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第2章:王都学園編
第11話:考える
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「くそっ」
「いや、ジャスパー様の剣技が素晴らしいことは、十分分かったのですが」
「だが、お前には勝てん」
俺の目の前で、ジャスパーが地面に手をついて項垂れている。
これで8戦8勝。
剣技で認めさせるという条件なら、十分に達成している。
確かに、剣の腕は頭一つ抜き出ている。
12歳の新入生の中では。
俺も、それなりに真面目に相手をしている。
しかしなあ……打たれるのは嫌だから、全て攻撃を防いだうえで素手で抑え込んでいるのだが。
5戦目くらいで、泣かれてしまった。
「いつになったら、俺はお前にまともに剣を使わせることができるのだ」
「いや、いつになったらというか、まだ五日目ですよ? こういうのって、数カ月単位で鍛えてから挑むものでは?」
「数カ月も家族に蔑まれて生活なんてできるか!」
それは、そっちの都合だろと声を大にして言いたかった。
オラリオも最初は見学に来ていたが、いまはキーファといることの方が多い。
訓練場を通る人も、今日もやってらくらいにしか思わなくなっている。
まともに剣術のみでというルールなら、いい勝負になるかな?
ならないだろうな。
動きが遅すぎる。
全て、見てから対処できる。
ちなみに、ジャスパーには内緒にしているが、ガーランドとも手合わせをして下した。
週末に、アイゼン辺境伯の別邸に行ったときに、彼も来ていた。
アイゼン辺境伯の息子のビンセントとも仲が良いらしい。
まあ、ご近所さんだしね。
その辺境伯の別邸の庭に、ボードパークと言ってもいいレベルの立派なスケート場が。
相当に入れ込んでいるのは分かるが、父である辺境伯は知っているのだろうか?
その際にガーランドから、せがまれて手合わせすることになったのだが。
ジャスパーよりは遥かに速かったが、アルトよりは遥かに遅い。
だから、こっちも見てから対処できる。
アルトがいかに規格外かが分かった。
ガーランドは、一か月後にもう一度と言っていたが。
俺は、アルトと一カ月ほぼ毎日朝練をするから、この差は縮まらないと思うのだが。
まあ、剣技に関してはガーランドの方が上だと素直に認められる。
ただ戦闘となれば100回やれば、100回勝てる。
この世に絶対なんて言葉はないというが、絶対の自信がある。
現状、俺より強いというか……肉弾戦で俺より強いのは、冒険者ギルドに数名いるだけだ。
そいつらですら、クイック一つでひっくり返せるだろう。
ということは、俺もA級冒険者の資格は取れそうだ。
そんなことを思い出しながら、ようやく立ち上がったジャスパーに目を向ける。
こいつは、全然遠慮なんかないからな。
本当に文字通り、毎日リベンジマッチを挑んでくる。
一日二日で何が変わるのだろうか?
「流石に毎日はしんどいですし、週末まで呼び出されると迷惑ですので」
やんわりと、迷惑だと伝えてみた。
ジャスパーが、泣きそうな顔になっている。
ふむ……どうしたものか。
「お前、それは正直すぎるだろう」
やんわりとではなかったらしい。
本音だからな、仕方あるまい。
いかんな、子供扱いできるものを相手にしていると、ついつい年寄りの部分が出てきてしまう。
こんなことだと、アマラにまた爺むさいと言われてしまうな。
「ともかく、週一くらいにしてもらえませんか」
「……まあ、勝者の言うことに従うのは、当然か」
よし、少しは自分の時間が持てそうだ。
「正直、攻略の糸口すら見つけられん。俺も少し時間が欲しいと思っていたところだ」
「そうですね、あえて遠回りをすることで、結果近道になるということもありますし」
「ふ、なかなか、良いことを言うな」
なんだろう。
最初の人生よりは、ジャスパーといい人間関係が築けてる自信がある。
ジャスパーが素直に、俺を上だと認めてくれているからか?
