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第1章
13.相手が望む言葉を知ろうとは思わない
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麻耶の遺体が発見された日の夜のこと-つまり麻耶が殺された翌日の夜になる。
麻奈は玲奈の家に来ていた。
麻奈の顔色は誰が見ても明らかに悪かった。よくここまで辿り着けたと麻奈自身も思う程に。
「あがって」
無言で立ち尽くす麻奈を玲奈は部屋へと入れる。麻奈を椅子に座らせると玲奈は飲み物を用意し始めた。麻奈は手伝わなければと思うが、体が動きそうにない。
フワッと甘い香りがした。どうやらココアを淹れているようだった。湯気のたつマグカップと皿に盛られたクッキーが目の前に置かれる。玲奈も自分のカップを置いて麻奈の向かいに座った。
「飲んで」
麻奈は麻耶が死んだと聞いてから、何も口にしていなかった。水さえも飲んだかどうか覚えていない。
玲奈はその事を見透かしている様だった。
麻奈は少し躊躇ってからココアを口へと運んだ。暖かい液体が喉を通っていく。もっと飲み込むのに苦労するかと思っていたが、意外とすんなり飲めた。
麻奈はそのまま何口か飲んだ。
カップを置いて玲奈の方を向くと目が合った。
「…麻耶さんの事は…私も…とても残念だよ。麻奈」
玲奈は静かに口を開いた。言葉を選びながらも麻奈から目を逸らさずに言った。
玲奈は今の麻奈の状況を理解している様だった。
麻奈には一瞬、玲奈の瞳が揺れたように思えた。
「…あ……」
暫く目が合っていた二人だが、先に逸らしたのは麻奈だった。
俯き嗚咽する麻奈の目から涙が零れる。
今朝、玲奈に電話した時に泣いて以降泣いていなかった。
麻耶の死を聞いた時は驚いて、信じられなくて、訳も分からずただ泣いていた。その後、泣きながら玲奈に電話をし終えると現状が飲み込めずただボーッとしていた。
警察などに行ったはずなのだが、記憶が曖昧だった。スオウにも会って何か話したはずなのだが、これもいまいち覚えていない。
そして、意識に靄がかかったまま玲奈の家にやった来た。
ポタポタと涙が落ちる。何滴かはマグカップの中に吸い込まれた。
麻耶が死んでしまった。
ココアにできる小さな波紋を見ながらそう思った。そう理解した。
「…うっ…うぅ…わぁぁぁぁぁぁあ」
理解した。それでも…それ故、麻奈は嗚咽を堪えきれず大声をあげて泣いた。
手で顔を覆って子供のように泣いた。
例え勝手に家を出て行き、親に勘当された姉でも、麻奈は麻耶のことが大好きだった。
泣きじゃくる麻奈を玲奈は黙って見ていた。
暫くして少し落ち着いた麻奈に玲奈がティッシュの箱を差し出した。
「-落ち着いたか?」
玲奈の問いに麻奈は頷きながらティッシュを手に取った。
「ごめんなさい…私ったら子供みたいに」
グスグス言いながら麻奈は鼻をかんだ。
「その為に来たんだろう」
玲奈は小さなゴミ箱を差し出す。
「そうね…たぶんそうだわ。本当にごめんなさい。貴女だって思うところがあるでしょうに」
「……そうかもしれない…それにしても麻奈、酷い顔だな」
玲奈は麻奈の顔をマジマジと見て言った。
「な…!しょ、仕様がないじゃない」
麻奈は泣いて赤くなった顔を更に赤くした。
「婚約者はどうしたんだ?」
玲奈は少し安心したようにフッと微笑って訊いた。
「会ったわよ。心配してくれたんだけど、正直何話したかあんまり覚えてなくて」
麻奈はまだ鼻をグスグスいわせている。
「そうか…前から思っていたが、親に決められた相手とはいえそう悪くはないんじゃないか」
玲奈は食べろと言わんばかりに麻奈の方にクッキーの皿を押した。
麻奈はクッキーを一つ手に取る。
「まぁ、根はいい人なのよ彼…たぶん」
クッキーはバターの風味が強くてサクサクしていて美味しかった。一日何も食べていなかったこともあって、麻奈は二枚目を手にした。
