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第1章:赴任

閑話2:ゴブゾウの冒険譚(1)

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「くそっ、お前ら何者だ!」
「助けて、痛い」
「やめろ! ミーシャを離せ!」

 森を歩いていたら、遠くから若い男性と女性の声が聞こえた。
 なにやら、争う音も。
 仲間達の方へと視線を向ける。
 全員が頷く。
 一斉に声がした方に駆けだす。
 俺以外の4人は回復職。
 どうしても、俺の速度についてくることはできない。
 集落から数日歩いた場所だ。
 この辺りまで来ると、流石に人も少なからず入ってきている。
 人間同士の争いか。

 姿が見えた。
 冒険者風の男が、座り込んだ男性に剣を振り下ろすところだった。

「オットー!」
 
 女性の悲痛な叫び声が聞こえる。
 間に合わんな。
 足元に落ちていた石を拾って、全力で投げる。

「くっ! 何者だ!」
「仲間か?」

 剣士の格好をした男の手に見事に石を当てることに成功したが、籠手に当たったためダメージは少なそうだ。

「ぐあっ」

 とはいえ、即座に石を拾って投げまくったため、二投目がこちらを向いた顔面に直撃。
 ……防御をするということを知らないのだろうか?
 そのまま膝から崩れ落ちたため、三投目は空を切り後ろの木にめり込んでいた。

「なっ! ロックショットの魔法か?」
「仲間だ! こいつらの仲間が来やがった」

 魔法?
 ただの投石だが、魔力を感じることもできないのか。
 警戒レベルを、1段階下げる。
 ようやく、全員を捕捉できた。
 剣士ばかり3人と、魔法職っぽい男。
 馬鹿どもが、こっちを気にしてくれたおかげで、襲われていた2人にそれ以上の被害を出すことなく間合いを詰めることができた。
 先頭の剣士の男の懐にもぐりこむと、ボディに一撃。
 続けざまに顎にもう一発。
 最後に腹に回し蹴りを……あれ?

 男がバク中で距離を取ってきたため、蹴りを放つことができなかった。
 ライトアーマーとはいえ、鎧を身に着けた状態でのあの身軽な動き。
 なかなかの身体能力の持ち主……着地に失敗したのか?
 そのまま顔面から地面に突っ込んで、後ろにぺたんと倒れるように落ちたが。

「大丈夫か?」

 その場にいた全員が、きょとんとしているが。

「た、助かりました!」
「あの人間どもが、私たちを……あ? え? ゴブリン?」

 襲われていた2人がお礼を言いながら、こちらに近づこうとして立ち止まる。
 いや、ゴブリンで間違いはないが。
 俺が心配して声を掛けたのは、顔面から変な格好で着地したその人間なのだが。
 ロードがあまり、人を殺すのをよしとしないから……
 事故とはいえ、これで死なれるとちょっと気まずい。

「ディードの血が止まらない」
「ひ……ひでえ、顔が陥没してる」

 そんなに?
 あっ、違う。
 2人が声を掛けていたのは、俺が最初に石をぶつけた男の方だった。
 てか……えっ?
 確かに焦っていたから、思いっきり投げてしまったが。
 後ろに顔をそらして、ダメージを多少は殺したり……

「ゴブゾウさん、早すぎ」
「あー! あの2人やばくないですか?」

 どの2人だ?
 襲われていた2人か。

「殺しちゃまずいですよ! ハイヒール!」
「そっちの方は大丈夫そうですが、まあ、ついでですね。ヒール」
「私はそっちの2人の傷を確認しますね」
「えーっと……とりあえず、やることなさそうだな」

 3人の回復職の女性がバタバタと、あちこちに散らばる。
 えっ? 
 いや会敵した状態で、戦力の分散とか悪手。

「なっ、ゴブリンが回復魔法」
「傷が……」

 とりあえず、顔がまずいことになっていた2人は大丈夫そうだな。

「呼吸が安定してきました」

 うん、大丈夫そうだ、
 
「なんで、あんな奴らを回復なんか」
「あんな連中、死んでも良かったのに」

 ……こっちの襲われていた2人は、急に強気になったな。
 
「大丈夫か?」
「ひいっ、ゴブリン」

 思ったより元気そうだったから、声を掛けたら怯えられた。

「か……下等な魔物風情が……魔物? ゴブリン? あれ? でも顔が」
「顔なんかどうでもいいのよ! ゴブリンでしょ! ゴブ……あれ? 良い匂い……ゴブリンのくせに、なんていうか森のいい香りだけを集めたような」
「も……もしかして、色とシルエットで判断したけど、緑色だし……も……森の精霊の一族では?」
「そうよオットー! 森を守ってきた私たちを守るために、精霊王様が使わしてくださったのよ」

