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第3章:覚醒編(開き直り)
第1話:敵情視察
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さてと。
先日の話し合いは、有意義だったと言えるだろう。
わしの、行動方針を明確に定めるにあたって。
最も大きな収穫は、わしに我慢や遠慮が必要ないことに気付けたことだろうか。
そうだな……一度は滅びた世界だ。
わしが今更どう動こうと、最初の運命より悪くなることは無いだろう。
ロナウドもいることだ。
長子の割に、最初の人生では影が薄い存在だと思うておったが。
リカルドが光の勇者として、そして英雄として台頭するにあたって、発言力や権限が薄れていったのだろう。
邪魔だったのだろうな。
リカルドの進む道に。
その頃は、王であるオーウェンもリカルドとよく一緒におった気がする。
優秀である兄がいては、色々と不都合があったのだろう。
光の女神にとっても。
反吐が出る。
わしが見たところ、ロナウドは可もなく不可もなくといったところじゃったが。
あくまでも、それはいまのところはという言葉が付く。
あれは思慮深く慎重ゆえに、やや動きが緩やかなところがあるだけだ。
経験や実績、知識が増えれば決断力も上がる。
即決即断できるようになれば、賢王となる資質は感じた。
そもそもが長男という、大きなアドバンテージもあるのだ。
加えて、大器晩成型で将来は有望でもある。
国民や部下も、従いやすかろう。
先達の城勤め達も、将来が楽しみだろうし。
いろいろと、教えたり補助もしよう。
そういったことばを、素直に受け入れられるだけでも彼は本当にいい子なのだ。
周囲の意見を上手に引き出せる分、すでにオーウェンよりもよほどに見込みはあるな。
ただ、それを言ったら、レオンハートが国王の方が最も収まりが良い気がせんでもないが。
難しいだろうな。
一方でリックは持ち前のバランス感覚によって、早々にこの茶番劇からは退場したのだろう。
どこらで、自分の出来る範囲で楽しく生きておったとしか思えぬからな。
だが、あれは王の器じゃない。
王佐の才もない。
個で動いて、国に益をもたらす天才じゃな。
一番、恐ろしい子じゃ。
わしのことも、アルトをつなぎ留めるために良くしているのだろう。
アルトが領地に帰ったあと、わしをここに残して後見するつもりだろうことは見て取れた。
いや、まあそれを抜きにしても、わしに対して好意的ではあったが。
友……真なる友を欲しておったのじゃろう。
自分と並び立つ才を持つものを。
それが、兄であったと。
武と知と方向性は違えど、自分と同類……もしくは同等と思えたのだろう。
そしてわしのことも、認めておる。
ただ、友の弟として接したいという気持ちも透けて見える。
ふっ……寂しい男じゃな。
素で付き合える相手が、アルトとわしの2人だけとは。
いや? ロナウドやレオンハートのことも認めておったな。
兄として……そして、国の重鎮として。
……もしかするとロナウドも最初の人生ではリックによって、巻き込まれないようゆっくりと表舞台から遠ざけられたのかもしれぬ。
リックとレオンハートの2人でなら……それに、アイゼン卿も、ブレード卿も優秀だ。
そういった者たちによって、秘密裏に説得されて埋伏しておったなら。
虎視眈々と、逆転の一手を狙っておった可能性もあるな。
まあ、考えても仕方あるまい。
そろそろ、思考を切り替えねば。
ふう……前世の爺だったころに、だいぶ引っ張られたが。
言葉だけでも、子供らしくあろう。
とりあえず、まずは相手の情報からじゃな……相手の情報からだね!
