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第1章:ジャストール編
第16話:物見遊山
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「じゃあ、ちょっと町に行ってきます」
「お主一人でか?」
「フォルスも一緒なので、ご心配なく」
「母もついていきましょうか?」
「幼い子供じゃないので、大丈夫ですよ」
祖父の家を出て、町の散策に。
異国情緒あふれるこの町が、俺はそんなに嫌いじゃない。
それをいったら、領都も日本と比べたら異国で間違いないのだが。
12年暮らしているからな。
流石に、目新しいものはない。
いろいろと日本での生活に比べて不便や不満もあったが、手の届く範囲で改善していっている。
この町は、この町でまた違った顔を見せてくれるのだ。
ちなみにアルトはいま、祖父とボードゲームを行っている。
チェスによくにたゲームで、ルールもそこまで難しくなかった。
いまのところ、おそらくだが領内で一番強いのは俺だろうな。
手加減?
するはずがない。
本気でやってこそ、楽しいのだ。
母と祖母はお茶をしながら、あれこれと話をして盛り上がっている。
そんなに静かでもない雰囲気なのに、ヘンリーとサリアは母の横でスヤスヤと寝入っている。
まあ、一人で出かけるタイミングにはもってこいだな。
「ところでどちらへ向かうのですか?」
「特に、目的は決めてないな。ターフ通りの評判も見て回りたいし、まあ視察のようなものだな」
フォルスが俺の執事ポジションになってから、出かけるのがずいぶんと楽になった。
ランスロットが手が空いていたら、ついてきたがることが多いが。
今回の旅には、同道していない。
俺とアルトとフォルスがいて、他にも護衛の騎士も6名ほど連れてきている。
フォルスがいる時点で、山賊どころか小規模の軍隊相手でも俺たちの命は守ってくれるだろうと父も思っている。
小規模の軍隊どころか、どこぞの本隊がきても問題ないだろう。
「中央を馬車が通り、脇に人が歩く専用の道を作る……人の往来もある程度整理されていて良いと思うのですが、主は真ん中を堂々と歩くべきかと」
「俺は馬じゃなければ、馬車でもないからな」
「馬車が主を避けるべきかと」
フォルスもアマラやアリスの説明を受けて、だいぶ下手に出るようになった。
フォルスのお陰で闇属性の適正は、この世界の生物で最高だと本人にいわれたが。
そもそも俺の魔法に属性ってほとんど関係ないんだよな。
事象系の魔法は、その事象を司る神が世界の理に干渉し、結果を封じているため許可制のものが多く、こればっかりは代用できない……こともない。
抜け道はある。
ただし属性魔法に関しては直接魔力を変換するから、魔法の仕組みが分かったうえで出力は自由自在。
リアルに……「それは大規模殲滅爆炎魔法ではない……余の着火用生活魔法だ」をリアルに行うことだってできる。
消費魔力量に差はないから、どっちでもいいけどインパクトはでかいだろう。
それに普通の上級魔法と同等の魔力量で生活魔法を放つだけで、上級魔法に込める魔力量を増やせば差は付けられる。
もちろん、同じ魔力量で生活魔法を使えば……
なので、属性攻撃魔法は一つ覚えれば、すべて事足るのだが。
コレクター心が芽生えてしまい、魔法をどんどん覚えている。
「お、坊ちゃん、来られてたのですね」
「ああ、どうだ? 儲かってるか?」
「そりゃあもう、今じゃここミラーニャの町は、他国にまで名を馳せる観光地ですからね」
隣国の香辛料を扱っている店主が、通りを歩く俺に話しかけてくる。
白いコック帽をかぶっているが、料理を作るわけじゃない。
エプロンも白だが、調味料で結構汚れている。
そして、このおっさん、良い匂いがするんだよな。
食欲をそそる……まあ香辛料を扱ってる店の店主だから仕方ないが。
「いまも、なんでもない日だというのに、人の往来が結構あるな」
「これでも少ない方ですよ……まあ、坊ちゃんがテコ入れする前よりは3割から4割は増えてますけどね」
この町のちょっとした改革に俺が携わっていることを知っているし、いろいろと俺が町の手助けをしていることも知っている。
町の人に話を聞いたり、一緒に悩んだりもしたからな。
で、出た結論はなるべく、祖父であるグリッド元男爵にお願いして実行してもらっている。