「流石は学年首位だけのことはある」
そうか……ジャスパーに対しては、学年でトップを取ったことは良い影響を与えられたようだ。
実力は認めてくれているのだろう。
「じゃあ、行きますね」
「あっ」
俺が別れを告げようとしたら、ジャスパーが声を詰まらせる。
くそっ、なんだよ……その、何かあるのかと、聞きたくなるような反応は。
無視してもよかったが、あまりにも不意に出た言葉っぽかったので思わず溜息が出そうになったが、どうにか堪えてその場にとどまる。
「どうかされましたか?」
「あっ……いや、やっぱりいい」
よくないよな?
よくないって、顔してるもんな。
「ふう」
あっ、自然と溜息が出てしまった。
まあ、良いか。
「話してください。気になりますから」
「あー……うー……」
なぜ、急に年相応の反応になる。
ズルいだろう、それは。
「言い辛いことですか? 私は、気にしませんよ」
「あのだな……お前の、兄上殿……アルト殿に、俺も稽古を付けてもらいたい」
「はあ?」
「あー、やっぱり駄目だよな? さんざんお前に突っかかって嫌な思いをさせておいて、虫が良すぎる。うん、俺も分かっている……ただ、ちょっと憧れただけだ。気にしないでくれ」
ジャスパーの突拍子もない言葉に、思わず素っ頓狂な反応を返してしまったが。
俺が不快に思ったと勘違いしたのか、彼は慌てた様子で矢継ぎ早に言葉を重ねて誤魔化そうとする。
いや、素直に驚いただけなのだが。
「いえ、不快ではないですよ? そうですね……毎朝、夜明けと共に鍛錬をしてますので、気が向けば来てください。できれば、前日に連絡を頂ければ助かりますが」
「いいのか?」
「勿論です。私は何でもいいですが、一つのことを直向きに頑張っている人は好きですよ。協力してあげたくなるくらいには」
「ふふ……お前、良い奴だな」
ジャスパーが困ったような笑みを浮かべたが、うん、確実に印象が良くなっていってるな。
最初の人生では、何かとルークの癖にが口癖だったのに。
落ちこぼれのルークに剣でだけは勝てずに、目の敵にしていたからな。
今回の俺は落ちこぼれではなく、優等生だ。
その辺りもあって、この実力差を受け入れやすかったのかもしれない。
***
ジャスパーと別れ、学園を出る。
いつものようにフォルスが迎えに来てくれていたので、一緒に帰る。
すでに生徒の数はだいぶまばらになっている。
「本日も、あの子供と手合わせを?」
「ああ、俺に打ち勝つために必死に努力をしているのは認めるが……もう少し、自分を見つめ直す時間を作った方がいいと思うのだがな」
「どうあがいても、人の子がルーク様に勝てる道理などないと思いますが」
いかんな。
フォルスが若干不機嫌だ。
こいつは、俺を崇拝している部分がある。
神に崇拝されるとは、何事だとも思わなくもない。
おかしな話だ。
「一念岩をも通すという。雨だれ石を穿つともな」
「はあ」
言ってる意味が分からないという反応だな。
「俺の前いた世界では、とある国の将軍が草むらの中の石を虎と見間違えて、必死で本気の矢を放ったところ石に矢を突き立てたという逸話がある」
「ほう?」
「命の危機に、全ての精神を必死に一点集中させて放ったことで、それほどの威力が出たのかもしれんな」
全集中で呼吸を整え矢を放つ。
そして普段なら不可能であろう、石を貫く。
前漢の李広将軍は、鬼も殺せたかもしれんな。
くだらん。
「雨だれ石を穿つというのは、たとえ水滴であっても長い年月を掛ければ石に穴を開けるという話だ」
「なるほど、どちらもなかなかに感慨深いお言葉ですね」
「それほどまでに、人に置いて精神や心の在り方というのは、肉体や結果に影響を与えるのだ」
「勉強になります」
ため息が出る。
