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第1章:剣と少年

第11話:ニコは今日も眠らない

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「ふぅ、よっぽど疲れてたんだな」
 
 まあ、ほぼ歩きっぱなしだったしな。
 上半身を起き上がらせて、首を鳴らす。
 掌を開いて、閉じて。
 うむ、感度良好。
 今日も、異常なし。

 ニコが寝たので、ベッドから降りる。
 フィーナにニコが寝たら、剣をもたせるように伝えておいた。

 せっかく、新しい街に来たのに観光もせずにぼやぼやしてるなんてもったいない。

 取り合えず外套を羽織って、フードを目深に。
 特に何かする気はないけど、何かあったときのために。
 正体不明の方がかっこいい気がするし。

「フィーナ!」
「はい」

 フィーナが俺に魔石を手渡してくる。
 例のニコの父親がくれた魔石。
 これのお陰で俺も魔法が使える。
 ゴブリンスミスが作ってくれた鞘に、この魔石を装着する。

 魔力はフィーナが補充してくれる。
 自然回復のペースに合わせて、常に補充してたからか。
 すこし意識を込めるだけで、紫電が迸るほどには魔力が溜まっている。

 ふっふっふ。

「魔力がもったいなくないですか?」

 鞘が紫電を纏うのがかっこよくて、何度かやってたらフィーナに申し訳なさそうに指摘された。
 あはは。

 すまんすまん。
 いや、違う。
 これじゃ伝わらない。

「そうだな、せっかく魔力を込めてくれたのに悪かった」

 意識するだけでニコと会話できたから、つい口に出して言葉にするのを忘れがちに。
 残念ながら、それじゃあフィーナには伝わらないからな。

「いえ、私は構わないのですが。いざというときに、足りなくならないかと」
「まあ、本気で魔法を使うことはあまりないと思うぞ? 使いたいから使ってるだけで、なくてもかまわないし」
「確かに……」

 実際にゴブリン達と訓練しているときは、スキルのみで魔法は使わないし。
 じいちゃんの鈴木流古武術をゴブリンに教えて、それをゴブリンが日中ニコに教えていた。
 なかなかどうして、ニコは筋が……
 うん、正直言って残念なレベルで悪い。
 運動神経が悪いというか。

 まあ、成長期を栄養失調気味で過ごして、一緒に遊ぶ友達もいなけりゃいろいろと発育不全があっても仕方ないか。
 そこらへんは、努力でカバーするしかない。 
 ので、俺も夜中に筋トレをしてサポートしてやってたり。

「さあ、出かけましょうか!」
「はは、フィーナはお留守番だ」
「なんでですか! 私は護衛も兼ねてるんですよ?」
「ニコのな。俺には不要だ。それに、子供はもう寝る時間だ」
「ぶー!」
「頬を膨らませてもだめだ! それに寝不足は、美容の敵だぞ?」
「むー」

 すっかり拗ねてしまったフィーナの頭を優しく撫でて、部屋を出る。
 
 おっでかけ! おっでかけ!
 やっとこ、異世界の街を堪能できる。
 ロブスレーの街じゃすぐに出ることになったし。
 村でも、特に何かするわけでもなく。
 あまり、異世界らしさを感じてこなかったからな。

 といっても、買い食いとかしたら太るのはニコだしなぁ。
 うん、軽食くらいなら問題ないか。

 取り合えず目抜き通りを歩いてみる。

 日中も屋台を見かけたが、夜にも出てるのか。
 昼間とは違うお店かな?
 提灯っぽいものがぶら下がってるけど。

 肉?
 肉料理かな?

