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EX章:後日談閑話おまけ
レモンの冒険中編(レモンの災難)
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「とりあえず、ここらへんで良いかな?」
そう言ってアルト様が地竜の首を優しく撫でて、止まるように指示をする。
降りた場所は、森の中でもやや開けた場所だ。
「驚いた!」
そして、さきほどまで背中に乗っていた地竜が一鳴きすると、土が盛り上がって椅子とテーブルが出来上がる。
……本当に、この竜だけでなんとかなるんじゃないでしょうか?
「さてと、レッサードレイク狩りってのは実はただの名目で、本当に君と仲良くなるためにここに来たんだ」
そう言って椅子に座って、テーブルの上で手を組むアルト様。
組まれた手の上に顎を乗せて、微笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。
微笑み……ニヤニヤしてるように見えるのは気のせいだろうか?
はっ! もしかして。
身の危険を感じて胸元を押さえて、距離を取る。
「あっ、警戒させちゃった? ごめんね。本当に危害を加えるつもりはないから。ただ、話し合いをさせてもらって、私のことを良く知ってもらおうと思ってね」
その話し合いは、貴族の一方的な要求を私が黙って飲むだけの、話し合いですよね?
後々のために、話して私の承諾を得たという既成事実を作るための。
「まずは、謝らないといけないね。私の弟が、申し訳ない。まだ少女だった君に、色々と取り返しのつかないことをしてしまったみたいで」
これまた、古い話を持ち出してきたな。
私はもう気にしていない。
確かに古傷のようにチクチクと痛むような思い出だけど。
あれは、服を脱いでなお男と思われていたことに対する、悲しみによるものだ。
子供ながらに女性であることを全否定されたのは、今となっても笑えない。
「なぜアルト様が」
「私は、彼の兄だからね。弟のしでかしたことは、私の責任でもある。私の教育と監視不足だったんだ」
いや、私が聞きたいのは、なぜアルト様がそれを知っているのかと言うことなのだけれども。
うん……微妙に、アルト様とは話が噛み合わない気がしてきた。
「ただ、知っての通り彼はジェニファ嬢との婚約が、ほぼ内定しているような状況なんだ。だから、君の思いに彼は応えられないと思う」
「ちょっと待ってくれ! いつから、そういう話になった? 私がルーク様に惚れているとでも?」
おかしい。
彼のことは好きだが。
ただ。それは良き領主の一族であり、気の置けない友としての話だ。
そこに男女の機微なんてものは存在しない。
そもそも孤児上がりの平民未満の私が、貴族の嫁になぞなれるわけがない。
鼻から選択肢にすら入っていない相手だ。
「えっ? あれだけルークと一緒にいて、あの子に惚れない女の子がいるわけない」
「何を言ってるんだ? あっ、いやすみません。何をおっしゃっているのでしょうか?」
いや、本当に何を言っているのだろうか?
ルーク様の周りの女性は皆が彼に惚れるのが当然と思っているのだろうか?
思っているのかもしれない。
思っているのだろう。
うん、思っているなこれは。
私の言葉に対する返答が未だなく、呆然とした表情を見たら分かってしまった。
「こちらこそ、申し訳ない。そうか……レモンさんは女性が好きな「違う! それも違う! アルト様は少し落ち着いた方が良い」」
「ん? 私は、いつだって冷静だけれど? 貴族として、そうあるようにしっかりと訓練してきているからね」
いや、冷静でこれは、普通に頭がおかしいやつじゃないか。
だめだ、会話が全然通じない。
そして、このままいけば不敬罪で殺され……そのために、人目のつかないこの場所に。
「違うよ? ここだったら、レモンさんが素の話し方になっても、咎める人はいないからここを選んだんだよ?」
なぜ、そういうところは鋭い。
その感覚を、もっと会話の全体と私の感情に研ぎ澄ませてほしい。
「だから、ルークの代わりに私の伴侶とし「いや、なんで? なんでそうなるの! ……ですか?」」
だめだ、私の脳みそがオーバーヒート直前だ。
まったく、この人の話が頭に入ってこない。
素っ頓狂なことを言っているということしか、理解が出来ない。
「なぜって? 私はルークに似てるから彼の代わりになれるかなって。それに決まった相手もいないし」
「今はいないかもしれませんが、将来的には良いところのお嬢様を娶られるのが普通でしょう!」
そもそも当事者が勝手に決めていいものだろうか?
