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第1章:剣と少年

第13話:昇進試験そして……

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「まあ、期待はずれだけどマシな方か」

 昇進試験後のギルド訓練場でニコが、膝をついて肩で息をしている。
 そんなニコの対面にはしゃがみ込んで、微笑みながらニコを見つめる受付の姉ちゃん。
 名前はアリアというらしい。
 結局試験はギルド貸し出しの木剣で行われ、俺はフィーナに預けられてその様子を眺めていた。

 なかなか、ニコも成長したな。

「大器晩成っていうじゃないですか。きっと、そのタイプですよ」

 俺の言葉にフィーナがニコニコと答えてくる。
 俺を持っているのがフィーナだから、今は彼女と直接会話をしている状況。
 いや、俺はニコを褒めたんだけどな。
 フィーナの言葉的には、やっぱりまだまだなんだろう。
 アリアは、流石だな。
 双剣使いらしく、二本の木剣でニコの相手をしていたが。
 戦い方が上手い。
 一度是非、手合わせしてみたいと思うくらいに。

 その後、ゴートも強制的に昇進試験を行っていたが。
 地面に上半身を突っ込んで、犬神家状態だった。
 ニコの試験の時は、だいぶ手を抜いていたようだ。

 知ってた。

「ニコさんは、E級昇進ですね。ゴートはまだまだです。なんならD級に降格してもいいくらいに」
「おいおい、酷いな。無理やり試験受けさせといて」

 アリアの言葉にゴートが不満そうだが。
 まあ、自分の失言が原因なんだ。
 甘んじて受け入れておけ。

 その後、冒険者カードの更新を済ませ、今日のところは宿に戻る。
 明日は、商業ギルドに向かう。
 宿ではなく、家を借りるために。

 フリーの冒険者なので、宿の方が良いんじゃないかとも思ったけど。
 リンドの街が拠点になるらしく、貸し倉庫も兼ねてとのことらしい。

「いつかは、家が買えたらなと思うけどね」

 そうだな。
 それは魅力的だ。

 ニコの懐は現状かなり暖かい。
 ロブスレーの冒険者ギルドでせしめた金と、おじさんからもらったお金のお陰で。
 それでも一件家を借りられるほどではないが。

 何件か見て回ったあと、3階建ての集合住宅の1階を借りられることが出来た。
 丁度、前の住人が他の街にある実家に帰ったとかで。

 間取りは3DKで家賃が月に大銀貨2枚。
 取り合えず金貨を1枚払って、5ヵ月分の家賃を払っていた。

「うわぁ、凄い綺麗なキッチン」
「うん、これで料理も出来るね」
「はいっ! 腕によりをかけちゃいます」

 フィーナはお嫁さんになりたいという願望のもとに進化しただけあって、家事能力は普通に高い。
 家庭料理というジャンルであれば、相当な腕前を発揮する。
 
 あの箱が、商業ギルドの人が言ってた冷蔵魔石庫か。
 
 家具はこっちで揃えないといけないが、台所の基本的な調理設備は揃っていた。
 その中でもここの売りは、冷蔵魔石庫とよばれる早い話が冷蔵庫。
 割と広く普及はしているみたいだが、無いところも多い。
 それと残念なことにお風呂はついてなかった。

 1階はトイレが各部屋にあるらしく、それも嬉しいみたいだ。
 俺はトイレに用がないから、どうでもいい。

 2階より上になると、外の共同トイレになるらしい。
 上り下りもあるし、2階、3階と上になるにつれて家賃は下がるみたいだけど。

 ニコのお父さんの手紙は、中にもう一枚封蝋をした手紙が入っていた。
 どうしても困ったときは、これを持ってその街の領主に会いにいけと書いてあったからそういうことだろう。

 嫁の視界の外だと、割と大っぴらに援助が出来ると踏んだらしい。

 あとは、ニコと彼の母親に対する熱い思いがつらつらと。
 それと、嫁の愚痴が大半だった。

 うんうん……
 そんな手紙燃やしてしまえ!

