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メテオの章

③ 劇的な運命に沈む女子生徒

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 中間試験はつつがなく終わり、生徒教師ともに肩の荷を下ろした放課後。さっそく部活動再開だ。

『今この時間、勧誘のビラ配り担当はレイ君ですよね?』

 シアルヴィは変わらず「惑星運行儀」の精度を上げることに専心している。

『そう。今頃、正門で下校中の生徒に配っているわ』

 この時間に下校する生徒なら、特定の部に入っていない可能性が高いから。でも彼は正体がばれないよう眼帯の上に仮面も付けているので……怪しまれてビラを受け取ってもらえないかもしれない。

『ビラを配っても、勧誘は厳しいと思います』
『みんな天体に興味を持っていないの? 星空はとっても綺麗なのに』

 私は子どもの頃から窓のない部屋で過ごしていたから、あまり空を意識をすることがなかった。夜空は綺麗ではあるけど、むしろその広大さを恐れていたかしらね。

 ただ、今の暮らしに入ってからは、少し違う空模様が見えるようになった。夜更けに、ダインスレイヴ様のお帰りを自室で待っている間、星空を眺めるようになってからは……

『だって宇宙そらは途方もないから』

 あ、シアルヴィの話を聞かなくては。余所ごとを考えていてはいけないわ。

『途方もない?』
『研究したところで結果が伴わない。すぐ成果が出ないことに費やす時間やエネルギーなんか、みな、持ち合わせていないんです』
『でも、あなたは』
『…………』

 彼は黙々と運行儀に添えた手を動かしている。

『あなたはどうしてこの途方もない夢を追っているの?』
『安心できるから』
『安心?』

『宇宙はこの世で唯一の永遠ですよ。僕らの住むこの星だって、いつかは消滅してしまう。だけど星々を包む大いなる宇宙はきっと永遠に終わらない。永遠に続くものへの安心感です』
『へえ、そうなの』

『それと比べたら僕たち人間の生涯なんて、ほんの一瞬。僕たちは、ふと夜空を見上げたらたまたま一瞬、視界をかすめる流れ星だ。そんな存在だから、“永遠”に憧れてしまう』

『宇宙に恋をしているのね。そうか、人の生涯は一瞬。でもその一瞬の輝きに惹かれて……』
『先生も、輝く誰かに恋、ですか?』
 ええっ? そんな、恋だなんて。あまりしゃべりすぎると正体が……。

『ええっと。人が流れ星ということは、私たちみんな、命を燃やしてこの宇宙を駆けているのね』
『ええ。広い宇宙で人と人の出会いも、流れ星を目に入れられるかどうか、ぐらいの偶然です』

 ダインスレイヴ様と出会えたのも、政略や人質などの難しい話ではなく、そんな偶然なのかしら……。

『失礼します。遅れましたわ』
 息を切らして今、入室してきたのはイリーナ。

『生徒会のほう、お疲れ』
『シアルヴィ、合宿の件を生徒会で話して、第三ホールの使用許可を得たから』
『合宿?』

 聞き慣れない言葉。私はまるで留学生のよう。新出単語に反応した好奇心がうずく。

『先生にまだ話していませんでしたね』
『部活動の定期行事です。校舎に泊まり込んで競技会前の詰め込みや、親睦会なども行いますわ』
『僕たちも今度のホリデーに1泊して、集中的にこの運行儀を改良し、徹夜で試してみようかと』

『なら、顧問としては付き添わないといけないわね』
 学校にお泊りなんて、ちょっと危うげで魅力的ね。

『面倒でなければ。面倒なら、ちゃんと先生の監視のもとで行ったということにしておきますから』
 今までの顧問の先生はそうやって、適当に済ませていたの?

