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2部

夢と私

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それは目も眩みそうに色鮮やかな花々で溢れた場所でした。
夢だ、とすぐに認識出来る程に。
なんて言うんでしたっけ、明晰夢でしたっけ。
こんなにも賑々しいお花畑が私の頭の中だと思うと悲しいものがありますが。

「やっと会えたね。」

声に振り向けば、そこには黒髪と黒眼の青年が。
元の世界の一般的な方とお会いするのは夢の中とはいえ久しぶりです。
明晰夢というものは自分の思い通りに夢の内容を展開出来ると記憶していますので、これは私の願望が作り上げた日本人男性なのでしょうか。

「その顔だと、勘違いされていそうだね。」

青年はそう言って困ったように微笑みます。
平均的な日本人、といった風貌です。
イケメンでも不細工でもない、平均的な男性。
レオン達比ではありません、客観的な意見ですよ。

「レオンが君を見つけてくれて良かった。」
「…どこかでお会いしたことありましたっけ?」

私の記憶違いでなければ初対面のはずです。
なのに彼は懐かしそうに私を見つめるのです。

「はじめましてだよ。でも僕は君をずっと見ていた。」
「す、ストーカーさんですか!?」
「ち、違うよ!」

平均的な日本人男性から怪しいストーカー男性にシフトチェンジです。
でも今の世界のみならず前の世界でも地味で平凡な私をストーカーするような物好きさんがいるわけもないはず。

「あまり時間がないから、僕の話をとりあえず聞いてもらえないかな?後で質問には答えるよ。」

怪しいストーカーさんの提案にノーと言えなかったのは、彼の瞳はレオンと同じように真っ直ぐだったからなのでしょうか。













「僕の名前は柏木広人。君が以前生きていた世界の日本人だ。」

明晰夢とはいえ、私の願望が作り上げた日本人とはいえ。
柏木広人さんという方に覚えはありません。
はじめましてと言われてしまえばそれまでですが。

「僕も君と同じ、この世界にかつて召喚されたんだ。君が召喚されるよりも数十年前にね。」
「その割には年下に見えますね。」
「この姿年齢の時に、この世界で死んでしまったからね。」

つまり、です。
柏木さんのお話を要約すると、です。
柏木さん召喚→死亡→再転生してレオンになる→とはいえ柏木さんの記憶や自我は残ったままレオンの無意識下にひっそり同居していた、と。
レオンの中から私を見ていたならストーカーさんじみているのも納得です。
まぁここまでファンタジーしてたらその程度で驚愕もしませんが。
しかしその柏木さんが何故私の夢の中にご登場されたのでしょう。

「レオンが何故君のことを知っていてかつ探していたのか、疑問に思っているだろう?」
「流石私の夢ですね、私の考えていることまでご存知ですとは。」
「ずっと見て来たんだから分かるよ。それと、夢にお邪魔するのに君の魔力を少し拝借してもいるしね。」

勝手にごめんね、なんて笑ってますが。
本当に勝手ですよ許可取りましょうよ。
あれ?でも夢に入れなければお話も出来ないのですから仕方ない、ですか?
事後承諾でも無いよりはマシということにしましょうか。

「僕のせい、なんだ。」
「はい?」
「僕が君を想っていたから、レオンは君を夢で見るようになってね。更に恋までしたみたいだ。」
「レオンに恋なんかされてませんが。」

主従関係の意味をご存知ですよね。
恋する相手を隷属するとか、レオンの特殊性癖増やすのやめてもらっていいですか。

「仕方ないだろ?君が奴隷になっていたんだから。」
「契約破棄をなさらないのはレオンの意向ですよ。」
「それはそうだけどさ。まさか召喚されるだけでなく奴隷になってるなんて思いもしなかったから。」

ん?
何か引っかかる言い方ですね。
お会いするのはこれが初めての筈、レオンを介していたとしても、黒の美女なんて渾名を付けちゃうような彼越しなのに、召喚された奴隷だということをレオンが私に会う前から知っていたように聞こえるのですが。
ややこしくなってきましたね。
そしてきな臭くもなってきました。
どうして柏木さんは私を知り得たのでしょうか。