「ええ! 嫌だよ、せっかく父さんがくれたのに」

 それから街で買い物を。
 夜に見た街と違って、昼は昼で違う活気が溢れている。
 道行く人も、気安く挨拶してくれるし。
 良い街じゃないか。

「そうだね」

 ニコもどことなく嬉しそうだ。
 横を歩くフィーナも、色々なものに興味を惹かれているようでキョロキョロと視線をさ迷わせている。
 
 建物は木造のものが多く、石材で出来たものはあまりみない。
 レンガ造りの建物もチラホラとあるし、土壁も見るが。
 まあ、山よりも森が近いから木材の方が集めやすいのだろう。

 商業ギルドの人がお勧めのお店も教えてくれたので、その通りに見て回る。
 家具のお店では、ひとの良さそうなお兄さんが色々と見繕ってくれた。
 食器棚や、箪笥など。
 他には小物を入れるチェストに、椅子と机。
 ベッドも購入。
 一通り買い揃えて、運賃込みで金貨1枚と大銀貨2枚。
 
 入れる服がほとんどないけど、やや立派な箪笥をフィーナに買わされたのが大きい。
 皮袋には、まだジャラジャラと音がなる程度にはお金が入っている。

「これから、どんどん増えていきますよ」

 店を出る時に箪笥を撫でながら、フィーナが呟いていた。
 それから裁縫道具と布を購入。
 
「ニコ様の服は、私が作りますから」

 そういうことらしい。
 凄く張り切っている。
 
 食料品と日用品を買い足して、家へと戻る。
 当日は取り急ぎベッドだけ運び込んでもらうと、食事は外で取る。
 といっても、冒組の宿で。
 大冒険の食堂のチケットがまだまだあるから。

 3日掛けて住環境を整えたあとは、いよいよこの街での本格的な生活が始まった。

「ふふ、新婚みたいですね」

 初日から何度もこの言葉をフィーナが呟いているが。
 ニコは、聞こえてないふり。
 いや、別にフィーナと普通に結婚したら良いんじゃないか? とも思えなくもないが。
 そもそも、まだ結婚なんて全然考えてもないらしい。

 取り合えず、冒険者ギルドに職探しに。

「今日は1人ですか?」

 受付で依頼を見せてもらおうと思い声を掛けたニコに、アリアが嬉しそうに問いかけてきた。

「ええ、家で色々とやりたいことがあるみたいですよ」
「ちっ!」
「えっ?」
「なんでも、無いですよ」

 ニコの答えにアリアが舌打ちをしていたが、聞き返されて慌てて笑顔で取り繕っていた。
 お一人様が長すぎて、荒んでいるようだ。

「えっと、それとニコさんはソロで活動をされるのですか?」
「まだ、来たばかりで知り合いもいないですし」
「そんな寂しいこというなよ! 俺は、友達だろう?」
「あっ、ゴートさんこんにちわ」

 そのやり取りを近くで聞いていたゴートが、ニコに肩を組んで話しかけてきたが。
 こいつも大概ボッチだな。

「ボッチちゃうわ! パーティメンバー全員長期休暇で実家に帰省してるだけだから!」
「僕、何も言ってないんですが」
「あれ? なんか聞こえた気がしたんだけどな」

 なにやら言い訳じみたことを言ってるが。
 まあ、ニコを気にかけてもらえるのは俺も嬉しいし。

「ニコはソロで活動するのか?」
「ええ、今のところパーティを組んでくれる知り合いいないですし、今までもソロでしたし」
「へえ……可愛い彼女がいるのにねぇ」

 ニコの言葉にアリアがジトっとした視線を送っているが。
 フィーナと出会ったのは、冒険者をやめた後だしな。
 そもそも、ゴブリン連中を連れてきていいならパーティどころかクランが出来る。

 フィーナ以外は緑色だから、難しいけど。
 ゴブスチャンあたりが肌色になってくれたら、かなり色々と捗ったろうに。

「そうだよ、あの嬢ちゃんと一緒なら、討伐系は大体いけるんじゃね?」
「へえ、連れのお嬢さんはそんなに優秀なのですか?」
「ああ、あの小柄な身体からは想像もつかないパワーだぜ?」
「是非、冒険者登録して欲しいところね」
「あはは……本人に、その気がないみたいなので」

 ニコを置いてフィーナのことを話し始めた2人に、苦笑いしてるが。
 実際にフィーナってどのくらい強いんだろうな。

 ちょっと、ゴブリンロードの強さを確認してみた方が良いんじゃないか?