しかし、どうだろう。今しがた姉の…麻耶の死を受け止めたはずなのに、途方もない絶望感が押し寄せてくる。
胸が締め付けられる。
麻奈は三枚目のクッキーに伸ばした手を引っ込めた。
「私…どうしても姉さんが死んだんだと実感が持てなくて…頭では解っているの。…その…姉さんの死体も見たし…さっき貴女が言ったようにその為に私はここに来たのかもしれない…でも」
麻奈は先程泣いていた時のように両手で顔を覆った。
「でも…それでも……解っているの。頭では解っているの。でも、だけど…ダメなの……心が、追いつかないの」
玲奈はただ聞いていた。
麻奈は苦しそうに言う。
「玲奈…貴女は、貴女も大切な人を失ったことがあるのでしょう?…どうやったら前に進めるの?」
玲奈はまだ修羅でも玲奈でもない頃に大切な誰かを失うという経験をした。しかし、その時彼女が取った行動は決して正しいものでも、褒められたものでもない。ましてや誰かにそれを勧めることもない。
「…それは、正直、私にも分からない」
玲奈の…いや修羅としても正直な気持ちだった。そんな方法があるのならあの時の自分にも教えて欲しいものだ。
「すまない」
「ううん…変な事を訊いてごめんね。そんな事分かってる人なんていないわよね。そんな簡単な話じゃないものね」
謝る玲奈に麻奈は力なく笑った。
その時、折角止まった涙が勝手に流れてきた。
「ごめんなさい…勝手に涙が…」
麻奈は涙を拭うが止まりそうにもない。
「別に謝ることなんかじゃない。泣けないよりは泣いた方がいい…たぶん」
結局、麻奈はその後泣いては泣き止みを何度か繰り返した。
「-今日は泊まっていくだろう?」
泣き止み鼻をかむ麻奈に予備の布団を出した玲奈が訊いた。
既に布団を出してきている時点で麻奈の答えは一つしかない。
「ありがとう玲奈」
目を真っ赤に腫らした麻奈が言った。
それからニ、三十分程経った頃だった。
「お風呂、沸かしたから。麻奈が先に入って」
バスタオルと着替えを差し出しながら玲奈が言った。
「先に入っちゃっていいの?」
玲奈は目だけで返事をした。
「ありがとう」
麻奈はタオルなどを受け取るとお風呂場へと歩いていった。
玲奈は麻奈がお風呂に入って暫くしてから何処かへと電話をかけた。
いくらも呼び出さないうちに相手が出る。
「やぁ!修羅、キミ何処にいるんだい?」
不知火の相変わらずの調子の良い声が聞こえてきた。
その声に訳もなく苛ついてしまう。
「…今日は帰らないから。そう白に伝えてくれ。どうせそこにいるんだろう」
玲奈…もとい修羅はその不機嫌さを隠す事なく用件を述べた。
「まー、そりゃ、確かにいるけど白。それ本人に直接言いなよ…熱っ!」
電話越しにコーヒーを啜る音が聞こえる。
「……」
「白、麻耶ちゃんが死んだって聞いてから凄い落ち込んでるんだよ。どうするの?」
「…知らん」
「でさ、修羅が帰ってくるのずっと待ってたんだよ。今、何時だと思ってるの。こんな時間まで帰らないなんて…いつからそんな不良娘に…」
「煩い。さっき、今日は帰らないと言っただろう」
毎回毎回、話の腰を折ってくる不知火に修羅は声を荒げようとした。しかし、この部屋に自分一人ではない事を思い出しだし抑えた。
「修羅さぁ、僕に色々と丸投げしたでしょ。そういうのは良くないよ…?」
話の腰は折るが、その癖不知火は自分の言いたい事は言ってくる。
「何か問題でも?」
「別にさ僕自身はどうでも良いよ。でも、君はそうやって逃げるんだ」
「もう、き…」
「君が思っているよりずっと白は強いよ」
電話を切ろうとする修羅を不知火が遮った。
「そんなこと…」
「じゃあ、切るよー」
「おいっ…」
結局、最後まで不知火のペースで進められた。
少しの間立ち尽くしていた玲奈は銀髪をグシャグシャと掻き上げると大きな溜息を吐いた。
「どうしたの?」
後ろから麻奈の声が聞こえた。
「…早いな」