いや、本気で彼に言い寄られたら、街を捨てるか頷くかの二択しかない……どこの悪役貴族の子息様だ。
とても優しくて誠実で、家族思いで強く賢い将来有望なご嫡男様の噂とはなんだったのだろうか……
「ははは、今の国内ならうちと縁を結びたい領地なんていくらでもあるからさ。なんなら、王城付の貴族でも選び放題だよ」
「えっと、何がでしょうか?」
「ん? 君の養父母の話だよ? 身分が問題なら、どこかの貴族に養女として入ってから結婚すれば、何も問題ないからさ」
怖い……貴族、怖い。
「な……んで、そこまで……何か思惑が?」
「ははは、やっぱりレモンさんは賢いね! 私はね、ルークのお気に入りは全て私の手元に置いておきたいんだ」
言っている意味が分からない。
最初から、最後まで。
「それが、なぜ私との結婚に?」
「ん? レモンさんはルークの大事な人だからね。もちろん、彼には大事な人がたくさんいるけどさ……家族や友人、知人、懇意にしている人みんなを大事にする素晴らしい子だから。その大事な人がジャストール領に多くいたら、彼は私の側から遠くには行けないだろうからさ」
理由が、全然ロマンチックじゃない。
こんなに優しそうな人なのに、雰囲気がヤバイ。
「やばくないよー」
「だから、人の心が読めるなら、もっと違うところで使ってくださいよ!」
ケラケラと冗談めいて笑いながら突っ込んできた彼を見て、恐怖のあまり涙目で叫んでしまった。
「大声出したら、危ないよ。そこの木陰からずっと、こちらの隙を伺ってたからね。刺激を与えちゃだめだよ」
彼はそう言って右手の拳を、私の顔の横に突き出す。
直後、何やら熱を帯びたものが後ろに飛んで行ったのが分かった。
「とりあえず、レッサードレイクは始末したから、話の続きをしようか」
後ろを振り返るのが怖い。
何か悲鳴のようなものと、重量のあるものが倒れるような音が聞こえた。
ただ、目の前の男から視線を逸らすのが、怖くて仕方ない。
なぜ、あのお優しいルーク様のお兄様が、こんなに狂ってるんだ?
「ごめんごめん、ちょっと脅かしすぎたね。結婚の話はともかく、うちには来てもらいたいのは事実だから」
「今更、おちゃめな表情をしても、遅いです」
嘘だ。
いたずらが成功した子供のように、片目を瞑って舌をペロッと出した表情を見て不覚にも可愛いと思ってしまった。
平常心で胡麻化さないと。
「理由はいくつかあるけど、まあルークをジャストールに繋ぎとめるためっていうのは、本当の理由」
あっ、それは本当なんだ。
全然、安心できなかった。
「2つ目は……持ってるよね?」
「えっ?」
急に真面目な顔をされると、怖い……いや、真面目な顔をする前からずっと怖い人だった。
「精霊の加護……それも、火の中位精霊と水の上位精霊」
「なんで? 誰にも言ってない……」
ギルドの鑑定で分かったことだけど、私の戦闘能力を鑑みてギルマスが緘口令を敷いたスキルのはずなのに。
流石に、領主一族には報告が行くのだろうか?
「あー……私もルークも神の加護を持ってるからね。一応、精霊の加護くらいならな感知できるから」
「良かった」
アルト様の言葉に、ホッと胸をなでおろす。
まさか中立を重んじるギルドが、貴族に加担していたのかと少し疑った自分が恥ずかしい。
「流石に精霊持ちを、領地外に出すわけにはいかないからね。加えて、知っていて何もせず冒険者のままにしてましたってのはちょっとね。一応、こちらから魅力ある職を提案して勧誘したうえで、レモンさんが冒険者の道を選ぶなら尊重するけどさ」
そう言ってちょっと寂しそうな表情を見せるアルト様。
できれば、来てほしいという思いが伝わってくる。
断ったら、この人を悲しませてし……危ない危ない。
何を簡単に絆されそうになっているのだ私は。
こういうところだ。
こういうところに付け込まれて、ルーク様にもズカズカと踏み込まれて……いや、結果夢みたいな生活を送っているけど。
「チッ」
だから、怖いですって。
思惑が失敗したのが分かったのか、アルト様が残念そうな表情で舌打ちをしてきた。
「うーん、頭のおかしい兄でも、可愛いらしい少年のような青年でも、憂いを帯びた貴族令息でも響かないか……レモンさんはどんなタイプに弱いのかな?」
いや、本人にそれを聞きますか?