祖父は、領主代行としてこの町と周辺の三つの村の統治だけは行っている。
代官と違って任せられている領地の全裁量権は祖父にあるし、領主である父に対してやることといえば、年一度の決算報告と一部の税金を上納するだけだ。
そもそも父に後を継がせる時の祖父は、引退するような年齢ではなかった。
息子に早くに後を継がせて、現場で身体にたたき込もうといった腹積もりだったようだ。
間違っても1年くらいで息子に丸投げして、観光地でアーリーリタイア後のハッピーな余生を楽しむためではない……と思う。
曾祖父の代にはなかった、領主代行という役職を在職中に形にして、発令してから引退したが……決して、領都を離れて観光地で自由に暮らすためではないはずだ。
引退しても基本的には本家に住んで、数年は父である領主の補佐と抑え役となるのが前領主としては普通だが。
さっさと、ここに引っ越したかったからではないと……たぶん。
「坊ちゃんが例の屋台の店主に教えた、あのスパイスを利かせた料理……カレーでしたっけ? 最近じゃ、この町の名物料理になりつつありますよ」
「ああ、見た目こそよくはないが、匂いといい味といい抜群にいいからな」
「匂いの強い料理は、屋台で強いですからね」
「じゃあ、結構儲かってるんだな」
「ふっふっふ、うちの特製カレー粉は毎日50食分調合してるんですが、午前中には売り切れますからね。どうにか増産したいのですが、製法を盗まれるのが怖くてですね」
「メインの調味料の配合だけ人を雇ってやらせればいいだろう。ごく一部の味の決め手になるスパイスをお前が作り溜めしといて、できあがったものに最後に混ぜれば済むんじゃないか?」
店主の相談に俺が簡単に思いついたことを答えると、彼は目を瞬かせる。
「なるほど、すべてを自分でやらなくとも、最後だけやればいいと」
「基本のベースなんてのは、研究されたらいつかは盗まれるからな。空いた時間でさらなる味の向上を追求してもいいだろうし」
「坊ちゃんに相談してよかったぜ」
「なんだったら、嫁いだ娘さんにそこだけ手伝わせてやってもいいんじゃないか? 駄賃を渡せば、娘夫婦も家計の足しになって助かるだろう」
俺の言葉に、店主が大きくうなずく。
「確かに、わしも……私も「無理にきれいな言葉を使おうとしなくてもいいぞ? 俺は客じゃなくて冷やかしだからな」
「はっはっは、確かに坊ちゃんはあまり直接お金を落としませんが、誰よりも利益を落としてくださりますから、通常のお客様以上に頭があがりませんよ。それにしっかりと坊ちゃんの家族であるジャストール家の方々にも買っていただいてますので、お得意様のお孫さんでもありますよ」
まあ、役に立っていると聞いて嬉しくなる。
「それに、さっきのアイデア……良いですね。わしも嫁いだ娘と孫といられる時間が増える。娘も収入が増えて少し生活が楽になる。娘と孫がいれば、嫁も店にいる時間が増えるかもしれませんし、作れる数が増えればお客様も喜ぶ。全員が幸せになれそうですわ」
「ああ、喜んでもらえてよかった。しっかりと奥さんと相談するといい」
「ええ、店を閉めたら早速相談してみようと思います」
「ああ、大事なことだぞ」
俺がそう答えると、少し苦笑いしつつもうなずいてくれた。
よし、次へ行こうと思ったら呼び止められる。
「坊ちゃん、最近どうも歓楽街の方が騒がしいようですよ。柄の悪い連中もウロウロしてるみたいですし、気を付けてくだせえ」
「ほう? 興味深いな」
店主から面白そうな情報を聞いたので、これはぜひ確かめないとと笑みを浮かべると、彼は明らかにしまったという表情を浮かべた。
「坊ちゃんはそういう人だった……忘れてくだせえってわけにはいかないですね。くれぐれも、一人でなんて思わないでくださいよ」
店主の言葉に、ニヤリと笑って無言でうなずく。
頭を抱えられたが、まあフォルスもいるんだ。
問題はないだろう。
苦笑いしている店主に手を振って、道を歩き出す。
そして、すぐに別の男性に呼び止められる。
「ルーク様!」
「おっ、なかなか苦戦してるみたいだな」
「いえ、これから昼時なので、そっからが大変なんですよ」
次に声をかけたてきたのは、肉屋の店主だった。
そんなに客は入っていないが、ニコニコとした顔をしている。
「あの冷蔵ケースでしたっけ? あれのお陰で、肉が長時間店に並べられるので本当に助かってます」
