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第4章:鬼
第5話:ランクアップ
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「君が、ニコ君ですね」
「あっ、はい」
案内された部屋で、30手前くらいの男性が出迎えてくれた。
なかなか物腰の柔らかそうな、爽やかな男性だ。
きっちりと固めてないオールバックで、服装もなかなかのおしゃれさん、
パッと見でモテそうな印象を受ける。
「私はジェジェの町の冒険者ギルドのサブマスターのベクターです」
「あっ、よろしくお願いします」
「ちょっと話を聞かせてもらいたいので、そこにかけてもらえるかな?」
「はい」
ベクターに促されて、執務用の机の前にあるテーブルセットのソファに座らされる。
「わぁ」
思ったよりもフカフカだったのか、ニコが声をあげている。
「ふふ」
そんなニコの様子を微笑ましそうに見ながら、ローボードの上におかれたティーポットからカップにお茶を注いでニコの前においてくれる。
へえ、自分でお茶を入れて出してくれるだけでも、好印象だ。
こういうのって、女性職員にでも入れさせてもってこさせるもんだと思っていた。
湯気の放つティーカップを見たあとで、ティーポットにも目を向ける。
ベクターが取っ手を握った瞬間に紋様が浮かび上がったところを見ると、魔道具の一種かな?
瞬間湯沸かし機的な。
「良い匂い。いただきます」
「どうぞ」
それから自分の分も入れて、ニコの正面に座るベクター。
優しそうな笑みを浮かべているけど、油断ならなさそうなことだけは分かる。
俺は……
ニコは……
あつっと言いながらお茶を飲んでいる。
完全にリラックスしてるな。
俺だけでもしっかりとしないと。
「早速なのですが、リンドの街の冒険者ギルドとメノウの町から連絡が来ててね」
そう言って話し始めた内容は、ニコの冒険者ランクに関することだった
そういえば、リンドの街ではE級のままだったな。
メノウの町では、冒険者ギルドにお世話になってなかったし。
リンドの街でのコボルト騒動に始まり、メノウの町でのオーク関連のクーデター騒動。
両方の渦中の人でもあるニコだが、少なくない功績を残している。
コボルト騒動に関して言えば、コボルトロードとキングをテイムしたことになってるし。
まあニコの兄貴分を称したランドールと、フィーナも交えたものだが。
でもって、メノウの町ではそれなりに実力を示したと。
示したかな?
領主の館から、自力で脱出。
それって良いことなのか?
まあ、現状で得た情報とE級というランクに、冒険者ギルド組合でもいささか疑問が生じているらしい。
実力と乖離しすぎているのではないかと。
適正な冒険者ランクを与えなければ、最適な仕事を振ることもできず。
また当人のランクアップもさらに遠回りになるため、双方にとって不利益を被ることになるとのことで再調査を行ったらしい。
「いま15歳だっけ?」
「はい」
「なるほど、その歳では考えられないほどのレベルみたいだね。スキルの方はあまり、覚えてないのかな?」
「えっと、そうです。剣術スキルくらいしかもってません」
それもそうだろうな。
そっち方面は俺頼みで、ひたすら戦闘訓練しか行ってなかったし。
フィジカル面での不安が多すぎて、技術よりも基礎って感じで叩き込んでもらってたし。
ゴブリン達には。
剣術スキルくらいって言ってるけど、一通りの武器は扱えるようにしてるし。
無手でもそこそこいけるはずなんだけど、本人に自信がないせいで実践では実力の半分も出せないんだよ。
俺を持ってる時だけ、抜群の剣技を見せるから心の問題だと思うんだけどな。
「一応実績だけでD級への昇格はパスしてますが、それ以上を求めるなら昇進試験もう1度受けてみませんか?」
「えぇっと」
受けろ。
「メノウの町ではアリア女史が担当されたのでしょう? 彼女の昇進試験は匙加減がだいぶ作用されますからね」
ダメじゃん。
検査官は公正公平が重用でしょ?