***
「どちらへ向かわれているのかしら?」
王都の目抜き通りを歩いていたら、聞き覚えのある声に呼び止められる。
ふわりとした良い香りが、包み込んでくる。
振り向いた先には、縦ロールの奇麗な少女が。
前王弟殿下の孫である、ジェニファだ。
今日は淡い黄色の外出用のドレスか。
春らしい装いに、思わず目を奪われる。
すぐに気を落ち着かせて、簡単に答える。
「ちょっと、教会でお祈りでもあげようかと」
「あら、それは殊勝な心掛けですわね? ちなみにどちらの教会ですか?」
面倒だな。
これで引いてもらえるとも思えなかったが、改めて突っ込まれると言葉にしづらい。
俺がこれから向かうのは聖教会なのだが、王族である彼女なら俺と聖教会の因縁くらい知っているだろうし。
如何、誤魔化したものか。
いや、嘘をついてもすぐにばれるな。
ついてくる気満々の顔をしている。
もしかして、待ち伏せでもされていたのかな?
いつも、タイミングよく現れるが。
「そんなことはしませんよ。ただ、ルーク様の情報を、とある筋から……」
怖いな。
俺の表情から、思っていることを読み取っただろうこともだが、それ以上にその筋のことが凄く詳しく知りたいのだが。
聞いたところで、どうせ笑って誤魔化されるだろう。
今度は俺が、誤魔化される側か。
「聖教会に向かうところですよ」
大げさにため息を吐いて、正直に答える。
どうせ、そのとある筋から向かう先も、聞いてそうだし。
こう見えて人気者の俺は、周囲にたくさん人がいるからな。
王城からの目付に、他の貴族たちからの見張り、果ては聖教会からも人が出ている。
教会関係で言えば、最近は他の教会からも見張りのようなものが来ているな。
その中に紛れ込まれたら、流石に分からんわ。
誰が、どの勢力かまでは調べてないからな。
最近では地の神を信仰する陸上教会と、火の神を信仰する神炎教会から人が出されているのは知っている。
叔父から排除されないところを見るに、害はないのだろうが。
「私もついていきましょう」
「なぜですか?」
当然のようにそう言って俺の手を取ったので、思わず素で聞いてしまった。
その前に一瞬腕を絡ませようとしていたみたいだが……
身長差的に腕が組めないんだよな。
俺の方が背が低いから。
少しみっともない。
これじゃあ、姉と弟だ。
「なぜって? 心配ですから」
心配ねぇ……
「ルーク様が、聖教会でなんと呼ばれているか存じ上げております」
「なるほど……で、なぜ今日はやけに他人行儀なのですか? いや、言動はそうでもないのですが……言葉遣いが」
「外で意中の殿方とデートですから。それらしく振舞った方が、気持ちが」
「なるほど……このような美女に思いを寄せられる果報者になれる日がくるとは、人生とは分からないものですね」
俺の言葉に、ジェニファが頬を染めている。
本気か、この女。
まあ、4歳年下の旦那というか、4歳年上の嫁というのも悪いものではないが。
現状は、小学6年生と高校1年生という状態。
貴族って凄いな。
何も気にしてないどころか、冗談とも思えなくなってきてる。
「まあ、純粋にどういったところか、確認に向かうだけですから」
「私でも、何かお役に立てると思いますよ」
何を言ってもついてくるのだろう。
仕方ない。
フォルスが空気になっているが、大丈夫かな?
流石に王族の前で、従者が口を挟むなんて無礼は働かないみたいだが。
そこまで完璧な従者を演じなくても。
神が、人に遠慮するとか。
『ルーク様に遠慮したのでございますよ。憎からず思われているご様子でしたので』
人の色恋沙汰とか、如何にも興味無さそうな存在なのにな。
『主の伴侶になる方には、興味はありますよ』
まあ、良いか。
あまり脳内に直接話しかけられると、ついつい意識が散漫になるから深く考えることはやめておこう。
というかだ、彼女の方の従者は?
あっ、遠くの方で寂しそうな表情を浮かべている初老の男性がいるな。
どうやら、あまり近づかないように言われているのだろう。
つい手招きしようとしてしまったが、ジェニファが嫌がっているんだ。
碌なことにならないだろう。
***
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」
そもそもが、この教会の嫌なところの一つがこれだ。
教会なのに、受付がある。
他の教会は来るもの拒まず、というか理由を聞くなんてことはない。
祈りたいものは勝手に祈り、悩めるものは勝手に神父やシスターに頼る。
その他事務的なものも、その場にいる関係者を捕まえて話をしている。
というのに、聖教会はまず受付で要件を聞く。
祈りと寄付がメインだが。
やたらと寄付を押してくるのも、腹立たしい。
それでいて、この世界では最大勢力というから、まったくもって恐ろしいものだ。
「まずは、寄付を」
「こんなにも! ありがとうございます。きっと、神は見ておりますよ」
金の多寡で神の関心が買えるなら、いくらでも払ってやるが。
この教会の神様は、貧乏人には目もくれないのかな?