ああ、下の段に氷をこれでもかと入れて、上の段に肉を並べるケースのことか。
いまは内側に金属の板を張った、二段になった木箱を使っているが。
上ぶたを開けて、中の肉を確認して取り出している。
基本は裏にあるスペースに氷を置いて、枝肉をつるしてある。
そこから、客の欲しい部位をカットして売っているとのことだった。
保存用の塩漬け肉や、ベーコン、ハムだけじゃなく、すでに加工してある生肉が、すぐに買えるということで評判はいいと。
それでもその枝肉も塩は振ってあったりと、完全な生肉を食べるには絞めた直後くらいしか無理なので、やはり御馳走だな。
牧場で絞めて枝肉にしたのを、直接屋敷に運び込ませる貴族や大商人くらいしか口にできない。
まだまだ改良の余地はあるし、コストを度外視すればガラスを使ったりといろいろとできるが、設備の償却費用だけで何年かかるか分からない。
なので、いまはいかに安く作るかを考えながら、あれこれと試行錯誤している。
「それに、かかあの店も繁盛してますよ」
「そうみたいだな」
横にある小さなお店の前には、少し行列ができている。
軽食というか、唐揚げや、カツ、コロッケを売っているお店だ。
冷凍ケースに入れていても、時間が経ってしまった肉を奥さんが調理して販売している。
ただまあ、これもすぐに調理した方がいい肉を回しているので、全部売れるわけではないので時間が経ったものは値引きをすればいいともアドバイスした。
出来立ての美味しいものが食べたければ、定価で。
お土産や持って帰るのに時間が掛かるなら、冷めてしまった割引品を。
という形で、販売を分けている。
これだけで、肉を廃棄する量が大幅に減ったと。
しかも、奥さんといられる時間も増えて、嬉しいとのこと。
奥さんの方は、商売のことであれこれと口を出してくる旦那を、少し鬱陶しそうにしていたが。
仲良くしてもらいたい。
「主は、本当に人気者ですね」
「ふ、そりゃ商売人にとって、利益を生む人間は神様みたいなものだからな。金を生むうちは大事にしてくれるだろう」
「いや、そういうのとは違うというか……人として愛されてますよ」
あっけらかんと、なんて恥ずかしい言葉を。
「おや、照れてますか?」
「ふむ、恥ずかしくはあるが、嬉しくもある」
「……まあ、話には聞いてましたが、本当に中身は子供ではないのですね」
「これでも、子供らしくあろうと心がけてはいるぞ?」
フォルスがあまりにも変な顔をしてたので、思わず笑ってしまった。
しかし、ただの物見遊山のつもりだったが、こうも話しかけられては全然見て回れんな。
まあ、これはこれで悪くはないのだが。
「主!」
「ああ、何かあったみたいだな」
そんなことを思いながら、さらに道を進もうとしたら女性のか細い声が聞こえた。
それと、男同士の言い争う声も。
『放っておいてもいいと思うぞ?』
アマラが、急に話しかけてきたので、思わず首をかしげる。
『まあ、行けば分かるだろうが……例の巫女だぞ?』
ああ、あのゲームでヒロイン気取りだった、伯爵令嬢か。
ちょっと、やる気がなくなった。
「主?」
「あー、うん、まあ興味はなくもないし、助けるだけ助けてもいいかな?」
「急に消極的になりましたね」
「……あまり、好きじゃない女性の声に似てたから」
「怪しいですが、まあいいでしょう」
とりあえず、フォルスの後ろをトロトロと走ってついていく。
うーん、とりあえず為人くらいは確認しておくか。
父もアルトも、双子の弟と妹も実際の性格は、あのゲームとはかけ離れていたしな。
「お主一人でか?」
「フォルスも一緒なので、ご心配なく」
「母もついていきましょうか?」
「幼い子供じゃないので、大丈夫ですよ」
祖父の家を出て、町の散策に。
異国情緒あふれるこの町が、俺はそんなに嫌いじゃない。
それをいったら、領都も日本と比べたら異国で間違いないのだが。
12年暮らしているからな。
流石に、目新しいものはない。
いろいろと日本での生活に比べて不便や不満もあったが、手の届く範囲で改善していっている。
この町は、この町でまた違った顔を見せてくれるのだ。
ちなみにアルトはいま、祖父とボードゲームを行っている。
チェスによくにたゲームで、ルールもそこまで難しくなかった。
いまのところ、おそらくだが領内で一番強いのは俺だろうな。
手加減?