玲奈が振り返ると肩にタオルをかけた麻奈が立っていた。
「あぁ、うん。急いで入ったから」
髪から水滴がタオルの上にポタポタと落ちた。
「ゆっくり入った方が良かったんじゃないのか」
「ご機嫌ナナメ?」
麻奈が赤い目でやんわりと笑う。風呂場でも泣いていたのだろうか。
ひょっとしたら一人が嫌だったのかもしれない。
玲奈はそんな事をふと考えた。
麻奈の心を覗けば彼女が望む言葉が、して欲しい事が判るだろう。同時に犯人に対する憎しみも聴こえてくるだろう。
だから、そんな事はしない。
それは麻奈に限らず言える話であった。
「…なぁ、職場に置いてある麻耶さんの荷物だけど、私が持ってこようか?」
唐突な玲奈の質問に麻奈は少し考え「お願いしてもいいかな」と言った。
************
「おい、ジジイ。麻耶さんの荷物、私が持っていくが構わないだろう」
あれから数日後、修羅は麻耶の荷物を取りに地下に来た。
「ん…あぁ」
何だか奥歯に物が挟まったような返事をする不知火。修羅は妙だと不知火を見つめた。
「何かあるのかジジイ」
「いや…そんなにさっさと荷物を片付けに来るなんて…。なんかちょっと薄情じゃあないか」
そう言って不知火は物寂しそうな目をした。
「ジジイ…お前…」
修羅は一度言葉を切って鼻で笑うと続けた。
「大丈夫だ。お前が死んだ時はその日の内に全て燃やしてやる」
「ちょっと!それ酷くない?ねぇ、修羅!」
修羅は無視すると段ボールに荷物を詰め始めた。
不知火はそんな事は全く気にしない素振りで目を細めて言った。
「良かったねぇ、警察に持って行かれなくて」
修羅はその言葉に不知火の方を物言いたげな目で一度だけ見やると、すぐに作業に戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
実に半年ぶりの更新!
今回は体験した事のない話だったので、中々進まなかったです…。書き終わってもこんな感じで良いのかと悩みまくり。
今回のオマケは瑞希ちゃんです。
「瑞希って誰?」という方は『変わり目』と『マーマレード』に出てくるよ。
麻奈は玲奈の家に来ていた。
麻奈の顔色は誰が見ても明らかに悪かった。よくここまで辿り着けたと麻奈自身も思う程に。
「あがって」
無言で立ち尽くす麻奈を玲奈は部屋へと入れる。麻奈を椅子に座らせると玲奈は飲み物を用意し始めた。麻奈は手伝わなければと思うが、体が動きそうにない。
フワッと甘い香りがした。どうやらココアを淹れているようだった。湯気のたつマグカップと皿に盛られたクッキーが目の前に置かれる。玲奈も自分のカップを置いて麻奈の向かいに座った。
「飲んで」
麻奈は麻耶が死んだと聞いてから、何も口にしていなかった。水さえも飲んだかどうか覚えていない。
玲奈はその事を見透かしている様だった。
麻奈は少し躊躇ってからココアを口へと運んだ。暖かい液体が喉を通っていく。もっと飲み込むのに苦労するかと思っていたが、意外とすんなり飲めた。
麻奈はそのまま何口か飲んだ。
カップを置いて玲奈の方を向くと目が合った。
「…麻耶さんの事は…私も…とても残念だよ。麻奈」
玲奈は静かに口を開いた。言葉を選びながらも麻奈から目を逸らさずに言った。
玲奈は今の麻奈の状況を理解している様だった。
麻奈には一瞬、玲奈の瞳が揺れたように思えた。
「…あ……」
暫く目が合っていた二人だが、先に逸らしたのは麻奈だった。
俯き嗚咽する麻奈の目から涙が零れる。
今朝、玲奈に電話した時に泣いて以降泣いていなかった。
麻耶の死を聞いた時は驚いて、信じられなくて、訳も分からずただ泣いていた。その後、泣きながら玲奈に電話をし終えると現状が飲み込めずただボーッとしていた。
警察などに行ったはずなのだが、記憶が曖昧だった。スオウにも会って何か話したはずなのだが、これもいまいち覚えていない。
そして、意識に靄がかかったまま玲奈の家にやった来た。
