転勤は突然に~ゴブリンの管理をやらされることになりました~

へたまろ

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第1章:赴任

閑話:イッヌの里帰り

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 柄にもなく緊張する。
 自分の家に帰ってきただけなのに。
 一ヶ月と少ししか経っていないのに、長い事離れていた気がする。

「入られないので?」

 ゴブエモン殿に声を掛けられ、深呼吸をする。
 その前に人と言う字を、三回手のひらに書いて飲み込む。
 アスマ先生に教えてもらったおまじない。
 この人という字は、サトウ様の国の漢字と呼ばれるものらしい。
 ということはゴブリン語なのかと聞いたら、苦笑いされた。
 ゴブリンが書きそうな単純な形だったが、ゴブリンに文字はないとのこと。
 サトウ様は本当に何者なのだろうか。

 ちなみに、街に入るときにひと悶着あった。
 私が無事に帰ってきたこともそうだが、同行者に関して。
 身分証が無かったが、私が身元を保証すると言って入れてもらおうとした。
 そしたら魔物の反応が検知されたということで、足止めをされてしまった。

「キノコマルを連れてくれば良かった」

 どういうことだろう。
 キノコマル殿なら、どうにかできたのだろうか。
 あれか?
 ハッピーマッシュの粉で門番を……それは、だめだ。
 連れてこなくて、やはり正解だった。

「いや、罠の感知に関しては、村で右に出る者はいない。そして、魔物であることを胡麻化す方法にも精通しておる」

 予期せぬゴブエモン殿の言葉に、思わず二度見してしまった。
 まさか、あのほんわかとした幸せを振りまくキノコマル殿が、実はそんなに優秀なレンジャーだったとは。
 いやレンジャーというよりも、道化師に近い。
 でも魔物であることを胡麻化せるとなると、魔術系のジョブだろうか?
 というかだ……このクラスのゴブリンが存在を隠して町に入ることができるとか。
 下手したら、簡単に町が制圧されてしまいかねない。

 サトウ様に野心がなくて、本当に良かった。
 お菓子を美味しそうに食べるサトウ様とゴブリナを想像して、嫌な予感をかき消す。

 一応領主の息子の権限として、ゴリ押して街に入ることが出来たが。
 ゴブエモン殿に対して、かなり警戒していた。
 というよりも、怯えていた。
 
 ただ、ゴブエモン殿が流し目を送っただけで。
 
 さてと、いつまでもここに居るわけにはいかない。
 中に入って、父上と母上に事のあらましを説明しなければ。
 そして、ゴブリナとの仲を認めてもらえれば……
 けじめのために来ただけで、認めてもらえなくとも構わない。
 ゴブリンの村に戻って、一生里帰りをしないだけだ。

***
 なんだろう。
 あの時の、私の覚悟はなんだったのか。
 いま、目の前では父上たちとゴブリナが、食卓で仲良く歓談している。
 1時間ほど前までは張り詰めた空気に、逃げ出そうかと思うほどの緊張感が漂っていたのに。

 どうしてこうなったのだろう。
 そっと目を閉じて、その時のやり取りを思い返す。

「父上、どうされたのですか? 険しい顔をされて」

 ゴブリナを紹介する前から、父の顔は険しかった。
 具体的には、私と会ってから。

「無事であったか……」

 私が無事だったことを、複雑そうな表情で噛み締めている。
 無事じゃまずかったのだろうか?

「いや、いま王城では大変な騒ぎになっておってな……バハムル殿下とミレーネ殿下の件でだが」

 なるほど。
 王太子と姫がゴブリンの集落に攻め入って、どちらも戻ってきていない。
 それは、確かに大問題だ。
 だが、そうならないようにランスロット卿を送ったと思うのですが?

