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メテオの章

⑮ 信じたその瞬間に永遠の扉はひらく

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 彼は永遠に私を愛すると約束してくれた。その言葉にひとかけらの疑いもない。

 なのに私は臆病者で、何も恐れのない楽園ところのはずなのに、心を宿すのはどうしても怖いのよ。

『人は瞬く間に消えてゆく流星なのですって。いつか、あなたを失ってしまうのが怖い』

 まだ出会ったばかりなのに、始まったばかりなのに。なにを言っているのだろう。でも、やっと手に入れたの。ずっと憧れて、欲しくて、諦めていたものを。

『大丈夫だ。俺は必ず君より長く生きる』

『そんなの分からないではないですか。ただでさえ、あなたは戦地に赴くのに』

『君という加護があるから俺は死んだりしない』

 もう、ほんとうに楽観的な方ね。

『あなたが私より長く生きるとなれば、あなたが遺されるほうですよ? 私を失っても平気ですか?』

『うーん。胸にぽっかり穴が開くだろうな』

『穴……』

 穴が開くだけ? 男の人は憔悴して妻を追いかけていってしまうもの、ではないの?

『寂しい時はその穴を通って君を迎えに行くよ。冥界の王に頼む。妻を連れ帰りたいと。君が冥界に行ったのならなおさら、君を失った後のこの世を君に見せたい』

 私がいなくなった後のこの世……? ちっとも興味がないと言ったら嘘になるわ。

 でも、冥界の王は言うのよね。現世に戻るまでに、妻の顔を見なければ良しとするって。伝わる神話のなかで、寡夫かふはそのように試される。

 彼は現世への帰り道、ただ前を向いて、後ろをついてくる妻の手を引くけれど。

『その道中で、疑心暗鬼に陥って振り返り、妻は冥界に戻されてしまうのでしょう?』

 ダイン様がはたして耐えられるかしら? 

『君の手なら100%本人か偽物か分かる! ……ように今からずっと手を繋いでいよう』

 そんなふうに言いながら私の手をぎゅっと握る。そのぬくもりが照れくさくて、私は口数が増えてしまう。

『死者を現世に帰してしまうなんて冥界の王の名折れですから、王はあの手この手で罠を巡らせますよ。いち人間には手も足も出ないでしょう』

 なんて口答えをしても、繋いだ手から熱が伝わってきて、このからだじゅう、満たされていく。

いち人間なんか神の前で無力だよな。でもさ』

 繋がった手を見つめていた私の目線は不意に、彼の発したこの、いつになくか細い声色のもとへ。

『俺は君に逢いたくて、ずっとその穴が開いたままだ』

 はるか彼方を望む彼の目線も、普段では見られない心細いものだ。私の不安に引きずられてしまって……。

『でも時間薬というのもありますし、人は生きていれば、修復する心も』

 慌ててフォローする私。彼の心を試すようなことを言ったくせに。

『いや、ずっと開いたまま』

 さみしそう。切なそう。でも、幸せそうにも見えるの。

『人の一生は一瞬かもしれないが、君を失った後の人生は永遠にも等しく感じられるんだろう。であっても、君とまた逢いたいから、俺はこの世に留まって、穴を開けたまま、どこまでも君を探しにいくよ』

