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第3章:奴隷と豚

閑話4:ネオゴブリンのイアーソン(中編)

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「なあイアーソン、お前はこの村を出たいと思ったことはないのか?」
「ん? なんで?」
「いや、お前はとても力持ちで賢いし、スキルもあって魔法も使えるでのう……こんなところで埋もれるにはもったいないと思うての」
「ははは、じいちゃんやばあちゃんの役に立ちたくて身に着けた力なのに、それじゃ本末転倒だよ」
「むぅ、勉強もよくしておるようじゃのう」
「じいさん、イアーソン、そろそろ寝る時間ですよ」

 夕食を終えてたわいもない会話をしていた2人に、老婆が声をかける。
 老婆の名前はニーナ。
 イアーソンを拾って育てた老夫婦の1人だ。
 もう1人、父親代わりを務めた老人の名はガーラ。
 白い髭が特徴的な、よく日に焼けた老人。 
 元々は商人の家系だったが、若き日のニーナに一目ぼれしてここに土地を買って住み着いた。
 それからは、農夫をやってきた。

 2人はイアーソンを亡くした子供の代わりに、一生懸命育てた。
 またイアーソンもそれに応えるように、必死で努力をして成長してきた。
 そしてイアーソンはゴブリンの最上位種のユニーク種、ゴブリンイロアスだったりする。
 ゲームの勇者のように万能型で、攻撃魔法から補助魔法、回復魔法までなんでもこなす。
 あまりの万能っぷりに、ガーラは子であり孫でもあるイアーソンに外の世界に目を向けるよう、何度も話し合いをしてきたが。
 残念ながら、イアーソンの意思は固い。
 
 そもそも、寿命も100年を優に超えるため、祖父母を看取ってから外に出ても遅いということもない。

 この10年でお互いがお互いを思いあうことのできる、本当の家族のような関係が出来上がっていた。
 
「じいさん、あの子はこの村からどうあっても出ていきそうにないですよ」
「ああ、嬉しいような勿体ないような……わしらの孫であることが誇りでもあり、やはり勿体ないとも思える」

 老夫婦は隣り合ったベッドに横になって、イアーソンについてあれこれと話すのが日課になっていた。
 今まではお互いが一緒にいたときのことを話して、イアーソンの1日を思い返すことばかりだった。

「今日はイアーソンがわしに襲い掛かってきた猪を投げ飛ばしてのう……いきなり畑に突っ込んできたから、わしも固まってしまって危なかったわい」
 
 とか

「イアーソンが回復魔法を覚えたようですよ? 私も腰痛を治してもらいました」
「婆さんもか? わしも、肘と膝の関節痛をな……これで、あと10年は鍬を振るえそうじゃ」

 などなど。
 イアーソンが来てからというもの共通の話題が出来たことで、夫婦の会話も増え良いことばかりが起こっていた。

 それが最近では、イアーソンを自由にしてやりたいと考えて頭を悩ませつつ、お互いに相談をすることばかり。
 それほどまでに、この辺鄙な村では異質な麒麟児に育ってしまっていた。

 それでもイアーソンの意思が変わらないまま数カ月が過ぎたある日のこと、森の狩人がガーラの家を訪ねてきた。

「イアーソンはいるか?」
「ああ、まだ畑じゃな。もうじき帰ってくると思うが」

 ガーラは寄る年波には勝てず杖なしでは歩けなくなってしまい、最近は畑はイアーソンに譲って家で出来ることをするようになった。
 ニーナがまだまだ家事が出来るので、本当に簡単な農具の補修や日曜大工などなど。
 イアーソンはゆっくりと好きなことをしたらいいのにとこぼしていたが、役立たずにはなりたくないのだろう。

 そしてその日も家で背が高くなったイアーソンのための椅子を作っていたため、ちょうど居合わせた形だ。

「そうか……急ぎともいえないが、少し待たせてもらってもいいかい?」
「久しぶりじゃしのう。一手どうか?」
「そうだな。まだガーラの方が勝ち越してるからなあ。お主が死ぬまでに、どうにか追い抜きたいし……よかろう」
「ふん、まだまだ当分生きるで、安心しろ。先に心を折ってやろう」