ポタポタと涙が落ちる。何滴かはマグカップの中に吸い込まれた。
麻耶が死んでしまった。
ココアにできる小さな波紋を見ながらそう思った。そう理解した。
「…うっ…うぅ…わぁぁぁぁぁぁあ」
理解した。それでも…それ故、麻奈は嗚咽を堪えきれず大声をあげて泣いた。
手で顔を覆って子供のように泣いた。
例え勝手に家を出て行き、親に勘当された姉でも、麻奈は麻耶のことが大好きだった。
泣きじゃくる麻奈を玲奈は黙って見ていた。
暫くして少し落ち着いた麻奈に玲奈がティッシュの箱を差し出した。
「-落ち着いたか?」
玲奈の問いに麻奈は頷きながらティッシュを手に取った。
「ごめんなさい…私ったら子供みたいに」
グスグス言いながら麻奈は鼻をかんだ。
「その為に来たんだろう」
玲奈は小さなゴミ箱を差し出す。
「そうね…たぶんそうだわ。本当にごめんなさい。貴女だって思うところがあるでしょうに」
「……そうかもしれない…それにしても麻奈、酷い顔だな」
玲奈は麻奈の顔をマジマジと見て言った。
「な…!しょ、仕様がないじゃない」
麻奈は泣いて赤くなった顔を更に赤くした。
「婚約者はどうしたんだ?」
玲奈は少し安心したようにフッと微笑って訊いた。
「会ったわよ。心配してくれたんだけど、正直何話したかあんまり覚えてなくて」
麻奈はまだ鼻をグスグスいわせている。
「そうか…前から思っていたが、親に決められた相手とはいえそう悪くはないんじゃないか」
玲奈は食べろと言わんばかりに麻奈の方にクッキーの皿を押した。
麻奈はクッキーを一つ手に取る。
「まぁ、根はいい人なのよ彼…たぶん」
クッキーはバターの風味が強くてサクサクしていて美味しかった。一日何も食べていなかったこともあって、麻奈は二枚目を手にした。
しかし、どうだろう。今しがた姉の…麻耶の死を受け止めたはずなのに、途方もない絶望感が押し寄せてくる。
胸が締め付けられる。
麻奈は三枚目のクッキーに伸ばした手を引っ込めた。
「私…どうしても姉さんが死んだんだと実感が持てなくて…頭では解っているの。…その…姉さんの死体も見たし…さっき貴女が言ったようにその為に私はここに来たのかもしれない…でも」
麻奈は先程泣いていた時のように両手で顔を覆った。
「でも…それでも……解っているの。頭では解っているの。でも、だけど…ダメなの……心が、追いつかないの」
玲奈はただ聞いていた。
麻奈は苦しそうに言う。
「玲奈…貴女は、貴女も大切な人を失ったことがあるのでしょう?…どうやったら前に進めるの?」
玲奈はまだ修羅でも玲奈でもない頃に大切な誰かを失うという経験をした。しかし、その時彼女が取った行動は決して正しいものでも、褒められたものでもない。ましてや誰かにそれを勧めることもない。
「…それは、正直、私にも分からない」
玲奈の…いや修羅としても正直な気持ちだった。そんな方法があるのならあの時の自分にも教えて欲しいものだ。
「すまない」
「ううん…変な事を訊いてごめんね。そんな事分かってる人なんていないわよね。そんな簡単な話じゃないものね」
謝る玲奈に麻奈は力なく笑った。
その時、折角止まった涙が勝手に流れてきた。
「ごめんなさい…勝手に涙が…」
麻奈は涙を拭うが止まりそうにもない。
「別に謝ることなんかじゃない。泣けないよりは泣いた方がいい…たぶん」
結局、麻奈はその後泣いては泣き止みを何度か繰り返した。
「-今日は泊まっていくだろう?」
泣き止み鼻をかむ麻奈に予備の布団を出した玲奈が訊いた。
既に布団を出してきている時点で麻奈の答えは一つしかない。
「ありがとう玲奈」
目を真っ赤に腫らした麻奈が言った。
それからニ、三十分程経った頃だった。
「お風呂、沸かしたから。麻奈が先に入って」
バスタオルと着替えを差し出しながら玲奈が言った。
「先に入っちゃっていいの?」
玲奈は目だけで返事をした。
「ありがとう」
麻奈はタオルなどを受け取るとお風呂場へと歩いていった。
