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第2章:風の調べとゴブリンとコボルトと

第4話:食事回

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「この鍋はどこから?」
「あー、ちょっとね」

 テッドが目の前でグツグツと煮えたぎっている鍋を前に、首を傾げている。
 ランドールのお陰で、地形魔法と地属性魔法は魔力の問題さえ解決できれば、いっぱい使えるようになったが。
 現時点では鞘につけてる魔力をため込む魔石があるから。
 そこに潤沢な魔力もあるし。
 えっ? 
 だいぶ減ってる?
 なんで?

 ああ、リンドに向かう道中でお風呂を作ったりしたからか。
 他にもちょこちょこと。
 魔法が使えるのが楽しくて、手慰みに……

 すまん。

 ちなみに、魔石の予備が実はあったり。
 
 魔石は長期間魔力を浴び続けた鉱石が変質したもの。
 この鞘に埋め込まれている魔石は、流石領主様がくれたものだけあって質も大きさも上質。

 でも、予備の魔石はさらにその上をいく逸品。

 くれたのはランドールを仲介してだけど、彼の祖父。
 齢2000歳を超える、由緒正しきドラゴン。
 まあ、そのランドールのおじいちゃんのおじいちゃんも健在でそっちは5000歳。
 若い古龍らしい。

 ふふ、5000歳で若いってのもどうかと思うが。
 若い古龍ってなんだ?

 まあ、その古龍は子孫もたくさんいるから、直系というか本家以外は全て同列の眷属とみなしているみたいだけど。
 いわゆる、長男教ってやつか……
 まあ、長男教だからって長男が必ずしもいい目を見るとは限らないが。

 遺産も家も何もいらないから、好きに生きたい長男だっていたりする。
 いや、知人の話なんだけど……いやいや、どうでもいいや。

 そのランドールからもらった魔石。
 彼のおじいちゃんの寝床から、こっそりと……
 2000年近く、地竜の魔力を浴び続けた魔石。
 
 を、拝借する直前で見つかり、彼の祖父自身が魔力を大量に込めて圧縮した石。
 ランドールの掌ほどのサイズの魔石が、ニコの親指の爪ほどまでに圧縮されたらしい……

 それ、硬度もたぶんやばいことになってるよね?

 その魔石を板状に伸ばしたものを、鞘の内側に張り付けている。
 板状にしたのもまた、ランドールの祖父。
 鞘に魔石をいっぱいつけるのもあれだし、隠したかったからランドールにお願いした。

 顔を真っ赤にして潰そうとしてたけど、諦めてどっか飛んでいった。
 俺を連れて。

 ニコが物凄く焦っていたのが笑える。
 だって、俺がいないとゴブリン言語分からないもんな。

 こんなときのために、ゴブスチャンには人言語を勉強させておいたが。
 最初は喋られないフリしろと、言い含めて。
 俺のありがたみを分からせるために。

「ご安心を、私が通訳をいたしますゆえ」
「ゴブスチャンさん……」

 ふふ、ランドールが飛び立った瞬間に話しかけてた。
 甘々だ。
 ハーシースのチョコレートなみに甘いぞゴブスチャン。
 甘すぎて、奥歯がキーンとなるわ!

 まあ、逆にいえば安心して任せられるが。
 ランドールの祖父のところでの話はまた今度にして、だから俺の鞘には隠された魔石に古龍の魔力が……
 まあ、緊急用だけどね。

 ピンチの時に、無尽蔵に魔力が湧きだすのってかっこいいよね?
 シチュエーション考えないと。
 怒りに比例して魔力が漏れるパターンとか……ありきたりか。

「へえ、異国の料理なんだ」
「牡丹鍋って言うんですよ」
「ボタン鍋?」

 テッドが自分の服をじっと見たが、残念。
 テッドのチュニックにはボタンはついてなかった。

「お花の牡丹ですよ」
「牡丹ってお花があるんだ」
「ええ、花王、花神、百花王と呼ばれる豪華な花びらを携えた綺麗なお花ですよ。このイノシシのお肉の鮮やかなピンクと赤のコンストラクションによく似ているのです」
「ていうか、このお皿の盛り付けやばいよね?」
「なになに?」
「このイノシシのお肉が、お花に似てるんだって」
「わー、綺麗」

