【2章完結】これは暴走愛あふれる王子が私を呪縛から解き放つ幸せな結婚でした。~王子妃は副業で多忙につき夫の分かりやすい溺愛に気付かない~

松ノ木るな

文字の大きさ
上 下
29 / 38
メテオの章

⑥ 故人の日記帳

しおりを挟む
 この日の放課後、彼女を進路指導室に呼び出して、昨夜の出来事を慎重に伝えてみた。

『えっ!? つまりそれは、先生のところにルーチェの魂が!?』

 下校時の鐘が校舎内に鳴り渡るなか、ロイエは目をぱちくりさせた。やっぱりさくっと信じられる話ではないわよね。

 ともかく、今日の彼女は前日より表情がしっかりしている。

『昨夜はなぜか久しぶりに眠れたのです。ここずっとうまく眠れなくて、やっとのこと寝入っても悪夢に追い込まれて……』

 憑き物が一晩不在だったからか。

『それでね、彼と話をしてみるのはどうかと思ったのだけど』

 私の提案に彼女は思いつめた表情のままうつむいた。

『怖いです……』

 そうね。いくら大好きな人の霊といっても、それのせいでずっと具合を悪くしていたのだもの。道連れにされないとも限らないし。

『じゃあできるだけ、ふたりの会話を核心に迫る大事なことだけに絞って、彼に気持ちよく天国へ昇ってもらえるよう対策してみるわね』

 調停プロジェクトチームの腕の見せ所よ。

『それにあたり何か、彼について教えていただけるかしら。彼本人は憶えていないらしくて』
『それなら』

 彼女はただちに手持ちの皮鞄を開け、ガサガサと何かを探し始めた。

『これ。彼の、生前の日記帳です』

 差し出されたそれを受け取った。丁寧に扱われていたのが見て取れる、赤いハードカバーの一冊。思い出を大事に保管しておく宝箱だったのだろう。

『形見分けでこれだけが送られてきました。いつも持ち歩いています。でもまだ読めません……』

 パラパラめくってみると、彼女の名前がたくさん見受けられる。

『こんな大事なもの、借りてもいいの?』
『彼は先生のところにいるのでしょう? 彼が信頼している人なら、私も信頼します』

 まだやつれた印象はぬぐえないが、彼女は亡くしてしまった愛しい彼を思い、力強く微笑んだ。

 ……このように相思相愛のふたりを、神様は引き裂いてしまったの?




 帰宅後。アンジュが整えておいてくれた静かな自室にて、日課である授業の準備を急いで終わらせた。

「さて」

 テーブルに置かれるランプを寄せたらベッドの脇に腰掛け、彼の日記を耽読する。

 カチカチと時計の針の音が響くなか──。

「うっ……ううう……ぐすぐすっ……」

“先生、どうしたんですか? 鼻ズビズビいって。あ、それは僕の日記ですね”

 幽霊の彼が私の元にとびこんできた。

『あら、ごめんなさいね。あなたの日記を勝手に読んで。読んでいるのはロイエとのところだけなのだけど』

“構いません。死後ならたとえ出版されても文句言えませんし、それで後世に名を遺す文豪デビューしてしまったらどうしようかと!”

 そのチャンスには一役買える気がしないわ。

『こんなにも真剣に、彼女との未来を考えているのに……』

 それがやって来ない現実を知っているから、涙なしには読めないのよ。

“先生は共感力の高い素敵な女性ですね”

『いいえいいえ、そんなこと。ぐすっ』

“でも書いてあることの半分くらいは、才能豊かな彼女に比べ自分の不甲斐なさは……という愚痴ですし、先生の感動の涙がもったいないですよ”

 冷静に自分の日録を分析する彼。
 うん、まぁちょっと自虐も多いわね。優秀な婚約者を持つのも大変ね。

 ここまでの記述では、彼の死しても囚われる悔恨の感情は見られなかった。
 彼女が学院に入学、寄宿することになり、あまり会えなくなる寂しさや多少の劣等感を抱えつつも、彼なりの自己研磨を重ね将来を見据えていた。