するはずがない。
本気でやってこそ、楽しいのだ。
母と祖母はお茶をしながら、あれこれと話をして盛り上がっている。
そんなに静かでもない雰囲気なのに、ヘンリーとサリアは母の横でスヤスヤと寝入っている。
まあ、一人で出かけるタイミングにはもってこいだな。
「ところでどちらへ向かうのですか?」
「特に、目的は決めてないな。ターフ通りの評判も見て回りたいし、まあ視察のようなものだな」
フォルスが俺の執事ポジションになってから、出かけるのがずいぶんと楽になった。
ランスロットが手が空いていたら、ついてきたがることが多いが。
今回の旅には、同道していない。
俺とアルトとフォルスがいて、他にも護衛の騎士も6名ほど連れてきている。
フォルスがいる時点で、山賊どころか小規模の軍隊相手でも俺たちの命は守ってくれるだろうと父も思っている。
小規模の軍隊どころか、どこぞの本隊がきても問題ないだろう。
「中央を馬車が通り、脇に人が歩く専用の道を作る……人の往来もある程度整理されていて良いと思うのですが、主は真ん中を堂々と歩くべきかと」
「俺は馬じゃなければ、馬車でもないからな」
「馬車が主を避けるべきかと」
フォルスもアマラやアリスの説明を受けて、だいぶ下手に出るようになった。
フォルスのお陰で闇属性の適正は、この世界の生物で最高だと本人にいわれたが。
そもそも俺の魔法に属性ってほとんど関係ないんだよな。
事象系の魔法は、その事象を司る神が世界の理に干渉し、結果を封じているため許可制のものが多く、こればっかりは代用できない……こともない。
抜け道はある。
ただし属性魔法に関しては直接魔力を変換するから、魔法の仕組みが分かったうえで出力は自由自在。
リアルに……「それは大規模殲滅爆炎魔法ではない……余の着火用生活魔法だ」をリアルに行うことだってできる。
消費魔力量に差はないから、どっちでもいいけどインパクトはでかいだろう。
それに普通の上級魔法と同等の魔力量で生活魔法を放つだけで、上級魔法に込める魔力量を増やせば差は付けられる。
もちろん、同じ魔力量で生活魔法を使えば……
なので、属性攻撃魔法は一つ覚えれば、すべて事足るのだが。
コレクター心が芽生えてしまい、魔法をどんどん覚えている。
「お、坊ちゃん、来られてたのですね」
「ああ、どうだ? 儲かってるか?」
「そりゃあもう、今じゃここミラーニャの町は、他国にまで名を馳せる観光地ですからね」
隣国の香辛料を扱っている店主が、通りを歩く俺に話しかけてくる。
白いコック帽をかぶっているが、料理を作るわけじゃない。
エプロンも白だが、調味料で結構汚れている。
そして、このおっさん、良い匂いがするんだよな。
食欲をそそる……まあ香辛料を扱ってる店の店主だから仕方ないが。
「いまも、なんでもない日だというのに、人の往来が結構あるな」
「これでも少ない方ですよ……まあ、坊ちゃんがテコ入れする前よりは3割から4割は増えてますけどね」
この町のちょっとした改革に俺が携わっていることを知っているし、いろいろと俺が町の手助けをしていることも知っている。
町の人に話を聞いたり、一緒に悩んだりもしたからな。
で、出た結論はなるべく、祖父であるグリッド元男爵にお願いして実行してもらっている。
祖父は、領主代行としてこの町と周辺の三つの村の統治だけは行っている。
代官と違って任せられている領地の全裁量権は祖父にあるし、領主である父に対してやることといえば、年一度の決算報告と一部の税金を上納するだけだ。
そもそも父に後を継がせる時の祖父は、引退するような年齢ではなかった。
息子に早くに後を継がせて、現場で身体にたたき込もうといった腹積もりだったようだ。
間違っても1年くらいで息子に丸投げして、観光地でアーリーリタイア後のハッピーな余生を楽しむためではない……と思う。