「らっしゃい」
「おう、親父! ここは何を売ってるんだい?」
「はっ? はは、あんちゃん綺麗な顔してるのに、やけにこなれた感じだな?」
「はは、そうか?」
「中身おっさんじゃねーよな?」
「分かるか?」
「はっはっは、おもしれーな。うちは串に肉を巻いた肉爆弾が売りだぜ!」

 串に肉を巻いた料理か。
 焼き鳥とは違うみたいだな。
 層ごとに味付けを変えてあるのか。
 横で兄ちゃんが壺からタレを付けて焼いて、外に肉を巻いて違う壺につけてを繰り返している。

「1枚ずつ剥がしてたべてよし、まとめて齧ってよし! 一本で2度も3度も美味しい自慢の料理さ」
「じゃあ、貰うよ。いくらだい?」
「大銅貨3枚だぜ」
「おうっ」

 袋から銀貨を1枚取り出して渡す。

「1本で良いかい?」
「ああ、他にも食べてみたいからな」
「そうか? だったら、このまま真っすぐ進んだところにある、肉野菜こん棒もオススメだぜ? 弟がやってんだ、寄ってってやってくれよ!」
「はは、名前からして大きそうだ。肉ばっかりもな」
「まあ、歩いてりゃ腹もすくだろう! ほら、お釣り」

 大銅貨7枚返ってきたから、大銅貨10枚で銀貨1枚か。
 というか、大銅貨って割には小さいな。
 10円くらいのサイズだ。
 じゃあ、1円くらいのサイズのが銅貨だな。

 金の価値も把握しながら散策。

 うーん、肉爆弾。
 大味だな。
 微妙に不味い。
 いや、美味いタレもあるけど。
 はずれ多め。
 一緒に食ってみる。

 ……うーん、齧る場所によってはかなり美味い。
 ただ、場所によっては致命的に不味い。

 ある意味爆弾だ。

 肉野菜こん棒は……やめとこう。

 そのまま適当にフラフラと灯りが多い方へと歩いていく。
 楽しそうな雰囲気だな。

「あら坊や、迷子かな?」
「まだ迷子じゃないが、このまま歩いてると迷子になるかもしれないけど」
「はは、面白いね! ちょっと遊んでかない?」
「お姉さんのお店は凄く興味深いけど、生憎とねそんな風な体に出来てないんでね」
「じゃあ、どんな体か隅々まで調べさせてもらっていっかな?」
「怪我するからやめときな」
「あら、かっこいい」

 客引きの女性と軽口を、
 うん、自分の身体が剣なのが本当に恨めしい。
 隅々まで調べてもらったら、手とか切っちゃいそうだから嘘はいってない。

「まあ、もっと大きくなったら、また来るよ」
「その頃には、おばさんになってるかもよ?」
「お姉さんなら、それでも綺麗そうだ」
「お上手ねー、案外見た目と違って遊び慣れてたりして」

 はは、笑って誤魔化して先に進む。
 景色を見てるだけでも楽しい。

 てか気付かなかったけど、異世界っぽいところがあちらこちらに。
 ケモミミの人や、耳の長い人。
 角の生えた人など。
 まんま獣っぽい人もいた。

 あとはちっちゃな人とかも歩いている。
 なんかテーマパークの一角みたいで、楽しい。

 あの耳の長いのはエルフかな?
 想像通り綺麗だな。
 男かな?
 女かな?

