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メテオの章
② 朝、目覚めたとき一緒だったから…
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(side: ラーグルフ)
我が主……夫婦の営みのさなか、お相手の集中力を留めておける自信がない…だとかいう泣き言を、臆面もなく声高に叫んだ。その勇将ぶりには泣く子も黙る第三王子…のはずが、どうしたことだ、この体たらく。
ああ、王家の女性たちの閑話に良くない影響を受けてしまわれたな。まったく単純極まりない。
しかし、一度こう言いだされると……難題だ。ユニヴェール様のほうから積極性を見せることはないだろう。
『それにだ、ユニヴェールの貴重な睡眠を邪魔することは、本意ではないしな』
平たく言うと、邪魔して嫌われるのが怖い、ということか。まぁ今まで接近してきた女性はみな目の色が違ったからな。それがユニヴェール様には見られない、と。
はぁ……ため息が出てしまう。
『政略で結ばれた夫婦の場合、夫から妻への愛情は前払い制です。夫が、“あなたを一生涯愛する。あなたの最後の瞬間まで私が責任を取る”と真摯に宣言すれば、妻は拒めない』
『そんなことは宣言するまでもなく、妻に迎えたのなら当たり前ではないか』
『その当たり前のことができない男も多いですからね。だが政略であるからには子をもうける義務がある、双方に。せめて今支払えるだけの愛情を、御方様にご提示ください』
なぜこんな大きな男に今さら家族計画の指導をせねばならぬのか。
『遊びの恋と何が違うのだそれは。ユニヴェールはそんな簡単に抱ける女じゃないんだ!』
いや結婚したその日からあなたは抱いていい。ああ、初夜のタイミングを逃してしまって時が立つほど照れくさくなった、ということか。
『それはただの言い訳でしょう』
『はぁ!?』
『ただのモノグサです。奥様のために“慣れないことでも行う努力”をしようとは思わないんですか?』
『努力だと? 俺はっ……ユニヴェールが望むならなんだろうと!』
『ならベッドの上での努力を軽視することはないですよね』
『ぐぐっ……』
『永遠の愛を囁かれた女性は心の扉を開き、夫を招き入れるようになっているのです。清廉な花の精も御多分に漏れず、あなたの腕の中で激しく咲き誇る向日葵となることでしょう』
『そ、そういうものなのか』
知らなかったのか。
『現実には、永遠の愛などないかもしれない。しかし夫の最初の仕事は、その幻かもしれない永遠を信じさせること』
『よし。障害を乗り越えてやる!』
飛び越えるべき障害はそれなのか?
ともあれ、気合は存分に補充されたようだ。再びビリヤード台に向かい、手際よくラックを組みブレイクショットをかまされた。
せっかくやる気になられたことだし、もしユニヴェール様がご懐妊された場合、教員業務が滞る……などの諸問題について今は気付かせないでいよう。
というか、休みの日くらい休ませてくれ!!
(ラーグルフのボヤキ:〆)
✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――
「起立! 礼! ……着席!」
「みんな、おはよう!」
「「「おはようございます!」」」
私が新任教師として、このクラスを担当してから二月近くが過ぎた。
「今日はお待ちかね、中間テストよ。みんな、落ち着いて解答してね」
「「「はい!!」」」
早速、出欠を確認していく。私もだいぶ教職が板に付いてきたと思うわ。
「ロイエ・ディターレ。……ロイエ?」
女子生徒の名を呼ぶが、返事が返ってこない。欠席かしら?
女子はクラスにたった5人なので、この頃はパッと見で数えるクセがある。
「あら、女子4人。ロイエは欠席ね」
彼女はこの敷地内の寮に暮らしていると生徒情報にある。
「誰か、彼女から何か聞いていない?」
『先生。彼女、先ほどまで教室にいましたよ?』
『僕も見ました』
前の方の席の子たちが声をかけてくれた。
「え?」
『先生、ロイエいますよ! ほら、よく見て!』
私は半信半疑で目を凝らして彼女の席を見つめた。すると、ぼんや~り浮かんでくる輪郭……。
「は、はい……」
その輪郭は小さく挙手をしていて……そこにはやつれた顔をした少女が……。
「私、います……」
すっごく影が薄い──!
顔は蒼白、身体は猫背で縮まっている。生気が感じられず、重い空気を背負って。
「ええと、気付かなくてごめんね……」
「いえ……」
「あの、あなた大丈夫?」
「大丈夫とは……?」
「体調とか……。テスト、受けられる?」
「だいじょうぶです……ちゃんと……勉強してきました……」
まさか勉強のし過ぎで?