神が人の身である俺から学ぶ。
いや、完成された存在からすれば、理解できないのかもしれないな。
普段から、最高の結果を出し続けているからな。
「ジャストールの方は、変わりないか?」
「ええ、ジェノファからは、特に問題は聞いておりませんね」
空気を変えるように、話題を変える。
フォルスはジェノファとなら、念話でいつでもやり取りができる。
俺も出来なくはないが、現状ではフォルスとジェノファにある程度町のことは任せているからな。
俺は、結果をフォルスから聞くだけだ。
「ジェノファが問題と思っていないだけの可能性はあるが?」
「いえ、一応逐一起きたことは、報告させてます」
「となれば、お前が問題と思ってないことばかりか」
「まあ、言い換えれば、そうなりますね」
そうか……それを判断するのは、俺の仕事なのだがな。
その辺りの、報告連絡相談の基準がどうも統一できないというか。
こいつら、仕事は完璧に近いからな。
俺の手を煩わせまいと、大体のことを内々に処理する。
それも、理想の形に近い状態で。
結果だけみれば。
しかし、こいつらには大きな欠点がある。
それは、俺たち兄弟以外の人間の感情の機微を、全く読み取らない。
そして、人の気持ちをまったく考慮しない判断が多い。
故に、物事は解決しても、当事者の心の問題が解決しないことが多い。
それを指摘すると、闇系統の魔法で相手の精神に直接働きかけて解決しようとしたからな。
一度、こっぴどく叱ってからは、やってないが。
「つけられてますが」
「構わん。放っておけ」
最近は、毎日のように誰かしらが俺の周りにいる。
他の貴族の手の者だったり、王宮の者だったり。
あとは、教会の者もいるな。
悪質なものは、王宮から俺に付けられている監視役に人知れず排除されているようだが。
気配が完全に消えてなくなるということは、そういうことだろう。
生かされているかもしれないが、消されている可能性が高い。
ため息が出る。
それをやっているのは、最初の人生でも俺に関りが深い人物だ。
親戚というか……家系図からは完全に消されているが。
俺の叔父だろうな。
最初の人生で、母を除いて唯一俺の味方だった家族で……俺のために死んだ男だ。
ただ彼が死ぬその時まで、俺は彼が父の弟であることを知らなかったが。
今世ではオーウェン陛下が、俺にわざわざ付けたのだろう。
ふむ……王族が、今回の人生ではかなり協力も、遠慮もしている。
そのことが、不思議だ。
アマラが用意したゲームでは、その辺りが曖昧だったからな。
なぜ、王が俺に魔王の核を埋め込んだか。
そして、なぜ俺が魔王になったことを喜んだのか。
いや、そもそもがあれは英雄の卵だったのだ。
そして、王にその卵を俺に埋め込むよう指示したのは……間違いなく、光の教会だろうな。
光の女神が直接動いたのかもしれない。
英雄の卵か……神の加護を得た、英雄に育つためのものだな。
光の女神が持つ英雄の卵と共に育ったならば、まさに光の勇者となるべく存在だろう。
純粋な。
しかし、俺は闇堕ちした。
そのことで、卵は……いや、違うな。
光の女神が用意したものだ。
過程など関係なく、必ず英雄を生み出すようなものだろう。
にも拘わらず、最悪の状態に変質した。
おそらく英雄の卵は、俺の魔力を吸収し続けたのだ。
その過程で、変異したと考えるのが普通だな。
やはり、俺の影響ではあることは間違いないか。
俺の魔力を通して、俺の負の感情が注ぎ込まれ続けた結果……
しかし、途中からはもうなるべくしてなったというか。
ルークだけじゃなく、周囲も悪意を持つ者たちに囲まれていたからな。
俺の心も、周囲もドロドロの真っ黒クロスケだな。
ふふ、光の女神はそこで方針転換したんだろうな。
