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第1章:ジャストール編
第4話:兄弟
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自分の手をジッとみる。
ふむ、赤子の手だな。
当然か。
俺が寝かされているベッドでは、母上が優しく頭をなでながら添い寝をしてくれている。
あまりにじじ臭いしゃべり方だと邪神がうるさいので、気を付けてはいるが。
俺というのに若干の抵抗を感じる。
前世で歳をとり過ぎたのう。
「ルークはどうだ? 魔力は抑えられているか」
「問題なさそうですよ。いまもご機嫌に自分の手で遊んでいます」
父親が部屋に様子を見に来た。
父の名はゴート。
辺境に近い領地をもつ、男爵家の当主だ。
母の名はキャロライン。
彼女の父親もまた、貴族で伯爵家らしい。
うちよりは家格は上だし、王都により近い領地を与えられているとか。
ふむ、三女とはいえ2つも爵位が上の家の御令嬢を射止めるとは、父もなかなかやる。
そして、扉を少し開けてこちらを睨むように見ているのは、兄のアルト。
たしか、歳は4歳であったか?
ふむ、あれは嫉妬か?
幼い子が、弟や妹に両親を取られたと思うておるのであろう。
両親はわしに……俺に夢中で気付かぬようだ。
兄にも愛想を振っておいた方がいいかもしれぬの。
キャロの方に抱き着くように転がると、その肩に手をおいて上半身を持ち上げる。
それから、キャロの上にうつぶせで乗っかると、アルトの方をジッと見つめる。
「あらあら、本当に元気ね」
「やんちゃだな」
両親が相好を崩してニコニコとしているが、アルトは少し悔しそうな表情に変わっていた。
楽しそうな輪に入りたくても入れず、また主役の座も奪われうまく消化できない感情を抱いているのだろう。
だったら、アルトもこちらに混ぜてやればよい。
俺は母の肩に乗ったまま、彼に向かって手を伸ばす。
さらにこちらに来いという意味も込めて掌を握ったり開いたりしてみると、それを見たアルトがコテンと小首をかしげた。
ほっほっほ、なかなかに子供らしいしぐさに思わず笑ってしまう。
可愛いらしいやつではないか。
「ご機嫌ね、何かあるのかしら?」
「ん? おお、アルトもルークに会いにいたのか?」
俺が一人でキャッキャと笑いながら、何かに興味を持っていることに気付いた2人が俺の視線と身体の向く先を見る。
そこでようやく両親が、アルトの存在に気付き声をかけた。
両親に呼びかけられ、アルトが部屋におずおずと入ってくる。
少しきまりが悪そうな表情を浮かべつつも、素直に従うあたりまだ子供らしい。
……まあ、前回のときは両親に隠れてなにかとルークを言葉で乏したり、軽い暴力をふるったりと悪い兄だったらしい。
理由は幼少期に、ルークの魔力のことで両親が彼を放置して俺にかかりっきりだったこと。
ルークが魔法が使えず、落ちこぼれであったこと。
にもかかわらず、剣の腕や運動ではアルトの上をいっていたこと。
理由がいくつも重なって、可愛くない弟だったのだろう。
そして兄にかけられ続けた呪詛のような、役立たず、無能、お邪魔虫、荷物、等々の言葉がルークの心を的確にえぐり自己評価を下げていたのも事実。
性格が暗く大人しいからいじめられたのか、兄に心無い言葉を掛けられ続けて塞いでしまったのかはわからんが。
間接的に世界が滅んだ原因の一つともとれなくはないな。
だが、今回でみればそこまでひどい状況ではない。
普通の赤子程度に両親は構うが、行き過ぎてはいないと思う。
魔力問題も解決して……はいないな。
父親が魔力に関しては俺に期待するようになっている。
彼が面白く思わなさそうな原因になりそうなことは、やめてもらいたい。
「どうだ、可愛いだろう? お前の弟だぞ? 世界一可愛いだろう?」
……加えて父親の言動にも、兄弟の不仲の原因があったのかもしれない。
それまでこの家の世界一を独占していたであろうアルトは、その座を俺に奪われたのだ。
子供の心を傷付けるには、十分すぎるな。
もしかしたら、最初のきっかけはそんなとこだったのかもしれない。
「別に……」
あーあ、すねてしもうた。
4歳児に大人の対応を求めるなんて無理だ。
これが姉なら、少しは違ったのかな?