「日本でも、僕は君を見ていたんだよ。」















同じクラスの女の子の中に、何故か気になる子がいた。
いつも1人で行動していたと記憶している。
少し長い前髪で白い肌に影を作って、人との間に壁を作って、誰とも会話をしない女の子。
両親を事故で亡くしていると噂に聞いたような気もするけれど、それが理由なのかもしれない。
特別可愛いわけでもなければ成績も中の上といったところか。
虐められている風にも見えなかったけれど、彼女はいつも1人だった。
彼女がそれを望んでいるように見えたから、僕を含め誰も彼女に近づこうとはしなかった。
けれど、僕は彼女に恋をしたんだ。

「ありがとうございます。」

きっかけは陳腐なもので、風に飛ばされた書類を拾うのを手伝った時にお礼を言われたことだった。
口角は全く上がっていない、所謂無表情って奴だったけれど。
小さくても心地良く耳に届く声は酷く綺麗で、風が前髪を流したおかげで見えた瞳もやけに綺麗で。

「ど、どういたしまして。」

少しだけ逡巡するような表情もどこか憂いて見えて。
まぁ逡巡していたのは僕の名前が出て来なかったに過ぎないのだけれど。
一目惚れと言われればそうなのだろう。
以来、僕の視線は彼女を追うようになっていた。
休み時間には本を読み、お昼は中庭で弁当を食べて。
文章にすれば本当にストーカーそのものなんだけれど、話しかけることはなかったし、当然話しかけられることもなかった。
僕は彼女と会話したかったけれど、彼女はそれを望んでいないんだから仕方がない。

(人の多い中庭だからこそ、余計に目立たないのかな。)

窓際の席なのを良いことに、外を眺めるフリをしながら彼女を観察していたのだから、まぁストーカーと言われても否定はしない。
皆が友人や恋人と連れ添って食事している中庭で、ベンチにぽつんと腰掛けて弁当を広げる姿は僕から見れば相当目立っていたけれど、周りはそんなことには気にも付かないのだろう。
ステルス機よろしく気配を消していたのかもしれない。
だろう、かもしれない、なんて想像でしか語れない辺りから色々察して欲しいけれど、その時の僕にはストーキング行為をしているなんて自覚はなかった。
家までついていったりもしなかったし、あくまでも校内で彼女の姿を探してしまうレベルの話だ。

(我ながらはじめましてとか、きついな。)

はじめましてなんかじゃない。
たった一往復の社交辞令しか会話がなかったとはいえ、半年はクラスメイトだったんだ。
半年の間はほぼ毎日会っていた。
見ていたのは僕だけだったとしても。

(うーん、やっぱりストーカーなのかな。)

結果的に宿主になったレオンを悪く言うつもりもないけれど、お世辞にもノーマルとは言えない彼と同等、いや、オープンにしているだけ彼の方がマシかもしれないな。
現世を生きている彼と卑しくも搾りカスとして居残っている僕とじゃ比較にもならないか。

「学生時代はいかに周りと関わらずに生きるかしか考えていませんでしたとはいえ、お顔やお名前を失念していた無礼をお詫びさせて下さい。」
「あー、そんなつもりはないんだよ。僕も綾瀬さんに直接名乗ったり話しかけたりしてないんだし。」

そんな機会がないままに僕は召喚され、勇者なんかにされ、死んだ。
同じ勇者のレオンに取りついた形になったのはそのせいかもしれないな。
僕を容易く殺した魔王を封印したのが綾瀬さんなのはもう笑っちゃうけどね。

「確かにレオンが君を知り、探したきっかけは僕だった。でもね。彼が君を想う気持ちは本物だよ。それは分かって欲しい。」

自分の体すら持たない僕が言うのはおこがましいけれど。
悔しくないなんて思えないけれど。















レオンにも綾瀬さんにも幸せになって欲しい気持ちは嘘なんかじゃないんだ。
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