「何見てんだよ! そんなに耳がなげーのが珍しいか丸耳?」
「あっと……」
「てめーの耳も引っ張って、俺とお揃いにしてやろーか?」
「こわっ……」

 ジッと見てたら、滅茶苦茶睨まれて怒鳴られた。
 声はちょっとハスキーだけど高い気が。
 でも一人称は俺だし。
 
 ただただ、柄が悪い。

「いまなんつったよ!」
「綺麗な人だと思ったのに、残念な人だった」
「てめっ、照れるじゃねーか……」

 後半は聞こえなかったのかな?
 酔ってるのかな?
 酔っ払いかな?
 ジトっとした視線を向ける。

「気になるのは分かるけど、あんまジロジロ見んなよ」
「はは、ごめんごめん」
「まあ……気を付けろよ!」

 それだけ言って、エルフっぽい人はどっか行ってしまったけど。
 楽しい人だ。

 そうこうしてるうちに目抜き通りを端っこまで。
 
 さてと、戻るかな?
 なるべく人通りの多い道を。

 なんとなく怪しい人も、うろうろしてるし。
 強引な客引きしてる連中もチラホラと。

 まあ、光があれば闇もあるか。
 冒険者ギルドの冒険者たちが良い人ばかりだったからと、街全体の治安がいいことにはつながらない。
 
 俯瞰の視点で全方位を警戒してるから、そういった連中に絡まれることもない。
 平和だな。
 ちらっと見えた路地裏で、1人が4人くらいに取り囲まれていたけど。
 その通りの入り口にはこれまた風体の悪いおっさんが、あからさまに大通りを見張っている。
 なかなかバイオレンスな状況。

 でも、俺には関係ないか。
 近付かなければ、俺は平和!
 安心安全な観光旅行の続きが楽しめる。

 ……
 ……
 ……
 ……はぁ。

 なんて考えられない自分が誇らしい!
 えっへん。
 と自分で自分をほめないと。

 損な性格だと思う。
 赤の他人なのに心配してしまうとか。

 まあ、野次馬根性ともいえるが。
 もめ事が気になる。
 特に、こういった弱者が損をするようなシチュエーションは。

 偽善、自己満足。
 他人にはそう映るかもしれないが、ある意味自分のためだ。
 放っておいたら、俺自身の精神衛生上宜しくない。
 まだ人だったころに、見て見ぬふりをしたことが1度あったが。
 しばらく、夢見が悪かった。
 やっぱり声かけとけばとか。
 大丈夫だったかな? とか。
 ずっと悩むことに。

 とはいえ、いきなり首を突っ込んだりはしない。
 きちんと状況確認をして。

「むーむー!」
「くそっ、暴れんな!」
「すげー上玉だな! こいつは高く売れるぞきっと!」
「その前に、ちょっと味見しても良いよな?」
「そういって、味見だけじゃすまねーんだろ?」
「しっかし、頭悪いガキでラッキーだったな。一緒にお父さんとお母さん探してあげるつったら、ホイホイついてきやがった」
「知らない人に付いて行っちゃだめですよ? 良い勉強になったな!」

 うん……ギルティ!
 
 取り囲まれているのは狐の耳っぽいのがある女の子。
 10歳にならないくらいかな?
 迷子だったのかも。

 俯瞰の視点の範囲を広げる。
 
 ……いた。
 狐の耳をはやした男性と女性が、何か叫びながら走り回ってる。
 うーん、匂いをたどったりとかしないのかな?

 まあ、とりあえず。

「えーいっ!」
「ぐっ!」

 通りの入り口を見張っていたおっさんの前を横切るふりして、上段内回し蹴りを顔面に叩き込む。
 うまい具合に顎を刈り取れたので、くぐもった声を出しておっさんが膝から崩れ落ちたのを支える。
 そのままおっさんを後ろから支えて、逆光でたぶんよく見えないはずだ。
 よしっ。

「お前たち! 何してるんだ!」
「はっ?」
「誰だ!」

 男の影に隠れて、後ろから大声で叫ぶ。

「おいっ、マンチはどうした?」

 マンチって誰だよ。
 こいつか?

「そこの入り口に居た男なら、怪しかったから殺したぞ?」
「はっ?」
「えっ?」
「てめっ! 冗談じゃすまねーぞ!」
「殺してやる!」

 2人ほど釣れた。
 こっちに向かって歩いてきてるので、思いっきり支えてたおっさんを2人に向かって押し出す。

「おらっ!」
「くらえっ!」

 条件反射かもしれないけど、そのおっさんに向かって2人が剣を振るった。
 取り合えずおっさんの背中を飛び越して、その2人を開脚して蹴り飛ばしといたけど。
 片足で1人ずつ。
 これまたおっさんに意識が集中してたからか、綺麗に顎に入ったけど。
 おっさん、胸を斬られてら。
 傷は浅そうだから、大丈夫かな?
 金属音がしてたから、帷子くらい付けてるのだろう。

「ぐぅっ」
「ぬぅっ」

 2人が膝から崩れ落ちる。
 すげーな。
 俺、武術の達人みたいだな。

「オンチ! トンチ!」

 オンチ? 
 トンチ?