「お兄ちゃま、ご機嫌ななめみたいでしゅね」
これ母よ……煽るでない。
母がニコニコしながら兄をからかいつつ、俺の頬をつついてくる。
少しは、アルトのことを気にかけてやれ。
お前は子供程度にしか思ってないが、子供からすれば両親の愛情と興味を獲得するのは重要な問題だぞ?
目下10対0とまではいかなくとも、8対2,7対3くらいに両親の愛情と興味を奪っている自覚はある。
せめて、アルトを抱きしめて俺の前に連れてくるとか。
あてにならないなら、自分でなんとかするしかない。
「だー」
仕方がないので、アルトの方に手を伸ばす。
距離も遠いし、俺に横になった母という障害を乗り越えるほどの力はまだ……ありそうだな。
そのまま乗り越えようとして、むぅ……顔から母の反対側にダイブしてしまった。
幸いまだそこはベッドだったが、赤子の頭の重さと首の弱さを考慮していなかった。
ベッドの真ん中に2人で寝てて、また大きなベッドでよかった。
流石に、板の間に顔からダイブは……命の危険を感じる。
「まあ」
「ルーク!」
両親が心配そうに声をかけて手を出そうとしたので、それより先に顔を頑張って持ちあげてアルトに微笑みかけてやる。
「だあ!」
そして、さらに手を伸ばす。
頑張って、必死に手を伸ばす。
アルトを……アルトの心をつかむために。
「ふふ、元気そうでよかった……ルークはアルトが気になるみたいだぞ」
「お兄ちゃんが、良いの?」
両親がようやく、俺がアルトに興味を持ったことに気づいてくれた。
アルトは……必死に手を伸ばす俺を見て少し笑っている。
彼の興味が俺に向いたのが分かった。
好機とばかりに、笑い声をあげてアルトに向かって手を上下に振ってみる。
「ふふ、大丈夫?」
そしたらアルトの方から、手を差し出してくれた。
うん、この時点ではまだ子供らしく可愛らしい。
握手はできないので、代わりに人差し指を握ってやる。
「うわぁ、小さい」
「うむ、可愛いだろう?」
「うん!」
おお、素直だ。
今度は、弾けるような笑顔でこっちを見てくれた。
「お前の弟だ」
「うん!」
「アルトももうお兄ちゃんだからね、ルークを守ってあげてね」
「うん!」
両親の問いかけに元気よく返事をしつつも、キラキラとした視線を俺に向けてくれている。
やはり、目の前の赤子が自分になついてくれるのは嬉しいものなのだろう。
両親は無償の愛を注いでくれるかもしれんが、兄弟は時に競争相手となるからな。
仲良くしておいたほうが、いいだろう。
いじめられたくないし、両親を悲しませたくもないしな。
***
「ルーク、待て! 危ないから、降りてこい! いや降りるな! 慌てると落ちる……ちょっと待て、あーもう」
「大丈夫ですよ兄上、もう少しで届きそうです」
それから5年の時が流れ、俺はいま庭に生えた柿によく似た果樹に登ってその実に手を伸ばしている。
下でアルトが騒いでいるが、俺はこの実の味がすごく気になるのだ。
柿の枝は折れやすいというが、柿に似た違う木かもしれない。
しかし柿かもしれない。
柿なんてあると思ってなかった。
懐かしそうな味に向けて、全力で手を伸ばす。
それに5歳児くらいの体重ならだいじょ……
と思った矢先におなかの下からバキンという音が聞こえた。
うん……落ちる。
「ルーク!」
ぬっ、危ない!