 ……思ったことしか言葉にならない彼の真心。彼は永遠を信じて疑わない。肉体が消滅した後もずっと。

 ほんとうに愛情の深い方。これは私がどうとかいうより、この方に備わっているしょうというもの。私はそんな彼のお人柄に、誠実に応えることを心がけるだけ。

『だから君はなにも怖がらなくていい。ただ俺を待っていてくれ』

 何も怖くない。宇宙のように、永遠に変わらないものって存在するのだわ。

 ちゃんとお返事しなくては。でもまだ胸が詰まって、声にならない。

 この瞬間また、ひゅぅと響く音が遠くで上昇していく。音につられて見上げたら、今度は大きな夜空にたくさんの光の筋が広がり、大河のようにキラキラ流れていく。

『流星群……』

 今宵の仕上げに大量の光の雨が降る。この光輝くカーテンの中でなら、言える、かも……

『私、今夜……』

 正直な思いを、今……そんなふうに意気込んだら。

 大きな手が私の耳元に被さり、迫りくる彼の端正な顔に乗る、その瞳が

『あなたと……』

 長い睫毛に徐々に隠されていくのを見た。

 だから、私もつられて瞼を閉じる────。


────言葉にしなくてもいいと、言われているみたい。

 ダイン様は、やっぱり私に甘いと思うのよ。私のほうが3つも年上なのに。

 まだ恋に不慣れで、そう、こんな幸せに不慣れで、上手に言葉を紡ぐことができなくて。

 でも、これでも言葉の先生なのだし、たとえ下手でも、やっぱり気持ちは伝えてこそよね……あ。

『……好き』

 今ほんの一瞬、唇が離れたから、2回目のキスとの狭間に、ほとんど声にならない声がとっさにこぼれた。

 今の、聞こえていたかしら? こんなに至近距離だもの、聞こえていたかもしれない。そんなふうにキスのさなかは上の空。

 無意識に口をついて出た言葉はやっぱり恥ずかしくて……。

 なんてソワソワしていたら、唇がまた離れていってしまった。

『ユニ。ベッドいこう』
『え、あ、……はい』

 まだ温泉につかってないけれど……ためらうことは、もう。



**

 裾の濡れた浴衣に包まれる私を、軽々と抱き上げて彼は、ずんずん寝室へと突き進む。
 お屋敷で待っていた人々のおろおろした視線に私は戸惑い、彼の首に腕を回してしっかりしがみついていた。

『ユニ様! 一刻も早くお着替えになりませんと、風邪を召されてしまいます!』

 部屋に入るというこの時、ラスが小走りで寄ってきて。しかしダイン様は私を隠すようにして──

『すぐに脱がすから心配ない!』

 そんな宣言を! ……もう、ラスの顔が見れないわ。

 そしていつものように、ベッドにふわりと放り投げられた。ふたり夢中でキスを繰り返し、彼は唇で私をベッドの中心へ押し込む。

 いっしょに枕元へと這い上がったその後は。

 彼の指先がこの浴衣の襟元を伝い、素肌が少しずつあらわになっていく。私はもう、ぎゅっと目を閉じて、すべて委ねる心地に────。


「えっ?」
────心地になったのに。

 急に、全身にウェイトがのしかかり、びっくりして目を見開いた。

『ぐぅ……』
「寝てる……」

 待って? 重いわ! それに浴衣が湿っているから、寒くなってきたわ!

 ラス──! アンジュ──! お願い、来て──!!




 心の叫びが通じたのか、ふたりが即座に駆けこんできてくれた。
「大事ありませんか!?」
「ユニ様が殿下に埋もれてます~~っ」


 そういえば聞き及んでおりました。ダイン様は何かに打ち込むと不眠不休で働き続け、その後何日も睡眠を貪り続けるのだと。
 その習慣は健康に障りないのかしら。でも今回は私のために、寝る間も惜しんで花火づくりの作業に励んでいたと、みなが口々に報告してくるから。

 この週末はゆっくり夢の世界でお休みいただきましょう。

『さぁ、アンジュ。他のみんなも、一緒に温泉に入りましょう!』
『ええ~~ユニ様とご一緒してもよろしいのですか!?』
『ええ。ダイン様もきっと、みんなで楽しんでとおっしゃるわ』
『ラスさんはダメですよっ。ただいまからあそこは女風呂となります!』
『はぁ!? いいいいや、ユニ様! 私もぜひ一緒になどと露ほども考えたことはありません!』



 青空のもと、大自然の香りのする風を受けながら私たちは温泉を満喫した。

 2泊3日の滞在から帰る時分、やっと目覚めたダイン様は少し引きつったお顔で、

『君が存分に休息できたなら、俺としては甲斐があった……ははは』

と寛容な言葉をくれたのだった。



***

「明日の準備も急がなくては」
 また学院の一週間が始まる。

「ユニ様。こちら、ユニ様宛に届いておりました」
「お手紙?」

 自宅に帰れば現実に立ち戻る。そんな私をまず迎えたのは────

 一通のメッセージカード。

「ずいぶん快活な文字ね」
 簡素なあいさつ文の中にも明朗な人柄がしのばれる。

「『ぜひ一度遊びにいらしてください』って、どちら様でしょうね……?」
「本当に私宛なのよね?」

 どうやらそれは、王宮外に暮らす、ダイン様のご家族の一員である女性からの

   “招待状”

     であった。



        ~ to be continued





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第二章、お読みくださいましてありがとうございました。
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