玲奈は麻奈がお風呂に入って暫くしてから何処かへと電話をかけた。
いくらも呼び出さないうちに相手が出る。
「やぁ!修羅、キミ何処にいるんだい?」
不知火の相変わらずの調子の良い声が聞こえてきた。
その声に訳もなく苛ついてしまう。
「…今日は帰らないから。そう白に伝えてくれ。どうせそこにいるんだろう」
玲奈…もとい修羅はその不機嫌さを隠す事なく用件を述べた。
「まー、そりゃ、確かにいるけど白。それ本人に直接言いなよ…熱っ!」
電話越しにコーヒーを啜る音が聞こえる。
「……」
「白、麻耶ちゃんが死んだって聞いてから凄い落ち込んでるんだよ。どうするの?」
「…知らん」
「でさ、修羅が帰ってくるのずっと待ってたんだよ。今、何時だと思ってるの。こんな時間まで帰らないなんて…いつからそんな不良娘に…」
「煩い。さっき、今日は帰らないと言っただろう」
毎回毎回、話の腰を折ってくる不知火に修羅は声を荒げようとした。しかし、この部屋に自分一人ではない事を思い出しだし抑えた。
「修羅さぁ、僕に色々と丸投げしたでしょ。そういうのは良くないよ…?」
話の腰は折るが、その癖不知火は自分の言いたい事は言ってくる。
「何か問題でも?」
「別にさ僕自身はどうでも良いよ。でも、君はそうやって逃げるんだ」
「もう、き…」
「君が思っているよりずっと白は強いよ」
電話を切ろうとする修羅を不知火が遮った。
「そんなこと…」
「じゃあ、切るよー」
「おいっ…」
結局、最後まで不知火のペースで進められた。
少しの間立ち尽くしていた玲奈は銀髪をグシャグシャと掻き上げると大きな溜息を吐いた。
「どうしたの?」
後ろから麻奈の声が聞こえた。
「…早いな」
玲奈が振り返ると肩にタオルをかけた麻奈が立っていた。
「あぁ、うん。急いで入ったから」
髪から水滴がタオルの上にポタポタと落ちた。
「ゆっくり入った方が良かったんじゃないのか」
「ご機嫌ナナメ?」
麻奈が赤い目でやんわりと笑う。風呂場でも泣いていたのだろうか。
ひょっとしたら一人が嫌だったのかもしれない。
玲奈はそんな事をふと考えた。
麻奈の心を覗けば彼女が望む言葉が、して欲しい事が判るだろう。同時に犯人に対する憎しみも聴こえてくるだろう。
だから、そんな事はしない。
それは麻奈に限らず言える話であった。
「…なぁ、職場に置いてある麻耶さんの荷物だけど、私が持ってこようか?」
唐突な玲奈の質問に麻奈は少し考え「お願いしてもいいかな」と言った。
************
「おい、ジジイ。麻耶さんの荷物、私が持っていくが構わないだろう」
あれから数日後、修羅は麻耶の荷物を取りに地下に来た。
「ん…あぁ」
何だか奥歯に物が挟まったような返事をする不知火。修羅は妙だと不知火を見つめた。
「何かあるのかジジイ」
「いや…そんなにさっさと荷物を片付けに来るなんて…。なんかちょっと薄情じゃあないか」
そう言って不知火は物寂しそうな目をした。
「ジジイ…お前…」
修羅は一度言葉を切って鼻で笑うと続けた。
「大丈夫だ。お前が死んだ時はその日の内に全て燃やしてやる」
「ちょっと!それ酷くない?ねぇ、修羅!」
修羅は無視すると段ボールに荷物を詰め始めた。
不知火はそんな事は全く気にしない素振りで目を細めて言った。
「良かったねぇ、警察に持って行かれなくて」
修羅はその言葉に不知火の方を物言いたげな目で一度だけ見やると、すぐに作業に戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
実に半年ぶりの更新!
今回は体験した事のない話だったので、中々進まなかったです…。書き終わってもこんな感じで良いのかと悩みまくり。
今回のオマケは瑞希ちゃんです。
「瑞希って誰?」という方は『変わり目』と『マーマレード』に出てくるよ。
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