とりあえず金貨10枚ほど渡したら、シスター風の女性が目を大きく開いていた。
横を見ると、ジェニファも目が大きくなっている。
そんなに驚くことか?
「私の、一月のお小遣いよりも……」
あまり、聞きたくない言葉が聞こえた。
聞かなかったことにしておこう。
そういえば、最初の人生でも彼女とはあまり、悪い思い出がないな。
接点自体ほとんどないが、まだリカルドと仲が良かったころに何度か会っている。
そしてリカルドとの仲がこじれたあとは会話こそなくなったものの、すれ違えば軽く微笑んで会釈くらいはしてくれていた。
今思えば普通のことだが、当時のルークの人生において、そのような対応をしてくれる人はごく僅かだったからな。
そういった人に対して関心が持てないほど、その時は心をすり減らしていたのか。
リーナに比べれば、よほどに魅力的な女性だ。
今くらい余裕があれば、もしかすると声くらいかけていたかもしれないな。
そう思うと横にいるこの可愛らしい少女が、少し愛おしく感じられた。
「こちらにご記帳をお願いできますか?」
そういって、シスターが渡してきた紙を見て、思わず顔を顰めてしまった。
名前の欄はいいとして、なぜその横に寄付額を書く欄があるのだろう。
そして、他の人の寄付額も丸わかりだ。
金貨1枚というものすら、ほとんどいないが。
中には、金貨100枚という強者も……リカルド。
おまえ、何してるんだ?
そこに書かれてあった名前を見て、思わず呆れてしまった。
「別に記帳は良いかな? ただの気持ちだから、記録に残すほどのことでもないですし」
「まあ、そうおっしゃらずに。女神さまへのお祈りの際に、司祭様がお使いになりますので。神様に名を覚えてもらえることになりますよ?」
言ってる意味が分からないな。
本当に、反吐が出るような教会だ。
「では、彼女の名前でもよろしいかな?」
「彼女ですか……できれば、ご本人の方が望ましいのですが、特別にお姉さまでも大丈夫かと」
「お姉さま?」
ジェニファの声が、いつもよりやや低い。
本人はどすを利かせてるつもりなのかもしれないが、やや低い程度。
まだまだ、可愛らしい。
「彼女と紹介されたと記憶しているのだけれども」
「えっ?」
ジェニファの言葉に、シスターが驚いた表情を浮かべている。
思わず、俺も声が出そうになったが。
ぐっと堪える。
きっと、良いことにならないだろうから。
しかし、そういう意味の彼女ではなかったのだがな。
本人が、嬉しそうだから訂正しずらい。
「大変失礼いたしました。では、こちらに」
シスターが慌てた様子で紙をジェニファに手渡していたが。
名前が書き進められるにしたがって、徐々に顔色が悪くなっていく。
「ジェニファ……フォン……ヒュマノ……」
そこに書かれた名前を、口に出しながらやや震えている。
ジェニファって、もしかして結構怖い人だったりするのか?
「ヒュマノ……王族の方でらしたので?」
「まあ、王族といえばそうだけど、ヒュマノ公爵家の方です」
「な……なるほど。よ……ようこそ、おいでくださいました」
寄付をした俺じゃなく、ジェニファだけを見つめる受付嬢に思わずまた首を傾げてしまった。
金だけじゃなくて、権力にも弱いのかこの教会は。
最低だな。
いやでも、モルダーも彼の教会もそんなことなかったな。
王都の教会がおかしいのか?