 この2人の名前かな?
 なんとも、適当な名前だな。
 あれだな……これ、物語とかならこいつらきっとモブだな。

 それか、すげー盗賊団とか。
 ンチ5人衆的な?

 だせー……

 おっ、通りの入り口に狐の人達が近付いてきている。
 良いね。

「貴様!」
「おいっ、俺がいくからガキを押さえつけてろ!」

 そういって最後の2人のうちの1人がこっちに向かう。

「助けて!」

 拘束していたのが1人になったからか、少女がこっちに助けを求める。

「助けて欲しいコンって言ってくれたら、助けてあげる」
「えっ?」
「何言ってんだお前?」

 えー?
 お願いされるんだから見返り求めてもいいよね?
 ゴロツキにも馬鹿にしたような顔されたのは、納得できないけど。

「助けて欲しいコンって言ってくれたら、助けてあげる」
「……助けて欲しいコン」
「無視すんなガキが!」
「邪魔すんなじじいが!」

 せっかく言ってくれたのに、こっちに来てたおっさんの声がかぶってしまった。
 思わず本気でいらついて、裏拳で殴り飛ばしちゃったけど。
 ドゥグゥバキンボキンォグシャァッッッ! っていう、人体から聞こえちゃダメな音がしてたけど。
 大丈夫かな?

「ちょっと、良く聞こえなかったんだけど?」
「あの……助けて欲しいコン!」
「よし来たっ! ちょっと待ってて!」
「えっ?」

 少女と羽交い絞めにしてた男に背を向けると、困惑の声が2人からしてたけど。
 無視して大通りに向かって叫ぶ。

「あーっ! こんなところに狐の耳をつけた可愛らしい少女が迷子だっ! 狐の耳の可愛い天使が迷子になってるぅっ!」
【咆哮を発動】

 スキルを使って。

 うん、狐人っぽい大人2人が、一直線にこっちに向かってきた。
 よしよし。

「おまっ、なに……」

 後ろから手をのばしてきた男に対して、前宙をしてかかとで顎を蹴り上げる。
 そして着地と同時に、後ろに向かって蹴り……思ったより男が吹き飛んでったから当たらなかったけど。

「さて、もう大丈「ローラ!」

 あら、お早いお着きで。
 流石獣人さん、足が速い。

「パパ! ママ!」

 そして少女が俺を素通りして、2人に駆け寄って抱き着いている。
 うんうん、良かった良かった。
 これで、スッキリと眠れる。
 寝ないけど、俺。

「ローラ……無事で良かった」
「あれ? この人達は?」
「この人達が私を攫ったの!」
「攫った? 大丈夫か?」

 あちこちにユニークな格好で倒れているゴロツキを見て、親御さん方がびっくりしてたけど。
 すでに気を失っていることで、ほっと溜息をついている。

「あの、親切なお兄さんが助けて……あれ?」

 うん、自分の楽しい旅行のためにやったことだから。
 ここで感謝とかされて、足止めされるのも。
 こっそりと、気配を断ってその場を後に。

「誰かに助けてもらったのかい?」
「うん、とっても不思議な人。眠ってるような感じなのに、凄く強い人だった」
「眠ってるのに強いのかい?」
「うん、ただ……凄く優しそうな人だった」

 ふっふっふ、人かなぁ?
 今の俺は人なのかな?
 剣なんだけどね……

 最後に何か食べてから、宿に戻るか。
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