 狩人も決して若くはないが、それでもガーラよりは5つは年下になる。
 本人としては、その5歳差は大きいと思っているかもしれないが。
 どちらかというと、野生の動物を相手にする狩人の方が先に死ぬ可能性は高そうだ。
 お互い思っていても、口にしないが。
 そしてオセロというか囲碁に似たゲームを広げるガーラ。
 陣取りゲームの類のようだが、白と黒の駒は丸いもの以外にも、四角いものや、星型のものもあった。
 この世界特有のゲームのようだ。

 先手を決めるのも、その駒を握りこんで同時に出すことで決まるらしい。
 ガーラは丸い駒、狩人は王冠のような形の駒を出していた。

「わしからか」
「うむ、始めようか」

 それからしばらくして、イアーソンが戻ってくる。

「あっ、ロビンさん来てたんだ」
「いま、話しかけるな……ぐぬぅ」
「ふん、そこはもうどうやっても巻き返せんだろう」

 自分が尋ねてきたくせにゲームに熱中するあまり、イアーソンを邪険に扱うロビンと呼ばれた狩人。
 どうやら、ガーラの方が優勢のようだ。
 いつものことらしくイアーソンは苦笑いをしつつ、空になっている2人の湯飲みに茶を注いで汚れた服を着替える。
 こうしてみると、ゴブリンとは思えないほど順応しているが。

 そして自分も飲み物をもって、二人の試合を横から観戦する。
 
(どう考えてもロビンさんの悪あがきだね。7手前くらいに勝敗ついてるっぽいな)

 イアーソンも育ての親であるガーラに仕込まれているため、すぐに現状を理解する。
 どうねばっても、ロビンに勝ちの目はないらしい。
 持ち前のポテンシャルでおそらく近隣の町でもトップの実力のイアーソンをもってしても逆転が無理なら、この目の前の残念な狩人なら逆立ちしても無理だろう。

 ただの時間の浪費ともおもえるが、ガーラの楽しそうな顔が見られるのでイアーソンは悪い気はしていない。
 いくらでも待ってられる程度には、好きな時間だったりする。

「また負けか……」
 
 ロビンが王冠の形をした駒をひっくり返す。
 投了という意味らしい。
 ガーラが満足そうに頷く。

「ふむ、振り返りをしたいところじゃが、イアーソンに用があったのじゃろう?」

 いつもならこの後でどこが悪かったか、どこで戦局が動いたかを確認してお互いが意見を出し合うのだが。
 今回は別にゲームが目的できたわけではないので、ロビンに先に用を済ますように促す。

「ああ、すまんな。つい熱中してしまって。イアーソンにちょっと森に来てもらいたくてな」
「僕に?」
「うむ、動物たちが最近妙に森から外に向かって出ていく姿が多くみられてな、もしかして何か異変でも起きてるんじゃないかってな」
「へぇ……なんで僕?」
「いやあ、狩人のわしが言うのも恥ずかしいが、魔物や動物についてはお前さんの方が詳しいじゃろ?」
「うむ、わしが与えた魔物図鑑と動物図鑑、昆虫図鑑から植物図鑑にいたるまですべてを網羅しておるからのう」

 何故ガーラが誇らしげなのか分からないが、動物や魔物の異常高騰にも詳しいだろうということで森の調査に来てもらいたいということだった。
 少し思案顔のイアーソン。
 スタンピードの兆しが現れているのは知っていたが、まさかロビンがこんなに早く気付くと思っていなかったからだ。
 もう少し村に近づいたら、明るみに出る前にちょっと行ってこようかなといった感覚であった。
 ロビンも優秀ということだろう。

 そしてロビンの案内で森の奥に向かう、イアーソン。

「これは、カモディアーの糞だね」
「カモディアー? それこそ森の深部にいるような動物じゃねーか」
「それに、ロックパイソンの毛まで落ちてるから、何かに追われてるんじゃないかな?」
「何かって、なんだ?」

