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第1章:剣と少年

第2話:剣ですが何か?

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 目の前の熊をジッと見つめる。
 本当にでかいなこいつ。

 ……汗が。
 出ないよな。
 身体の持ち主は寝てるわけだし。
 俺は……たぶん、この手にある剣だし。
 
 どういう訳か、熊の方も警戒している。
 少年というか、中学生くらいの子供相手に。

「ガアアアアアア!」

 焦れたのか、立ち上がってこちらに向かって咆哮をあげる。
 身体がピリピリと刺激され、思わず後ろに下がりそうになる。
 しかし、俺にはまったく効いていない。
 怖いとすら思えない。

 本能。
 この身体の本能が反応しているのだろうか。

 せっかく俺を抜いてくれたんだ。
 せめて、命くらいは助けてやりたいのだが。

 身体強化がどれほどのものか。
 取り合えず、試してみない事には。

 一歩踏み出す。
 熊が何故か驚いたような表情をしている。
 これは……隙だよな?

 一気に踏み出すと熊の前に移動して逆袈裟に斬り上げ、すぐに後ろに跳んで間合いから離脱。
【腕力強化を獲得しました】
 
「ギャアアアアア!」

 熊の雄たけびが。
 そして、またアナウンス。
 腕力強化?
 身体強化とどう違うのか。

 っと、考え事をしてる余裕はない。
 前足を下した熊が、こちらに突っ込んでくる。
 横に跳んでそれを躱しつつ、熊に斬りつける。 
 身体が軽い。
 思い通りに動いてくれる。
 そして熊の脇腹に鮮血が。

【超嗅覚(中)を獲得しました】

 嗅覚って。
 剣の俺に必要か?
 まあ、良いけど。

 熊も一方的にやられているわけではない。
 俺の斬りつけに反応して腕を薙ぎ払い……どうにか剣で受けたが、吹き飛ばされる。
 幸い木に打ち付けられたりすることもなく、体勢を維持して地面を滑って衝撃を受け流す。

「グルルルルル」

 かなりお冠のようだけど、こっちは何も感じることがない。
 恐怖心というものが全く湧きあがらないのだ。
 冷静。 
 至って、冷静な状態。
 異常……かな?
 殴られても俺が怪我するわけじゃないし。
 剣だし。
 心は痛むかもしれないけど。
 そう思ったら、心に余裕が。

 相手の状態が、はっきりと見える。
 自分の取るべき反応もなんとなく分かる。

【筋力強化を獲得しました】

【怪力を獲得しました】

【超聴覚(小)を獲得しました】

【威圧を獲得しました】

 一撃毎に、流れるアナウンスが微妙に耳障りだ。
 怪力を有効にしました。

 使いたいと思ったスキルは、そのまますぐに反映される。
 熊の一撃を受け止めた。
 受け止めた?
 凄いな。
 足が少し地面に埋まっているけど。

【剛毛を獲得しました】

 剛毛……
 おお! 
 身体が毛むくじゃらに。
 興味を持っただけなのに、発動した。
 これ解除できるのかな。
 出来た。

 目の前の熊が物凄く驚いていた。
 面白い。
 
【狂化を獲得しました】

【獲得できるスキルがありません】

 これ以上は得るものがないらしい。
 目の前の熊は、身体中から血を流して怒り心頭。
 荒れ狂ったように暴れている。
 腕の一振りで、太い木の幹が砕け散っている。
 さっきあれを受け止めたのか。

 ゾッとする。
 何も考えずに受け止めたけど、俺の身体(剣)が折れてたら俺ってどうなってたんだろう。
 この少年の身体が傷つくことに恐怖は感じないけど、剣に傷がつくのはちょっとビビる。
 
 よし、斬るのもちょっと危ないかもしれないから、突きだな。

 剣の切っ先を熊に向けて、地面に水平に構える。
 狙うのは眉間……ではなく、わき腹の下あたり。
 確か獣の心臓ってあのあたりだよな?
 だったと思うんだけど。
 
 まあ眉間に突き刺して剣が砕けたら怖いし。
 集中。
 相手の熊もあれだけ暴れまわっていたのに、こちらに向かって姿勢を低くして小さく唸り声をあげている。
 向こうも次で決めるようだ。

 そうか……次の一撃が俺達にとって、最後の一撃。
 決着をつけようか。

 ……その後、20分間死闘は続いた。
 泥仕合。
 俺の突きじゃ、一撃で倒すことは出来なかった。
 うんうん、まあそうだよな。
 熊、でかかったし。
 この身体の倍はあるとして、3m級。
 ふふ……よく勝ったと思う。

 そして、この身体はお腹が空いているみたいなので、熊を解体して食べ……
 火もないし、お腹壊すかも。
 取り合えず、肉だけ切り分けて葉っぱに包んで。
 葉っぱに毒があったら。
 取り合えず解体も分からないので、無難に足を切り落として……固い。
 腕……固い。
 お腹は、内臓とか怖いし。

 うん、頑張って足を。
 もも肉なら、俺でも解体できるかな。
 手が血まみれ。

 俺の手じゃないけど。
 手で思い出した。
 熊の掌って、美味しいって噂。
 掌も切っておこう。
 放っておいたらいたむよな。

 川が近くにあったな。
 そこで冷やしておいたら、大丈夫かな?
 それに少年の股間の辺りも、ちょっと湿って冷たいので丁度いい。
 彼の名誉のためにも、川で水浴びをしておこう。
 熊の太腿と掌を……素手で触るのは気が引けるが、他に方法もないので手に抱えて川へと……あっ。
 肉を持つために剣を手放したら、身体が崩れ落ちた。
 ノオオオオオオ!

