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第1章:ジャストール編

第17話:ヒロインとの邂逅

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「お嬢様を放してください」
「じい、助けて!」

 声のした方に向かうと、5人組のいかにもな連中に囲まれているいかにもな人が。
 高貴な恰好が、よく似合っている……のか?
 お人形みたいで可愛いけど、若干着られてる感じがしないでもない。
 下卑た笑いを浮かべている人相の悪い男に羽交い絞めにされて、涙目になっているが。
 なんの茶番かな?

 そもそも、裏路地になんでお嬢様が入り込んだのやら。
 さらに奥にも人が潜んでるな。
 不自然な状況だな。
 
 こいつらも、絡んだ相手が貴族だってことは分かりそうなもんだ。

「何をしているのかな?」

 とりあえず、誰かがけがをする前に声をかける。

「あっ、やっぱり助けるんですね」

 すぐ横で、フォルスの小声が聞こえたが。
 流石に現場を見てまで、見捨てるわけないだろう。
 それに、現時点ではこの子の為人は知らない。
 おそらく、例の伯爵令嬢だろうが、イメージや人から聞いた話だけで判断するのはあまり好まない。
 少し様子を見るという意味でも、ある意味では好機だと思ったのだが。

「なんだ、小僧?」
「いま、取り込み中なんだ! あっちに行けよ」

 スキンヘッドの男と、短髪でツンツン頭の男がこっちを睨みながら、手をシッシと振ってくる。
 
「危険ですから、下がってください」
 
 じいと呼ばれてた男性も、俺たちに向かって関わらないように言ってくる。
 俺が子供だからだろうな。
 フォルスを見て少し考えたあとで、俺を見て少し辛そうな表情を浮かべていたし。
 子供は巻き込めないと考えたのだろう。

「そうか、じゃああっちに行こうか……」
「えっ?」

 俺の言葉に、少女が驚いた様子でこっちを見てきた。
 驚き過ぎて、涙が引っ込んだのかな?
 キョトンとした表情が、可愛らしいな。
 ひ孫を思い出す。

「ええっ? あっ、いや賢い選択だ坊主。そのまま、黙ってここで見たことは忘れるんだ」

 なぜ、お前までビックリする。
 ため息が出る。

「忘れはしないから? あっちに、兵士の人がいたから呼んでこようと思ってさ。フォルス、見張ってろ」
「はい」

 のしたところで、運ぶのも面倒だし。
 確か、通りにオフの兵士がいたな。
 祖父の家の、警護だったやつ。
 休みの日に働かせるのは悪いが、まあ手は多い方がいいし。

「まてまてまて! 何シレッと、行こうとしてんだ」
「はあ……あっちに行けと言ったのは、お前らだ。お前らみたいなクズに従ってやってるんだから、感謝するといい」

 慌てて後ろから2人が追いかけてきたがので、立ち止まって振り返ると大袈裟にため息を吐いて見せる。

「あの、急いで助けを呼んできていただけると助かります!」
「おい、じじい!」

 その後ろから、例の少女の執事だろう男性が叫んできたので、頷いて立ち去ろうと思ったが。
 すでに2人がすぐそばまで迫っていた。
 思ったより、必死だなこいつら。
 追いついてきたスキンヘッドの男に肩を掴まれたので、脇腹に左肘をたたき込んで、とりあえず右手で襟をつかんで肩に担ぐように投げ飛ばす。

「ぐっ」

 つぶれた蛙みたいな情けない声をあげた男を踏んづけて、まずは通りに出ようと歩き始める。
 
「待て」
「気安く触るな」

 その俺の足を男が両手でつかんできたので、空いてる方の足で思いっきり側頭部に蹴りをたたき込む。

「がっ」

 男が白目をグルんと剥いて力が抜けるのを感じたので、そのまま振り払って……
 今度は、短髪の男が俺に襲い掛かってきた。
 もう、面倒くさくなってきた。

「おい、小僧! 動くな! こいつがどうなってもいいのか?」

 振り向いて、殴り飛ばそうとした瞬間に、少し離れた場所から声を掛けられる。
 例の、少女を羽交い絞めにしている男だ。
 ニヤニヤと懐から取り出したナイフを振って、少女の頬に当てた。