 大皿に花のように盛りつけた猪肉を見てリサとミーナも、声をあげている。

「だから、猪肉をつかったこの料理を牡丹鍋と呼ぶんですよ」

 ちなみに説明しているのはフィーナだ。
 ニコはバンチョと一緒に、ゴートにつかまっていた。

 というか、ニコとバンチョがゴートを捕まえていたともいえるが。

「いくら森の入り口で、魔物が少ないといってもそれは流石に」
「ニコさん」
「えー、こんな良い料理があるのに? ていうか、せっかくのバーベキューなのに」

 ゴートのやつ、酒を持ち込んでいたらしい。
 しかも、こともあろうがそれをバンチョに勧めていたと。
 それに対して、ニコが注意している。
 
 うんうん。
 良いぞ、ニコ!
 もっとやれ!
 
 俺だって、かなり我慢してるのに。
 
 本当は料理だって食べたいんだ。
 
「ふふーん」

 こいつ。
 いま、俺の方を見て笑った気がする。
 そして、ニコの制止を無視してコップに入れた酒を飲み干しやがった。

 まあ、こいつがこの程度で酔ったりしないことは知っているが。
 腹が立ったのは事実だ。

 どうしてやろう……
 
【身体強化が発動しました】
【筋力強化が発動しました】
【腕力強化が発動しました】
【握力強化が発動しました】

 よし、ニコ!
 やれ!

「えっ?」
『思いっきり、つねってやれ』
「う……うん」

 俺の言葉に、遠慮気味にゴートの腕をつねるニコ。
 思いっきりって言ったのに。

「ギャアアアア! なんて力でつねりやがる!」
「あっ……」

 とっさにニコが謝りかけたのを、ランドールの威圧を使って止める。
 
「す……すまん」

 まあ、主にゴートに向けたものだが。
 その迫力にビビったのか、ゴートが素直に謝ったので許してやろう。
 少しだけ。
 残りの恨みは、また今度だ。

「これ、フィーナちゃんが」
「ありがとう」
「おっ、美味そう」
「あれ、俺のだけ肉少なくね?」

 そこにテッドが牡丹鍋をよそって持ってきてくれた。
 ゴートのだけ肉少なめ。
 フィーナがさっきのやり取りを見てたのだろう。

 そもそも、こいつは何もしてないし。
 悪く言えば、たかりに来たようなもんだしな。

「なんだよ、せっかく何か起こったら守ってやろうと思ってたのに……酷いぜ! あっ、美味い」
 
 ゴートがブーブー言いながらお皿に手を付けて、固まってた。

「やばっ、これ美味すぎるだろ!」
「食べたことない味……」

 まあ日本酒もみりんも味噌も、テトの森のゴブリンの国でしか作ってないだろうしな。
 さぞや珍しかろう。

「なんていうか身体に染みわたる美味さだな」
「肉も柔らかくて美味しい」
「脂身が甘いね」
「グヌヌ……」

 ゴートの分とちがって、肉がたっぷり入っている3人は豪快に肉を食べているが。

 あー……

「フィーナ」
「……宜しいのですか?」
「うん、まあ最初にお世話になった人だし」

 ニコがフィーナに言って、ゴートにも肉を追加させた。

「はは、ありがとうな」

 ゴートが嬉しそうだ。
 俺もニコに影響を受けたのか、随分とお人よしに……
 いや、普通か。
 さっきの対応の方が、狭量すぎた。
 もう少し、大人にならないと。

 ちなみにフィーナはリサとミーナに囲まれて、ワイワイと楽しそう。
 というか、質問攻めにあってるというか。

 最初は料理のことについて、物凄く真剣に質問されていた。
 今度、家で教える約束までしてた。
 凄くコミュニ―ケーション能力の高いゴブリンだ。
 ゴブリンということを、忘れてしまいそうになるくらいに。