「すぐに大司教様をお呼びいたします」
さっそく、大仰なことになってきた。
いきなりの、大物登場か。
先日の話し合いは、有意義だったと言えるだろう。
わしの、行動方針を明確に定めるにあたって。
最も大きな収穫は、わしに我慢や遠慮が必要ないことに気付けたことだろうか。
そうだな……一度は滅びた世界だ。
わしが今更どう動こうと、最初の運命より悪くなることは無いだろう。
ロナウドもいることだ。
長子の割に、最初の人生では影が薄い存在だと思うておったが。
リカルドが光の勇者として、そして英雄として台頭するにあたって、発言力や権限が薄れていったのだろう。
邪魔だったのだろうな。
リカルドの進む道に。
その頃は、王であるオーウェンもリカルドとよく一緒におった気がする。
優秀である兄がいては、色々と不都合があったのだろう。
光の女神にとっても。
反吐が出る。
わしが見たところ、ロナウドは可もなく不可もなくといったところじゃったが。
あくまでも、それはいまのところはという言葉が付く。
あれは思慮深く慎重ゆえに、やや動きが緩やかなところがあるだけだ。
経験や実績、知識が増えれば決断力も上がる。
即決即断できるようになれば、賢王となる資質は感じた。
そもそもが長男という、大きなアドバンテージもあるのだ。
加えて、大器晩成型で将来は有望でもある。
国民や部下も、従いやすかろう。
先達の城勤め達も、将来が楽しみだろうし。
いろいろと、教えたり補助もしよう。
そういったことばを、素直に受け入れられるだけでも彼は本当にいい子なのだ。
周囲の意見を上手に引き出せる分、すでにオーウェンよりもよほどに見込みはあるな。
ただ、それを言ったら、レオンハートが国王の方が最も収まりが良い気がせんでもないが。
難しいだろうな。
一方でリックは持ち前のバランス感覚によって、早々にこの茶番劇からは退場したのだろう。
どこらで、自分の出来る範囲で楽しく生きておったとしか思えぬからな。
だが、あれは王の器じゃない。
王佐の才もない。
個で動いて、国に益をもたらす天才じゃな。
一番、恐ろしい子じゃ。
わしのことも、アルトをつなぎ留めるために良くしているのだろう。
アルトが領地に帰ったあと、わしをここに残して後見するつもりだろうことは見て取れた。
いや、まあそれを抜きにしても、わしに対して好意的ではあったが。
友……真なる友を欲しておったのじゃろう。
自分と並び立つ才を持つものを。
それが、兄であったと。
武と知と方向性は違えど、自分と同類……もしくは同等と思えたのだろう。
そしてわしのことも、認めておる。
ただ、友の弟として接したいという気持ちも透けて見える。
ふっ……寂しい男じゃな。
素で付き合える相手が、アルトとわしの2人だけとは。
いや? ロナウドやレオンハートのことも認めておったな。
兄として……そして、国の重鎮として。
……もしかするとロナウドも最初の人生ではリックによって、巻き込まれないようゆっくりと表舞台から遠ざけられたのかもしれぬ。
リックとレオンハートの2人でなら……それに、アイゼン卿も、ブレード卿も優秀だ。
そういった者たちによって、秘密裏に説得されて埋伏しておったなら。
虎視眈々と、逆転の一手を狙っておった可能性もあるな。
まあ、考えても仕方あるまい。
そろそろ、思考を切り替えねば。
ふう……前世の爺だったころに、だいぶ引っ張られたが。
言葉だけでも、子供らしくあろう。
とりあえず、まずは相手の情報からじゃな……相手の情報からだね!
***
「どちらへ向かわれているのかしら?」
王都の目抜き通りを歩いていたら、聞き覚えのある声に呼び止められる。
ふわりとした良い香りが、包み込んでくる。
振り向いた先には、縦ロールの奇麗な少女が。
前王弟殿下の孫である、ジェニファだ。
今日は淡い黄色の外出用のドレスか。
春らしい装いに、思わず目を奪われる。
すぐに気を落ち着かせて、簡単に答える。
「ちょっと、教会でお祈りでもあげようかと」
「あら、それは殊勝な心掛けですわね? ちなみにどちらの教会ですか?」
面倒だな。
これで引いてもらえるとも思えなかったが、改めて突っ込まれると言葉にしづらい。
俺がこれから向かうのは聖教会なのだが、王族である彼女なら俺と聖教会の因縁くらい知っているだろうし。
如何、誤魔化したものか。
いや、嘘をついてもすぐにばれるな。
ついてくる気満々の顔をしている。
もしかして、待ち伏せでもされていたのかな?