 そんな中、彼は流行り病に倒れる。

────“彼女には、僕が臥せっていると言わないで。心配かけたくないんだ。必ず快気するから。必ず──”

 しかし運命は無慈悲だ。だんだんペンを持つ力が失せてゆく。

 もはや悟ったのだろうか。最後のページには頼りない字体で……。

────彼女と初めてデートしたのは、別荘近くの森の湖畔だった。

 素敵な思い出の回顧録。

────時が立つのも忘れておしゃべりをした。いつのまにか夜になっていて、珍しく流星群が降り注いだ。
僕はあの日、流星に誓ったんだ。
決して自分の気持ちをごまかさない。彼女に正直な僕になる。
そうした、心の強さと誠実さを兼ね備えた立派な紳士になれたら
彼女とまたこの湖畔に来て、僕からプロポーズしよう──なんてさ。
今の僕はなれたかな。それ以前に、こんなに痩せ細ってベッドから出られない僕は、彼女にプロポーズする資格なんてないのだろうか────


『これで終わりね……うっ……』

 涙が止まらないわ。

“うわあああん先生~~泣かないでください僕ももらい泣きしてしまいます~~!”

『だってぇ……』

 ふたりでしばらくベソベソ泣いていた。その時、ノックと共にこんなお声掛けが。

『ユニヴェール。私だ、入るぞ』

 ダインスレイヴ様だわ。そろそろ泣き止まないと。でもまだ……ううっ。

『あっ、貴様! なにユニヴェールの膝枕してるんだ!!』

 ベッドに腰掛けた私の元まで小走りで来て、彼はルーチェを持ち上げ放り投げた。

『ユニヴェール、どうして泣いているんだ!? まさかっ、あいつに何かされたのか?』
『あっ、いえ……』
 ダインスレイヴ様が指さしたそのルーチェは、
“うわあああん、僕なにもしていません膝枕以外は~~。た、助けて~~”
後から入室してきたラスに首を締められていた。

 霊だから窒息することはないわよね……?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

21時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

その愛は本当にわたしに向けられているのですか?

柚木ゆず
恋愛
「貴女から目を離せなくなってしまいました。この先の人生を、僕と一緒に歩んで欲しいと思っています」  わたしアニエスは、そんな突然の申し出によって……。大好きだった人との婚約を解消することになり、アリズランド伯爵令息クリストフ様と婚約をすることとなりました。  お父様の命令には逆らえない……。貴族に生まれたからには、そんなこともある……。  溢れてくる悲しみを堪えわたしはクリストフ様の元で暮らすようになり、クリストフ様はとても良くしてくださいました。  ですが、ある日……。わたしはそんなクリストフ様の言動に、大きな違和感を覚えるようになるのでした。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】公爵家の妾腹の子ですが、義母となった公爵夫人が優しすぎます!

ましゅぺちーの
恋愛
リデルはヴォルシュタイン王国の名門貴族ベルクォーツ公爵の血を引いている。 しかし彼女は正妻の子ではなく愛人の子だった。 父は自分に無関心で母は父の寵愛を失ったことで荒れていた。 そんな中、母が亡くなりリデルは父公爵に引き取られ本邸へと行くことになる そこで出会ったのが父公爵の正妻であり、義母となった公爵夫人シルフィーラだった。 彼女は愛人の子だというのにリデルを冷遇することなく、母の愛というものを教えてくれた。 リデルは虐げられているシルフィーラを守り抜き、幸せにすることを決意する。 しかし本邸にはリデルの他にも父公爵の愛人の子がいて――? 「愛するお義母様を幸せにします!」 愛する義母を守るために奮闘するリデル。そうしているうちに腹違いの兄弟たちの、公爵の愛人だった実母の、そして父公爵の知られざる秘密が次々と明らかになって――!? ヒロインが愛する義母のために強く逞しい女となり、結果的には皆に愛されるようになる物語です! 完結まで執筆済みです! 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

処理中です...