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第一章:お嬢様爆誕

第9話:婚約発表

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「こちらがこの度、我が息子の婚約者となったエルザ・フォン・レオハート嬢だ。皆も知っての通り、レオハート卿の孫娘にあたる」

 壇上でダリウス殿下と並んで立たされた私は、リチャード国王陛下の紹介を受けてこの場の全員に向かって挨拶をする。
 といっても、カーテシーと呼ばれる貴族の女性特有のお辞儀みたいなものだけれども。
 前世の知識を持っている私からすれば、少し気恥しい。
 社交ダンスを始める前の動作のようにも見えるし。
 
 会場の参加者から控えめな歓声としっかりとした拍手が送られた私は、思わぬ恥ずかしさに顔を手で覆いたくなった。
 それもそうだ……300人規模のパーティが行われそうな広間には、それに見合った数の貴族たちが集まっているのだから。
 私と殿下との顔つなぎを狙ってか、子供を連れてきている方も多く見られる。
 子供といっても、小学校の低学年から高校生くらいまでだろうか。
 女性というか女子比率多めの会場に、少しだけほっこりする。
 皆、綺麗に着飾っていて、とても可愛い。

 それから殿下が決意表明のようなものをして、会場が盛り上がったところで会食が始まる。
 基本的に陛下とミレニア王妃、ダリウス殿下、おじいさまと私はあまり動くことはない。
 おじいさまは別件ですでに王都に来ていたので、お父様が代理で陛下と殿下との謁見の手筈を整えてくれたのだけれども……おじいさまの用事が済んだ途端に、お払い箱とばかりに王都レオハート邸に送り返されてしまった。
 それでも、このパーティには何が何でも参加すると散々駄々を捏ねた結果……一応礼装に着替えたうえで招待客側の席につけられていた。
 凄い微妙な表情で、無理矢理納得しているのが分かる様子だった。
 笑っちゃだめなんだろうけど、笑っちゃったよ。

 ここからは、ただ椅子に座って挨拶に来た貴族の対応をするだけだ。
 勿論、お父様もレオハート伯爵として、挨拶に来るのだろう。
 先陣きってくるのだけは、やめてもらいたい。

 そして壇上からは会場が良く見渡せるので、相手が思っている以上にこっちは向こうのことが見えている。
 あまり面白く思っていなさそうな様子の方も、見て取れたわけだけれども。
 向こうは人ごみで、上手に隠せたとでも思っていそうね。

 それにしても、本当に凄い会場だ。
 飲食をする場だというのに、黄色のカーペットが敷き詰められている。
 ワインをこぼしたりしたら、大変そう。
 まあ、そんな人はあまりいないだろうけれども。

 それぞれのテーブルに席が用意してあるらしく、おそらくこの席次にも何かしらの意味はあるのだろう。
 遠い席ほど親しいのか、疎遠なのか。
 
「国王陛下と王妃殿下にご挨拶申し上げます」

 何人か適当に捌いたあとに来たのは、ズールアーク子爵。
 婚約発表の宣言の時に、舌打ちでもしてそうな表情だった男性だ。
 
「うむ、我が息子と将来の娘のために、今日はよく来てくれたな。ご令嬢も一緒なのだな」
「ええ、エルザ嬢と歳が一緒とのことだったので、この機会に是非ご紹介できたらと」

 当の本人は、私を射殺しそうな目で見ているけれども。
 大丈夫なのかな?
 陛下の前で、敵意丸出しで。
 教育が足りていないんじゃなくて?

「ダリウス殿下とエルザ嬢に、ご挨拶申し上げます。この度は、ご婚約の儀が恙なく行えましたこと、心よりお祝い申し上げます」
「これは、丁寧にありがとう。そのように祝ってもらえることに、感謝する」
 
 人好きする優しそうな笑みで挨拶をしてきたズールアーク子爵に、殿下も笑顔で対応している。
 うーん……すっごく人が好さそうに見えるけど、絶対に腹に一物抱えてそうだよね。
 オールバックだし。
 髭面だし。
 黒髪だし。
 なんというか、怪しいというか。

「お初にお目にかかります、エルザ・フォン・レオハートと申します。この度は、私どものためにお越しいただき、誠にありがとうございます」
「ふむ……やはり陛下の見る目は確かですな。聡明そうなお嬢様で、私も将来が楽しみですな」

 私の言葉に対しても、その笑顔を崩すことなく目を細めて頷いてくれた。 
 私の思い違いだったのかな?
 娘さんは、凄い顔してるけど。

 あっ、怪しいおじさんが……ちがった、子爵が娘を紹介するためにそちらに目を向けて、頬を引き攣らせていた。
 
「レイチェル、お前もこちらに」

 咳払いをして言外に娘に注意を促すと、背中をそっと押して前に出してきたけど。
 えっと、彼女に声を掛ける前に、ご自身で娘さんの紹介とかした方が良いんじゃないかな?