なに、匙加減って。
「彼女の見立てに見合った実力を出せるかどうかで、だいぶ変わってきますから……ポテンシャルが高いとかえって厳しい評価になってしまうこともありますし」
あーあれか……
本人の資質と、それに見合った習熟度をもとに彼女なりに判断してるのか。
資質100の人が50の実力を発揮するのと、資質10の人が5の実力を発揮するのを同等に見てると。
それに合わせたうえでの、現状でのトータル的な戦力を元に算出。
大きく乖離はしないが、ポテンシャルが高いとその分昇進が難しくなるって……面倒くせー女だな。
「私の見立てではC級でもいけそうなのですけどね……どうされますか?」
受けろって。
二つ返事で受けろ。
冒険者ランクが上がることは、メリットしかないんだから。
「じゃあ、お願いします」
ニコの尻を全力で叩いて、昇進試験を受けさせる。
冒険者ランクがあがれば、自由度も増すし。
受けられる依頼も増えるし。
冒険者資格証の重みも変わってくるみたいだからな。
優遇措置とかも増えるみたいだし。
何より、信用の裏打ちになる。
行きずりでの護衛依頼とかも、受けやすいだろうし。
「宜しい、では早速始めようと思うけどどうでしょう?」
「えっ? 今からですか?」
「ええ、今なら先ほど君を案内したペーター君も空いてますから」
あれよあれよという間に、ギルドの地下に。
どこのギルドも地下に訓練場があるのかな?
地下闘技場……
いや、なんでもない。
「そう緊張なさらずに、いつも通りに戦ってください」
地下ではすでに受付のお兄さんが準備を終えて、待っていてくれた。
最初から、そのつもりだったようだ。
今回もニコには木剣が貸し出されたが。
それだと、どうも実力が出せそうにない。
ということで、一計を案じる。
『ニコ、俺だ! あっ、返事するなよ』
『えっ?』
先手を打ったから、ニコの口から声が漏れることはなかった。
『いま、お前の握ってる木剣に意識を飛ばしてる。スキルはだいぶ制限されるが、これならそれなりに戦えるだろう』
そう、ニコの持つ木剣が、俺ということにしてニコの実力を引き出す作戦。
といっても念話で話しかけてるだけで、俺の意識は相変わらず壁に立てかけられた錆びた剣の中にあるが。
『そっか……だったら、やれる気がしてきた』
ニコの顔に安堵の表情が浮かぶ。
そして、少しだけ自信も感じられる。
よしよし、肩の力も良い感じに抜けて、リラックスできたようだ。
「準備は整いましたか?」
『うん、大丈夫』
「?」
ニコ! ニコ!
それは、ベクターさんだから声出して返事しないと。
「あっ、はい! 大丈夫です」
本当に大丈夫か?
不安になる。
「では、実力を見せてください。ペーター君、よろしく頼むね」
「はい」
お互い向き合って、距離を取る。
「お互いに礼」
礼をするのか。
お辞儀の文化があったとは。
そして、双方準備が整う。
「はじめ!」
ベクターさんの合図で、ペーターが剣を構えてゆっくりと横移動を始める。
まずは、様子見というところか。
ニコの出方を窺うようだ。
……
「……」
……
ニコ?
「え?」
ニコは切っ先をペーターの方に向けたまま、彼の移動に合わせてその場で回っていたけど。
斬りこまないと始まらないと思うぞ?
お前まで相手の出方を窺ってどうする。
お前の実力を測る試験なんだから、まずはお前が実力を見せないと。
「!」
俺の言葉を受けて、ちょっと驚いた表情のニコに思わずため息。
本当に、大丈夫かな?
やっぱりEランクが適正とかって、言われたりして。
不安だ。
「行きますね」
それから、一言宣言して地面を思いっきり蹴って距離を詰める。
「!」
予想以上の踏み込みと突進力に、ペーターが驚いた表情を浮かべている。
ニコがすぐに打ってこなかったことで、微妙に気が緩んでいたのか。
はたまたタイミングをずらされたのか、反応が遅れて胸の前で剣で受けるのが精いっぱいだったようだが。
そのまま一気に壁の方にまで、押し込まれている。
「どこから、そんなっ……えっ?」
そして次の瞬間、ペーターの身体が半回転して地面に倒れ込んで天井を見上げる形に。
ペーターが押さえこまれた身体をとどめようと重心を前足に移動した瞬間に、ニコに右足で払われてた。
「参りました」
そして、即座に目の前に木剣の切っ先を突き付けられて思わず降参。
「ペーター君、油断しすぎ」
「いや、まあその……油断という点に関しては言い訳もありませんが、たぶん油断していなくてもこうなってたかと」
「そんなに?」
「ええ、説明が難しいのですが。一連の動作がまるで決められた演舞のように滑らかで、隙の無い動作でした」
そうか?