曾祖父の代にはなかった、領主代行という役職を在職中に形にして、発令してから引退したが……決して、領都を離れて観光地で自由に暮らすためではないはずだ。
引退しても基本的には本家に住んで、数年は父である領主の補佐と抑え役となるのが前領主としては普通だが。
さっさと、ここに引っ越したかったからではないと……たぶん。
「坊ちゃんが例の屋台の店主に教えた、あのスパイスを利かせた料理……カレーでしたっけ? 最近じゃ、この町の名物料理になりつつありますよ」
「ああ、見た目こそよくはないが、匂いといい味といい抜群にいいからな」
「匂いの強い料理は、屋台で強いですからね」
「じゃあ、結構儲かってるんだな」
「ふっふっふ、うちの特製カレー粉は毎日50食分調合してるんですが、午前中には売り切れますからね。どうにか増産したいのですが、製法を盗まれるのが怖くてですね」
「メインの調味料の配合だけ人を雇ってやらせればいいだろう。ごく一部の味の決め手になるスパイスをお前が作り溜めしといて、できあがったものに最後に混ぜれば済むんじゃないか?」
店主の相談に俺が簡単に思いついたことを答えると、彼は目を瞬かせる。
「なるほど、すべてを自分でやらなくとも、最後だけやればいいと」
「基本のベースなんてのは、研究されたらいつかは盗まれるからな。空いた時間でさらなる味の向上を追求してもいいだろうし」
「坊ちゃんに相談してよかったぜ」
「なんだったら、嫁いだ娘さんにそこだけ手伝わせてやってもいいんじゃないか? 駄賃を渡せば、娘夫婦も家計の足しになって助かるだろう」
俺の言葉に、店主が大きくうなずく。
「確かに、わしも……私も「無理にきれいな言葉を使おうとしなくてもいいぞ? 俺は客じゃなくて冷やかしだからな」
「はっはっは、確かに坊ちゃんはあまり直接お金を落としませんが、誰よりも利益を落としてくださりますから、通常のお客様以上に頭があがりませんよ。それにしっかりと坊ちゃんの家族であるジャストール家の方々にも買っていただいてますので、お得意様のお孫さんでもありますよ」
まあ、役に立っていると聞いて嬉しくなる。
「それに、さっきのアイデア……良いですね。わしも嫁いだ娘と孫といられる時間が増える。娘も収入が増えて少し生活が楽になる。娘と孫がいれば、嫁も店にいる時間が増えるかもしれませんし、作れる数が増えればお客様も喜ぶ。全員が幸せになれそうですわ」
「ああ、喜んでもらえてよかった。しっかりと奥さんと相談するといい」
「ええ、店を閉めたら早速相談してみようと思います」
「ああ、大事なことだぞ」
俺がそう答えると、少し苦笑いしつつもうなずいてくれた。
よし、次へ行こうと思ったら呼び止められる。
「坊ちゃん、最近どうも歓楽街の方が騒がしいようですよ。柄の悪い連中もウロウロしてるみたいですし、気を付けてくだせえ」
「ほう? 興味深いな」
店主から面白そうな情報を聞いたので、これはぜひ確かめないとと笑みを浮かべると、彼は明らかにしまったという表情を浮かべた。
「坊ちゃんはそういう人だった……忘れてくだせえってわけにはいかないですね。くれぐれも、一人でなんて思わないでくださいよ」
店主の言葉に、ニヤリと笑って無言でうなずく。
頭を抱えられたが、まあフォルスもいるんだ。
問題はないだろう。
苦笑いしている店主に手を振って、道を歩き出す。
そして、すぐに別の男性に呼び止められる。
「ルーク様!」
「おっ、なかなか苦戦してるみたいだな」
「いえ、これから昼時なので、そっからが大変なんですよ」
次に声をかけたてきたのは、肉屋の店主だった。
そんなに客は入っていないが、ニコニコとした顔をしている。
「あの冷蔵ケースでしたっけ? あれのお陰で、肉が長時間店に並べられるので本当に助かってます」
ああ、下の段に氷をこれでもかと入れて、上の段に肉を並べるケースのことか。