「なら、もし気分が悪くなったら言ってね」
そういう時は保健室受験という特例もあるって聞いたから……。
この時ガラッと扉が開いた。
「センセイ! オハヨ!」
この慌てて入室してきた生徒は。
「レイ・ヒルド。遅刻ですよ」
ダインスレイヴ様。北方への遠征よりお帰りになってからは政務の量も落ち着いて、登校頻度の上がった彼だ。
『だから全力で走って来たんだ』
遅刻したのになぜか得意げです……。
でも彼を叱ることはできないの。だって今朝は起きたら彼が隣で寝ていて、ちゃんと起こせばよかったのに、もう少し寝かせてあげたくて。
遅刻は私のせいでもあるのよ。それを棚に上げて注意できないだなんて、もう、ダメな教師ね……。
『レイ・ヒルド! 遅刻者は規律により放課後、階段の手すり磨きよ。その前にちゃんと謝りなさいな』
ああ、女子学級委員イリーナ。助け船をありがとう……。
「チコク、スミマセンデシタ」
こちらこそ、これからは一緒に起きて一緒に邸宅を出ましょう。
我が主……夫婦の営みのさなか、お相手の集中力を留めておける自信がない…だとかいう泣き言を、臆面もなく声高に叫んだ。その勇将ぶりには泣く子も黙る第三王子…のはずが、どうしたことだ、この体たらく。
ああ、王家の女性たちの閑話に良くない影響を受けてしまわれたな。まったく単純極まりない。
しかし、一度こう言いだされると……難題だ。ユニヴェール様のほうから積極性を見せることはないだろう。
『それにだ、ユニヴェールの貴重な睡眠を邪魔することは、本意ではないしな』
平たく言うと、邪魔して嫌われるのが怖い、ということか。まぁ今まで接近してきた女性はみな目の色が違ったからな。それがユニヴェール様には見られない、と。
はぁ……ため息が出てしまう。
『政略で結ばれた夫婦の場合、夫から妻への愛情は前払い制です。夫が、“あなたを一生涯愛する。あなたの最後の瞬間まで私が責任を取る”と真摯に宣言すれば、妻は拒めない』
『そんなことは宣言するまでもなく、妻に迎えたのなら当たり前ではないか』
『その当たり前のことができない男も多いですからね。だが政略であるからには子をもうける義務がある、双方に。せめて今支払えるだけの愛情を、御方様にご提示ください』
なぜこんな大きな男に今さら家族計画の指導をせねばならぬのか。
『遊びの恋と何が違うのだそれは。ユニヴェールはそんな簡単に抱ける女じゃないんだ!』
いや結婚したその日からあなたは抱いていい。ああ、初夜のタイミングを逃してしまって時が立つほど照れくさくなった、ということか。
『それはただの言い訳でしょう』
『はぁ!?』
『ただのモノグサです。奥様のために“慣れないことでも行う努力”をしようとは思わないんですか?』
『努力だと? 俺はっ……ユニヴェールが望むならなんだろうと!』
『ならベッドの上での努力を軽視することはないですよね』
『ぐぐっ……』
『永遠の愛を囁かれた女性は心の扉を開き、夫を招き入れるようになっているのです。清廉な花の精も御多分に漏れず、あなたの腕の中で激しく咲き誇る向日葵となることでしょう』
『そ、そういうものなのか』
知らなかったのか。
『現実には、永遠の愛などないかもしれない。しかし夫の最初の仕事は、その幻かもしれない永遠を信じさせること』
『よし。障害を乗り越えてやる!』
飛び越えるべき障害はそれなのか?
ともあれ、気合は存分に補充されたようだ。再びビリヤード台に向かい、手際よくラックを組みブレイクショットをかまされた。
せっかくやる気になられたことだし、もしユニヴェール様がご懐妊された場合、教員業務が滞る……などの諸問題について今は気付かせないでいよう。
というか、休みの日くらい休ませてくれ!!
(ラーグルフのボヤキ:〆)
✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――
「起立! 礼! ……着席!」
「みんな、おはよう!」
「「「おはようございます!」」」
私が新任教師として、このクラスを担当してから二月近くが過ぎた。
「今日はお待ちかね、中間テストよ。みんな、落ち着いて解答してね」
「「「はい!!」」」
早速、出欠を確認していく。私もだいぶ教職が板に付いてきたと思うわ。
「ロイエ・ディターレ。……ロイエ?」
女子生徒の名を呼ぶが、返事が返ってこない。欠席かしら?
女子はクラスにたった5人なので、この頃はパッと見で数えるクセがある。
「あら、女子4人。ロイエは欠席ね」
彼女はこの敷地内の寮に暮らしていると生徒情報にある。
「誰か、彼女から何か聞いていない?」
『先生。彼女、先ほどまで教室にいましたよ?』
『僕も見ました』
前の方の席の子たちが声をかけてくれた。
「え?」
『先生、ロイエいますよ! ほら、よく見て!』
私は半信半疑で目を凝らして彼女の席を見つめた。すると、ぼんや~り浮かんでくる輪郭……。
「は、はい……」
その輪郭は小さく挙手をしていて……そこにはやつれた顔をした少女が……。
「私、います……」
すっごく影が薄い──!
顔は蒼白、身体は猫背で縮まっている。生気が感じられず、重い空気を背負って。
「ええと、気付かなくてごめんね……」
「いえ……」
「あの、あなた大丈夫?」
「大丈夫とは……?」
「体調とか……。テスト、受けられる?」
「だいじょうぶです……ちゃんと……勉強してきました……」
まさか勉強のし過ぎで?
「なら、もし気分が悪くなったら言ってね」
そういう時は保健室受験という特例もあるって聞いたから……。
この時ガラッと扉が開いた。
「センセイ! オハヨ!」
この慌てて入室してきた生徒は。
「レイ・ヒルド。遅刻ですよ」
ダインスレイヴ様。北方への遠征よりお帰りになってからは政務の量も落ち着いて、登校頻度の上がった彼だ。
『だから全力で走って来たんだ』
遅刻したのになぜか得意げです……。
でも彼を叱ることはできないの。だって今朝は起きたら彼が隣で寝ていて、ちゃんと起こせばよかったのに、もう少し寝かせてあげたくて。
遅刻は私のせいでもあるのよ。それを棚に上げて注意できないだなんて、もう、ダメな教師ね……。
『レイ・ヒルド! 遅刻者は規律により放課後、階段の手すり磨きよ。その前にちゃんと謝りなさいな』
ああ、女子学級委員イリーナ。助け船をありがとう……。
「チコク、スミマセンデシタ」
こちらこそ、これからは一緒に起きて一緒に邸宅を出ましょう。
応援ありがとうございます!
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