ゴブリン共でも、普通に耐えるけどな。
そんな体重の乗ってない無理な体勢の足払いくらい。
やっぱり、ゴブリンロードとかって強いのか。
「へえ、じゃあ」
「はい、B級にはまだまだですが、明らかにC級の中堅くらいの実力はあるかと」
ほぉ……
てことは、リンドの街のゴートよりは上ってことだな。
そんなに?
これはニコが成長したのか、この世界の人間の能力が思ったより低いのか判断に困るところだ。
やっぱり、俺が直々に手合わせしてみないと、分からんな。
かといって、俺をもって冒険者と戦う機会なんてそうそうないし。
ペーターのステータス値は確かに、思ったより低いけどさ。
でもステータスだけじゃ、強さは計れないというか。
いくらベンチプレスで150kg上げる人間でも格闘技経験なければ、ベンチプレス90kgしか上げられない格闘家に勝てるのは一部の人だけだろうし。
まあ流石に同じ格闘経験なければ、素人には絶対に勝てないけど。
体重80kgで、素人が上げられるのが50kg前後らしいし。
上級者なら130kg以上はあがると考えたら、単純に倍以上の差があるわけで。
その差を覆せるわけはないだろう。
一概に格闘経験者が強いともいえないけど。
ラグビーなんか、レスリングやってた先輩に言わせたら狂気の沙汰だって言ってたし。
ボール持ってたら複数人からタックルされるうえに、後ろから味方にタックルされるとか無理って言ってたし。
レスリングのルールなら勝てるかもしれないけど、ノールールならどうなるか分からない。
ただ、ラグビーはやりたくないって言ってた。
まあ、強さってのは総合力ってことだ。
身体能力=強さには直結しないし、状況や経験によって何が要因になるかも分からないってことだ。
それらを加味したうえで……この世界の人達の強さがまったく判別つかない。
経験、身体能力に加えてスキルや魔法なんて要素もあったら、やってみなきゃ分からんわな。
でもってやってみた結果、そこそこやりそうなギルド職員にあっさり勝ってしまったニコは強いのだろうか?
強いんだろうな。
周りのゴブリン共が異常なだけで。
うーん……
魔物が強いのか、人が弱いのか。
でも人も上をみたらきりがないし。
この辺はちょっとずつ、世界を回りながら試してみよう。
「とりあえず、昇進試験は終わりにしましょう。なんか、あっさりとしすぎて、拍子抜けですが」
ベクターさんも、ニコの実力を測ろうとしたんだろうけど。
ペーターがあっさりとやられてしまって、表面の部分しか見えなかったような感じでもやっとしてそうだな。
まあ、良いけどさ。
「冒険者証を更新しますので、このあと受付によってくださいね。あとは、コボルトロードの詳しい話と、メノウの町の顛末をもう少し聞かせてもらえたらと思います」
「あっ、はい」
取り合えず実戦での能力測定はこれで終わりらしい。
あとは、聞き取り調査でもう一度、判断するのかな?