魔王として俺を育て別の者に討伐させ、そのものを光の勇者として立てようと。
光の女神が作り出した、光の英雄の卵だ。
いくらでも製作者としての権限で、ルークの力の根底となる核を取り上げられると思ったのだろう。
現に、女神のやつはその核を使って、この世に顕現していたからな。
ということは、奴の力の一部であることは疑いようがないな。
ふふふ……とんだ、茶番だ。
「主」
「ん? どうした」
「いえ、怖い顔をされていたので」
「気にするな」
リカルドが光の勇者となることで、ヒュマノ王国は光の女神を信仰する宗教の宗主国になれるということだ。
光の女神を信仰する教会の既得権益を、丸っと横取りできるってことだからな。
他国から、侵略戦争を挑まれる危険性も少なくなれば、周辺国家からの移住者にも期待ができる。
いや、他国の貴族や商人からの寄付も……
大きな神殿でも建てれば、参拝者からも金を得られるしな。
女神からすれば、国民全員が信者になる可能性も考えていただろう。
そうなれば、他の神よりも信仰という点において、一歩先んじることができたはずだ。
くだらん。
どっちもどっちだ。
確かに壮大な話過ぎて、人一人程度の人生なんかどうでもよくなるわな。
当事者からすれば、溜まったものではないが。
そして、相手が悪かったな。
上級神どころか、最高神の一柱が目を付けていた相手を、とことん不幸にして悪者に仕立てたんだ。
盛大に失敗したな。
信者どころか、管理する世界が消えうせるほどの大失態だ。
さぞや、他の神にも恨まれただろうな。
ただ……フォルスやジェノスを見ていると、なんとなく分かるな。
あいつらも、人をなんとも思わないところがあるからな。
俺だから怒っているわけで、そこらの人が一人神のせいで不幸になったからと、そこに何かを感じることはなさそうだ。
「どうしました? 私の方をジッと見つめて」
「いや……お前たちも、もう少し人のことを考えてくれたらなと」
「はあ?」
はあ? と言われてもな。
どうも、ピンとこなかったらしい。
先は長そうだ。
「いや、ジャスパー様の剣技が素晴らしいことは、十分分かったのですが」
「だが、お前には勝てん」
俺の目の前で、ジャスパーが地面に手をついて項垂れている。
これで8戦8勝。
剣技で認めさせるという条件なら、十分に達成している。
確かに、剣の腕は頭一つ抜き出ている。
12歳の新入生の中では。
俺も、それなりに真面目に相手をしている。
しかしなあ……打たれるのは嫌だから、全て攻撃を防いだうえで素手で抑え込んでいるのだが。
5戦目くらいで、泣かれてしまった。
「いつになったら、俺はお前にまともに剣を使わせることができるのだ」
「いや、いつになったらというか、まだ五日目ですよ? こういうのって、数カ月単位で鍛えてから挑むものでは?」
「数カ月も家族に蔑まれて生活なんてできるか!」
それは、そっちの都合だろと声を大にして言いたかった。
オラリオも最初は見学に来ていたが、いまはキーファといることの方が多い。
訓練場を通る人も、今日もやってらくらいにしか思わなくなっている。
まともに剣術のみでというルールなら、いい勝負になるかな?
ならないだろうな。
動きが遅すぎる。
全て、見てから対処できる。
ちなみに、ジャスパーには内緒にしているが、ガーランドとも手合わせをして下した。
週末に、アイゼン辺境伯の別邸に行ったときに、彼も来ていた。
アイゼン辺境伯の息子のビンセントとも仲が良いらしい。
まあ、ご近所さんだしね。
その辺境伯の別邸の庭に、ボードパークと言ってもいいレベルの立派なスケート場が。
相当に入れ込んでいるのは分かるが、父である辺境伯は知っているのだろうか?
