのです。
 凄い事だと思いますが、私はこの姉が少し苦手だったりします。

 私に対して優しく接してくれているようで、どこか目の奥に冷たいものを感じます。
 怖いのです。
 常に何かを考えていて、何を考えているか分からないこの姉が。

 そんな私に転機が訪れようとしております。
 王城での、ダリウス殿下の婚約披露宴に私も参加することになったからです。
 姉の強い要望で。
 思えば王都に住むようになったのも、姉の言葉があったからです。
 それほどまでに、我が家でのミッシェルお姉さまの発言力は強いのです。

 お姉さまからは、お相手の方のことはよくお伺いしてました。
 エルザ・フォン・レオハート。
 レオハート家の至宝で、英雄ギース様のお孫様です。
 恐れ多い方なのですが、姉曰く身分至上主義で下級貴族や平民を人として扱わない非情な方とのことでした。

 姉は私を使って、殿下を彼女の魔の手から救い出したいとおっしゃってました。
 私のように太って醜い娘が、殿下に近づくことすらもおこがましいと言ったのですが、姉は首を横に振って優しく私の頬から髪の毛に手を差し込みました。

「いいえ、貴女はとても可愛らしいわ。それに、殿下は容姿に拘らない方ですから。逆に、貴女のような子を娶ったうえで大事になさってくださる方は、殿下以外にいらっしゃらなくてよ?」

 最初こそ褒めてくださいましたが、それ以降はとげのある言葉のように感じ取ってしまいます。

「貴女が何を考えているか分かるけれども、姉の言葉くらい素直に受け取りなさい。あまり卑屈になりすぎると、どんな言葉も信じられなくなって悪い意図を感じてしまうでしょう? それは悪循環よ。貴女は貴女が思うよりも可愛らしいのだから」

 そうですか。
 私は自分を醜いと思っているので、醜くない程度には見られるのかもしれません。

「はぁ……そういうところだけは、私も好きになれないわ。褒められているとき以外は、とても子供らしくて可愛らしいというのに。こちらに、いらっしゃい。貴女をお姫様のように可愛くしてあげるから」

 姉は私をそっと抱き寄せると、そのまま浴室に連れていかれます。
 髪を綺麗に洗ってもらって、顔にも何か液体を付けられます。

「これは、お姉さましか使えないって聞いたのですが」
「明日は特別な日ですからね。でしたら、妹に特別な贈り物をしてもおかしくないでしょう?」

 何が面白いのか、ケタケタと笑いながら髪を風の魔道具で乾かしてくれているお姉さまを鏡越しに見る。
 はたから見れば仲睦まじい姉妹で、妹思いの姉にしか見えないでしょう。
 そのうえスタイルもよく、肌も異常なほどに綺麗なのです。
 濃紺の髪には艶があり、光を弾いて天使の輪のようなものが浮かび上がっている。
 人は彼女のことをズールアーク家の天使や女神と褒めそやすけれども、私には喋る人形にしか見えません。

 領内でもお姉さましか使っていない、髪を洗う専用の石鹸。
 液体なのに石鹸とよばれるそれは、お姉さまが独自に作り出したものです。
 シャンプーと、トリートメント呼んでいたけれども、ネーミングセンスはいまいちな時がありますね。
 トリートメントはまだいいけれども、シャンプーってなんだか少し間抜けな響きに聞こえます。

「言ったでしょう? 私はこの世界に詳しいって。だから、何も心配しなくてもいいのよ……でも、このことは貴女と私だけの秘密だからね」

 ベッドに腰掛けて横になった私の髪を撫でると、おでこに唇を寄せてキスをしてくる。
 本当に。妹が好きな姉に見えていることでしょう。

「ゆっくりおやすみなさい。明日も朝から準備が大変ですからね」

 そう言って、枕もとの蝋燭を消してくれたお姉さまが、部屋から完全に出るのを見送る。
 扉が閉まった時にようやく一息つけた気がして、そっと溜息が漏れる。

 私も誰にも言ってないのですが……私は人の善意や悪意に敏感なのですよお姉さま。
 お父様のスキルじみた観察眼ほどではないにしても、それなりに精度は高いのですから。

 ただ、このことは誰にも言っていない。
 誰にも言わない方が良いと言われたから。
 善意や悪意が分かるとなれば、相手が私と向き合わなくなると。
 亡くなった曾祖母に。 
 大好きだった曾祖母……
 彼女に泣きながらお父様やお姉さまが怖いという話をしたときに、事情を聴かれて諭すように言われた言葉。