「そのランスロット卿が、現在尋問にかけられている。殿下を見殺しにした罪で」
「馬鹿な! 両殿下とも無傷でゴブリンの村に保護されております! それに、ランスロット殿を帰したのはバハムル殿下とミレーネ殿下、それからゴブリンロードのサトウ様ですよ!」
「なぜ、ゴブリンロードの名前を? というか、なぜゴブリンごときに敬称などつけておるのだ。お前は……」

 父がこちらを睨みつけてきたが、それを跳ね返して主張を続ける。

「そもそも、なぜ父上はここでのうのうとしておられるのですか? 国の一大事であるなら、自身を売り込む格好の場ではないですか!」
「お前のせいだ! いや、わしのせいでもあるが……ミレーネ殿下の部隊編成に口出ししたことが、陛下にバレた。第二騎士団長が、報告したのだ。だから、私も陛下の沙汰待ちで謹慎中なのだ」

 なんということだ……
 このような、大事になっているとは。

「母上は?」
「物凄く怒っておる。ここ二週間口を利かないどころか、顔すら見せてくれん」

 最悪だ。
 さっきまで浮かれていた気分が、どん底にまで沈む。
 いや、ちょっと待て。
 何か問題があるのか?
 こうして私が戻ったことで、証人になることができる。
 ランスロット卿の無実を証明するための。
 そして両殿下の無事を伝えることも。

 特に問題はない気がしてきた。
 両殿下とも無事なのだ。
 ミレーネ殿下に至っては、生き生きとしているし。
 そうだな、最悪一度村に帰って直筆の手紙でももらってくれば。
 なんとかなりそう。

「そこまで悪い状況ではありませんよ」
「どういうことだ?」

 私は、これまでのことを全て説明した。
 その勢いで、ゴブリナと結婚したことも。
 いや、結婚を認めてほしいと。
 この流れと勢いで、行けるかなと。

「その者が、その村のゴブリンだと! そのような汚らわしい者をよくもこの屋敷に……」

 いけなかった。
 そして、ゴブリナの悪口を言われて、私もキレてしまった。
 何も考えず、ノーモーションで父の顔を思いっきりぶん殴ってしまった。

「私の嫁を馬鹿にするな!」
「おまっ、父の顔を殴るとは! 絶対に許さんぞ!」
 
 それからドッタンバッタンとやりあっていたら、ゴブエモン殿たちが呆れた表情でこちらを見ている姿が視界に入る。
 慌てて自分の席に戻る。
 それから、姿勢を正す。

「どうされたのですか父上? ご乱心ですか?」
「グヌヌ!}

 まあ、私の方が4~5発多く殴っているからか。
 唸るだけで、それ以上手を出してこようとしなかった。

「しかし、ゴブリンなんぞを……ゴブリン? ゴブリンなのか? 本当に?」
「ふふん! 見えないでしょう? この絶世の美女が私の嫁でゴブリンなのです!」

 父がゴブリナを見て固まったので、思わず自慢してしまった。

「お、お前の母だって、絶世の美女だったのだぞ!」
「だったって、なんですか!」

 ふと気づいたら、父上が吹き飛んでいた。
 父のいた場所を見ると、気付かないうちに母上が部屋に入ってきていた。

 そして父と母に改めて紹介。

「こちらが、私の妻となるゴブリナです」
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 私の言葉に合わせて、ゴブリナと揃って頭を下げる。
 母の視線がキツイ。
 睨みつけるような、値踏みするような……無遠慮な視線を投げかけてくる。
 父も腕を組んで顎をあげて、こちらを見下ろしてくる。

「認めるわけにはいかんな。お前は、より上位の貴族のご令嬢を嫁に迎え入れるのだ」
 
 父が木で鼻をくくったような態度で、言葉を返してくる。
 一方で母は無言で、ジッとこっちを見ているだけだ。
 ターゲットがゴブリナから私になっているが。
 何故、私が睨まれているのでしょうか?