落下を始めた俺の下にアルトが慌てた様子で滑り込んできた。
その身をクッションにして助けようとしているのだろうが、すでにバランスをとって着地しようとしていたのでアルトの背中を踏みそうになってしまい逆に焦ってしまった。
とっさに足を開いて地面につくと、少し踏ん張ってアルトの背中にコテンと尻もちをついた。
だいぶ衝撃は吸収できたから、たぶんアルトも無事だろう。
「兄上?」
「馬鹿野郎! 大けがしたらどうするんだ!」
すぐにアルトの上から降りて、しゃがみこんで様子を見るといきなり怒鳴られた。
「いえば、私がとってやるし、危ないことをするんじゃない」
本気で怒っている。
心配もしてくれている。
いい兄として、育ってくれたようだ。
そんな兄にご褒美だ。
「ふふ、でも僕は兄上とこれが食べたかったのです。一緒に食べましょう」
手に持っていたのは、黄色い果実がいくつかなった枝。
太い枝を折って落下するなら、その先の枝折っても問題ないだろうと思い拝借したのだ。
そして、兄に向って空いている手を差し出す。
「まったく、お前というやつは」
兄は呆れたような表情を浮かべると、俺の手を掴んで起き上がる。
それから背中とおしりについた土や草をぱっぱと手で払う。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「当たり前だ。私はお前の兄だぞ? 兄が弟を助けるのは当然だ」
そう言って照れくさそうに横を向くアルトを見て、思わずうれしくなってしまった。
「ふふふ」
なぜか、アルトが笑い出したが。
「あの枝の先に必死に手を伸ばす姿……昔のお前を思い出したな」
「ん? どういうことですか?」
「私がお前にばかりかまう両親にちょっと拗ねてしまってな……楽しそうな団欒の輪に入ることもできずに部屋をジッと覗いていたら、お前が必死に俺に向かって手を伸ばしてきてな」
「そのようなことが」
「赤子のころのことだから覚えていないだろうが、その時もお前はしっかりと私のことを掴んで引き寄せてくれた……嬉しかったなー。可愛かったなー」
アルトが懐かしむように自分の手をジッと見つめていた。
「同じように必死で手を伸ばしてその実をを取る姿を見て、変わらないなとも思ったしでかくなったとも思った」
「なんですか、父や母みたいなことを言い出して」
「ふ、私は兄なのだ。父上や母上と同じようにお前の成長を見て来たんだから……まあ、似たようなことを言うのも仕方あるまい」
やけに成熟した9歳児だと思うが、兄は努力の人だからな。
いやもうすぐにでも、父の執務を手伝えるくらいの実力はあると思う。
前の時と違って、力もあるし剣術もそれなり以上に使う。
同世代の中ではトップクラスらしい。
魔法も基礎の生活魔法で、安全なものをすでに練習し始めているとか。
規格外の魔力を持っているという俺の兄であるために、必死で強くあろうとしているらしい。
可愛いし、頼もしい。
そして嬉しい話だ。
前の歪んでいた兄は、もういない。
ここにいるのは、弟想いで勤勉なお手本のような兄上だな。
うん、俺の自慢の兄だ。
ふむ、赤子の手だな。
当然か。
俺が寝かされているベッドでは、母上が優しく頭をなでながら添い寝をしてくれている。
あまりにじじ臭いしゃべり方だと邪神がうるさいので、気を付けてはいるが。
俺というのに若干の抵抗を感じる。
前世で歳をとり過ぎたのう。
「ルークはどうだ? 魔力は抑えられているか」
「問題なさそうですよ。いまもご機嫌に自分の手で遊んでいます」
父親が部屋に様子を見に来た。
父の名はゴート。
辺境に近い領地をもつ、男爵家の当主だ。
母の名はキャロライン。
彼女の父親もまた、貴族で伯爵家らしい。
うちよりは家格は上だし、王都により近い領地を与えられているとか。
ふむ、三女とはいえ2つも爵位が上の家の御令嬢を射止めるとは、父もなかなかやる。
そして、扉を少し開けてこちらを睨むように見ているのは、兄のアルト。
たしか、歳は4歳であったか?
ふむ、あれは嫉妬か?
