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メテオの章
⑦ 今夜はこの枕でどうぞ
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ラスとアンジュも集まったのでプロジェクトの経過を報告し合うことに。
ダインスレイヴ様が真っ先に着席し、テーブルに肘をつく。相変わらずの、彼の不機嫌なオーラのせいか、誰もそこには座れず、ベッド脇の私の元でラスとアンジュは起立したまま。
『殿下にご紹介いただいた識者と話し合ったのですが、どうやら両殿下おふたりの霊感を合わせると、より強力に無感性の者への助力となるようです』
『私も思ったんです。以前、ユニ様が図書館で御霊と交流されていた時より、霊さんがはっきり見えて声もクリアに聴こえます』
『ただ無感性の者の疲弊感は増し、あまり長時間、霊と触れ合うのは危険だそうで』
『そうなのね。ええと私のほうは、ロイエに借りた彼の生前の日記を読んだのだけど』
ここで私の推測を打ち明けよう。
『彼の未練は……思い出の場所で彼女にプロポーズをしたいのではないかしら?』
さっと日記帳を差し出し、ふたりに最後のページを見せた。
『ほほう、これはありえますね』
『私も泣けてきましたぁ~~。プロポーズさせてあげたいです~~』
“アンジュさん、ハンカチをどうぞ”
これ、ルーチェがみえない人にはハンカチが浮かんで見えるのかしら。
『本人が日記を読んでも思い出せないようだから、これを実行してみるしかないわ』
『デートしているうちにだんだん思い出すかもしれませんね』
『ちょうど週末はホリデーに入るし、そのうちの1日、都合を付けて、みんなでふたりを湖畔に案内しましょう』
ダインスレイヴ様を、お伺いを立てるようにチラリと見た。彼がいちばんお忙しい方なのだから。
『…………』
彼はそっぽを向きながらも小さく頷いた。
『プロポーズ大作戦! ~目指すは昇天~ ですね!』
『アンジュ、なぜお前が楽しみにしてるんだ』
『若い人たちのプロポーズに居合わせることができるなんて楽しみです!』
“またまた~~アンジュさんも若いじゃないですかぁ”
「……プロポーズ」
それは求婚。
そういえば、私にそんな出来事、ありえなかったわ。……政略結婚なのだから当たり前じゃない。別に、プロポーズを望んでいたなんてことはない。
人質として、他に来る人がいなかったから私が来たというだけだもの。プロポーズも何もあったものじゃないわ。
でも、ダインスレイヴ様はいつも優しくしてくれて……最近はなぜかご機嫌ナナメだけど、本来の彼はすごく優しくて、私はここに来られて本当に良かったと思ってる。
そんな、今さら思いついたようにプロポーズされたかっただなんて贅沢だわ……
「ユニ様。……ユニ様!」
「はっ」
「どうなさったのですか?」
ああ、しまった。考え事をしていて……。
「アンジュ、ユニ様はお疲れだ」
「私たちは下がります。おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみ。ラス、アンジュ、良い夢を」
ふたりがルーチェを引っ張って退室した。私は椅子に腰掛けたままのダインスレイヴ様のほうを見た。
ご機嫌も多少は和らいだかしら。今夜はすぐ寝てしまったりしない?
『あ、あの』
私は少し心細くなっている。
あなたが、近くにいるのに遠くに感じて。だから言葉を交わしたいけれど、やっぱりもう、眠いのでしょうね。
彼がスタッと立ち上がった。そして扉の方へ歩を進める。
『……どちらへ』
『今夜は自室で寝る。君も朝、早いのだろう』
…………。
………………。
私はバタバタッとベッドに飛び乗った。そして、ベッドボードの前に横座りした。
『ダインスレイヴ様』
しんと静まった部屋に響く、私の呼びかけ。
彼はぴたりと足を止め、おもむろに振り返った。
『今夜は、この膝枕で寝ませんか?』
窓から差す月光を受けた彼の瞳、硝子の玉が宙に浮かんでいるみたい。ぽんぽんと自分の膝をたたいた私に、まっすぐな視線を投げかけてくる。
行かないで。どうか今夜は……ううん、毎夜いっしょに夢をみたいの。
なんて……、
自身の行いに恥ずかしくなった私は目を斜め下に逸らしていた。顔が火照ってる。どうか、この暗やみで紛らわせて。
「ん?」
私がこっそり慌てている、そのひと時のあいだに、彼は私の目と鼻の先に来ていて。
『寝る』
の一言の後、ごろんと私の膝の上に横たわった。
「…………」
やだ、私。わがままを言って引き留めてしまったわ!
いつもこう、気付くのがワンテンポ遅れてしまう。
彼にだってひとりでゆっくりしたい夜もあるでしょうし、私が朝、先に起きてドタバタするのが騒々しいのかも。
行かないで……って、この歳になって駄々っ子のようなことを言ってしまうなんて。というか私、この言葉、口に出したかしら? 何を言葉にして、何を心の中で思っただけなのか、もう覚えがないなんて!
ああっ。これが、生徒が休み時間に教えてくれた言葉、『テンパってる』という状態かしら──!?
『もう二度と……他の奴に膝枕を許すなよ』
「はい?」
今、何か。彼が小声でつぶやいたような?
『ダインスレイヴ様? なんですか?』
『ぐぅ……』
寝てる……。寝顔はいつも無邪気で可愛らしいのよね。
ええと、あれ? 膝枕って初めてしたのだけど……重いわ!?
朝までこれでは足が痺れてしまう! どうすれば!?
