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メテオの章
⑤ 離縁調停プロジェクトチーム
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静まり返った寝室のベッドで。
ダインスレイヴ様の熱い指先が、私の肌を、楽器を奏でるかのように優しく滑っていく……
ここちいい、けど、こわい。
なぜ唐突にこのようなことになっているのか。さっぱり理解が追いつかない。
ただ、拒める立場にはないのも分かってる。
もう、ベッドでのお作法なんて分からないから、こう目を閉じて、なされるがままに。
────しくしくしく……
自分ではどうすることもできないけど、本当に嫌ではないの。むしろ、早く、もっと、……しくしくしく?
────しくしく……
『泣くほど嫌なのか!?』
────しくしくしくしく
『決してそんなことは! ……しくしく?』
『なら泣き止んで、心から俺を受け入れてくれ』
あなたが泣きそう。狂おしい情感を響かせ彼は、私の頬に指を添え、この唇に……
────しくしくしくしく!!
あぁ、唇が今にも、触れ、
…………。
触れたのか触れてないのか、高鳴る鼓動のせいで前後不覚の私であったが。
それ以上突き進んでくる確かな感覚はなく……。
あら。彼の唇が離れていってしまった……。えっ、ほんとうに離れていってしまったの??
えええ??
この噴き荒れる感情をどこに持っていけば!?
多少の怒りを込め、私も彼も、目を大きく見開いた。
『『…………』』
ふたりそろってそのままゆっくり、窓の方へ首を回す。それはつまり、すすり泣く声の聴こえる方へ。
“うわああん! このままではロイエがっ、僕のロイエが~~!”
声の主、宙に浮かぶオーラが、みるみるうちに人型に変化する。私はとっさに、ダインスレイヴ様の胸をドンッと押し出した。
第三者にこの体勢を見られるのは恥ずかしくて。
第三者と言っても、どうやら……亡霊なのだけど。
『ああっ、あなたは』
むせび泣く霊はまさしく、昼間に一瞬見かけた貴族の青年であった。
話しかけても大丈夫かな? とりあえず、覆いかぶさるダインスレイヴ様の身体の中から抜け出し、御霊の元へ。
『あの、あなたはロイエの婚約者よね?』
“うわぁぁん先生! 助けてくださああい!”
大泣き顔で飛びついてきた。
『おい! 触るな! 俺の妻だぞ!』
慌てて駆け寄ってきたダインスレイヴ様が、御霊の襟ぐりを掴んでブン投げ捨てた。
『あまり手荒なことは』
『夫婦の寝室に無断侵入の狼藉者ではないか!』
王家の城を守る警備兵も、亡霊相手ではね。
『彼はクラスの生徒の関係者です。多少面識があって……そう、面談したいと思っていました』
この場はいったん、全員落ち着かないと。
というか、ダインスレイヴ様も霊に触れられるの?
確かラスとアンジュも、私が霊のみなさんと話をしている時、みえていたと言っていた。彼らにも同席してもらって、幽霊令息の話を聞きましょうか。
**
『そうなんですよ! ユニ様が一緒なら私たちも亡霊のみなさんをみることができます!』
『声も聴こえるから、会話できたりもするのだろうか』
アンジュに灯りを、ラスに5人で向き合える丸テーブルを用意してもらい、真夜中に面談が始まった。
“僕はプロイス伯爵家の三男だった、ルーチェと申します! よろしくお願いいたします!”
『ウルズ国からやってまいりました、アンジュです~』
“いやぁアンジュさん可愛いですね!”
『会話できているな』
『ラス、アンジュも、夜中に起こして悪いわね』
『『とんでもございません!』』
それにしても……。
『………………』
椅子を横に向け腰かけて、アームレストに肘をつくダインスレイヴ様の不機嫌オーラが突き刺さる。
本音を言ってしまうと、御霊の訪れで助かったというか、勢いで流される寸前だったので……。
『あなたはロイエの婚約者なのよね?』
ルーチェは縦にぶんぶん首を振る。
『あなたを亡くしたことで彼女は憔悴したのかと思ったけど、実際はあなたが憑りついたから生気を奪われ続け、今の状態に?』
“そ、そんなこと言われても、なんで僕、幽霊になっているのか分からなくて! 気付いたら学院で生活している彼女にべったりくっついていたんです。彼女を道連れにしようとか、これっぽっちも思っていません!”