 離れた熊の死体にはすでに虫がたかっていたが、少年の周りとその上にうまいぐあいに転がった肉には寄り付かない。
 熊を切った際に獲得した【威圧】を、全力でずっと放ち続けているからな。
 獣も寄り付かないし。

 にしても、全然目が覚める気配がないな。
 剣の俺が言うことでもないが、いまどきコスプレでもあるまいし。
 皮の胸当てに、首元に靴紐みたいなのがついたシャツとか。
 素材もあまり良さそうじゃない。
 ズボンも……ワサワサしてる。
 インド雑貨とファッションのお店の、チョイハネとかにありそう。
 靴は、なんの皮か分からないブーツ。

 ふふふ。
 そうだよね。
 こんな森、テレビでしか見ることないし。
 植生からして、日本じゃなさそうだし。
 さっきの熊も、グレズリーとも違う感じだったし。

 ここ……どこ?
 私は鈴木一郎。
 鈴木流とかっていう怪しい流派の跡取り息子。
 親父を通り越して、俺が跡取り。
 じいちゃんの怪しい自称古武術を学ぶのを、親父が全力で拒否したから。
 親父で学習したのかじいちゃんは俺を猫可愛がりし、じいちゃんに全力で懐かせたあとでごっこ遊び的な感じで教えはじめ。
 おだてて、褒めてひたすら気付かせずに育て上げた。
 
 親父が海外赴任で単身赴任してるのを良いことに。
 お袋まで懐柔して。
 身体を鍛えておいたら、病気にも強くなるとか。
 体育の授業に役立つとかって。

 無手以外にも剣術や杖術、長刀、槍などなんでもござれ。
 本格的なチャンバラごっこで、一通りの動作を覚えさせられた。
 そして気付けばいつの間にやら次期師範として、期待されることに。
 門徒生が俺しか居ないんだけど、一子相伝とか言わないよね?
 言わない?
 単純に、人気がないだけ。
 そう呟いたじいちゃんの背中が、とても小さく見えた。

 久しぶりに、それこそ数十年ぶりに過去を振り返ってちょっとしんみり。
 なんでこんなところで、剣やることになったかは分からないけど。
 最後の記憶はなんだろう……柏餅食べてるとこ。 
 いや、もう少し先まで覚えてたはずだが。

 まあ、毎回いずれ分かるかなとそれ以上記憶探るのをやめて、柏餅美味かったなとそこで思考を止めてたせいかな?

 にしても、本当に起きねーなこいつ。

「うっ、うぅ」
 
 と思ったら丁度タイミングよく起きた。
 まあ、ここまでに通算10回目くらいの本当に起きねーなこいつって思ったけど。
 すでにすっかり夜のとばりが下りている。

「生きてる?」

 起きたか。

「ここは?」

 おい!

「ひっ、何これ?」

 手元にあった肉を放り投げて、後ずさる少年。
 こいつ声、聞こえてねーのかな?

 さっきは聞こえてたはずなのに。
 どうしたらいい?
 
 必死さが足りないのか?
 
 よしっ、威圧を込めて。
 おいっ!

「ひいっ! 何事!」

 少年が尻もちをついたまま後ずさる。
 そして俺に気付く。

「剣?」
 
 よーしよし。
 触れたな?

 大丈夫か少年。

「ひっ、喋った!」

 馬鹿、手を離すな!
 そして慌てて逃げ出そうとしたので、威圧を飛ばす。
 ヘナヘナとその場に座り込む少年。

 しかし、俺に近づこうとしない。
 逃げようとするたびに威圧を飛ばしたら、少し離れたところに三角座りをしてこっちジッと見ているだけに。
 
 うーん……どうしたら良いかな?
 身体強化しようにも、身体無いし。
 筋力強化しようにも、筋肉無いし。
 腕力強化しようにも、腕無いし。
 怪力?
 ハハハ……動けねーよ!

 1時間くらいして、ようやく少年が恐る恐る俺に触れた。

 よしっ、そのまま話を聞け。

「ひいっ!」

 声を掛けたらすぐに手放したけど。
 でも、今度はまた寄ってきて触ってくれた。

 声は聞こえるか?

「ひっ、はい……」

 よしよし、とりあえず色々と聞きたいことがある。
 質問に答えてくれるな?

「は……はい、えっと……あなたは?」

 こっちが質問すると言ったのに。
 まあ、そのくらいは答えてもいいけど。

 剣ですが何か?

「はっ、はい」 
 
 ふっ……盛大に滑った。
 緊張をほぐそうと思ったのに。
 知ってるわ!
 とかって突っ込みがくるかなって……

 ゴホン。
 まあ、訳ありの剣だ。

 取り合えず正体は伏せておこう。
 元が人間だと知られたときに、どういう展開になるか分からないし。
 先に情報を集めないと。

「あっ、レベルが上がってる」
 
 レベル?
 こっちが真剣に話をしようって時に、何を言ってるんだこいつは。
 レベルが上がるなんて、ゲームみたいな……

 なんとなく、分かるけどさ。
 目を背けてたけどさ……

 ここ……日本どころか、地球ですらねー!

 い……異世界……

 俺はがっくりと両手両膝を付いた……脳内で。
 だって、どっちも無いし。
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