上 下
80 / 91
第5章:巨人と魔王

第7話:町歩き

しおりを挟む
 結局、その後のゴタロウとアルバのやり取りは、生産的なものにはならなかった。
 平行線とまではいわないまでも、アルバにこちら側に対する明確な壁のようなものを感じたし。
 ゴタロウも、フィーナもそんなアルバに呆れかえっていたからな。

「とりあえず頂いた情報をもとに、こちらでも対策は考えさせてもらいます」
「そちらでな……勝手にしろ」

 ゴタロウがクールなイケメンキャラみたいなことを言ってるけど。
 単純に、もうアルバと話す気がないだけみたいだ。
 はてさて、どうしたものか……
 
 取り合えず、町を観光しつつカモミールの宿に戻ることにしたが。
 
『申し訳ありません、大人げないところを見せてしまって』

 ゴタロウに、念話で謝られる。
 ゴタロウが、若干へこんでいる。
 それもそうか。
 このことが原因で、ニコはミルウェイでは冒険者としての活動はできなくなってしまった。
 
 アルバが、信用のできない輩を引き連れている方に、依頼するようなものはございませんと言ってのけたからな。

 気にするな。 
 他の冒険者も言ってたじゃないか。
 アルバは、他所からのフリーの冒険者には厳しいって。
 お前がいなくても、状況に大差なかっただろう。

「どこに行こう? 買い物がいいかな? それとも食べ歩き?」
「ニコ様のやりたいことが、私はしたいです!」

 なによりも当の本人がまったくといっていいほど、気にしていないからな。
 すでに観光する気満々だし。
 フィーナは、いつも通りのフィーナだ。
 何も思うところはないらしい。

 こういうところ、ドライだよな。

 まあ、まずはニコは防寒着を買った方がいいと思うぞ?

 ということだ。
 ゴタロウも気にせずに、町を楽しもう

『はい』

 にしても珍しいな。
 お前があの手の手合いを、うまくあしらえないなんて。

『ええ、あまりにも稚拙で愚かな女性であるにもかかわらず、この町の防衛の要の一つである冒険者ギルドを束ねている立場というのが凄く腹立たしく感じてしまい……つい、あのような対応に』

 まあ、あのくらい疑り深くないと、この町ではギルマスなんて務まらんのだろう。
 それにお前が信用に足るということは、お前自身と俺達くらいしか分からんだろう。
 信用なんて形のないものをすぐに納得できるよう証明するのは、それこそ至難のわざだからな。

『慰めてくださってるのですか?』

 えっ? 
 いや、はは……
 俺も、あの女に思うところがあっただけだ。
 愚痴とまではいかんが、ぼやいてみたくなっただけだ。
 気にするな。

『ありがとうございます』

 気にするなと言っているのに。
 こいつもこいつで、融通が利かないところがある。
 まあ、自分に対してだから、あの女よりはよっぽどましだけど。

「なにこのお肉! 真っ白! 美味しいの?」
「これは、海獣の肉の脂身だぞ? まあ、食えんことは無いが、料理に使ったりするためのものだな。火もつかないこともない」
「へえ、これ全部が脂身なんだ」

 通りの肉屋につるしてある、少し縁にピンクが混ざった真っ白な肉にニコが興味をひかれたらしい。
 鑑定をかけてみると、海豹の肉と出たが。
 海豹ってことは、アザラシかな?
 でもここは、異世界。
 本当に海に住む豹みたいな動物か、魔物がいるのかもしれない。

「少しなら、これだけでも食べられるぞ? 食ってみろ坊主」
 
 そう言って、黒い前掛けをしたおっさんが、脂身を薄く削って渡してきた。

「そっちの嬢ちゃんとあんちゃんもどうぞ」

 そして、もう2つスライスしてフィーナとゴタロウにも渡してくる。
 生のままで、頂けと?

「ありがとう! いただきます」
「ご馳走になります」
「ありがたく、頂こう」

 3人ともそれぞれがお礼をいって、ぱくりと口に放り込む。

「わぁ、甘い! ちょっと固いかと思ったけど、途中で溶けてなくなちゃった」
「なにこれ、美味しい!」
「ほう」

 なん……だと?
 美味しいのか、それ?
 くっ、こういうとき自分がすぐに試せないのがうらめしい。

「外はキンキンに冷えてるからな! それで、しっかりと固まってるけど、体温で指に油がつくくらいには溶けやすいんだ。美味いだろう?」
「うん! ねえ、ゴタロウ?」
「そうですね、少しもらいましょうか」
「おっ、お買い上げかい? ただ、これだけで食うもんじゃねーからな? さっきみたいに薄くスライスしたら、つまみにはなるが存外脂身ってのはくでーんだ」
「へえ」
「ふふ、なるほどな……もしかしなくても、これに合うような肉もあるんだろう?」
「おっ、あんちゃん鋭いな? 普通は野菜とか穀物って思うだろうが、実はこっちの塩漬け肉と合わせるといい塩梅になるんだよ」

 そう言っておっさんが見せてきたのは、壺の中に入ったちょっと黒くなっているが、何かの赤身だ。
 筋もしっかりしてて、固そうにみえなくもないが。
 と思ったら、もう一つ壺を出してきた。
 こっちは、赤黒い肉。
 見覚えがあるな。
 クジラの肉っぽい。