「やっぱり、弟みたいなタイプかな?」
「その話題から離れませんか?」
なんか、勝手に私がルーク様のことを好きにさせられて、勝手に振られたみたいで気分が悪いんですけど。
とはいえ、間違いではない。
ルーク様のあのぐいぐいと妙に押しが強くて、それでいてこちらに選択肢を与えているかのような錯覚を覚えさせつつ、自分の望む道に誘導する無邪気さはどれだけ強い精神で挑んでも抗えないところがある。
ただ、アルト様はどうもそういったのは苦手な様子だ。
色々と考えて試してはいるのだろうけれども、私にとっては逆効果な方が多い気がする。
「てかさ、その火の精霊の加護と水の精霊の加護さ……かなり料理向きだと思うんだ。レモンは良い奥さんになれそうだね」
「そうですね、普通の人相手なら。流石にお貴族様に嫁いだら、水場や炊事場に立たせてもらうことはないでしょうし」
「私は、奥さんの手料理が食べたい方だけどね」
そう言ってウィンクをしてくるアルト様に、またもグラリと心が揺れかける。
かっこいんだよ、この人。
確かに、それは間違いない。
でも、冗談めかして胡麻化そうとしたけど、確実に分かってることがある。
弟のことになると、頭がおかしくなるのは本当だと思う。
「酷いなー。でも奥さんになった人にも、同程度の愛情を向けるほどの情はあると思うんだ?」
「なぜに疑問形なのですか? てかあれですか? 何か望まない縁談でも持ち込まれてて、断る名目にスケープゴートを用意しようと思ったついでに、ルーク様と仲のいい女なら彼が家に帰りやすくなると考えてないですか?」
「おおう、見てきたかのように言うね。正解だけど……」
思わず、大きなため息が漏れてしまった。
別に私に興味がある風に見えないのに、結婚に関しては満更ではない様子から何か裏がある気がしたけど。
数ある考えうる理由の中で、一番オーソドックス……いや、弟云々の下りはこの人特有だった。
「付け加えると冒険者の女性だと、一緒に色々とできるしね。このあいだS級に昇格したから、国を渡るのもある程度自由になったし」
「なん……ですって? S級?」
あっ……領主様のご嫡男で、次期跡取りで、英雄級の冒険者……
初めから選択肢与える必要なんかないのに、無理強いをしないのは本当に優しい方なんだろうな。
「いや、弟の友達を無理矢理嫁にしたってバレたら、嫌われちゃうかなって」
「そんなことだと思ったよ、バカヤロー!」
私、何をしにここに来たんだろう。
「それでさ」
まだ、話を続ける気らしい。
うん、これ……断る方法あるのかな?
そう言ってアルト様が地竜の首を優しく撫でて、止まるように指示をする。
降りた場所は、森の中でもやや開けた場所だ。
「驚いた!」
そして、さきほどまで背中に乗っていた地竜が一鳴きすると、土が盛り上がって椅子とテーブルが出来上がる。
……本当に、この竜だけでなんとかなるんじゃないでしょうか?
「さてと、レッサードレイク狩りってのは実はただの名目で、本当に君と仲良くなるためにここに来たんだ」
そう言って椅子に座って、テーブルの上で手を組むアルト様。
組まれた手の上に顎を乗せて、微笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。
微笑み……ニヤニヤしてるように見えるのは気のせいだろうか?
はっ! もしかして。
身の危険を感じて胸元を押さえて、距離を取る。
「あっ、警戒させちゃった? ごめんね。本当に危害を加えるつもりはないから。ただ、話し合いをさせてもらって、私のことを良く知ってもらおうと思ってね」
その話し合いは、貴族の一方的な要求を私が黙って飲むだけの、話し合いですよね?
後々のために、話して私の承諾を得たという既成事実を作るための。
「まずは、謝らないといけないね。私の弟が、申し訳ない。まだ少女だった君に、色々と取り返しのつかないことをしてしまったみたいで」
これまた、古い話を持ち出してきたな。
私はもう気にしていない。
確かに古傷のようにチクチクと痛むような思い出だけど。
あれは、服を脱いでなお男と思われていたことに対する、悲しみによるものだ。
子供ながらに女性であることを全否定されたのは、今となっても笑えない。
「なぜアルト様が」
「私は、彼の兄だからね。弟のしでかしたことは、私の責任でもある。私の教育と監視不足だったんだ」
いや、私が聞きたいのは、なぜアルト様がそれを知っているのかと言うことなのだけれども。
うん……微妙に、アルト様とは話が噛み合わない気がしてきた。
「ただ、知っての通り彼はジェニファ嬢との婚約が、ほぼ内定しているような状況なんだ。だから、君の思いに彼は応えられないと思う」
「ちょっと待ってくれ! いつから、そういう話になった? 私がルーク様に惚れているとでも?」
おかしい。
彼のことは好きだが。
ただ。それは良き領主の一族であり、気の置けない友としての話だ。
そこに男女の機微なんてものは存在しない。
そもそも孤児上がりの平民未満の私が、貴族の嫁になぞなれるわけがない。
鼻から選択肢にすら入っていない相手だ。
「えっ? あれだけルークと一緒にいて、あの子に惚れない女の子がいるわけない」
「何を言ってるんだ? あっ、いやすみません。何をおっしゃっているのでしょうか?」
いや、本当に何を言っているのだろうか?