聞いてもしょうがないと思うぞー。
ニコは口下手だし、そもそも周りが色々と動いてたからな。
ゴブリンの群れも、コボルトの群れも丸々配下だって言ったら、どんな顔になるか気になるけど。
これは、ばらさない方が良いと思うぞ。
とだけ、ニコにアドバイスしておく。
その後、受付で冒険者証を預けて再度、サブマスの部屋で話し合いになった。
「えっ? ゴブリンを助けるためにコボルトと戦ったんですか? E級なのに?」
「ごめんなさい」
「いや、怒ってるわけじゃないですから」
ニコの説明にベクターさんが詰め寄ったら、少し怯えた表情で謝ってた。
ベクターさんが慌ててたけど、まあ仕方ないか。
どんなに強くても、大きな声で詰め寄られるのは相変わらず苦手みたいだしな。
その辺を克服できるようになるのは、いつになることやら。
「あっ、はい」
案内された部屋で、30手前くらいの男性が出迎えてくれた。
なかなか物腰の柔らかそうな、爽やかな男性だ。
きっちりと固めてないオールバックで、服装もなかなかのおしゃれさん、
パッと見でモテそうな印象を受ける。
「私はジェジェの町の冒険者ギルドのサブマスターのベクターです」
「あっ、よろしくお願いします」
「ちょっと話を聞かせてもらいたいので、そこにかけてもらえるかな?」
「はい」
ベクターに促されて、執務用の机の前にあるテーブルセットのソファに座らされる。
「わぁ」
思ったよりもフカフカだったのか、ニコが声をあげている。
「ふふ」
そんなニコの様子を微笑ましそうに見ながら、ローボードの上におかれたティーポットからカップにお茶を注いでニコの前においてくれる。
へえ、自分でお茶を入れて出してくれるだけでも、好印象だ。
こういうのって、女性職員にでも入れさせてもってこさせるもんだと思っていた。
湯気の放つティーカップを見たあとで、ティーポットにも目を向ける。
ベクターが取っ手を握った瞬間に紋様が浮かび上がったところを見ると、魔道具の一種かな?
瞬間湯沸かし機的な。
「良い匂い。いただきます」
「どうぞ」
それから自分の分も入れて、ニコの正面に座るベクター。
優しそうな笑みを浮かべているけど、油断ならなさそうなことだけは分かる。
俺は……
ニコは……
あつっと言いながらお茶を飲んでいる。
完全にリラックスしてるな。
俺だけでもしっかりとしないと。
「早速なのですが、リンドの街の冒険者ギルドとメノウの町から連絡が来ててね」
そう言って話し始めた内容は、ニコの冒険者ランクに関することだった
そういえば、リンドの街ではE級のままだったな。
メノウの町では、冒険者ギルドにお世話になってなかったし。
リンドの街でのコボルト騒動に始まり、メノウの町でのオーク関連のクーデター騒動。
両方の渦中の人でもあるニコだが、少なくない功績を残している。
コボルト騒動に関して言えば、コボルトロードとキングをテイムしたことになってるし。
まあニコの兄貴分を称したランドールと、フィーナも交えたものだが。
でもって、メノウの町ではそれなりに実力を示したと。
示したかな?
領主の館から、自力で脱出。
それって良いことなのか?
まあ、現状で得た情報とE級というランクに、冒険者ギルド組合でもいささか疑問が生じているらしい。
実力と乖離しすぎているのではないかと。
適正な冒険者ランクを与えなければ、最適な仕事を振ることもできず。
また当人のランクアップもさらに遠回りになるため、双方にとって不利益を被ることになるとのことで再調査を行ったらしい。
「いま15歳だっけ?」
「はい」
「なるほど、その歳では考えられないほどのレベルみたいだね。スキルの方はあまり、覚えてないのかな?」
「えっと、そうです。剣術スキルくらいしかもってません」
それもそうだろうな。
そっち方面は俺頼みで、ひたすら戦闘訓練しか行ってなかったし。
フィジカル面での不安が多すぎて、技術よりも基礎って感じで叩き込んでもらってたし。
ゴブリン達には。
剣術スキルくらいって言ってるけど、一通りの武器は扱えるようにしてるし。
無手でもそこそこいけるはずなんだけど、本人に自信がないせいで実践では実力の半分も出せないんだよ。
俺を持ってる時だけ、抜群の剣技を見せるから心の問題だと思うんだけどな。
「一応実績だけでD級への昇格はパスしてますが、それ以上を求めるなら昇進試験もう1度受けてみませんか?」
「えぇっと」
受けろ。
「メノウの町ではアリア女史が担当されたのでしょう? 彼女の昇進試験は匙加減がだいぶ作用されますからね」
ダメじゃん。
検査官は公正公平が重用でしょ?