いつも、タイミングよく現れるが。
「そんなことはしませんよ。ただ、ルーク様の情報を、とある筋から……」
怖いな。
俺の表情から、思っていることを読み取っただろうこともだが、それ以上にその筋のことが凄く詳しく知りたいのだが。
聞いたところで、どうせ笑って誤魔化されるだろう。
今度は俺が、誤魔化される側か。
「聖教会に向かうところですよ」
大げさにため息を吐いて、正直に答える。
どうせ、そのとある筋から向かう先も、聞いてそうだし。
こう見えて人気者の俺は、周囲にたくさん人がいるからな。
王城からの目付に、他の貴族たちからの見張り、果ては聖教会からも人が出ている。
教会関係で言えば、最近は他の教会からも見張りのようなものが来ているな。
その中に紛れ込まれたら、流石に分からんわ。
誰が、どの勢力かまでは調べてないからな。
最近では地の神を信仰する陸上教会と、火の神を信仰する神炎教会から人が出されているのは知っている。
叔父から排除されないところを見るに、害はないのだろうが。
「私もついていきましょう」
「なぜですか?」
当然のようにそう言って俺の手を取ったので、思わず素で聞いてしまった。
その前に一瞬腕を絡ませようとしていたみたいだが……
身長差的に腕が組めないんだよな。
俺の方が背が低いから。
少しみっともない。
これじゃあ、姉と弟だ。
「なぜって? 心配ですから」
心配ねぇ……
「ルーク様が、聖教会でなんと呼ばれているか存じ上げております」
「なるほど……で、なぜ今日はやけに他人行儀なのですか? いや、言動はそうでもないのですが……言葉遣いが」
「外で意中の殿方とデートですから。それらしく振舞った方が、気持ちが」
「なるほど……このような美女に思いを寄せられる果報者になれる日がくるとは、人生とは分からないものですね」
俺の言葉に、ジェニファが頬を染めている。
本気か、この女。
まあ、4歳年下の旦那というか、4歳年上の嫁というのも悪いものではないが。
現状は、小学6年生と高校1年生という状態。
貴族って凄いな。
何も気にしてないどころか、冗談とも思えなくなってきてる。
「まあ、純粋にどういったところか、確認に向かうだけですから」
「私でも、何かお役に立てると思いますよ」
何を言ってもついてくるのだろう。
仕方ない。
フォルスが空気になっているが、大丈夫かな?
流石に王族の前で、従者が口を挟むなんて無礼は働かないみたいだが。
そこまで完璧な従者を演じなくても。
神が、人に遠慮するとか。
『ルーク様に遠慮したのでございますよ。憎からず思われているご様子でしたので』
人の色恋沙汰とか、如何にも興味無さそうな存在なのにな。
『主の伴侶になる方には、興味はありますよ』
まあ、良いか。
あまり脳内に直接話しかけられると、ついつい意識が散漫になるから深く考えることはやめておこう。
というかだ、彼女の方の従者は?
あっ、遠くの方で寂しそうな表情を浮かべている初老の男性がいるな。
どうやら、あまり近づかないように言われているのだろう。
つい手招きしようとしてしまったが、ジェニファが嫌がっているんだ。
碌なことにならないだろう。
***
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」
そもそもが、この教会の嫌なところの一つがこれだ。
教会なのに、受付がある。
他の教会は来るもの拒まず、というか理由を聞くなんてことはない。
祈りたいものは勝手に祈り、悩めるものは勝手に神父やシスターに頼る。
その他事務的なものも、その場にいる関係者を捕まえて話をしている。
というのに、聖教会はまず受付で要件を聞く。
祈りと寄付がメインだが。
やたらと寄付を押してくるのも、腹立たしい。
それでいて、この世界では最大勢力というから、まったくもって恐ろしいものだ。
「まずは、寄付を」
「こんなにも! ありがとうございます。きっと、神は見ておりますよ」
金の多寡で神の関心が買えるなら、いくらでも払ってやるが。
この教会の神様は、貧乏人には目もくれないのかな?