「認めていただけないのですか? お義父様?」

 私の横でゴブリナが潤んだ瞳で、上目遣いに父を見る。
 あっ、父の上半身がのけぞった。
 まるで、何か衝撃を受けたかのように、弾かれるように。
 そこから姿勢を正した父の顔が、ゆるゆるになっている。
 そして、満面の笑みで口を開く。

「うん、認める! そう、私がパパだよ!」

 次の瞬間、思いっきり父の左頬を殴っていた。
 なぜかその笑顔に、本気でムカついたからだ。
 しかし、先ほどと違って父は私の拳を受けたのに小動こゆるぎもしなかった。
 まさか、私の全力に耐えるとは……
 よく見たら、白目を剥いている。
 反対側から母も思いっきり殴っていた。
 なるほど……

「あなたみたいな魔物が、私の息子に相応しいと思っているのですか?」
「そうあろうと、努力しております。それはそうと挨拶が遅れまして申し訳ありません、お義母様。これは、我が主からお義母様へと預かりました」

 母の石化睨みをものともせず、ゴブリナが丁寧にあいさつをして不自然な流れで紙袋を差し出している。
 
「ゴブリンの分際で、なかなか礼儀を弁えているのね。それにしても、綺麗な袋ね……」

 母はすでにゴブリナから紙袋に興味を移していた。

「これは何かしら?」
「化粧品でございます」

 化粧品?
 
「ちょっと待ちなさい! 化粧品? というか、この袋おかしいわよ! 何でできてるの? この中に入っている箱は? 木じゃないでしょう?」

 母がしばらく固まったあと、動き出したと思ったらすごい剣幕でゴブリナをまくしたてている。
 思わず不味いと思い、二人の間に割って入る。

「邪魔よ、イッヌ!」

 あっさりと、母に吹き飛ばされてしまった。
 母がゴブリナに顔を寄せて、それからさらに眉を寄せて顔を顰める。

「あなた……ゴブリンなのに良い匂いね」
「ええ、我が村ではロードより、様々な化粧品やフレグランス、美容品が下賜かしされますので。もちろん、生産もある程度は形になってきておりますが」
「ちょっと待って、頭が痛くなってきた」
「大丈夫ですか? お義母様?」
「あなたに、お義母様なんて呼ばれる筋合いはないわよ!」
「一応、髪の毛に艶が出る薬品などもお持ちしているのですが……もちろん、体に悪い成分は一切入ってませんよ?」

 そう言ってゴブリナが自身の艶のある髪を、母の前で手櫛を通して最後に弾いて見せる。
 周囲に桃のようなかぐわしい香りが漂う。

「こちらの化粧品も洗髪液も、私の義母となってくれる方にお渡しするようにとロードよりおおせつかってます」
「いやだわ、ママって呼んでくれてもいいのよ?」

 目を離したつもりはなかった。
 ジッと母の動向を見ていたはずなのに、正面にいたはずの母がゴブリナの横に座って肩に手を置いて微笑みかけていた。
 私が座っていた場所……

 うん、私はいま椅子の横に転がされている。
 まるで、動きが見えなかった。

 そしていま、食卓でゴブリナが作った料理を家族で食べている。
 ゴブエモン殿と、ゴブエル殿、そしてもう一人の男性のゴブリンのロイ殿は客間で食事を取ってもらっているけど。
 うん、私たちが食べるはずだった、うちの料理人の料理を。
 高級食材を使った、かなりの料理だけど。
 申し訳ない。
 村や、ゴブリナの料理に比べるとかなり劣る。

「ゴブリナさんは」
「ゴブリナさんの主のサトウ殿は」
「ゴブリナ義姉様!」
「ゴブリナおねーちゃん!」

 ……なんだろう。
 凄い疎外感がある。
 受け入れられてもらえて嬉しいのだが、無事に帰ってきた息子に興味はないかな?
 弟、妹よ。
 凄い冒険譚があるんだけど?
 聞きたくないか?

「いい! ゴブリナおねーちゃんとお話しする!」

 そうか……
 今日のゴブリナの料理は、いつもよりしょっぱかった。

 よーし! お兄ちゃん、お菓子作っちゃうぞ!

 
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