なに、匙加減って。
「彼女の見立てに見合った実力を出せるかどうかで、だいぶ変わってきますから……ポテンシャルが高いとかえって厳しい評価になってしまうこともありますし」
あーあれか……
本人の資質と、それに見合った習熟度をもとに彼女なりに判断してるのか。
資質100の人が50の実力を発揮するのと、資質10の人が5の実力を発揮するのを同等に見てると。
それに合わせたうえでの、現状でのトータル的な戦力を元に算出。
大きく乖離はしないが、ポテンシャルが高いとその分昇進が難しくなるって……面倒くせー女だな。
「私の見立てではC級でもいけそうなのですけどね……どうされますか?」
受けろって。
二つ返事で受けろ。
冒険者ランクが上がることは、メリットしかないんだから。
「じゃあ、お願いします」
ニコの尻を全力で叩いて、昇進試験を受けさせる。
冒険者ランクがあがれば、自由度も増すし。
受けられる依頼も増えるし。
冒険者資格証の重みも変わってくるみたいだからな。
優遇措置とかも増えるみたいだし。
何より、信用の裏打ちになる。
行きずりでの護衛依頼とかも、受けやすいだろうし。
「宜しい、では早速始めようと思うけどどうでしょう?」
「えっ? 今からですか?」
「ええ、今なら先ほど君を案内したペーター君も空いてますから」
あれよあれよという間に、ギルドの地下に。
どこのギルドも地下に訓練場があるのかな?
地下闘技場……
いや、なんでもない。
「そう緊張なさらずに、いつも通りに戦ってください」
地下ではすでに受付のお兄さんが準備を終えて、待っていてくれた。
最初から、そのつもりだったようだ。
今回もニコには木剣が貸し出されたが。
それだと、どうも実力が出せそうにない。
ということで、一計を案じる。
『ニコ、俺だ! あっ、返事するなよ』
『えっ?』
先手を打ったから、ニコの口から声が漏れることはなかった。
『いま、お前の握ってる木剣に意識を飛ばしてる。スキルはだいぶ制限されるが、これならそれなりに戦えるだろう』
そう、ニコの持つ木剣が、俺ということにしてニコの実力を引き出す作戦。
といっても念話で話しかけてるだけで、俺の意識は相変わらず壁に立てかけられた錆びた剣の中にあるが。
『そっか……だったら、やれる気がしてきた』
ニコの顔に安堵の表情が浮かぶ。
そして、少しだけ自信も感じられる。
よしよし、肩の力も良い感じに抜けて、リラックスできたようだ。
「準備は整いましたか?」
『うん、大丈夫』
「?」
ニコ! ニコ!
それは、ベクターさんだから声出して返事しないと。
「あっ、はい! 大丈夫です」
本当に大丈夫か?
不安になる。
「では、実力を見せてください。ペーター君、よろしく頼むね」
「はい」
お互い向き合って、距離を取る。
「お互いに礼」
礼をするのか。
お辞儀の文化があったとは。
そして、双方準備が整う。
「はじめ!」
ベクターさんの合図で、ペーターが剣を構えてゆっくりと横移動を始める。
まずは、様子見というところか。
ニコの出方を窺うようだ。
……
「……」
……
ニコ?
「え?」
ニコは切っ先をペーターの方に向けたまま、彼の移動に合わせてその場で回っていたけど。
斬りこまないと始まらないと思うぞ?
お前まで相手の出方を窺ってどうする。
お前の実力を測る試験なんだから、まずはお前が実力を見せないと。
「!」
俺の言葉を受けて、ちょっと驚いた表情のニコに思わずため息。
本当に、大丈夫かな?
やっぱりEランクが適正とかって、言われたりして。
不安だ。
「行きますね」
それから、一言宣言して地面を思いっきり蹴って距離を詰める。
「!」
予想以上の踏み込みと突進力に、ペーターが驚いた表情を浮かべている。
ニコがすぐに打ってこなかったことで、微妙に気が緩んでいたのか。
はたまたタイミングをずらされたのか、反応が遅れて胸の前で剣で受けるのが精いっぱいだったようだが。
そのまま一気に壁の方にまで、押し込まれている。
「どこから、そんなっ……えっ?」
そして次の瞬間、ペーターの身体が半回転して地面に倒れ込んで天井を見上げる形に。
ペーターが押さえこまれた身体をとどめようと重心を前足に移動した瞬間に、ニコに右足で払われてた。
「参りました」
そして、即座に目の前に木剣の切っ先を突き付けられて思わず降参。
「ペーター君、油断しすぎ」
「いや、まあその……油断という点に関しては言い訳もありませんが、たぶん油断していなくてもこうなってたかと」
「そんなに?」
「ええ、説明が難しいのですが。一連の動作がまるで決められた演舞のように滑らかで、隙の無い動作でした」
そうか?