「キャッ!「おい、声を出したら、びっくりして可愛いほっぺに傷がついちゃうかもなー」」
「ウッ……」 

 少女が悲鳴を上げようとした瞬間に、刃がついてない方を思いっきり頬に押し付けて脅す。

「お嬢様!」
「お前も、余計な事をいうなよ。おい、コア! その坊主に礼儀ってもんを教えてやれ。オイトの仇討ちも兼ねてな」
「へい」

 短髪がコアで、スキンヘッドがオイトか。
 覚えても意味がないかもしれんが、万が一の時のために衛兵に伝えるのに一応覚えておこう。

「おい、小僧! よくもオイトをやってくれ……」

 コアが指を鳴らしながらゆっくり近づいてくるのに対し、一瞬で間合いを詰めて顎先に掌底をたたき込む。
 糸の切れた人形のように、膝から崩れ落ちる途中でちょうどいい場所に顔がきたので、ついでに膝蹴りをぶち込んでおく。
 面白い感じに、後ろに倒れてったけど大丈夫かな?

 フォルスが笑っているから、大丈夫だろう。

「なっ、クソガキが舐めやがって! おい、お前らそのガキを囲め!」

 残りは3人。
 最初から全員で来てたら、まだ多少は目が……ないな。
 いや、そのガキを囲めっていうくらいだから、裏にいる人でも呼んだのか?
 にしては、奥にいる人からはマゴマゴとした雰囲気を感じるな。

「フォルス」
「はい、もう終わっております」

 流石にちょっと面倒になったので、フォルスに向かって顎をしゃくる。
 その瞬間には終わってた。
 仕事が早い。

「なっ……」
「動け……」
「くっ……」

 フォルスの影からいくつもの、黒い触手が伸びて男たちの首や手首、足首に巻き付いて動きを封じている。
 まあ、俺が2人を引き付けてワチャワチャしてるうちに、すでに倒れてる2人含めて全員に影が巻き付いていたんだけどな。

「だ、だいじょうぶか!」

 ……突如、路地の奥から誰かが飛び出してきたので、そっちに向かって飛ぶ。
 
「ひっ」
「……誰だ?」

 そしてそのまま首に肘を当てて、壁に押し付ける。
 うん、全然絡んできた連中とは、毛色が違うというか。
 これまた、いかにもなお坊ちゃんだな。
 お坊ちゃん……まあ、俺よりだいぶ年上っぽいが。
 20手前ぐらいか?

「ポルン様?」

 少女の知り合いか?
 ポルン……誰だ?

「お嬢さんの知り合いか? それは悪いことをした。こいつらが倒れた瞬間に、心配するような言葉を言いながら飛び出してきたから仲間だと思ってつい」
「ゲホッ、ゲホッ……それで謝ってるつもりか? というか、無礼なやつだな! 私が誰か知らないのか?」
「誰だ?」

 本当に誰だ?
 まあ、貴族なんだろうけど。
 どこかの当主とかだったら、ちょっと面白くないことになるかもしれない。 

「ポルン様は、ゲバドルト伯爵家の次男ですよ」

 俺の困った様子が分かったのか、少女の執事が答えてくれた。
 うん、うちより家格は上だけど、当主本人じゃないならまだ多少はマシかな?

「それは失礼しました。この通り、賊はすべて制圧しておりますのでご安心を」

 笑みを浮かべて、左手を大きく動かして周囲の状況を見せる。
 フォルスが、5人を一か所に集めて闇魔法で拘束し終わっているので特に問題はない。

「ぬっ、そうか。リーナ嬢にお怪我はないようだな。何よりだ」

 地面に転がされている5人を見て、引きつった笑みを浮かべているけど。
 なんなんだこいつは。
 怪しすぎるだろう。
 大体、貴族の坊ちゃんが1人でなんで路地裏にいるんだ。

「そちらの方たちが助けてくれましたので……」

 なんか、不満そうだな。
 助けない方がよかったのかな?