────翌朝、ダインスレイヴ様にはしっかりとお伝えした。
『今後、膝枕で寝入ってしまうのはどうかお控えください』
『は? 枕は寝るための物だろう!?』
ダインスレイヴ様が真っ先に着席し、テーブルに肘をつく。相変わらずの、彼の不機嫌なオーラのせいか、誰もそこには座れず、ベッド脇の私の元でラスとアンジュは起立したまま。
『殿下にご紹介いただいた識者と話し合ったのですが、どうやら両殿下おふたりの霊感を合わせると、より強力に無感性の者への助力となるようです』
『私も思ったんです。以前、ユニ様が図書館で御霊と交流されていた時より、霊さんがはっきり見えて声もクリアに聴こえます』
『ただ無感性の者の疲弊感は増し、あまり長時間、霊と触れ合うのは危険だそうで』
『そうなのね。ええと私のほうは、ロイエに借りた彼の生前の日記を読んだのだけど』
ここで私の推測を打ち明けよう。
『彼の未練は……思い出の場所で彼女にプロポーズをしたいのではないかしら?』
さっと日記帳を差し出し、ふたりに最後のページを見せた。
『ほほう、これはありえますね』
『私も泣けてきましたぁ~~。プロポーズさせてあげたいです~~』
“アンジュさん、ハンカチをどうぞ”
これ、ルーチェがみえない人にはハンカチが浮かんで見えるのかしら。
『本人が日記を読んでも思い出せないようだから、これを実行してみるしかないわ』
『デートしているうちにだんだん思い出すかもしれませんね』
『ちょうど週末はホリデーに入るし、そのうちの1日、都合を付けて、みんなでふたりを湖畔に案内しましょう』
ダインスレイヴ様を、お伺いを立てるようにチラリと見た。彼がいちばんお忙しい方なのだから。
『…………』
彼はそっぽを向きながらも小さく頷いた。
『プロポーズ大作戦! ~目指すは昇天~ ですね!』
『アンジュ、なぜお前が楽しみにしてるんだ』
『若い人たちのプロポーズに居合わせることができるなんて楽しみです!』
“またまた~~アンジュさんも若いじゃないですかぁ”
「……プロポーズ」
それは求婚。
そういえば、私にそんな出来事、ありえなかったわ。……政略結婚なのだから当たり前じゃない。別に、プロポーズを望んでいたなんてことはない。
人質として、他に来る人がいなかったから私が来たというだけだもの。プロポーズも何もあったものじゃないわ。
でも、ダインスレイヴ様はいつも優しくしてくれて……最近はなぜかご機嫌ナナメだけど、本来の彼はすごく優しくて、私はここに来られて本当に良かったと思ってる。
そんな、今さら思いついたようにプロポーズされたかっただなんて贅沢だわ……
「ユニ様。……ユニ様!」
「はっ」
「どうなさったのですか?」
ああ、しまった。考え事をしていて……。
「アンジュ、ユニ様はお疲れだ」
「私たちは下がります。おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみ。ラス、アンジュ、良い夢を」
ふたりがルーチェを引っ張って退室した。私は椅子に腰掛けたままのダインスレイヴ様のほうを見た。
ご機嫌も多少は和らいだかしら。今夜はすぐ寝てしまったりしない?
『あ、あの』
私は少し心細くなっている。
あなたが、近くにいるのに遠くに感じて。だから言葉を交わしたいけれど、やっぱりもう、眠いのでしょうね。
彼がスタッと立ち上がった。そして扉の方へ歩を進める。
『……どちらへ』
『今夜は自室で寝る。君も朝、早いのだろう』
…………。
………………。
私はバタバタッとベッドに飛び乗った。そして、ベッドボードの前に横座りした。
『ダインスレイヴ様』
しんと静まった部屋に響く、私の呼びかけ。
彼はぴたりと足を止め、おもむろに振り返った。
『今夜は、この膝枕で寝ませんか?』
窓から差す月光を受けた彼の瞳、硝子の玉が宙に浮かんでいるみたい。ぽんぽんと自分の膝をたたいた私に、まっすぐな視線を投げかけてくる。
行かないで。どうか今夜は……ううん、毎夜いっしょに夢をみたいの。
なんて……、
自身の行いに恥ずかしくなった私は目を斜め下に逸らしていた。顔が火照ってる。どうか、この暗やみで紛らわせて。
「ん?」
私がこっそり慌てている、そのひと時のあいだに、彼は私の目と鼻の先に来ていて。
『寝る』
の一言の後、ごろんと私の膝の上に横たわった。
「…………」
やだ、私。わがままを言って引き留めてしまったわ!
いつもこう、気付くのがワンテンポ遅れてしまう。
彼にだってひとりでゆっくりしたい夜もあるでしょうし、私が朝、先に起きてドタバタするのが騒々しいのかも。
行かないで……って、この歳になって駄々っ子のようなことを言ってしまうなんて。というか私、この言葉、口に出したかしら? 何を言葉にして、何を心の中で思っただけなのか、もう覚えがないなんて!
ああっ。これが、生徒が休み時間に教えてくれた言葉、『テンパってる』という状態かしら──!?
『もう二度と……他の奴に膝枕を許すなよ』
「はい?」
今、何か。彼が小声でつぶやいたような?
『ダインスレイヴ様? なんですか?』
『ぐぅ……』
寝てる……。寝顔はいつも無邪気で可愛らしいのよね。
ええと、あれ? 膝枕って初めてしたのだけど……重いわ!?
朝までこれでは足が痺れてしまう! どうすれば!?
────翌朝、ダインスレイヴ様にはしっかりとお伝えした。
『今後、膝枕で寝入ってしまうのはどうかお控えください』
『は? 枕は寝るための物だろう!?』
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