ゴブリン共でも、普通に耐えるけどな。
そんな体重の乗ってない無理な体勢の足払いくらい。
やっぱり、ゴブリンロードとかって強いのか。
「へえ、じゃあ」
「はい、B級にはまだまだですが、明らかにC級の中堅くらいの実力はあるかと」
ほぉ……
てことは、リンドの街のゴートよりは上ってことだな。
そんなに?
これはニコが成長したのか、この世界の人間の能力が思ったより低いのか判断に困るところだ。
やっぱり、俺が直々に手合わせしてみないと、分からんな。
かといって、俺をもって冒険者と戦う機会なんてそうそうないし。
ペーターのステータス値は確かに、思ったより低いけどさ。
でもステータスだけじゃ、強さは計れないというか。
いくらベンチプレスで150kg上げる人間でも格闘技経験なければ、ベンチプレス90kgしか上げられない格闘家に勝てるのは一部の人だけだろうし。
まあ流石に同じ格闘経験なければ、素人には絶対に勝てないけど。
体重80kgで、素人が上げられるのが50kg前後らしいし。
上級者なら130kg以上はあがると考えたら、単純に倍以上の差があるわけで。
その差を覆せるわけはないだろう。
一概に格闘経験者が強いともいえないけど。
ラグビーなんか、レスリングやってた先輩に言わせたら狂気の沙汰だって言ってたし。
ボール持ってたら複数人からタックルされるうえに、後ろから味方にタックルされるとか無理って言ってたし。
レスリングのルールなら勝てるかもしれないけど、ノールールならどうなるか分からない。
ただ、ラグビーはやりたくないって言ってた。
まあ、強さってのは総合力ってことだ。
身体能力=強さには直結しないし、状況や経験によって何が要因になるかも分からないってことだ。
それらを加味したうえで……この世界の人達の強さがまったく判別つかない。
経験、身体能力に加えてスキルや魔法なんて要素もあったら、やってみなきゃ分からんわな。
でもってやってみた結果、そこそこやりそうなギルド職員にあっさり勝ってしまったニコは強いのだろうか?
強いんだろうな。
周りのゴブリン共が異常なだけで。
うーん……
魔物が強いのか、人が弱いのか。
でも人も上をみたらきりがないし。
この辺はちょっとずつ、世界を回りながら試してみよう。
「とりあえず、昇進試験は終わりにしましょう。なんか、あっさりとしすぎて、拍子抜けですが」
ベクターさんも、ニコの実力を測ろうとしたんだろうけど。
ペーターがあっさりとやられてしまって、表面の部分しか見えなかったような感じでもやっとしてそうだな。
まあ、良いけどさ。
「冒険者証を更新しますので、このあと受付によってくださいね。あとは、コボルトロードの詳しい話と、メノウの町の顛末をもう少し聞かせてもらえたらと思います」
「あっ、はい」
取り合えず実戦での能力測定はこれで終わりらしい。
あとは、聞き取り調査でもう一度、判断するのかな?
聞いてもしょうがないと思うぞー。
ニコは口下手だし、そもそも周りが色々と動いてたからな。
ゴブリンの群れも、コボルトの群れも丸々配下だって言ったら、どんな顔になるか気になるけど。
これは、ばらさない方が良いと思うぞ。
とだけ、ニコにアドバイスしておく。
その後、受付で冒険者証を預けて再度、サブマスの部屋で話し合いになった。
「えっ? ゴブリンを助けるためにコボルトと戦ったんですか? E級なのに?」
「ごめんなさい」
「いや、怒ってるわけじゃないですから」
ニコの説明にベクターさんが詰め寄ったら、少し怯えた表情で謝ってた。
ベクターさんが慌ててたけど、まあ仕方ないか。
どんなに強くても、大きな声で詰め寄られるのは相変わらず苦手みたいだしな。
その辺を克服できるようになるのは、いつになることやら。
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退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。
まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。
しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。
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