婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな

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⑥ 最強

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────この光景は、見た……。

「レヴィーナ!」
 扉口で勇ましい声がとどろく。

「……セドリック……」
 赤い刺繡の施された黒地軍服に身を包み、腰には大剣を納めた威厳あるセドリックの姿が今、そこに。

「こっちへ来い! レヴィーナ!」

「なんだ! いったい何が起こったのだ!!」
 青筋を立てフィリベール王が激高する。周囲の者は狼狽するばかりだ。

「狼藉者だ! 取り押さえろ!! ……なぜ兵らは来ぬ!?」

 大聖堂の周囲では軍隊が囲み、厳重に警護しているというのに。何事もなかったように静かなものである。

 緊張の高まるなか、扉口の御仁は数歩前進し、また声を張り上げた。

「我はウォルデア皇国、皇帝セドリック=イザードである! 首都フォルグレースは既に我が軍が包囲した。今日より貴国ホルンブルグ王国を、我がウォルデア皇国の領土とする!!」
「なんだと…!?」
「当然この大聖堂を取り囲む軍隊も壊滅した。ものの数刻でな」

 鐘の音が鳴り響く間に外で小競り合いの起きていたことは、こちらにいる者には知る由もなかった。信じ難いことだが、事実でなければこの男がこの場に来られようはずもない。

「フィリベール王、そして側近の者らよ。そなたらはこれより我が国の法にのっとり詮議にかけられる」

 敗戦国の王の命が助けられるわけもないことは、ここにいるすべての者が理解している。
「すぐにもこの場に我が軍が押し寄せる。覚悟して待たれよ」

 王は首を大きく振り、よたよたと後ずさるが──。
「誰か! その者を捕えろ! 早く!!」

 聖堂内の兵士らは、セドリックの両脇を抜けてきた軍兵に取り押さえられていた。その場にいる残りの者は役に立たない文官ばかり。逃げ場はない。とうとう王は腰を抜かし、その場に崩れ落ちる。

「さぁレヴィーナ。こちらへ」
「……!」

 大きな手を差し伸べられ、レヴィーナはたまらず駆け出した。そして彼の前に辿りついたら、はにかんだ笑顔を見せた。

「まさか、あなたが隣国の皇帝になっていただなんて」
「詳しい話は後で。そういえば君は、言いたいことがあると言っていたな。言えたのか?」
「いいえ、まだ」
「そうか、なら」

 彼はその逞しい腕で彼女をあちらへお向きとエスコートし、目くばせで激励する。
 レヴィーナは頷いた。

「フィリベール王」
 あごを少し上げレヴィーナは、腰を地に付けたままの彼を見下した。威風堂々とした皇帝セドリックに比べ、なんと情けなく惨めな姿か、と憐憫の情すら抱く有り様だ。

 静まり返る中、彼女はついに声を張り上げた。

「二度と私にそのお顔を見せるものではありませんわ!! この〇〇〇〇〇〇〇!!」

 彼女の愛らしくも透き通る声が、カテドラの静謐な空気の間を響き渡った。

 くるりと振り向いた笑顔のレヴィーナは、少し息を切らしながら彼に問いかける。

「恋人と別れた侍女の捨て台詞を思い出して、真似てみたのだけど、どう?」

 セドリックは目を丸くしている。

「あら、何か間違っていたかしら……?」

 どこまでも無邪気なレヴィーナの表情をじっと見つめ彼は、とうとう噴き出し、
「いいや」
くっくっくっと少年さながらの顔で笑ったのだった。

「もっと言ってやれ」

 そしてふたりは手を繋ぎ、式場を駆け出した。




 冬の夕暮れに溶け込むように、そろりと夜が降りてくる。

 ここ制圧した王城の屋上で、皇帝セドリックは鋸壁の間から広く領土を眺め、国を良き方へ導く決意を新たにしたところだ。
 レヴィーナもその隣で、しばらく遥かなる山脈に目を向けていたが、ただ今こうポツリとつぶやいた。

「我が国は潰え、ウォルデア皇国の土地として生まれ変わる……」
「レヴィーナ、許してくれ。君の生まれた国を……」
「いいえ。大事なのは国の名ではない」

 彼は祖国にてクーデターの首謀者として、自ら皇帝を討ち取った。周囲の信頼を得、新皇帝に祭り上げられたのはそれからすぐのことだった。国内の課題は山積みであったが、西隣のホルンブルグ王国がウォルデア皇国を飲み込まんと画策していたことも、間者の調べで明るみとなり。国同士が対峙する将来は、彼が皇位に就いた7年前から、とうに視野に入れていたのだ。

「そうだったの……。そして密偵を送りこみ、交渉の末、我が国の将軍と内密に結託し、この度の奇襲に成功した。だけど……皇帝自ら戦場にやってくるだなんて、なんて危険なことを」

「戦争では多くの血が流れる。その現実から目を逸らさずに、命の重みをいつも感じていたかった。たとえ私が果てたとしても、この意志を継ぐ者がまた現れよう」

「あなたは着実に道を切り開いていったのね。私もあなたのように、この手で拓いてみたかった。やはり女の身では……」
 叶わないことだった、と彼女は言いかけた。しかし。

「あの日、戦地に向かう前夜の私に、力を与えてくれたのは君だった。いや、それ以前からだ。初めて会ったあの日から、君の声が、力強い光の言葉が、いつもこの胸を駆け巡り、私を奮い立たせたんだ」

 言いながら彼は、彼女の白い頬にそっと手を寄せる。

「君の力は皇帝である私を動かす、国で最も尊く強大なものだ。君のためなら何だってやり遂げてみせる。何でも言ってくれ。君の望む未来を切り開こう」

 レヴィーナはその彼の手を自らの手で優しく包み、瞳に喜びの涙をたたえて答えた。

「じゃあ、未来永劫、私と愛し合ってください」

 何を口にせずとも彼は必ず、光差す方へ、民を導いてくれると信じている。だから彼女自身の、まさにこの瞬間の望みを素直に打ち明けたのだった。

「それはこちらから申し込むつもりだったのに!」

 彼もこの上ない幸福感の中で、顔をゆるゆるにほころばせた。


 賢い皇帝と慈愛あふれる妃が手を取り合い治めるその国は、そこに暮らす人々に絶え間ない静穏をもたらし、永きにわたり栄えていった、と、今日も世界のどこかで語り継がれている。


                                      ~FIN~

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感想 1

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みんなの感想(1件)

このえ
2023.02.19 このえ

うう〜ん、一番気になったのが伏せ字部分というのが笑える。

ハッピーエンドで良かったです。


2023.02.19 松ノ木るな

お読みくださりありがとうございます♪

ええと、それはですね。

……〇〇〇〇ン〇〇 です(

解除

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