 幼かった私にも、はっきりとその警告は届く程度には重かった。
 今も、私の胸の奥にしっかりと刻み込まれている。

 お姉さま……そんな私の感覚が、全力でエルザ様を受け入れているのですが。
 いや、言動は到底に受け入れられるものではないのですが、裏が無さすぎるというか。
 無条件の好意と言いますか。

 そして殿下は完全に私に無関心でしたよ?
 最終的にはエルザ様のお気に入りということで、お言葉を交わすことができましたが。
 殿下の好意は全力でエルザ様に向いていそうなのですが?

 初めて見た時に、完敗だと思いました。
 容姿も、オーラも……オーラはおかしいですが。
 尋常じゃないオーラを放っているといいますか、レオハート大公もですが。
 逆らっちゃダメなオーラでした。
 王族以上に覇者の風格を纏っているというのが、正しいでしょうか?

 どのくらい凄かったかというと……

 壇上とかなり離れたテーブルから挨拶のために壇上に向かう途中で、お父様もくっるくるに掌を返すほどに。

 遠くで婚約発表の様子を舌打ちしながら忌々しそうに見ていたお父様が、エルザ様の前に立った時には調子のいいことしか言わないゴマすり親父になるくらい。
 心酔するレベルです。
 
 私もお父様も、お姉さまに言われてレベリングなるものをしてきましたが。
 護衛を連れて魔物狩りにいったり、ダンジョンを散策してみたり。

 そのせいでしょうね……見かけたら息を潜めて気配遮断に努めるレベルの魔物が、目の前にいるような感覚……が可愛く感じるレベルでした。
 ダンジョンや森に入った瞬間に、あっ……駄目だこれ! ってなって膝を震わせて冷や汗をダラダラかきながら引き返したときのような感覚です。
 
 お姉さまがエルザ様と仲良くなったら、殿下と彼女の婚約破棄のいざこざに巻き込まれるかもしれないから、睨みつけて絶対に近寄らないように牽制しなさいと言われましたが。
 どう考えても、箱入り娘の気配ではなかったです。

 気合いを入れて睨みつけたのですが……目が合った瞬間に、すぐに後悔しました。
 敵対を考えることすら、駄目な相手だと分かったから。
 その後は殿下だけを見つめて、視界の端にすらエルザ様が入らなくなるようにするだけで精一杯でした。
 もしそっちを向いて、目があったら視線だけで射殺されるんじゃないかと思って。
 事前にあれだけ勉強した挨拶の作法も、全て無駄なものになりました。

 お姉さまの思惑通りの、挨拶になってしまったのですよ?
 殿下にだけに最初に挨拶することで、殿下の印象に深く私のことを刻み込める。
 だから、礼儀に反しても、最初は殿下だけに挨拶するようにと。

 出来るわけがないと思ったのですが、そうなりました。

 流石はお姉さまです。
 殿下どころか、陛下にも王妃殿下にもエルザ様にも、私の印象は強く焼き付いていそうです。
 その後のあれこれも含めて。
 
 辞去するころにはエルザ様から何故か可哀そうなものを見るような視線を感じましたが、きっと彼女に敵意を表した私の将来が昏いことになると思ったのしょう。

 そう思っていたのに……
 もう、関わらないように。
 できれば、忘れてもらえるようにと思っていたのに。

 何故、餌付けしようとしたり、連れ去ろうとするレベルで懐かれてしまったのか……
 ひいおばあさま……人生とはままならないものですね。

 レイチェルは10歳にして、何かを悟ったような気がいたします。
 すぐにひいおばあさまに会えることになるかと思ったのですが、まだ大丈夫そうです。
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