「こっちは、さっきの脂身の主の、ウミーヒョンって魔物の肉だ! でこっちが、クージラって魔物の肉だ」

 なんだろう?
 俺のもってる言語スキルって、俺のこと馬鹿にしてるのかな?
 ウミーヒョンって……もはや、元になったであろう言葉が横文字ですらない。
 てっきりなんたらシードッグとかって、魔物がくると思ったのに。
 
 クージラに至っては、そのまんまなんだろうな。

 しかし、こうしてみるといろんな怪しいお肉があるけど。
 干し肉もけっこうあるんだな。
 
「クージラってのは馬鹿みたいにでかい魔物でな、何十人掛かりでやっつけるようなやつなんだぜ?」
「そんなに大きいの?」
「ああ、ちっちゃな島よりでかいんじゃないか? まあ、体当たりされたら一撃でお陀仏だが、なれればそこまで被害なく狩れる魔物でもある」
「そうなんだ! 一度、見てみたいな」
「はは、まあ運がよければ、港からでも背中くらいは見えるかもな」

 それから、適当に肉を包んでもらってゴタロウが支払いをする。
 思ったほど、高くはない。
 よく取れるのだろう。

 海の資源が豊富なのか、肉や魚は驚くほど安い。
 鹿や熊の肉も、普通に置いててそこまで高くない。
 雪牛なんてのもいるらしく、牛肉まである。
 ただ、豚はちょっと割高だった。

 逆に、八百屋を覗いたりしたけど、野菜はかなり高い。
 根野菜や実のようなものはそうでもないが、葉野菜はかなりのお値段だった。
 どれもシャキッとしたようなのは置いてないくせに。

 水分量の多い実の類は凍って味が落ちることはあるが、それはそれで歯ごたえや食感でカバーできてそうだし。
 熱々の風呂上りに、ガンガンに暖かくした部屋で凍った果物を食べるのは、この町の人でも至福のひと時らしい。
 酒は例に漏らさず、アルコール濃度の高いものばかり。
 まあ、そういうものなのだろう。

 それからも町をフラフラしていたら、ニコ達が不意に後ろから声を掛けられた。
 ゴタロウもフィーナも、男が近付いてきているのは気付いていたみたいだが。

「すまんが、少し話をさせてくれないか?」

 話しかけてきた男は、無精ひげを生やした眠たい目をした怪しいやつだ。
 ウェーブのかかった男性にしては長めの肩まであるこげ茶の髪の毛、その上に狩人がかぶるような帽子をかぶっている。
 服装は麻でできたシャツとパンツに、皮のベスト。
 その上から毛皮のマントを羽織っている。

 顔は怪しいが、身に着けているものはどこか清潔感が漂っている。
 
『どうしますか?』
 
 取り合えず、さわりだけ話を聞いて判断したら良いんじゃないか?

「なに?」

 とゴタロウと相談している間に、条件反射でニコが返事をしていた。

「おっ、坊ちゃん聞いてくれるかい?」
「うん、坊ちゃんじゃないけどね」

 男はすぐにニコのそばに移動すると、頭をくしゃくしゃと撫でた。
 意外と背が高いな。
 たっぱがあるから細く見えるが、筋肉もしっかりとついてるようだ。

『そこそこやりそうですね』

 冒険者……か、肉体労働者?
 いや、戦闘は出来そうだな。

「まあ、うちのギルマスのことなんだけどさ」

 冒険者か。
 いや、無条件で信じるのもあれだな。
 場所を変えようか。

 人が多くいて、それでいて話が漏れないような場所とか?

「どこかで、座って話しませんか?」
「ん? そうだな。立ち話もなんだし、皆さんはごはんは済んだのかい?」
「いや、まだだよ」
「じゃあ、美味しいお店があるから、そこに行こうか?」

 男がそう言って、首をくいっと曲げて笑顔でウィンクをする。
 なかなか軽薄そうな男だ。
 しっかりと、フィーナに向けてのものだと分かったし。

「それで構いませんが、荷物がいっぱいあるので宿に預けてからでも?」
「ああ、良いぜ! お、ウミーヒョンの脂身と塩漬けか? なかなか通好みな買い物だな」
「へえ、よく分かりましたね?」
「まあ、ね」

 男の言葉にゴタロウの声が、1オクターブ下がる。
 それに対して、男は含みある言い方をしてニヤリと笑っただけだが。
 
 あれか……鑑定もちっぽいな。
 さっきウィンクしたときにでも、鑑定を掛けられたか?
 
『ニコ様以外は大丈夫です……あの程度なら、防げますので』

 ゴタロウもフィーナも、男の鑑定をはじいたらしい。
 まあ、俺もたぶんレジストしてるはずだし。

『主は鑑定されても、たぶん錆びた剣と出るだけでは?』

 いやいや、不思議な金属で出来た軽く錆びた剣くらいじゃないかな?
 
 ん?
 視線を感じる。
 男の方に集中すると、ニコが腰に下げた俺をしっかりと見ている。
 ちょっと、もの悲しそうな雰囲気で。
 
「色々と町のことも案内しよう……いい武器屋とか」

 おいっ!
 ……おい。
 絶対、俺の事を錆びた変わった剣と認識したなこいつ?
 そして変わった金属で錆びてる武器を大事に持ってるニコに、同情でもしたのか?
 悪いが、俺をそんじょそこらのなまくらと一緒にされちゃ困るぜ!

 というか、失礼だなこいつ。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~

櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

処理中です...