ルーク様の周りの女性は皆が彼に惚れるのが当然と思っているのだろうか?
思っているのかもしれない。
思っているのだろう。
うん、思っているなこれは。
私の言葉に対する返答が未だなく、呆然とした表情を見たら分かってしまった。
「こちらこそ、申し訳ない。そうか……レモンさんは女性が好きな「違う! それも違う! アルト様は少し落ち着いた方が良い」」
「ん? 私は、いつだって冷静だけれど? 貴族として、そうあるようにしっかりと訓練してきているからね」
いや、冷静でこれは、普通に頭がおかしいやつじゃないか。
だめだ、会話が全然通じない。
そして、このままいけば不敬罪で殺され……そのために、人目のつかないこの場所に。
「違うよ? ここだったら、レモンさんが素の話し方になっても、咎める人はいないからここを選んだんだよ?」
なぜ、そういうところは鋭い。
その感覚を、もっと会話の全体と私の感情に研ぎ澄ませてほしい。
「だから、ルークの代わりに私の伴侶とし「いや、なんで? なんでそうなるの! ……ですか?」」
だめだ、私の脳みそがオーバーヒート直前だ。
まったく、この人の話が頭に入ってこない。
素っ頓狂なことを言っているということしか、理解が出来ない。
「なぜって? 私はルークに似てるから彼の代わりになれるかなって。それに決まった相手もいないし」
「今はいないかもしれませんが、将来的には良いところのお嬢様を娶られるのが普通でしょう!」
そもそも当事者が勝手に決めていいものだろうか?
いや、本気で彼に言い寄られたら、街を捨てるか頷くかの二択しかない……どこの悪役貴族の子息様だ。
とても優しくて誠実で、家族思いで強く賢い将来有望なご嫡男様の噂とはなんだったのだろうか……
「ははは、今の国内ならうちと縁を結びたい領地なんていくらでもあるからさ。なんなら、王城付の貴族でも選び放題だよ」
「えっと、何がでしょうか?」
「ん? 君の養父母の話だよ? 身分が問題なら、どこかの貴族に養女として入ってから結婚すれば、何も問題ないからさ」
怖い……貴族、怖い。
「な……んで、そこまで……何か思惑が?」
「ははは、やっぱりレモンさんは賢いね! 私はね、ルークのお気に入りは全て私の手元に置いておきたいんだ」
言っている意味が分からない。
最初から、最後まで。
「それが、なぜ私との結婚に?」
「ん? レモンさんはルークの大事な人だからね。もちろん、彼には大事な人がたくさんいるけどさ……家族や友人、知人、懇意にしている人みんなを大事にする素晴らしい子だから。その大事な人がジャストール領に多くいたら、彼は私の側から遠くには行けないだろうからさ」
理由が、全然ロマンチックじゃない。
こんなに優しそうな人なのに、雰囲気がヤバイ。
「やばくないよー」
「だから、人の心が読めるなら、もっと違うところで使ってくださいよ!」
ケラケラと冗談めいて笑いながら突っ込んできた彼を見て、恐怖のあまり涙目で叫んでしまった。
「大声出したら、危ないよ。そこの木陰からずっと、こちらの隙を伺ってたからね。刺激を与えちゃだめだよ」
彼はそう言って右手の拳を、私の顔の横に突き出す。
直後、何やら熱を帯びたものが後ろに飛んで行ったのが分かった。
「とりあえず、レッサードレイクは始末したから、話の続きをしようか」
後ろを振り返るのが怖い。
何か悲鳴のようなものと、重量のあるものが倒れるような音が聞こえた。
ただ、目の前の男から視線を逸らすのが、怖くて仕方ない。
なぜ、あのお優しいルーク様のお兄様が、こんなに狂ってるんだ?