霊の状態だが、彼は鼻息荒く主張する。
“だって僕は彼女を心底愛していたから! 呪い殺そうなんて、思うわけないです……”
この主張が嘘には思えない。私の経験則では、霊とはとても素直で正直な存在。浮世の雑事から解放されたものだからかな。
『では何か、本人でも気付いていない未練があるのでは?』
『今ユニ様のところに来ているということは、救いを求めているのかもしれませんね。ユニ様のお優しさは幽霊さんにも通じるのですね!』
ラスとアンジュは真剣に考えてくれている。片やダインスレイヴ様は、まだ不機嫌でいる……。
“思い出せません……。彼女との思い出は楽しいことしか!”
生前から、とても前向きな男の子だったんだろうな。
“もし僕が知らず知らず彼女を追いつめているとしたら……。どうすればいいんだ!”
苦悩する彼は手振り身振りもダイナミック。
“お願いします、先生。僕を成仏させてください~~”
『『ユニヴェール/ユニ様にすり寄るな!!』』
『ユニ様は調伏師ではないと思うんですけど……』
『私に、力になれることがあるなら、ね』
やっぱりロイエ本人と話ができれば、それがいちばんいいのでしょう。
『あ。私たちでもユニ様のおそばに寄ることで幽霊さんと会話ができるなら、ロイエさんもきっと』
そこで、しばらくは我関せずというオーラを出していたダインスレイヴ様が口火を切った。
『亡霊の種類、それとの交信などを知識として得るぐらいなら、王家お抱えの学者を紹介できる』
彼はまだ私と目を合わせてくれない。あくまでそっぽを向いたまま、詳細を語りだした。
『私も戦場でやたら亡霊に絡まれてな。城に連れ帰ってしまったこともあり、その道の識者を探したんだ。その者が言うには、どうやら私は未練を抱えた霊ばかり呼び寄せる、妙な霊感の持ち主のようでな』
ラス、アンジュと私は、握ったこぶしを手のひらポンして、一斉にルーチェを指さした。
『未練を払拭し昇天してもらうためには、やっぱりロイエとの対話が必須よね』
『ではここから、おふたりの離縁調停プロジェクトですね!』
アンジュのその言葉で、この場にからっ風が吹いた。
『おいアンジュ、言葉を選べ……』
『私、いちおう新婚なので、ちょっと縁起が悪いかしら』
『ごめんなさい──っ!』
ふぅとひと息ついて仕切り直し。
『まず明日、私がロイエと話してみるから、ルーチェはここで大人しくお留守番していてね。これ以上あなたが憑いていると、彼女は疲弊する一途だから』
『ちょっと待て』
またも眉間にしわ寄せ、私に詰め寄るダインスレイヴ様が。
『私たちの邸宅に、しかも君の部屋に間男を住まわせるのか!?』
『間男だなんて……』
クラスの生徒と同年代の子だし、そもそもすでに霊体。
『少しの間だけですから』
『問題ございません。私の部屋でお預かりいたしますので』
ラスがルーチェの首根っこをひょいっと掴み連れて行った。
『さすが忠臣。頼もしいな』
『それではおふた方、おやすみなさいませ』
アンジュも深々と礼をして退室した。
ふぅ……。
『夜明けは近いけど、ひと眠りしましょう?』
私はためらいがちにダインスレイヴ様にお伺いを立てた。
『ああ……』
彼はまだちょっぴり不機嫌。なのでこれ以上、事を荒立てることはしないで、いつものように添い寝。
私が寝入るまでは後ろ頭を撫でてくれる。
なんやかんやで大人の男性だなと感じた。……クラスの男子比だけど。
ダインスレイヴ様の熱い指先が、私の肌を、楽器を奏でるかのように優しく滑っていく……
ここちいい、けど、こわい。
なぜ唐突にこのようなことになっているのか。さっぱり理解が追いつかない。
ただ、拒める立場にはないのも分かってる。
もう、ベッドでのお作法なんて分からないから、こう目を閉じて、なされるがままに。
────しくしくしく……
自分ではどうすることもできないけど、本当に嫌ではないの。むしろ、早く、もっと、……しくしくしく?