「この度は、お嬢様を助けていただき誠にありがとうございます」

 執事さんの方は、きちんと腰を曲げてお礼をいってくれたからいいけど。
 
「ふむ、よくやった。彼女のきれいな肌に傷でもついたならな、許せるものではなかった……にしても、このクズどもめ」

 ポルンに褒められる意味が分からないが。
 ちょっと、挙動不審だなこいつ。
 目が泳いでいるというか。
 何かを気にしているというか。
 賊をめっちゃ、気にしてる。

「フォルス、たぶんこいつら誰かに頼まれてるぞ? そちらのお嬢さんに心当たりは?」
「お嬢さん、お嬢さんってさっきから失礼じゃないですか? 私にはリーナという名前があるのです」

 確かに。
 まあ、名前を聞いてなかったので他に呼びようがなかったのだが、先に名前を聞いておくべきだったか?
 いや、できればあまり聞きたくなかったというのもあるが。

「あっ、ごめんなさい……助けていただいたのに」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
「私は、ポルンだ」

 さっきからこいつはなんなんだ?
 俺とリーナが会話するのを、嫌がってる感じもある。
 今も唐突に、会話に割り込んできたし。
 
「ルークです。ここは私に任せて、お二方はどうぞ戻られてください」

 とりあえず、邪魔なのでお引き取り願おう。
 尋問も始められないし。

「いや、せっかく居合わせたのだ。私も見届けよう」
「私も、当事者ですので」
「お嬢様、我儘を言って困らせてはいけません」
「でも、私のせいで巻き込んだのに。そんな無責任なことはできませんわ」
「……さようですね」

 おい、執事さんもう少し頑張ってくれないかな。
 きっと、リーナがここからいなくなれば、ポルンもいなくなったと思うのに。
 はあ……

「知らない男に頼まれた……そいつも、誰かの代理人らしく依頼人は分からん」

 フォルスが催眠を使って、口を割らせる。
 ポルン……汗がすごいな。
 絶対お前だろう。

「お嬢さんを攫うようにですか?」
「違う……若い男が助けにくるから、適当にやられて逃げるつもりだった」
「それが、依頼内容ですね」
「ああ……」

 なんて、分かりやすい。
 本当に、茶番だった。
 危険な状況でもなんでもなかったわけだ。

『だから、放っておけといったであろう』

 おい、アマラ。
 お前、そこまで知ってるんなら、詳しく言ってくれればよかったではないか。
 そうしたら、俺も関わらなかったのに。

「とんだ、茶番だな」
「なぜ、私を見る?」
「別に」

 お前以外ありえないだろうと言いたいが、証拠がないのでどうしようもない。
 それよりも、こいつらの正体は。

「歓楽街で、いろいろとやってる。用心棒や、高利貸し、飲食店、娼館……」
「どれもまっとうな、商売じゃないんだろう?」
「まあ、表向きと裏向きの仕事もある」

 とりあえず、男たちのやっているお店と拠点の場所を聞き出したので、衛兵に突き出すか。
 まあ、貴族の娘に手を出したんだ。
 なかなかに、重い処罰が下るだろうな。
 危害を加える気がなかったとしても。

「あの、本当にありがとうございました。あらためて、自己紹介いたします。リーナ・フォン・ブライトと申します。ブライト伯爵領領主のエッグ・フォン・ブライトの孫です」

 リーナがスカートをちょこんとつまんで、カーテシーのような挨拶をしてきた。
 可愛らしい子だ。
 周りに、愛されて育ったのだろうな。
 昔のルークと違って。
 きっと、このキラキラとした雰囲気と、自分の持っていないものを持っている彼女に憧れたのか。
 はたまた、自分を照らしてくれる光のように思えたのか。

「本当にお嬢様を助けていただきありがとうございます。改めて後程お礼を……」

 そして、執事が再度丁寧に礼を言おうとしたのを、手で押しとどめる。

「せっかくの申し出なのですが、あまり気になさらないでください。むしろ、私にとってこの状況は非常に嬉しくないといいますか……リーナ殿とポルン殿は観光ですか?」

 俺の言葉に、3人がキョトンとしている。
 それよりも、質問に答えてくれないかな?

「ああ、そうだが」
「はい」

 やはり、観光か。
 リーナは入学前の、家族旅行ってところかな?
 入学祝も兼ねているかもしれない。
 ポルンはよくわからないが。
 というか、こいつは当事者でもなんでもないのに、いつまでいるんだ?