その際にガーランドから、せがまれて手合わせすることになったのだが。
ジャスパーよりは遥かに速かったが、アルトよりは遥かに遅い。
だから、こっちも見てから対処できる。
アルトがいかに規格外かが分かった。
ガーランドは、一か月後にもう一度と言っていたが。
俺は、アルトと一カ月ほぼ毎日朝練をするから、この差は縮まらないと思うのだが。
まあ、剣技に関してはガーランドの方が上だと素直に認められる。
ただ戦闘となれば100回やれば、100回勝てる。
この世に絶対なんて言葉はないというが、絶対の自信がある。
現状、俺より強いというか……肉弾戦で俺より強いのは、冒険者ギルドに数名いるだけだ。
そいつらですら、クイック一つでひっくり返せるだろう。
ということは、俺もA級冒険者の資格は取れそうだ。
そんなことを思い出しながら、ようやく立ち上がったジャスパーに目を向ける。
こいつは、全然遠慮なんかないからな。
本当に文字通り、毎日リベンジマッチを挑んでくる。
一日二日で何が変わるのだろうか?
「流石に毎日はしんどいですし、週末まで呼び出されると迷惑ですので」
やんわりと、迷惑だと伝えてみた。
ジャスパーが、泣きそうな顔になっている。
ふむ……どうしたものか。
「お前、それは正直すぎるだろう」
やんわりとではなかったらしい。
本音だからな、仕方あるまい。
いかんな、子供扱いできるものを相手にしていると、ついつい年寄りの部分が出てきてしまう。
こんなことだと、アマラにまた爺むさいと言われてしまうな。
「ともかく、週一くらいにしてもらえませんか」
「……まあ、勝者の言うことに従うのは、当然か」
よし、少しは自分の時間が持てそうだ。
「正直、攻略の糸口すら見つけられん。俺も少し時間が欲しいと思っていたところだ」
「そうですね、あえて遠回りをすることで、結果近道になるということもありますし」
「ふ、なかなか、良いことを言うな」
なんだろう。
最初の人生よりは、ジャスパーといい人間関係が築けてる自信がある。
ジャスパーが素直に、俺を上だと認めてくれているからか?
「流石は学年首位だけのことはある」
そうか……ジャスパーに対しては、学年でトップを取ったことは良い影響を与えられたようだ。
実力は認めてくれているのだろう。
「じゃあ、行きますね」
「あっ」
俺が別れを告げようとしたら、ジャスパーが声を詰まらせる。
くそっ、なんだよ……その、何かあるのかと、聞きたくなるような反応は。
無視してもよかったが、あまりにも不意に出た言葉っぽかったので思わず溜息が出そうになったが、どうにか堪えてその場にとどまる。
「どうかされましたか?」
「あっ……いや、やっぱりいい」
よくないよな?
よくないって、顔してるもんな。
「ふう」
あっ、自然と溜息が出てしまった。
まあ、良いか。
「話してください。気になりますから」
「あー……うー……」
なぜ、急に年相応の反応になる。
ズルいだろう、それは。
「言い辛いことですか? 私は、気にしませんよ」
「あのだな……お前の、兄上殿……アルト殿に、俺も稽古を付けてもらいたい」
「はあ?」
「あー、やっぱり駄目だよな? さんざんお前に突っかかって嫌な思いをさせておいて、虫が良すぎる。うん、俺も分かっている……ただ、ちょっと憧れただけだ。気にしないでくれ」
ジャスパーの突拍子もない言葉に、思わず素っ頓狂な反応を返してしまったが。
俺が不快に思ったと勘違いしたのか、彼は慌てた様子で矢継ぎ早に言葉を重ねて誤魔化そうとする。
いや、素直に驚いただけなのだが。
「いえ、不快ではないですよ? そうですね……毎朝、夜明けと共に鍛錬をしてますので、気が向けば来てください。できれば、前日に連絡を頂ければ助かりますが」
「いいのか?」
「勿論です。私は何でもいいですが、一つのことを直向きに頑張っている人は好きですよ。協力してあげたくなるくらいには」
「ふふ……お前、良い奴だな」
ジャスパーが困ったような笑みを浮かべたが、うん、確実に印象が良くなっていってるな。
最初の人生では、何かとルークの癖にが口癖だったのに。
落ちこぼれのルークに剣でだけは勝てずに、目の敵にしていたからな。
今回の俺は落ちこぼれではなく、優等生だ。