────しくしく……
『泣くほど嫌なのか!?』
────しくしくしくしく
『決してそんなことは! ……しくしく?』
『なら泣き止んで、心から俺を受け入れてくれ』
あなたが泣きそう。狂おしい情感を響かせ彼は、私の頬に指を添え、この唇に……
────しくしくしくしく!!
あぁ、唇が今にも、触れ、
…………。
触れたのか触れてないのか、高鳴る鼓動のせいで前後不覚の私であったが。
それ以上突き進んでくる確かな感覚はなく……。
あら。彼の唇が離れていってしまった……。えっ、ほんとうに離れていってしまったの??
えええ??
この噴き荒れる感情をどこに持っていけば!?
多少の怒りを込め、私も彼も、目を大きく見開いた。
『『…………』』
ふたりそろってそのままゆっくり、窓の方へ首を回す。それはつまり、すすり泣く声の聴こえる方へ。
“うわああん! このままではロイエがっ、僕のロイエが~~!”
声の主、宙に浮かぶオーラが、みるみるうちに人型に変化する。私はとっさに、ダインスレイヴ様の胸をドンッと押し出した。
第三者にこの体勢を見られるのは恥ずかしくて。
第三者と言っても、どうやら……亡霊なのだけど。
『ああっ、あなたは』
むせび泣く霊はまさしく、昼間に一瞬見かけた貴族の青年であった。
話しかけても大丈夫かな? とりあえず、覆いかぶさるダインスレイヴ様の身体の中から抜け出し、御霊の元へ。
『あの、あなたはロイエの婚約者よね?』
“うわぁぁん先生! 助けてくださああい!”
大泣き顔で飛びついてきた。
『おい! 触るな! 俺の妻だぞ!』
慌てて駆け寄ってきたダインスレイヴ様が、御霊の襟ぐりを掴んでブン投げ捨てた。
『あまり手荒なことは』
『夫婦の寝室に無断侵入の狼藉者ではないか!』
王家の城を守る警備兵も、亡霊相手ではね。
『彼はクラスの生徒の関係者です。多少面識があって……そう、面談したいと思っていました』
この場はいったん、全員落ち着かないと。
というか、ダインスレイヴ様も霊に触れられるの?
確かラスとアンジュも、私が霊のみなさんと話をしている時、みえていたと言っていた。彼らにも同席してもらって、幽霊令息の話を聞きましょうか。
**
『そうなんですよ! ユニ様が一緒なら私たちも亡霊のみなさんをみることができます!』
『声も聴こえるから、会話できたりもするのだろうか』
アンジュに灯りを、ラスに5人で向き合える丸テーブルを用意してもらい、真夜中に面談が始まった。
“僕はプロイス伯爵家の三男だった、ルーチェと申します! よろしくお願いいたします!”
『ウルズ国からやってまいりました、アンジュです~』
“いやぁアンジュさん可愛いですね!”
『会話できているな』
『ラス、アンジュも、夜中に起こして悪いわね』
『『とんでもございません!』』
それにしても……。
『………………』
椅子を横に向け腰かけて、アームレストに肘をつくダインスレイヴ様の不機嫌オーラが突き刺さる。
本音を言ってしまうと、御霊の訪れで助かったというか、勢いで流される寸前だったので……。
『あなたはロイエの婚約者なのよね?』
ルーチェは縦にぶんぶん首を振る。
『あなたを亡くしたことで彼女は憔悴したのかと思ったけど、実際はあなたが憑りついたから生気を奪われ続け、今の状態に?』
“そ、そんなこと言われても、なんで僕、幽霊になっているのか分からなくて! 気付いたら学院で生活している彼女にべったりくっついていたんです。彼女を道連れにしようとか、これっぽっちも思っていません!”