「ごめんごめん、ちょっと脅かしすぎたね。結婚の話はともかく、うちには来てもらいたいのは事実だから」
「今更、おちゃめな表情をしても、遅いです」
嘘だ。
いたずらが成功した子供のように、片目を瞑って舌をペロッと出した表情を見て不覚にも可愛いと思ってしまった。
平常心で胡麻化さないと。
「理由はいくつかあるけど、まあルークをジャストールに繋ぎとめるためっていうのは、本当の理由」
あっ、それは本当なんだ。
全然、安心できなかった。
「2つ目は……持ってるよね?」
「えっ?」
急に真面目な顔をされると、怖い……いや、真面目な顔をする前からずっと怖い人だった。
「精霊の加護……それも、火の中位精霊と水の上位精霊」
「なんで? 誰にも言ってない……」
ギルドの鑑定で分かったことだけど、私の戦闘能力を鑑みてギルマスが緘口令を敷いたスキルのはずなのに。
流石に、領主一族には報告が行くのだろうか?
「あー……私もルークも神の加護を持ってるからね。一応、精霊の加護くらいならな感知できるから」
「良かった」
アルト様の言葉に、ホッと胸をなでおろす。
まさか中立を重んじるギルドが、貴族に加担していたのかと少し疑った自分が恥ずかしい。
「流石に精霊持ちを、領地外に出すわけにはいかないからね。加えて、知っていて何もせず冒険者のままにしてましたってのはちょっとね。一応、こちらから魅力ある職を提案して勧誘したうえで、レモンさんが冒険者の道を選ぶなら尊重するけどさ」
そう言ってちょっと寂しそうな表情を見せるアルト様。
できれば、来てほしいという思いが伝わってくる。
断ったら、この人を悲しませてし……危ない危ない。
何を簡単に絆されそうになっているのだ私は。
こういうところだ。
こういうところに付け込まれて、ルーク様にもズカズカと踏み込まれて……いや、結果夢みたいな生活を送っているけど。
「チッ」
だから、怖いですって。
思惑が失敗したのが分かったのか、アルト様が残念そうな表情で舌打ちをしてきた。
「うーん、頭のおかしい兄でも、可愛いらしい少年のような青年でも、憂いを帯びた貴族令息でも響かないか……レモンさんはどんなタイプに弱いのかな?」
いや、本人にそれを聞きますか?
「やっぱり、弟みたいなタイプかな?」
「その話題から離れませんか?」
なんか、勝手に私がルーク様のことを好きにさせられて、勝手に振られたみたいで気分が悪いんですけど。
とはいえ、間違いではない。
ルーク様のあのぐいぐいと妙に押しが強くて、それでいてこちらに選択肢を与えているかのような錯覚を覚えさせつつ、自分の望む道に誘導する無邪気さはどれだけ強い精神で挑んでも抗えないところがある。
ただ、アルト様はどうもそういったのは苦手な様子だ。
色々と考えて試してはいるのだろうけれども、私にとっては逆効果な方が多い気がする。
「てかさ、その火の精霊の加護と水の精霊の加護さ……かなり料理向きだと思うんだ。レモンは良い奥さんになれそうだね」
「そうですね、普通の人相手なら。流石にお貴族様に嫁いだら、水場や炊事場に立たせてもらうことはないでしょうし」
「私は、奥さんの手料理が食べたい方だけどね」
そう言ってウィンクをしてくるアルト様に、またもグラリと心が揺れかける。
かっこいんだよ、この人。
確かに、それは間違いない。
でも、冗談めかして胡麻化そうとしたけど、確実に分かってることがある。
弟のことになると、頭がおかしくなるのは本当だと思う。
「酷いなー。でも奥さんになった人にも、同程度の愛情を向けるほどの情はあると思うんだ?」
「なぜに疑問形なのですか? てかあれですか? 何か望まない縁談でも持ち込まれてて、断る名目にスケープゴートを用意しようと思ったついでに、ルーク様と仲のいい女なら彼が家に帰りやすくなると考えてないですか?」
「おおう、見てきたかのように言うね。正解だけど……」
思わず、大きなため息が漏れてしまった。
別に私に興味がある風に見えないのに、結婚に関しては満更ではない様子から何か裏がある気がしたけど。
数ある考えうる理由の中で、一番オーソドックス……いや、弟云々の下りはこの人特有だった。
「付け加えると冒険者の女性だと、一緒に色々とできるしね。このあいだS級に昇格したから、国を渡るのもある程度自由になったし」
「なん……ですって? S級?」
あっ……領主様のご嫡男で、次期跡取りで、英雄級の冒険者……
初めから選択肢与える必要なんかないのに、無理強いをしないのは本当に優しい方なんだろうな。
「いや、弟の友達を無理矢理嫁にしたってバレたら、嫌われちゃうかなって」
「そんなことだと思ったよ、バカヤロー!」
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