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今は亡き魔法
しおりを挟む学び舎というものはいつの時代も退屈からは逃れられないらしい。教科書を片手に一定の速度で右往左往する教師が催眠術の振り子に見え始めて、サイラスはふわぁとあくびを一つする。
「諸君、魔法の定義を知っているかね?」
こつり、こつりと一定のリズムを刻んでいた靴音が一瞬止まり、男にしては少し高い教師の声が疑問を投げかける。
「では、カシュナー君 」
「はい、魔法とは、現時点で定義された科学法則に従わない未知の過程を経て起こる自然現象のことです」
「そうだ、現時点で国際連盟にて定義される魔法とは.......
クラス一の秀才の答えに満足した歴史学の教師は気持ち良さげに話を続ける。そんな様子を傍目にサイアスはもう一度小さくあくびをした。
目の前の席ではカシュナーが背筋を伸ばして右往左往を始めた教師を目で追っている。
つまらないな
頬杖をついて黒板に書かれた几帳面な文字をノートに移す。
近現代史など、子供でも知っている常識だ。中世代に栄えた魔法という技術は近世に入ると急速に衰退した。
「.........急速に魔法使用可能人口が減少し、1845年最後の魔女メアリー・サリヴァンを最後に魔法が使えるものは見つかっていない。」
ふと、流れる水のような語りが止まり、教室がしんと静まり返る。ふと目に入った教師はどこか寂しそうに窓の外を見ていた。
「そして1850年国際連盟の決議によって魔法絶滅が宣言された 」
そう、魔法はもう何処にも無いのだ。
サイアスは自らの書いた《魔法絶滅》という文字をなぞりながらもう一度息を吐いた。
ーーーーーー
天気は快晴、いやうだるように暑いと言った方がいいか。授業が終わって昼休みになっても、サイラスはぼうっと空を見上げていた。
どこか寂しそうな歴史教師の姿が意外だった。
あの、神経質で堅物な彼でも魔法に憧れているのだ。
たしかに、大昔、魔法が生活に使われていたらしい。今となっては信じられないけれど。
そうサイラスは祖父や祖母から聞いている。その頃は機械など万人が使用できる道具は少なく、大抵才能ある魔法使いが分担して仕事をしていたらしい。
それが、祖父や祖母の世代では珍しい選ばれた人間だけが使えるものとなり、両親の世代では珍獣扱いされ、最後サイラスの世代で絶滅した。
ただそれだけのことだ。
今の生活を支える科学技術だって捨てたものではない。万人が平等に扱えるし、論理的だ。
なのに、なぜ彼らは魔法というものに憧れを持つのかサイラスには分からなかった。
「なぁに、空を見上げて辛気くせぇ顔してんだよ?」
のしりと、唐突に背後からのしかかってきた少年に対してサイラスは眉間に皺を寄せて答える。
「なんだよ、ベン。急にのしかかるな。重い、それに暑い 」
スライムのようにひっつく彼をべりべり剥がしせば、いつも陽気なその少年はつまらなさそうに口を尖らせた。
「ちぇっ、サイのケチ。いいだろ別にぃ。」
「よくない、俺はノーマルだ。お前のせいで一部の女子に凄い視線で見つめられる」
休み時間になる度、ひっついてくる彼のおかげで何度迷惑を被ったか。なまじ彼が中性的な容姿をしているせいで、一部の女子からの視線が痛い。
「残念ながら俺もノーマルだよ。気持ちいいんだからしょうがないだろ。夏はひんやりしてるし冬はあったかいんだよお前 」
「俺はお前の暖房でもなければ冷房でもない 」
今度からお金をとろうかとふと思うが、どうにも撃退不可能な気がしてならない。こいつは金持ちだから、喜んで金を払って抱きつきそうだ。
もう一度ひっついてきた彼をべりべりと剥がして頬杖をつく。本日二度目のため息をついて、眉間にできた皺を揉みほぐす。
抱きつくのを諦めたのだろう、ベンは空席になったカーシュナーの席に座り机の上でだらりと上半身を伏せ上目遣いでこちらを見つめる。
「そーいやさ、噂聞いたか?」
「なんの?」
どこかで黄色い(アレを黄色いと言っていいのかは不明だが)悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。
「魔女の塔の話さ。」
ニヤリといたずらっぽそうにベンは笑った。
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