 何ら、盛大な勘違いをしているが。
 いや、これはロードが用意してくれた、リフレッシュグリーンの香りの服を洗う液体の匂い。
 というか……

「いや、あ……申し訳ないが、俺たちはゴブリンだ」
「嘘よ! ゴブリンが人の言葉を話せるなんて、おかしいでしょ!」
「精霊様ですよね?」

 よくみたら、こいつら人だけど普通の人じゃないな。
 耳が妙に尖っている……あれ?
 俺たちも耳は、微妙に尖っているし。
 もしかして、仲間?
 それか、ハーフみたいな……でも、ゴブリンと人の間に生まれた子供は、ほぼゴブリンでまれに人が産まれるくらいだし。
 まあ、考えても分からないことは後回し。
 ロードも、とりあえずやってみて終わらせて、それから反省したりやり直せとおっしゃっていた。
 だからとりあえず、こいつらは放置しておいて。

「おい、回復魔法が使えるゴブリンとか、希少種に違いない」
「しかも、言葉まで分かるときた」
「よく見たら、顔も見られない顔ってわけじゃないし」
「お……俺的には、ちょっとありかも」

 人間どもは人間どもで何か言ってるし。 
 特に最後のやつ。

「こいつらは、こいつらで高く売れそうだな」
「よし、あのでかいのさえどうにかすれば、簡単だろう」
「ゴブリンで回復特化とか、絶対弱いだろうし」
「い……一匹、飼ってもいいかな?」

 最後のやつ、本当に大丈夫か?
 ゴブリンのメス相手にそんな発言……

「なんか、助けてあげたのに随分な言葉ね」
「少し、痛い目見せた方がいいかしら?」
「あっ、あの男は連れて帰って、私の旦那にしてもいいかも」

 ほらぁ……
 基本、俺たち他種族にも簡単にときめくから。
 最近は理性というのがついて、その辺りを抑えられるようになってきてるけど。
 向こうからガンガン来られたら、断る理由なんて何もないというか。
 基本、ウェルカムだから。

「いやいや、私たちで飼ってあげるのも悪くないわよ」
「あの雌ゴブリン達に、飼われる……えっ、どんなことされちゃうの俺」

 ……いるんだな、どんな種族にも変な奴。
 唾を飲み込んで、少し怯えた表情を浮かべているが。
 心の奥底で、何やら期待しているのを感じ取れてしまって、思わず変な目でみてしまった。

「ぐあっ」
「つ、つえーというか、ずりー!」
「2匹でひたすら攻撃仕掛けてきて、残りの2匹がひたすら回復魔法を飛ばし続けるとか」

 ふとみたら、剣士の3人がメスゴブリン2人にぼこぼこにされていた。
 そして、俺の横で残った2人のゴブリンが、定期的にヒールを飛ばしている。

「こうたーい!」
「つかれたー」

 しばらくすると、2人が戻ってきて、こっちの2人があっちに。
 あー、役割交代ね。
 で、こっちの2人は体力を回復しながらヒールを飛ばすと。
 えげつない戦い方だなー。

「てか、なんでこんな一撃が重い」
「鎧を本気で殴ってこぶしが割けても、すぐに回復してるし」
「てか、この回復特化オスゴブリンおかしいだろう! わーヒーサンがまた吹き飛んで行った」

 さっきの着地こそあれだったが、途中までは完璧なバク中をして距離を取ろうとした男が吹き飛ばされている。
 あれは、ただ単に吹き飛ばされただけだったのか。

「あんたら軽すぎるだろう……ちゃんと、飯食ってんのかか?」
「いや、金属の鎧まで着てて軽いわけが……」

 また、1人吹き飛んで行った。
 まあ、雄だったらあれくらいやれるよな。
 雌3人は、たぶんあれだな。
 ちょっと、おしとやかさを見せようと、手抜きしてるっぽいけど。
 あの、奇特なオスの人間に、良い印象を与えようとでも思って良そうだ。

「とりあえず、あの……ゴブリンだからね? 俺たちゴブリンだから」
「そ……そんな」
「精霊様では」

 こっちの耳の長い人間の誤解はしっかりと解いておかないと。

「1人捕まえましたー! なんか、こっちに来たそうだったから、連れて帰っていいですよね」

 あっちも、終わったようだ。
 いやいや、そいついらないし。

「良い旅でした。私たちに興味をもってくれる男まで捕まえられるなんて」
「お……おれ、どんなことされちゃうんだろう」
「それはもう、楽しみにしておいて」

 ……いやいや。
 殺すつもりがないなら、離してあげなさい。
 ロードの許しが無い状況で、無駄な殺生は避けるべきだろうし。
 ただ、これからの旅を考えると、そいつ邪魔だし。

「えー……」
「えーじゃない。俺たちの目的を思い出せ」
「そうですよ皆さん。これから、もっといい男に会えるかもしれませんし」

 オスのゴブリンの援護を受けて、どうにか説得できた。
 次は、こいつらだが。

「あんたらは、普通の人じゃないみたいだが」
「エルフよ! それよりもゴブリンの分際でよくもだましてくれたわねー! 精霊様を騙った罪は大きいわよ!」

 ……なんなんだ、こいつら。
 もう、最初から無視して放置するべきだった……

 
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