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① 拾った子だけど何よりも大事な娘なの

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「リィナ・フォスター! よくもこの私を騙してくれたな! お前との婚約を破棄する! 金輪際、顔も見たくない! 一刻も早くこの王宮から立ち去れ!!」

 ナサニエル王子はものすごい剣幕だ。わざわざ人の大勢いる宮廷の広間で、高らかに婚約破棄を宣告された。

「だいたい、お前のような平民がだ。王位継承権2位であるこの私の妻になろうというのが、はなから越権じみた悪行であったのだ」

 誤解のないよう言っておくが。私を婚約者として召し抱えると、強制的に王宮へ連れてきたのは、このご立腹の王子様だ。そして騙すどころか、私は嘘ひとつ吐いちゃいない。

「17の女が4つの子持ちだと! ふざけるな!」
 いや、王子が妻をめとろうというならそれくらい事前調査するだろう、常識的に。

「私は清らかな乙女が好きなんだ! なにが悲しくて下男の使い古しを囲わねばならないのか! 早く出ていけ!!」

 国の第ニ王子ともあろうお方が、まったく下品極まりない。とっとと出ていくわ。これ以上、頭の足りない王子様に義理立てして、性に合わない宮廷生活を続けるのはうんざりだ。



***


 私は追いたてられるように王宮を出て、実家に帰ってきた。
「ふぅ……」
 やっぱり自分の育った下町がいちばん。母様と姉様は仕事に出ているのだろうか。

「かあしゃま!」
「ルゥ!」
 ひょっこり戸口から顔を出した我が娘ルゥが、ぱあっと明るい顔をして駆けてきた。それを私は受け止め、よいしょと抱き上げる。

「半年間も離ればなれになってしまってごめんね」
「ん―ん。ルゥ、いいこにしてたよ」
「じゃあたくさんお土産をあげるわ」
 ここで追放されなければもっとずっと離ればなれになっていたのだから、本当に良かった。

「あれま、リィナ。今日帰ってくるんだったかい」
 母様が続けて顔を出した。

「なんだか残念だったねぇ。でも気にすることないよ。リィナの人生はこれからなんだから」
「何にも気にしてないわ。母様、長い間、家のことほったらかしてごめんなさい。ルゥのこともありがとう」

 母と私と娘。姉を入れて4人、これからまたほのぼの三世代、女だけの家庭でいつまでも穏やかに暮らしていく。

 しかしこの三世代。母と姉以外、実は、これっぽっちも血の繋がりがなかったりする。私はいわゆるみなしごだった。物心ついた頃、この下町をひとりでうろうろしていて保護された。最初のうちはたらい回しにされたが、その後母様が引き取って育ててくれて。姉様もとても優しくしてくれた。ふたりとも大恩人である。

 私を引き取った直後、母様は気付いたようだ。私の片目にある“聖痕”に。鏡をよく見ると、私の赤い瞳にくさび形文字のようなそれが浮かび上がる。

 私は親の顔も覚えてない、自分が何者かなんて知らない。ただこの聖痕は、各地に伝承で伝わる、聖なる力を持つ女性の証であるらしい。未知の力を宿す女性は、その成長過程で身体のどこかに聖痕が浮かび上がる、そんな噂があちらこちらでささやかれている。

 それを知った私は12の頃から、家事や農作業のかたわら、聖女だという事実を利用し個人的な商売を始めた。それは占い師稼業である。それで小銭を稼げば生活費の足しになり、母や姉に恩返しできる。私は張り切って水晶玉に初期投資した。

 はてさて、この聖女の占い小屋にはそれなりに、物珍しさで人が集まった。はじめは。

 そこはやはり、ほんとうに予言の力を持つ魔法使いではなかったわけで。当たるような、外れるような……を繰り返し、一年たつ頃には閑古鳥が鳴き始める。


「この聖痕は何のための聖痕なんだ――! 聖女って何なんだ――!?」
 こう叫んでしまった私を誰が慰めてくれるだろう。店を畳むかどうかの瀬戸際だった。

 そんな頃、私は町の片隅で、赤子がバスケットに入れられ、捨てられているのを見つけたのだった。
「あわわわ! 大変! 保護しなくちゃ!」

 でも、待て。保護したところでどこに連れていけばいいのか。私は拾われたことで、愛情にあふれた環境の中、育つことができた。しかしそれは、孤児の期待値を上振れした幸運な結果であったのだ。孤児院に行くことは、それと比べるとやはり……。

 私は誰か、心優しい、経済的にも余裕のある人が見つけ、その子を連れて帰ってはくれないかと、角に隠れて見張っていた。

 しかし誰も拾わない。いや、見えてないのではないか、といったくらいに、誰も見向きもしなかった。

 私はしびれを切らし赤子の前に立った。私が連れて帰っても、母様姉様に迷惑をかけてしまうだろう。それでも私の身に余る幸運を、この子にも分けてあげたくて。私は赤子をバスケットからすくって抱き上げた。

 するとなぜだかぶわっと涙が出てきた。生後半年ほどだろうか、この子がどうしようもなく、綿毛のように柔らかくて。


 それからだ。商売道具の水晶玉を見つめると、何か“みえてくる”ようになった。客がどこに財布を落としたのだろうと相談に来ると、現場であろう小池がみえる。結婚したばかりのふたりがケンカばかりしてしまうと来ると、北枕が悪い、南にするべし、と本当にみえてくる。

 これがたちまち評判となった。評判が評判を呼び、客が大行列を作った。

 ある時、統計学者が調べさせて欲しいと言ってきた。どうぞどうぞと許可したら、1年後、私の占いは7分の6の確率で当たる、という結果が導き出されたようだ。

 これで更なる人気が沸いた。いや待て待て、70人客が来たら10人の結果は外れるんじゃないか、と言いたくなるだろう。客はそれでも構わないようだ。なぜなら、私の占い結果はものすごく鮮明だから。7分の6の確率の、その確実かつ鮮明な答えを求め、人々は列を成す。

「ああ疲れた……。お客が途切れないのは嬉しいことだけど、だいぶ精神力を使うのよね、占いって」
 私は自室に戻りベッドに倒れ込む。

「かあしゃま、だいじょうぶ?」
 心配そうにルゥは、小さな手で私の額を撫でる。

「うん。ありがとう、ルゥ。ルゥがこの家に来てくれて、私は一人前の占い師になれたの。もしかしてルゥが聖女なの?」
「ルゥいいこ?」
「うん。ルゥのおかげで母様と姉様に恩返しできるようになった。私、とても嬉しい」
「ルゥすごいいいこ!」
「うんうん。だから欲しいもの買ってあげる。何が欲しい?」
「たんぽぽのわっか」
「じゃあ、休みの日に、原っぱへ行こう…………」
「かあしゃま、ねちゃった?」

 毎日は忙せわしなく過ぎるけれど、私はこれ以上何も望まない。

 そう、私はずっと、この満ち足りた暮らしが続いていくものだと思っていた。

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