とりあえず金貨10枚ほど渡したら、シスター風の女性が目を大きく開いていた。
横を見ると、ジェニファも目が大きくなっている。
そんなに驚くことか?
「私の、一月のお小遣いよりも……」
あまり、聞きたくない言葉が聞こえた。
聞かなかったことにしておこう。
そういえば、最初の人生でも彼女とはあまり、悪い思い出がないな。
接点自体ほとんどないが、まだリカルドと仲が良かったころに何度か会っている。
そしてリカルドとの仲がこじれたあとは会話こそなくなったものの、すれ違えば軽く微笑んで会釈くらいはしてくれていた。
今思えば普通のことだが、当時のルークの人生において、そのような対応をしてくれる人はごく僅かだったからな。
そういった人に対して関心が持てないほど、その時は心をすり減らしていたのか。
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「こちらにご記帳をお願いできますか?」
そういって、シスターが渡してきた紙を見て、思わず顔を顰めてしまった。
名前の欄はいいとして、なぜその横に寄付額を書く欄があるのだろう。
そして、他の人の寄付額も丸わかりだ。
金貨1枚というものすら、ほとんどいないが。
中には、金貨100枚という強者も……リカルド。
おまえ、何してるんだ?
そこに書かれてあった名前を見て、思わず呆れてしまった。
「別に記帳は良いかな? ただの気持ちだから、記録に残すほどのことでもないですし」
「まあ、そうおっしゃらずに。女神さまへのお祈りの際に、司祭様がお使いになりますので。神様に名を覚えてもらえることになりますよ?」
言ってる意味が分からないな。
本当に、反吐が出るような教会だ。
「では、彼女の名前でもよろしいかな?」
「彼女ですか……できれば、ご本人の方が望ましいのですが、特別にお姉さまでも大丈夫かと」
「お姉さま?」
ジェニファの声が、いつもよりやや低い。
本人はどすを利かせてるつもりなのかもしれないが、やや低い程度。
まだまだ、可愛らしい。
「彼女と紹介されたと記憶しているのだけれども」
「えっ?」
ジェニファの言葉に、シスターが驚いた表情を浮かべている。
思わず、俺も声が出そうになったが。
ぐっと堪える。
きっと、良いことにならないだろうから。
しかし、そういう意味の彼女ではなかったのだがな。
本人が、嬉しそうだから訂正しずらい。
「大変失礼いたしました。では、こちらに」
シスターが慌てた様子で紙をジェニファに手渡していたが。
名前が書き進められるにしたがって、徐々に顔色が悪くなっていく。
「ジェニファ……フォン……ヒュマノ……」
そこに書かれた名前を、口に出しながらやや震えている。
ジェニファって、もしかして結構怖い人だったりするのか?
「ヒュマノ……王族の方でらしたので?」
「まあ、王族といえばそうだけど、ヒュマノ公爵家の方です」
「な……なるほど。よ……ようこそ、おいでくださいました」
寄付をした俺じゃなく、ジェニファだけを見つめる受付嬢に思わずまた首を傾げてしまった。
金だけじゃなくて、権力にも弱いのかこの教会は。
最低だな。
いやでも、モルダーも彼の教会もそんなことなかったな。
王都の教会がおかしいのか?
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ファンタジー
【コミックス第1巻発売です!】
早ければ、電子書籍版は2/18から販売開始、紙書籍は2/19に店頭に並ぶことと思います。
皆様どうぞよろしくお願いいたします。
【10/23コミカライズ開始!】
『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました!
颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。
【第2巻が発売されました!】
今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです!
素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。
【ストーリー紹介】
幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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