「変なこと聞きますが、ゴブリンロードってどのくらい強いのですか?」
「ゴブリンロード?」

 脈絡のないニコの質問に、アリアが少し訝し気な表情を浮かべたがすぐに上を見上げる。

「単体ならA級指定、群れを率いていたらA級パーティを筆頭に複数パーティで当たる相手ね」
「そんなに強いんですね」
「どうしたの? ゴブリンに何か嫌な思い出でも?」
「いえ、し……」

 知り合いにって言いかけたか?
 慌てて止めたけど、いま知り合いにいてって言おうとしなかったかニコ?

「そんなことないよ」
「そうなの?」

 おそらく俺に向けて答えたつもりだったのだろうが、上手いことアリアとの会話とも噛み合った。
 知り合いにゴブリンロードって、おかしいだろ!
 俺がいうことじゃないが。
 しかも知り合いどころか、部下だし。
 俺の。
 
「単体の強さでいったらロード級では下から数えた方が早いけど、キング級の魔物じゃ太刀打ちできないわよ? ドラゴンみたいな大型種を除いて。ドラゴンなら、普通のドラゴンでも単体でロードが率いる群れくらいどうにか出来るけど」

 ほー、ランドールって意外と優秀なんだな。
 いや、滅茶苦茶強いのは知ってるけど。
 ランドールが人型になれたら、俺を持って諸国漫遊してもらえたのに。
 まあ、変化の魔法を覚えたらいけると言ってたけど。
 現状、人型に魅力がないから、そのうち覚えると言ってた。

 といっても、最近練習を始めたのは知ってる。
 俺達が森を出る直前になって、ようやく角と尻尾と翼のある4m級の人型になれるようになったみたいだけど。
 あとはサイズを最低でも2m、理想は180cm代にすること。
 そして、角と尻尾と翼を隠せるようになれば、人の居るところにいけると言ってたが。

 わりとついてくる気、満々だったようだ。
 幸か不幸か間に合わなかったが。
 覚えたら、きっと来そうな気がしてきた。

「とりあえずE級のソロだったら、採集依頼くらいしか許可出せないですよ」
「じゃあ、それで」

 取り合えず働くところから始める予定だったので、仕事はなんでもよかったらしい。

 普通なら簡単な、ニコにとってはちょっと難易度の高い薬草採取の依頼を受けてギルドを後にする。
 ゴートがちょっと寂しそうだったが、お前もいい加減働けと思わなくもない。