その辺りもあって、この実力差を受け入れやすかったのかもしれない。
***
ジャスパーと別れ、学園を出る。
いつものようにフォルスが迎えに来てくれていたので、一緒に帰る。
すでに生徒の数はだいぶまばらになっている。
「本日も、あの子供と手合わせを?」
「ああ、俺に打ち勝つために必死に努力をしているのは認めるが……もう少し、自分を見つめ直す時間を作った方がいいと思うのだがな」
「どうあがいても、人の子がルーク様に勝てる道理などないと思いますが」
いかんな。
フォルスが若干不機嫌だ。
こいつは、俺を崇拝している部分がある。
神に崇拝されるとは、何事だとも思わなくもない。
おかしな話だ。
「一念岩をも通すという。雨だれ石を穿つともな」
「はあ」
言ってる意味が分からないという反応だな。
「俺の前いた世界では、とある国の将軍が草むらの中の石を虎と見間違えて、必死で本気の矢を放ったところ石に矢を突き立てたという逸話がある」
「ほう?」
「命の危機に、全ての精神を必死に一点集中させて放ったことで、それほどの威力が出たのかもしれんな」
全集中で呼吸を整え矢を放つ。
そして普段なら不可能であろう、石を貫く。
前漢の李広将軍は、鬼も殺せたかもしれんな。
くだらん。
「雨だれ石を穿つというのは、たとえ水滴であっても長い年月を掛ければ石に穴を開けるという話だ」
「なるほど、どちらもなかなかに感慨深いお言葉ですね」
「それほどまでに、人に置いて精神や心の在り方というのは、肉体や結果に影響を与えるのだ」
「勉強になります」
ため息が出る。
神が人の身である俺から学ぶ。
いや、完成された存在からすれば、理解できないのかもしれないな。
普段から、最高の結果を出し続けているからな。
「ジャストールの方は、変わりないか?」
「ええ、ジェノファからは、特に問題は聞いておりませんね」
空気を変えるように、話題を変える。
フォルスはジェノファとなら、念話でいつでもやり取りができる。
俺も出来なくはないが、現状ではフォルスとジェノファにある程度町のことは任せているからな。
俺は、結果をフォルスから聞くだけだ。
「ジェノファが問題と思っていないだけの可能性はあるが?」
「いえ、一応逐一起きたことは、報告させてます」
「となれば、お前が問題と思ってないことばかりか」
「まあ、言い換えれば、そうなりますね」
そうか……それを判断するのは、俺の仕事なのだがな。
その辺りの、報告連絡相談の基準がどうも統一できないというか。
こいつら、仕事は完璧に近いからな。
俺の手を煩わせまいと、大体のことを内々に処理する。
それも、理想の形に近い状態で。
結果だけみれば。
しかし、こいつらには大きな欠点がある。
それは、俺たち兄弟以外の人間の感情の機微を、全く読み取らない。
そして、人の気持ちをまったく考慮しない判断が多い。
故に、物事は解決しても、当事者の心の問題が解決しないことが多い。
それを指摘すると、闇系統の魔法で相手の精神に直接働きかけて解決しようとしたからな。
一度、こっぴどく叱ってからは、やってないが。
「つけられてますが」
「構わん。放っておけ」
最近は、毎日のように誰かしらが俺の周りにいる。
他の貴族の手の者だったり、王宮の者だったり。
あとは、教会の者もいるな。
悪質なものは、王宮から俺に付けられている監視役に人知れず排除されているようだが。
気配が完全に消えてなくなるということは、そういうことだろう。
生かされているかもしれないが、消されている可能性が高い。
ため息が出る。
それをやっているのは、最初の人生でも俺に関りが深い人物だ。
親戚というか……家系図からは完全に消されているが。
俺の叔父だろうな。
最初の人生で、母を除いて唯一俺の味方だった家族で……俺のために死んだ男だ。
ただ彼が死ぬその時まで、俺は彼が父の弟であることを知らなかったが。
今世ではオーウェン陛下が、俺にわざわざ付けたのだろう。
ふむ……王族が、今回の人生ではかなり協力も、遠慮もしている。
そのことが、不思議だ。
アマラが用意したゲームでは、その辺りが曖昧だったからな。
なぜ、王が俺に魔王の核を埋め込んだか。
そして、なぜ俺が魔王になったことを喜んだのか。