いまは内側に金属の板を張った、二段になった木箱を使っているが。
上ぶたを開けて、中の肉を確認して取り出している。
基本は裏にあるスペースに氷を置いて、枝肉をつるしてある。
そこから、客の欲しい部位をカットして売っているとのことだった。
保存用の塩漬け肉や、ベーコン、ハムだけじゃなく、すでに加工してある生肉が、すぐに買えるということで評判はいいと。
それでもその枝肉も塩は振ってあったりと、完全な生肉を食べるには絞めた直後くらいしか無理なので、やはり御馳走だな。
牧場で絞めて枝肉にしたのを、直接屋敷に運び込ませる貴族や大商人くらいしか口にできない。
まだまだ改良の余地はあるし、コストを度外視すればガラスを使ったりといろいろとできるが、設備の償却費用だけで何年かかるか分からない。
なので、いまはいかに安く作るかを考えながら、あれこれと試行錯誤している。
「それに、かかあの店も繁盛してますよ」
「そうみたいだな」
横にある小さなお店の前には、少し行列ができている。
軽食というか、唐揚げや、カツ、コロッケを売っているお店だ。
冷凍ケースに入れていても、時間が経ってしまった肉を奥さんが調理して販売している。
ただまあ、これもすぐに調理した方がいい肉を回しているので、全部売れるわけではないので時間が経ったものは値引きをすればいいともアドバイスした。
出来立ての美味しいものが食べたければ、定価で。
お土産や持って帰るのに時間が掛かるなら、冷めてしまった割引品を。
という形で、販売を分けている。
これだけで、肉を廃棄する量が大幅に減ったと。
しかも、奥さんといられる時間も増えて、嬉しいとのこと。
奥さんの方は、商売のことであれこれと口を出してくる旦那を、少し鬱陶しそうにしていたが。
仲良くしてもらいたい。
「主は、本当に人気者ですね」
「ふ、そりゃ商売人にとって、利益を生む人間は神様みたいなものだからな。金を生むうちは大事にしてくれるだろう」
「いや、そういうのとは違うというか……人として愛されてますよ」
あっけらかんと、なんて恥ずかしい言葉を。
「おや、照れてますか?」
「ふむ、恥ずかしくはあるが、嬉しくもある」
「……まあ、話には聞いてましたが、本当に中身は子供ではないのですね」
「これでも、子供らしくあろうと心がけてはいるぞ?」
フォルスがあまりにも変な顔をしてたので、思わず笑ってしまった。
しかし、ただの物見遊山のつもりだったが、こうも話しかけられては全然見て回れんな。
まあ、これはこれで悪くはないのだが。
「主!」
「ああ、何かあったみたいだな」
そんなことを思いながら、さらに道を進もうとしたら女性のか細い声が聞こえた。
それと、男同士の言い争う声も。
『放っておいてもいいと思うぞ?』
アマラが、急に話しかけてきたので、思わず首をかしげる。
『まあ、行けば分かるだろうが……例の巫女だぞ?』
ああ、あのゲームでヒロイン気取りだった、伯爵令嬢か。
ちょっと、やる気がなくなった。
「主?」
「あー、うん、まあ興味はなくもないし、助けるだけ助けてもいいかな?」
「急に消極的になりましたね」
「……あまり、好きじゃない女性の声に似てたから」
「怪しいですが、まあいいでしょう」
とりあえず、フォルスの後ろをトロトロと走ってついていく。
うーん、とりあえず為人くらいは確認しておくか。
父もアルトも、双子の弟と妹も実際の性格は、あのゲームとはかけ離れていたしな。
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僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
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