 一度家に帰ってフィーナに依頼の話をして、街の近くの森へ。

「えっ? ニコ様が薬草採取?」
「うん」

 報告を受けた、フィーナが固まっていたが。

「大丈夫、仕事だから鈴木さんが鑑定のスキルで手伝ってくれるらしいし」
「主が、だったら……」

 本当に信用がないらしい。
 まあ、俺もどうやったら薬草と毒草を間違えるか知りたい。
 その2つの違いを見分けるなら、鑑定のスキルを使うまでもない。

 まず初級ポーション用の薬草の一つキズーナ草と、それに似たニコが間違えるキズーナ草モドキの違いだが。

 色が違うから、簡単に見分けがつく。
 黄緑と普通の緑。
 形は一緒だが、比べてみたら色の違いがよく分かる。
 
 ニコも最初はちゃんと薬草を採ってくるが、時間がたつと毒草が混ざってくる。
 加えて色がよくにた雑草も。
 集中力が持続しないタイプ。

 だから戦闘訓練も、後半になると効率が悪くなってく。
 そして思ったほど伸びないという結果に。

 色々と心配だ。

「うーん、気持ちいい天気」
 
 薬草が自生している森で、背伸びをするニコ。
 呑気だな。
 魔物もいるらしいのに。

 周囲を警戒することもなく、足元を見て森に入っていくニコ。
 
 前見ないと枝に顔ぶつけるぞ。

「えっ? あいた!」

 俺の言葉に歩きながら顔をあげたニコが、思いっきり枝を顔面に受けて悶えていた。
 うーん……

「あたた……下見ながら歩かないと、薬草を見落とすかと思って」

 その結果、危険物を見落としちゃ駄目だろ。

「鈴木さんが言わなかったから顔に当たらなかったし」
 
 おでこに当たってた思うぞ。

「うぅ……」

 取り合えず開けた場所まで行って、そこでじっくり探せばいいだろう。

「道中で見つけたら、それだけ時短になるじゃん」

 ならん。
 歩く速度が遅くなってるから、結果時間が掛かるだろう。

「うん……言われてみたら」

 それでも時折、名残惜しそうに地面を見るニコに時折注意しつつ森の奥の開けた場所に。
 うん、割と生えてるな。

「本当? どの辺?」

 どの辺というか、あちらこちらに。
 そして、自分で探せ。
 間違ってたら、教えてやるから。

「うん!」

 その後黙々と、薬草を集め始めるニコ。
 最初の30分くらいはほぼ正解だったが、この辺りから徐々に。

 それは雑草だ。

「えっ? 形一緒だよ?」
 
 全然違うだろう! 
 探している薬草は5つに広がった掌状葉だが、ニコが手に持っているのは7つに広がった掌状葉。
 2つ多い。
 それ以外は確かに一致してるが。
 そのことを指摘する。

 薬草は5つの葉っぱの集まり!
 お前がもってるのは、7つ集まってるだろう!

「突然変異?」

 葉脈の形も微妙に違うぞ?

「葉脈?」

 模様が微妙に違うだろう。

「誤差の範囲だよ」

 頭が痛くなってきた。
 ゴブリンの里でもよく注意されてたはずなのに。
 
 そんなやり取りを何度もしつつ、ようやく規定枚数まで集まる。
 集まったのは良いが……

 遠くから楽しそうなイベントが走って向かってきてる。

 ニコ、注意しろ!

「えっ?」

 ガキどもが、中型の蟻の群れに追っかけられてこっちに向かってきてる。
 蟻は30体くらいか?
 ガキどもは……格好からして駆け出し冒険者かな?
 それが4人。
 
「どうするの?」

 どうするもこうするも、逃げるか助けるしかないだろう。

「うーん、僕で勝てるかな?」

 俺が補助してやるけど、やってみんと分からん。
 取り合えず俺から離れるなよ?
 いや、違うな俺を離すなよ!

「う……うん」

 ニコが緊張した様子で、柄に手をかける。
 そして、聞こえてくる叫び声と足音。

「うわぁ! 誰か!」
「あっ、人が!」

 ようやく相手の姿が見えてきた。
 先頭を走っているのは、胸当てをつけて剣を手に持った少年。
 すぐ後ろの同じような軽装の少女がニコを見つけて、声を出したが。

「人? あれ、俺達とあんまりかわらない?」
「きみ! 逃げて逃げて!」

 ニコの姿を完全に捕らえた少女が、逃げるように促す。

「逃げてって言われてるよ?」

 取り合えず、俺のことはおいておいてあいつらと会話しとけ。

「うん、わかった」

 俺の言葉に素直にうなずいたニコが、向かっている集団に集中する。

「何があったんですか?」
「ジャイアントアントの群れに追いかけられてるの! 早く逃げないと君も巻き込まれちゃうよ!」
「すでに、巻き込まれてる気が……」
「ごめんなさーい!」

 少女の言葉にニコが反論すると、彼女が申し訳なさそうに謝っている。
 そして、その後ろを走る2人もニコから鮮明に見える距離に。

 徐々に差が縮まるにつれて、先頭の蟻も見えてきた。

「あれ、大きいけど大丈夫?」

 取り合えず一緒に逃げていて、追いつかれそうだったらなんとかしよう。

「うん、わかった」
「おい、お前! 早く逃げろよ!」

 先頭の少年がニコの元までたどりつくと、そのままニコの腕を掴んで速度を落とすことなく走り抜ける。
 すぐ後ろを走っていた少女も、困惑気味のニコの背中を押して逃走を促す。

 いや、それよりも後ろの仲間がだいぶ体力に限界来てるっぽいけど?
 そっちは良いのか、少年少女よ。
 
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