いや、そもそもがあれは英雄の卵だったのだ。
そして、王にその卵を俺に埋め込むよう指示したのは……間違いなく、光の教会だろうな。
光の女神が直接動いたのかもしれない。
英雄の卵か……神の加護を得た、英雄に育つためのものだな。
光の女神が持つ英雄の卵と共に育ったならば、まさに光の勇者となるべく存在だろう。
純粋な。
しかし、俺は闇堕ちした。
そのことで、卵は……いや、違うな。
光の女神が用意したものだ。
過程など関係なく、必ず英雄を生み出すようなものだろう。
にも拘わらず、最悪の状態に変質した。
おそらく英雄の卵は、俺の魔力を吸収し続けたのだ。
その過程で、変異したと考えるのが普通だな。
やはり、俺の影響ではあることは間違いないか。
俺の魔力を通して、俺の負の感情が注ぎ込まれ続けた結果……
しかし、途中からはもうなるべくしてなったというか。
ルークだけじゃなく、周囲も悪意を持つ者たちに囲まれていたからな。
俺の心も、周囲もドロドロの真っ黒クロスケだな。
ふふ、光の女神はそこで方針転換したんだろうな。
魔王として俺を育て別の者に討伐させ、そのものを光の勇者として立てようと。
光の女神が作り出した、光の英雄の卵だ。
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現に、女神のやつはその核を使って、この世に顕現していたからな。
ということは、奴の力の一部であることは疑いようがないな。
ふふふ……とんだ、茶番だ。
「主」
「ん? どうした」
「いえ、怖い顔をされていたので」
「気にするな」
リカルドが光の勇者となることで、ヒュマノ王国は光の女神を信仰する宗教の宗主国になれるということだ。
光の女神を信仰する教会の既得権益を、丸っと横取りできるってことだからな。
他国から、侵略戦争を挑まれる危険性も少なくなれば、周辺国家からの移住者にも期待ができる。
いや、他国の貴族や商人からの寄付も……
大きな神殿でも建てれば、参拝者からも金を得られるしな。
女神からすれば、国民全員が信者になる可能性も考えていただろう。
そうなれば、他の神よりも信仰という点において、一歩先んじることができたはずだ。
くだらん。
どっちもどっちだ。
確かに壮大な話過ぎて、人一人程度の人生なんかどうでもよくなるわな。
当事者からすれば、溜まったものではないが。
そして、相手が悪かったな。
上級神どころか、最高神の一柱が目を付けていた相手を、とことん不幸にして悪者に仕立てたんだ。
盛大に失敗したな。
信者どころか、管理する世界が消えうせるほどの大失態だ。
さぞや、他の神にも恨まれただろうな。
ただ……フォルスやジェノスを見ていると、なんとなく分かるな。
あいつらも、人をなんとも思わないところがあるからな。
俺だから怒っているわけで、そこらの人が一人神のせいで不幸になったからと、そこに何かを感じることはなさそうだ。
「どうしました? 私の方をジッと見つめて」
「いや……お前たちも、もう少し人のことを考えてくれたらなと」
「はあ?」
はあ? と言われてもな。
どうも、ピンとこなかったらしい。
先は長そうだ。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
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現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。
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拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
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※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
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