幼い子が、弟や妹に両親を取られたと思うておるのであろう。
両親はわしに……俺に夢中で気付かぬようだ。
兄にも愛想を振っておいた方がいいかもしれぬの。
キャロの方に抱き着くように転がると、その肩に手をおいて上半身を持ち上げる。
それから、キャロの上にうつぶせで乗っかると、アルトの方をジッと見つめる。
「あらあら、本当に元気ね」
「やんちゃだな」
両親が相好を崩してニコニコとしているが、アルトは少し悔しそうな表情に変わっていた。
楽しそうな輪に入りたくても入れず、また主役の座も奪われうまく消化できない感情を抱いているのだろう。
だったら、アルトもこちらに混ぜてやればよい。
俺は母の肩に乗ったまま、彼に向かって手を伸ばす。
さらにこちらに来いという意味も込めて掌を握ったり開いたりしてみると、それを見たアルトがコテンと小首をかしげた。
ほっほっほ、なかなかに子供らしいしぐさに思わず笑ってしまう。
可愛いらしいやつではないか。
「ご機嫌ね、何かあるのかしら?」
「ん? おお、アルトもルークに会いにいたのか?」
俺が一人でキャッキャと笑いながら、何かに興味を持っていることに気付いた2人が俺の視線と身体の向く先を見る。
そこでようやく両親が、アルトの存在に気付き声をかけた。
両親に呼びかけられ、アルトが部屋におずおずと入ってくる。
少しきまりが悪そうな表情を浮かべつつも、素直に従うあたりまだ子供らしい。
……まあ、前回のときは両親に隠れてなにかとルークを言葉で乏したり、軽い暴力をふるったりと悪い兄だったらしい。
理由は幼少期に、ルークの魔力のことで両親が彼を放置して俺にかかりっきりだったこと。
ルークが魔法が使えず、落ちこぼれであったこと。
にもかかわらず、剣の腕や運動ではアルトの上をいっていたこと。
理由がいくつも重なって、可愛くない弟だったのだろう。
そして兄にかけられ続けた呪詛のような、役立たず、無能、お邪魔虫、荷物、等々の言葉がルークの心を的確にえぐり自己評価を下げていたのも事実。
性格が暗く大人しいからいじめられたのか、兄に心無い言葉を掛けられ続けて塞いでしまったのかはわからんが。
間接的に世界が滅んだ原因の一つともとれなくはないな。
だが、今回でみればそこまでひどい状況ではない。
普通の赤子程度に両親は構うが、行き過ぎてはいないと思う。
魔力問題も解決して……はいないな。
父親が魔力に関しては俺に期待するようになっている。
彼が面白く思わなさそうな原因になりそうなことは、やめてもらいたい。
「どうだ、可愛いだろう? お前の弟だぞ? 世界一可愛いだろう?」
……加えて父親の言動にも、兄弟の不仲の原因があったのかもしれない。
それまでこの家の世界一を独占していたであろうアルトは、その座を俺に奪われたのだ。
子供の心を傷付けるには、十分すぎるな。
もしかしたら、最初のきっかけはそんなとこだったのかもしれない。
「別に……」
あーあ、すねてしもうた。
4歳児に大人の対応を求めるなんて無理だ。
これが姉なら、少しは違ったのかな?
「お兄ちゃま、ご機嫌ななめみたいでしゅね」
これ母よ……煽るでない。
母がニコニコしながら兄をからかいつつ、俺の頬をつついてくる。
少しは、アルトのことを気にかけてやれ。
お前は子供程度にしか思ってないが、子供からすれば両親の愛情と興味を獲得するのは重要な問題だぞ?
目下10対0とまではいかなくとも、8対2,7対3くらいに両親の愛情と興味を奪っている自覚はある。
せめて、アルトを抱きしめて俺の前に連れてくるとか。
あてにならないなら、自分でなんとかするしかない。
「だー」
仕方がないので、アルトの方に手を伸ばす。
距離も遠いし、俺に横になった母という障害を乗り越えるほどの力はまだ……ありそうだな。
そのまま乗り越えようとして、むぅ……顔から母の反対側にダイブしてしまった。
幸いまだそこはベッドだったが、赤子の頭の重さと首の弱さを考慮していなかった。
ベッドの真ん中に2人で寝てて、また大きなベッドでよかった。
流石に、板の間に顔からダイブは……命の危険を感じる。
「まあ」
「ルーク!」
両親が心配そうに声をかけて手を出そうとしたので、それより先に顔を頑張って持ちあげてアルトに微笑みかけてやる。
「だあ!」
そして、さらに手を伸ばす。
頑張って、必死に手を伸ばす。
アルトを……アルトの心をつかむために。
「ふふ、元気そうでよかった……ルークはアルトが気になるみたいだぞ」
「お兄ちゃんが、良いの?」
両親がようやく、俺がアルトに興味を持ったことに気づいてくれた。
アルトは……必死に手を伸ばす俺を見て少し笑っている。
彼の興味が俺に向いたのが分かった。
好機とばかりに、笑い声をあげてアルトに向かって手を上下に振ってみる。