 魔物や動物を追い立ててこっちに向かっているのがオーガだということは知っているが、それを示す根拠を伝えることができない。

「何かまでは分からないけど、広範囲にわたって逃げているところをみると大型の魔物じゃなくて……数の暴力かな?」
「数の暴力? スタンピードか!」
「たぶん……」

 たぶんではなく、確定であるが。
 断言できる根拠が示せないので、ここでも言葉を濁す。

「やばいな……村の方角に向かってるってことは?」
「進路までは分からないけど、可能性はある」
「じゃあ、早いとこ避難を呼びかけないと」

 イアーソンの言葉に、ロビンが慌てふためいている。
 髭面の山男が右往左往する姿は、見ていて暑苦しい。
 イアーソンが顔を顰めつつ、ロビンの頭にチョップを放つ。

「いてーじゃねーか!」
「落ち着いて! 大声で騒いだら村がパニックになっちゃうよ。落ち着いて3行動しないと、危険だ」
「そ……そうだな……どうやって、落ち着くんだ?」

 良い大人なのだから、もう少ししっかりしてもらいたい。
 取り合えず、一旦村にもどって老人たちを集める。

「そんな……」
「それは確かなのかい?」
「確かかどうかは分からないけど、確率はかなり高い」
「そうかい……イアーソンが言うなら、間違いないんだろうね」

 確かかは分からない。
 確率は高いとしか言ってないのに、間違いないと断言する年寄りの1人に対して、イアーソンの口から思わずため息が漏れる。
 耄碌したわけではなく、それだけイアーソンの信用が大きいということなのだが。
 プレッシャーを感じているのは、間違いないだろう。

「村を捨てて逃げたところで、追いつかれる可能性もあります」
「そうかい、追いつかれるのかい」
「……」

 可能性の話であるにもかかわらず、その言葉を考慮しない返事があちこちから返ってくる。
 額を抑えつつ、イアーソンが咳ばらいをして注目を集める。

「なので、僕が足止めをします」
「イアーソンがかい?」
「無茶だよ!、一緒に逃げるんだよ!」
「むしろ、わしら老人が命を張って足止めをするべきじゃ!」

 だから足止めをするというイアーソンの発言は、看過されない。
 むしろこっちの言葉の方を信用してもらいたい。
 そう思いつつも、なんとか話し合いの場をまとめる。

「こんな若いもんに仕切らせといていいのかい? これでもわたしゃ、40年前には灼眼のアルバといわれたC級冒険者だよ! わたしも戦うさね」

 二つ名があるくせに、C級止まりは威張れることなのだろうか?
 首を傾げるイアーソンだが、やる気満々の老婆に冷ややかな視線を送る。

「お前さんが灼眼と呼ばれておったのは、常に寝不足で目が充血しておったからじゃろう……ここは皆殺しのレガシーと呼ばれたわしの出番じゃな」

 アルバの二つ名の理由を聞いて、C級冒険者止まりということは一旦納得できた。
 ただ目の前のまったく強そうに見えない老人が、今度は腕を振って目を輝かせる。
 物騒な二つ名と、貧相な見た目のギャップから戦闘方法がまったく予想だにできない。

「あんたの皆殺しは、ド近眼のくせに範囲魔法を使うからだろう! 敵味方関係なく巻き込むから、ついた名前のくせに……そもそも、その範囲魔法も初級だから、誰も死んではおらんがのう」

 アルバの暴露に、ぐぬぬとした唇を噛んで悔しがるレガシー。
 気持ちはありがたいが最近では睡眠時間も十分に足りて健康的な灼眼のアルバに、味方も巻き込む範囲魔法の使い手の皆殺しのレガシーの参戦だけは遠慮してもらいたい。
 どう断ろうかと考え込むイアーソンに、次から次へと不穏な二つ名持ちの元冒険者が集まってくる。
 それなりの戦力のように見えるが、腕も剣も錆びついてる剣士などなんの役に立つのか。
 いや、規格外の錆びた剣を主にもつイアーソンが言えたことでもないが。

 そして会議は夜遅くまで行われ、無為に一日を無駄にしたことでどっと虚脱感に襲われるイアーソンとロビンだった。
 
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