「ダリウス殿下にお目見えできたこと、まことに喜ばしく思います」
「こらっ! 先に、陛下と王妃殿下にお声がけの許可を」

 まだ誰も何も言っていないのに、いきなり挨拶を始めた娘に子爵が慌てた様子で小声で注意をしている。
 私には丸聞こえだ。
 ステータスが高いからね。

 そして、もう手遅れじゃないかな。
 殿下だけを見つめていきなり挨拶を始めるとか、色々と察せられると同時に残念な子だというのがよく分かってしまった。

「これは失礼いたしました。国王陛下と王妃殿下にご挨拶申し上げます。ズールアーク子爵家のレイチェルです」
「違う! 先に挨拶をしたい旨を伝えて、陛下の許可を得てから名乗るのだと……はぁ……。至らない娘で申し訳ありません」
「構わぬ。このような目出度い席で、細かいことを気にせずともよい。楽しい席は楽しい思い出を作るべきだからな。うむ、レイチェル嬢よ、我が息子と歳が近いそうだし、エルザ嬢と同じ歳と伺った。2人を助けてやってくれ」
「はい!」

 陛下の寛容な対応のお陰で、どうにか丸く収まりそうだけれども。
 凄く……殿下に対する視線が、熱くて強いです。
 
「ズールアーク子爵は土地持ち貴族だが、王城での仕事もあってな。一年の大半を王都の屋敷で過ごしておる。何かあれば、彼を頼る……ことは、あるのだろうか?」

 陛下……そこは、はっきりとおっしゃってください。
 何のための顔見せの婚約披露宴か分からないじゃないですか。
 
「はは、私もお話はよく伺っておりますれば、こちらが頼らせてもらうことの方が多いかもしれませんな」

 陛下の失言に対して、ズールアーク子爵がフォローを入れている。
 どこか裏がありそうで、でも完璧な擬態だ。
 好印象しか受けない。
 ただ、その話の内容がろくでもない気しかしないのは、気のせいだろうか。

「知にも武にも秀でた、才女であらせられるとか。そして、礼節も弁えていると。まさに、王妃になるべくして産まれた月のような女性であると伺ってますが」
「まあ、どなたがそのようなことを。他の方のお話を伺っているかのような気分になりますわね」
「レオハート領を訪れた方は、皆そうおっしゃってますよ」

 なかなかにお上手だことで。
 横でダリウス殿下が誇らしげにしているけど、私たち今日が初対面ですよね?
 俺は知ってたみたいな顔してないで、何か喋ったらどうですか?
 レイチェル様が、凄く殿下とおしゃべりしたそうですよ?

 そんな私とレイチェルの思いも虚しく、社交辞令と杓子定規の会話が続けられたあと子爵は辞去していった。
 本当にただの良い人なのか?
 あっ、レイチェルの頭を小突いた。
 いや……振り返ったレイチェルが笑ってるから、コミュニケーションかな?
 とりあえず、私の洞察力はあまり当てにならないかもしれない。

 相手の強さを図る部分では、かなり正確なのだけれども。
 強さでいえば、ズールアーク子爵……レベル100超えてましたね。
 レイチェル嬢も23もありましたし。
 そうやって考えると、仲良くなれそうな気がしてきた。

***
「エルザ様は、普段はどのようにしてお過ごしなのですか?」

 その後子供たちだけで交流できるようにと、陛下が取り計らってくれたので先ほどの会場よりは少し狭い会場に移動することになった。
 といっても、ここも100人規模のパーティが行えそうだけれども。

 侍女や従者の方も多く配置されている。
 大人より、子供の方が手が掛かるのは仕方ない。
 とはいえ、そこそこ以上の教育を受けてきた子息令嬢たちだから、そうそう仕事は無いと思うけど。

 ただ、この質問には困った。
 正直に答えるべきか、うまく言葉遊びで逃げるべきか。

「お勉強とお稽古事が半分、領内の事業のお手伝いが半分ですね。週に2日は好きに過ごせることになってますが」

 うん、嘘はついていない。
 お稽古事といったが、稽古を丁寧に言っただけだ。
 誰も楽器や、お茶、お花、舞踊の稽古などとは言っていない。
 ましてや塾などでもない。

 戦闘関連のお稽古が大半だというだけだ。

「ほぼ、実践に近いお稽古事だけれどもな」

 殿下ぇ……せっかく、上手に胡麻化せたと思ったのに。
 そして先ほど話した内容を、さも当然のようにどや顔で語る殿下に溜息が出てしまった。
 殿下に対しても上手に語るべきだったと……
 正直にありのままのことを話してしまった自分に対して、忸怩たる思いが湧き上がってくる。
 時間よ、戻れ!