霊の状態だが、彼は鼻息荒く主張する。
“だって僕は彼女を心底愛していたから! 呪い殺そうなんて、思うわけないです……”
この主張が嘘には思えない。私の経験則では、霊とはとても素直で正直な存在。浮世の雑事から解放されたものだからかな。
『では何か、本人でも気付いていない未練があるのでは?』
『今ユニ様のところに来ているということは、救いを求めているのかもしれませんね。ユニ様のお優しさは幽霊さんにも通じるのですね!』
ラスとアンジュは真剣に考えてくれている。片やダインスレイヴ様は、まだ不機嫌でいる……。
“思い出せません……。彼女との思い出は楽しいことしか!”
生前から、とても前向きな男の子だったんだろうな。
“もし僕が知らず知らず彼女を追いつめているとしたら……。どうすればいいんだ!”
苦悩する彼は手振り身振りもダイナミック。
“お願いします、先生。僕を成仏させてください~~”
『『ユニヴェール/ユニ様にすり寄るな!!』』
『ユニ様は調伏師ではないと思うんですけど……』
『私に、力になれることがあるなら、ね』
やっぱりロイエ本人と話ができれば、それがいちばんいいのでしょう。
『あ。私たちでもユニ様のおそばに寄ることで幽霊さんと会話ができるなら、ロイエさんもきっと』
そこで、しばらくは我関せずというオーラを出していたダインスレイヴ様が口火を切った。
『亡霊の種類、それとの交信などを知識として得るぐらいなら、王家お抱えの学者を紹介できる』
彼はまだ私と目を合わせてくれない。あくまでそっぽを向いたまま、詳細を語りだした。
『私も戦場でやたら亡霊に絡まれてな。城に連れ帰ってしまったこともあり、その道の識者を探したんだ。その者が言うには、どうやら私は未練を抱えた霊ばかり呼び寄せる、妙な霊感の持ち主のようでな』
ラス、アンジュと私は、握ったこぶしを手のひらポンして、一斉にルーチェを指さした。
『未練を払拭し昇天してもらうためには、やっぱりロイエとの対話が必須よね』
『ではここから、おふたりの離縁調停プロジェクトですね!』
アンジュのその言葉で、この場にからっ風が吹いた。
『おいアンジュ、言葉を選べ……』
『私、いちおう新婚なので、ちょっと縁起が悪いかしら』
『ごめんなさい──っ!』
ふぅとひと息ついて仕切り直し。
『まず明日、私がロイエと話してみるから、ルーチェはここで大人しくお留守番していてね。これ以上あなたが憑いていると、彼女は疲弊する一途だから』
『ちょっと待て』
またも眉間にしわ寄せ、私に詰め寄るダインスレイヴ様が。
『私たちの邸宅に、しかも君の部屋に間男を住まわせるのか!?』
『間男だなんて……』
クラスの生徒と同年代の子だし、そもそもすでに霊体。
『少しの間だけですから』
『問題ございません。私の部屋でお預かりいたしますので』
ラスがルーチェの首根っこをひょいっと掴み連れて行った。
『さすが忠臣。頼もしいな』
『それではおふた方、おやすみなさいませ』
アンジュも深々と礼をして退室した。
ふぅ……。
『夜明けは近いけど、ひと眠りしましょう?』
私はためらいがちにダインスレイヴ様にお伺いを立てた。
『ああ……』
彼はまだちょっぴり不機嫌。なのでこれ以上、事を荒立てることはしないで、いつものように添い寝。
私が寝入るまでは後ろ頭を撫でてくれる。
なんやかんやで大人の男性だなと感じた。……クラスの男子比だけど。
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