「お二人はお知り合いのようですが、ご一緒に行動されていたので?」
「いえ、さきほどまでポルン様がこちらにいらっしゃることは、知りませんでした」
「う……うむ、私も女性の悲鳴が聞こえて、駆けつけたらリーナ嬢だったので驚いた。素敵な偶然もあるものだな」
「素敵……ですか?」

 あー、こいつこんなに歳が離れた女の子を、まさか本気で狙っているのか?
 ちょっと、ヤバいやつかもしれないな。

「なるほど……リーナ殿のご両親もこちらに?」
「ええ、来ております」
「宿はどちらで?」
「おい、お前、失礼だろう!」

 とりあえず、リーナの状況を確認したいだけなのに、ポルンが明らかに不機嫌な様子で突っ込んできた。
 本当に邪魔だな。
 フォルスに目配せをする。
 うなずいてくれた。
 これで問題ないだろう。
 フォルスが、ポルンの方を見ると一瞬だがポルンの頭が揺れた。

「そうだ、行かないといけないところがあったのだ……失礼する」
「えっ? あっ、はい」
「楽しんできてくださいね」

 フラフラと覚束ない足取りで離れていったが、どんな催眠をかけたのかあとでフォルスに聞いてみよう。
 それよりも、こっちだな。

「えっと、この町に別荘を買ったので、そちらに滞在してますが」
「それは失礼いたしました」

 別荘まで買ってくれているのか。
 本当に、この町が気に入ってくれてたのだろう。
 悪いことをした。

「では、後程その別荘に祖父に謝罪に伺わせます。そちらの御両親にも、説明が必要でしょうし」
「えっと……どういうことでしょうか?」

 俺の言葉に、執事の人が困惑した様子だ。
 
「申し遅れました。私はルーク・フォン・ジャストール。ここジャストール領の領主の次男で、この町を納めるグリッドの孫です。この度は、私どもの管理する町で、危険な目に合わせてしまい申し訳ありませんでした」
「えっと、頭を上げてください!」
「助けていただいたのは、こちらです」

 俺が真摯に頭を下げると、2人が慌てた様子で手を出してきた。
 しかしなぁ……俺の町で。
 いや、まだ祖父の町だが、いずれは祖父と一緒に住もうと思ってたからな。
 その街で、ならず者どもが観光客、それも貴族に手を出したとなると……

「いえ、あのような者共がのさばっているのが問題です。そして、そのような問題に気付かずに、ブライト伯爵家の至宝に怖い思いをさせたとあれば、この町の管理者である祖父がきっと気に病むでしょう。もし、私が助けたことを気にしておられるなら、祖父の謝罪の場を用意していただけると助かります」
「そんなの、お礼でもなんでもないじゃないですか」

 この子も、ちょっと頑固みたいだな。
 仕方ないので、フォルスの背中を押して前に出す。

「それに、直接お嬢様……リーナ殿を救ったのは、こちらにいる私の執事のフォルスですので」

 俺がフォルスを紹介すると、リーナがシパシパと目を瞬かせると少し頬を赤く染める。

「フォルス様……」
 
 それからじっくりと、噛み締めるようにフォルスの名前を復唱する。
 そうだよね。
 ポルンはずっとリーナをチラチラ見てたけど、リーナはフォルスをずっとチラチラ見てたからな。
 俺よりもフォルスに興味津々のようだし、いいことだと思う。
 流石に、都合100年以上生きてると、12歳の女の子は本当に女の子なんだ。
 リーナに限らず、みんな可愛い。
 孫やひ孫みたいという意味で。
 
「本来であれば父からも、すぐにでも謝罪をするべきなのでしょうが……」
「そこまでしていただく必要は、ございません」
「はい、私は大丈夫です! というか、私たちだけの秘密にするので、ルーク様のおじいさまも、結構ですよ」
「流石に、家名を聞かされれば、そういうわけにもいきませんので……むしろ、助けると思って受けていただければと」
「……」

 リーナが困った様子で、執事の方を見上げたが彼は首を横に振るだけだった。
 彼女の執事は、優秀なようだ。

「のちほど、父からは手紙とお詫びの品をお送りさせてもらいます」
「じい」
「素直に受けてください」
「はい……」

 一応、これで彼女の方の対応はいいだろう。
 さてと、おじいさまにはブライト家の別邸に行ってもらうとして……
 あの、クズどもはどうしてくれよう。
 ここにいたのは、まあ幹部の一人と、下っ端4人だけだったようだが。
 結構、大きな組織のようだし……
 完全に欠片すら残さず潰すか、俺の忠実な僕にして町の裏の部分の管理をさせるか。
 こいつらを消したところで、新しく他の連中が始める可能性もある。
 だったら、そういった連中を見張らせるために、俺の下につかせるのも悪くない。
 まあ、頭を見て決めるか。
 
 どっちにしろ、今回の報いは受けてもらおう。
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