「ふふ、大丈夫?」
そしたらアルトの方から、手を差し出してくれた。
うん、この時点ではまだ子供らしく可愛らしい。
握手はできないので、代わりに人差し指を握ってやる。
「うわぁ、小さい」
「うむ、可愛いだろう?」
「うん!」
おお、素直だ。
今度は、弾けるような笑顔でこっちを見てくれた。
「お前の弟だ」
「うん!」
「アルトももうお兄ちゃんだからね、ルークを守ってあげてね」
「うん!」
両親の問いかけに元気よく返事をしつつも、キラキラとした視線を俺に向けてくれている。
やはり、目の前の赤子が自分になついてくれるのは嬉しいものなのだろう。
両親は無償の愛を注いでくれるかもしれんが、兄弟は時に競争相手となるからな。
仲良くしておいたほうが、いいだろう。
いじめられたくないし、両親を悲しませたくもないしな。
***
「ルーク、待て! 危ないから、降りてこい! いや降りるな! 慌てると落ちる……ちょっと待て、あーもう」
「大丈夫ですよ兄上、もう少しで届きそうです」
それから5年の時が流れ、俺はいま庭に生えた柿によく似た果樹に登ってその実に手を伸ばしている。
下でアルトが騒いでいるが、俺はこの実の味がすごく気になるのだ。
柿の枝は折れやすいというが、柿に似た違う木かもしれない。
しかし柿かもしれない。
柿なんてあると思ってなかった。
懐かしそうな味に向けて、全力で手を伸ばす。
それに5歳児くらいの体重ならだいじょ……
と思った矢先におなかの下からバキンという音が聞こえた。
うん……落ちる。
「ルーク!」
ぬっ、危ない!
落下を始めた俺の下にアルトが慌てた様子で滑り込んできた。
その身をクッションにして助けようとしているのだろうが、すでにバランスをとって着地しようとしていたのでアルトの背中を踏みそうになってしまい逆に焦ってしまった。
とっさに足を開いて地面につくと、少し踏ん張ってアルトの背中にコテンと尻もちをついた。
だいぶ衝撃は吸収できたから、たぶんアルトも無事だろう。
「兄上?」
「馬鹿野郎! 大けがしたらどうするんだ!」
すぐにアルトの上から降りて、しゃがみこんで様子を見るといきなり怒鳴られた。
「いえば、私がとってやるし、危ないことをするんじゃない」
本気で怒っている。
心配もしてくれている。
いい兄として、育ってくれたようだ。
そんな兄にご褒美だ。
「ふふ、でも僕は兄上とこれが食べたかったのです。一緒に食べましょう」
手に持っていたのは、黄色い果実がいくつかなった枝。
太い枝を折って落下するなら、その先の枝折っても問題ないだろうと思い拝借したのだ。
そして、兄に向って空いている手を差し出す。
「まったく、お前というやつは」
兄は呆れたような表情を浮かべると、俺の手を掴んで起き上がる。
それから背中とおしりについた土や草をぱっぱと手で払う。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「当たり前だ。私はお前の兄だぞ? 兄が弟を助けるのは当然だ」
そう言って照れくさそうに横を向くアルトを見て、思わずうれしくなってしまった。
「ふふふ」
なぜか、アルトが笑い出したが。
「あの枝の先に必死に手を伸ばす姿……昔のお前を思い出したな」
「ん? どういうことですか?」
「私がお前にばかりかまう両親にちょっと拗ねてしまってな……楽しそうな団欒の輪に入ることもできずに部屋をジッと覗いていたら、お前が必死に俺に向かって手を伸ばしてきてな」
「そのようなことが」
「赤子のころのことだから覚えていないだろうが、その時もお前はしっかりと私のことを掴んで引き寄せてくれた……嬉しかったなー。可愛かったなー」
アルトが懐かしむように自分の手をジッと見つめていた。
「同じように必死で手を伸ばしてその実をを取る姿を見て、変わらないなとも思ったしでかくなったとも思った」
「なんですか、父や母みたいなことを言い出して」
「ふ、私は兄なのだ。父上や母上と同じようにお前の成長を見て来たんだから……まあ、似たようなことを言うのも仕方あるまい」
やけに成熟した9歳児だと思うが、兄は努力の人だからな。
いやもうすぐにでも、父の執務を手伝えるくらいの実力はあると思う。
前の時と違って、力もあるし剣術もそれなり以上に使う。
同世代の中ではトップクラスらしい。
魔法も基礎の生活魔法で、安全なものをすでに練習し始めているとか。
規格外の魔力を持っているという俺の兄であるために、必死で強くあろうとしているらしい。
可愛いし、頼もしい。
そして嬉しい話だ。
前の歪んでいた兄は、もういない。
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