『問題が起こるようなことはありませんから。守衛も見回っていますし』
『できる限り、あなたたちに寄り添うわ』
 ダインスレイヴ様の予定も聞いておこう。


 3人で運行儀の星図型紙を丁寧に制作していく。細かな作業に集中し、気付けばなかなかの時間が過ぎている。

『本来ならこんな、いつ潰れてもおかしくない部活の合宿許可なんて下りないんですけどね。イリーナが生徒会にいるから』
『私の手にかかればこれくらいは』

『イリーナはやり手よね。交渉術がすばらしいのかしら』
 外交官の素質は十分ね。

『情報収集力には自信がありますの。なにせ、生徒会長の弱みも握っていますからね』

 不敵に笑う彼女に、シアルヴィと私はヒヤッとした。

『クラスメートの情報も大体は集めたのですが……なぜか、レイ=ヒルドだけはさっぱりです』

 ぎくっ。

『ここまでなんの情報も入ってこないということは、彼の家はもしや王家預かり諜報部隊の……』
『あ、あの、イリーナ!』
 この人物の話題を逸らさなくては!

『クラスのロイエ・ディターレのことだけど、何か聞いていない? 今日、具合が悪そうだったから』

 というかあの子、ここ数日まったく存在感がなかった。以前からもの静かな生徒ではあったけど、もはや、いるかいないかも分からないほど。

『ああ……仕方ありませんわ。彼女は最近、婚約者を亡くしているのです』
『えっ……』

 イリーナがいつになく神妙な顔つきで語りだす。
 ロイエは、宝石商で成り上がり大きな資産を持つディターレ伯爵家の一人娘。その虎の子を受け継がんと英才教育を施された、将来有望な跡取り娘であった。
 デビュタントの頃にすぐ婚約者が決まったようだが、その令息とは社交界でも評判の仲睦まじいカップルだった。順風満帆の彼女は次期当主として更なる飛躍を目指し、1年前この学院に入学する。ここでも教師から勤勉さを認められる模範生徒だ。
 しかし、つい3ヶ月前、その婚約者が流行り病で亡くなったと実家から連絡が舞い込み──……。

『それって、彼とのお別れもできず?』
『死に目に会えなかったどころか、葬儀もすでに終わっていたということです』
『そんな!』

『だって3ヶ月前と言えば、“外交官育成クラス”の編成決定、編入生徒を選抜する、という時期ですよ? 面接やら試験やら、ご両親がそんな時期の娘の心に、衝撃を与えるようなこと』
『それでは憔悴してしまうのも仕方ないわ』

『彼女はお淑やかな顔立ちをしていますけど、内面は男勝りの、激情を抱えた子のようです。たとえば、その婚約相手は彼女たっての希望で、半ば家名を存分に押し出して一本釣りしたという噂で』
『一本釣り……』
『婚約者の家も同じ伯爵家だけど、功績や資産の上では格が違ったのね。逆らえず、話はとんとん拍子に。まぁそれを置いても、相思相愛の雰囲気でしたわ。私も学院に来る前、社交場でおふたりを見かけていました』

『こんな若くして運命に引き裂かれてしまっただなんて』
 ままあることかもしれないけれど……。

 ここで、ずっと、黙々と作業を進めていたシアルヴィが、
『遺されたのが女性なら、不幸中の幸いではないですか?』
このように口を挟んだ。

『不幸中の』
『幸い?』

『女性は強いから。遅かれ早かれ前を向いて、未来へ進んでいける。男だったら意気消沈してあっさり後を追ってしまいそうだけど』
『そうかしら……』
『僕の父も祖父も気力を失くしてすぐ逝ってしまいそうなので。でも母や祖母は……。ほら、先生も強そうだ。ご主人を亡くしても強く生きていきそうです』

『そんなこと! ……いえ、私は結婚したことがないから分からないわ……』

 あくまで独身のふりをしなくては。私は無意識に胸元の、ネックレスの鎖に通した、職場では秘密の結婚指輪を……、両てのひらで押さえていた。

 後を追うかどうかは分からないけど、強く前向きになんて生きていけるわけない。きっと私の世界は真っ暗になって、何も考えられなくなって……。
 彼を亡くすなんて想像したくない。そんなことを考えたら、今ですら涙がこぼれて止まらなくなってしまう。

 明日からロイエのこと、気を付けて見ていてあげなくては。倒れてしまわないか心配だわ。

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