 その後はコイバナに。
 ニコに対するフィーナの思いや、これまでのことを色々と。

「私はニコ様を愛してます。あの方のためなら、この身などどうなっても構いません」
「キャー!」

 そんなフィーナの宣言に、女子2人は黄色い悲鳴をあげながら満面の笑みを両手で覆って隠していた。
 臆面もなくそんなことが言えるフィーナに、2人とも感動したようだけど。
 
『ゴブリンが3匹ほど近づいてるぞ』
「えっ?」

 俺の気配探知の範囲内に、ちょっと変わった気配を感じたので俯瞰の視点で確認したらゴブリンが。
 かなりガリガリ。
 1匹はよぼよぼの皺だらけ。
 残りの2匹は、まだまだ子供だな。

『警戒だけは……いいや、俺がするからお前は飯を楽しんでろ』
「うん……」

 ニコにそれだけ言うと、ゴブリンを観察。
 かなり注意深く、ゆっくりとニコ達に近づいているけど。
 その足取りは、どこかおぼつかない。

 子供のゴブリンも、よぼよぼのゴブリンもお互いが支えあっているような。

 敵意は全く無さそうだけど……

「むっ……」
 
 距離が20mを切ったところで、ゴートも気づいたようだ。
 流石というか、いや微妙かな?

 20m……なら、まだ全然余裕で対処可能か。

 周りを見渡したゴートが、ニコと視線があって少し止まる。
 ニコが頷くと、少し驚いた様子のゴートが笑みを浮かべて立てかけていた剣を手元に寄せる。

 ちょっと待て。
 ゴブリンの様子がおかしいから、いきなり斬るのは……
 普通かな?

 人とゴブリンの関係性からいったら。

 しかしゴブリンはそれ以上近づいてくる気配がない。
 何かを期待したかのように、ジッと息をひそめて一行を見つめている。

 子ゴブリンの喉がゴクリとなったのが分かる。
 
 あー……
 なんらかしらの事情で、長いこと何も食べてないのかな?

 フィーナは特に気にした様子も無かったが、ニコが気付いたことでどうしますかといった感じに首を傾げてきた。
 ニコに、首を横にふらせる。
 気にするなという合図代わりに。

 しかしだ……いかんな。
 ゴブリンと共同生活を送ってたせいで、俺もニコも情が湧いている。
 できれば見逃してやりたいと。

 ゴートあたりが、許してくれそうにないが。

「変なこと考えるなよ? いまは子供でも、大きくなったら人を襲うし、繁殖力も高いからな……いまのうちに、殺っておくべきだぞ」
 
 おっと、逡巡するニコの様子に気付いたのか。
 ゴートが釘を刺してきた。

 うーん……人の方が繁殖力旺盛というか。
 なんか、その考え方ってもやっとするんだよな。

 そもそも配下にすれば良いだけで。
 生産調整も勝手にやってくれるし。

 人間の方がよっぽど、無計画に思える。

「実は僕……テイムできるかも」
「はっ?」

 ニコに言わせてみたが、ゴートがアホ面で口を開けてニコを見つめることになった。
 あの口に、何か放り込んでみたい衝動に駆られるが。
 まあ、おいとこう。

「何故か、ゴブリン言語のスキルをテトの森で手に入れたんですよね」
「……何故か?」
「あー……厳密にいうと、ゴブリンを狩りまくった時に……ゴブリン狩りの称号と共に」
「そ……そうか。そういうことも、あるか……いや、ないだろう! あるのか?」
「まあ、見ててください」

 そう言って、ゴブリンが潜んでいる繁みに向かうニコを、ゴートが胡散臭そうな目で見送っていた。

 
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