 そういえば時間逆行の魔法は、存在すら確認できなかった。
 知り合いの神龍さんは、もにょってたけど。
 禁則事項ですとすら言えない感じに、存在するのではと半ば確信に近いものを得てしまった。
 敢えて口には出さなかったけど。

「領民であれば、使いつぶしても大して問題ないですしね」

 それから私の行っている事業の話になった時に、高校生くらいのどこぞの子息がそんなことを言い出した。
 うん……何を聞いていたのかな?
 周囲の子たちにも、何人か頷いている子がいるけど。
 ああ……これが、身分至上主義の派閥の子たちか。
 陛下から、それとなく注意されていたっけ。
 
「領民を潰すというのは、領主にとって自身の手足を潰すようなものですよ」
「えっ? 手も足も二本ずつしか無いですけれども、領民なんて掃いて捨てるほどいるじゃないですか」

 ぐぬぬ。 
 
「手足は多いほど出来ることも多くなります。一本たりとも無駄にはできませんから」
「多すぎると邪魔になることもあるでしょうし、たくさんあれば少しくらい気に掛ける必要ないかと」

 ああ言えばこう言う。
 私と殿下の顔つなぎに来てるんじゃないのかな、君たちは。
 禅問答をしにきたのかな?

「手と足、左と右で使い方が違うように、それぞれに役割というものがありますし。全てを上手に扱えるようになる方が重要ですよ」
「まったく役に立たないものもいますよね? 無用な手足にまで血を送る必要はないでしょう」

 ぐぁぁぁぁぁ! 
 怒鳴り付けたい。
 力技でどうにかしてやりたい。
 というか、うちの領民にはどうでもいい人なんて、一人もいない。
 犯罪者ですら、有効活用しているというのに。
 簡単に死刑が適用されるような世界観とはいえ、殺してしまえば反省も何もない。
 だからこそうちの領地では私を主導に犯罪者でも生かして、出来る限りの更生の機会と役に立つ機会を与えている。
 その結果、色々と捗っている。 
 
「双方の言い分は理解できるが、私はエルザ嬢の考え方の方が好きだな」
「殿下がそうおっしゃるなら」

 あー、そうですか。
 さすが身分至上主義。
 王族が白といえば、カラスも白くなるんですね。
 私も王族なのですが?
 そして、公爵家筆頭のレオハート家の令嬢ですが?

 あなたの家名と顔は、しっかりと覚えましたからね?
 一時が万事、こういった状況というわけではなかったけれども、こういう困った子は一定数いてとても疲れる食事会だった。

 ただたんに王子に憧れて、婚約者の座をかっさらっていった私に嫉妬していたレイチェル嬢が可愛く思えるくらいに。
 いや、レイチェル嬢は可愛いよ。
 子供らしい柔らかなお顔付に、少しぽっちゃりとした体形も込みで。
 同い年だけれども、子供らしい一面が垣間見えて甘やかしたくなるくらいに。

「こ……こんなには食べられませんわ! 私が太っているからって、あんまりです」
「そんなつもりはありませんよ。それに、これから背だって伸びますし。今から体型を気にする必要なんてありませんわ!」
「そ……そんなこと言って、私を太らせてどうなさるおつもりですか」
「えぇ……ただ、お料理を美味しそうにお召し上がりになるレイチェル様が、可愛くて。見ていて私が幸せな気持ちになれるだけですから」
「こんな太った私が、可愛いわけないです! 馬鹿にしないでください」

 美味しい料理を見つけては、せっせとお勧めして届けていたら涙目で文句を言い出したけど。
 それすらも、可愛い。
 レイチェル可愛いよ、可愛いよレイチェル。

「いやもう狙ってます? 頬を膨らませて怒るとか、可愛すぎます! ズールアーク様、レイチェル様を私にくれないかしら……」
「ちょっと、真顔でなに怖いことをおっしゃってるのですか! 私は可愛くありません!」
「かぁわぁいぃいぃぃぃぃぃ! 食べちゃいたいくらい」
「だから、私を太らせようとしてらっしゃるのですね。食べられちゃいます」

 本当に狙ってない?
 可愛すぎる。
 どうにかして、お持ち帰りできないかしら?

「きゃああああ、食べられちゃいます」

 思わず抱き着いたら、本気で泣き叫ばれた。
 でも、離さないけどね。

「そうか……エルザ嬢は、少しふくよかな方が好みなのか」
 
 殿下、真顔で失礼なことを言いながら悩まない。
 殿下が太っても、可愛いとは思い……いや、ありかも。
 デブ専というわけじゃないけれど、立派なお坊ちゃまになりそう。
 婚約者としてもなしよりのありかも。
 というか、食べ物を美味しそうに食べる子は、全員もれなく大好きだし。
 
「エルザ様は、かなり変わっているな」
「私……少し、この国の将来が不安になりました」
「男爵よりの子爵家の令嬢など、どうでもいいだろう」
  
 身分至上主義派の家の子たちが何か言ってるけど、スルーだ。
 君たちは、あまり可愛くないからね。
 見た目は可愛いけど、言ってることが可愛くない。

「誰か助けてー」
「私が、助けてあげます!」
「いや、だからエルザ様から助けてもらいたいのに、エルザ様がどうやって私を助けるんですか!」
「うーん……とりあえず、うちに連れて帰ってから考えてみようか?」
「行きませんって! もー!」
 
 癒されるなー。
 これだけでも、今日は王都に来た甲斐があったと思うよ。
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