不貞の罪でっち上げで次期王妃の座を奪われましたが、自らの手を下さずとも奪い返してみせますわ。そしてあっさり捨てて差し上げましょう

松ノ木るな

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⑤ ダーリンのトラップ 略してダートラ

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「戦場においては鋭利冷徹の鬼神と名を馳せるあなたが、本当に?」

「戦うために生まれてきた私が、あなたには完全降伏なのだ。私のすべてはあなたのもの」

 完璧なエチュード……。なんて美しい男主人公。どんどん創作意欲が増してくるっ。もうどんどん筆が進みそう!

「悪くないわね。あなたがそんなに可愛いだなんて」

 そう満悦の笑みを浮かべ、アデラはラグナルの肩に腕を回した。彼らの会話はまだ続いている。

「約束してくれるか。あなたのほんの小指の先でも、他の男に触れさせないと」

 分かったわラグナル。もう十分よ。だからアデラからさっさと離れてほしい。喰われてしまうわ。

「あぁ、もう……ラグナル様ぁ~~!」

 彼女が飛びついていった。そんな至近距離で彼の愛の台詞を聞かされたら、ひとたまりもないだろう。

「この身も心もすべてあなたに捧げるわ。連れていって、もう戻れない処へ。ふたりきりで永遠の時を!」

「マティアス殿下のことは?」
「不要だわ! あなたさえいれば、あんなの!」

 ああ、言ってしまったのね。しばらく彼らの方ばかり注目していたので、ヴィジョンを殿下の方に向けてみる。……表情まではあまりよく見えないが、微動だにしていない。

「家のため、使命のためと生きるあなたは、出版前の恋物語を不貞の証拠と捏造してみせたほど有能であったのに、その事績すら投げうつと?」

「うん? そんなもの大した手間ではなかったからぁ~~! それにぃ家とかどうでもいいのぉ!」

 もうすべての言葉が賞賛にしか聞こえていない模様。しかしそんな彼女はしがみついたラグナルにキスをせがもうと、彼の頭をわし掴む。それは────

「ダメっ……」

「いい加減にしろアデラ!!」

「「!」」
 私も彼女も殿下の叫びに驚いて、その方を振り向いた。

「殿下……」
「すべてこの耳で聞いた。私を騙していたのはお前だったのだな!」

 殿下の拳は震えている。ラグナルがいるから大丈夫だとは思うが、一触即発の事態だ。

「あら、露呈してしまいましたの。まぁ構いませんわ。ラグナルと比べたらあなたなんて、ねぇ」

 殿下に対し悪びれる様子もない彼女は次に、ラグナルの顔を見上げ。

「さぁ、ラグナル。これであなたへの誓いとするわ。あなたの他にもう何もいらないの」

「おのれアデラ! お前の心はよく分かった! そんなに望むのなら、ガンニバル一族の分家に至るまですべての財を没収し、没落の一途を辿らせてくれる!」

 殿下が逆上した。だがそんな声も彼女には届かない。ラグナルに夢中だ。そのラグナルはしかし、肩をコリコリと回している。

「あれ。おかしいな」
「ん?」

「どうして私の視界にいるのが君なのだ。ああ、どうやら私は妖精の王に命じられた道化に、間違えて惚れ薬を塗られていたようだ」
「どうしたのラグナル?」

「その混乱の魔法もたった今、妖精の王により解除された。私の、真実の相手はそこにいる」
「!」
 彼、ラグナルは逞しく長い腕をすっと上げ、私を誘うように、手を差し伸べるのだった。

「なぁに、そのみすぼらしい女は。召使いではないの」

「この世でもっとも美しいシンデレラだ。おいで、私の姫君」

「何よラグナル! 私への言葉は嘘だったの!」

 彼女の浮かれた頭でもそろそろ気付くだろう。だってラグナルの瞳には、もう私しか存在していなくて。

「私はあなたという恋の迷路に迷い込んでしまった、もう戻れない。狂おしいほどに愛しい、私のノエル」

「ノエルですって!? あなたたち謀ったわね!!」

「いいえ。私は次期王妃という役目から謀略により引きずり降ろされ、それでもこの国の行く末を見守りたく、宮廷の掃除婦に身を落とした一介の娘。今もただ屋上の掃除に参ったところですわ」

「ぐっ……しらばっくれる気ね! このままで済むと思わないことよ! この不埒な娼婦まがいの泥棒猫!」

 ここで卑罵語──!! 私の創作物の中では存在し得なかった語彙だ。これは新境地を拓くためにも引き出しに入れておいて損はない。

 なんて私が感心している間に、彼女は殿下にすり寄っていた。

「マティアス様、聞いての通り、私は彼らの罠に嵌められて……」

「お前は先ほどの私の言葉を聞いていなかったのか」

「あら、何のこと?」

「お前もお前の家の者も、末代までこの宮殿の床を踏むことはないだろう」

「あなたは何か勘違いされています! 私は決してあなたを裏切ったりなどっ」

「そんな謀たばかりが通用すると思うのなら、私もずいぶん見下げられたものだ。二度と私の目前に現れるな! 朝日の上がるまでにこの城から……いや、国から出ていけ!」

「そんな……」

 二兎追う者は、と古来から言われるとおりだ。国外追放された彼女の余生はどんなものだか、知る由もない。
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