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第六章 あなたを落としたい

⑧ 今日の私は救助隊員

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 ユウナギの声援を受け、王が歌劇団の小さな舞台付近でふらふら散歩していると、後ろから人影が。

「おっ客さぁ~~ん」
 突如とびかかって王の腕を捕まえたのは、劇団の娘だった。何やらいろいろ話しかけてくる。

「ねぇお客さん。前うちの子買ってた時ね、隣で聞いてたんだけどぉ、探してる人がいるのでしょ?」
「あ、ああ……」
「それって私たちのような年ごろの娘だったりする?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、私たちの中で探してみたらいかが? いらっしゃいよ」

 饒舌な娘に、起こっている事態に、王の頭は対応しきれていない。娘はそんな彼に団の客室でもてなすと言い、強引に連れて行くのだった。


 そういったわけで、茶一杯でそこに座らされている王だった。自分は一体何をしているのだろう、と情けない気持ちに流されている。

 その時、そこの戸をばたっと開けてやってきたひとりの娘が。
「ねぇ、ここを出て」
 例の歌姫だった。
「え?」
「こんなところにいても、ろくなことないわ。さぁ、ぼぉっとしてないで」

 彼女は王の手を取り引き上げた。そして急いで行こうとするのだが、彼は足が弱く走れない。

「じゃあ私が支えるから、早歩きで」
 といったふうに、ふたりはそこを出た。


「いったいどうしたのだい?」
 彼は歌姫に尋ねた。

「あなた騙されるわ。あんなところにいたら」
「?」
 彼女は団の幹部室で話されていたことを、包み隠さず話しだす。その前を通りすがり、客引きの娘と副団長との会話に聞き耳を立てた成果を。

 その話とは、劇団の娘を彼が探している人物というのに仕立てあげ、更なる銅貨を踏んだくろうというはかりごとだった。なんせ彼は初回に多くの銅貨を払ってみせたのだから。

「まさかあの時の話を聞かれていただなんて。まぁ、ここの娘たちは……私も含まれるのだけど、地獄耳が生き残る術だから」
 更に彼女は話を続ける。

「副団長は本当にがめつい人で、いつもお金のことばかり。彼が来てから確かにこの団は大きくなったけれど、私たちはただの消耗品となってしまった。団長はそれをやんわりいさめようとするの、でもやっぱり商売の上手い方がどうしても……なんて、つまらない話。とにかく、もうここには近付かない方がいいですわ」

「いや、騙されるなんてことは」
「あなた、本当にお人好し」

「いいや……。私は、本当は銅貨など少しも持っていないのだよ。この間のも、人から借りたものだった」
「…………」

「それに、家族に繋がる手掛かりが少しでも得られるなら、私だって嘘をつくよ。持ってもいない銅貨をちらつかせ……だから、騙されたなんて他人に言える立場にもないのだ」

 歌姫にはこの初老の男性が、とても可哀そうに思えた。
「そのご家族の方は、女性? どういった特徴の?」

 その時だった。

「火事だ――!!」
 劇団の拠点の方からそんな叫び声が聞こえてきたのだった。

 歌姫は慌ててそこへ走って行く。王も足を引きずりつつできるだけ急ぎ、彼女の後を追った。

 そこに彼女が着くと、団の娘たちの寝室が連なる宿舎にまで火がまわり始めていた。
 怯みながらも自室に行こうとする彼女に、なんとか追いついた王は、焦りをあらわにする。

「どこに行くんだ!?」
「私の寝室に……あそこには大事なものが……」
 彼女は彼を振り切りたいが、初老とは言え男の力で引き止められているので、逆に彼の腕を掴み連れていくことに。

「熱い……」
 入口の手前に着き、そこで何としてでも彼を振り切ろうとする。

「離して!」
「だめだ、火が回ってくる」
「まだ大丈夫よ!」
「どうしてそこまで?」
「母の形見が、中に!」

 このやり取りの隙にも中へ飛び込もうとする彼女。その時、風に乗って飛んできた火の粉を目にし、彼女は不自然に震え出した。

「痛っ……熱い……いや! 怖い! やめて!!」

 直接火の粉がかかったわけではないが、どうも様子がおかしい。いやに混乱している。それでもなお、這ってでも行こうとする彼女に。

「私が行こう」
 王がその肩に手を乗せ、言い放った。

「!? あなたは足が……」
「形見とは?」
「……琴……竪琴!」
 王はこくりと頷いてみせ、足を引きずりながら中へ飛び込んだ。


 それから腰の抜けてすぐに動けない彼女は、「誰か――! 来て――!!」と力いっぱいに叫んでいた。

 そこにやってきたのは大きな水瓶を背負い、自身も水を大量に被った、ずぶ濡れのユウナギだった。

「!? あなたは?」
「騒ぎを聞いて水持ってきたけど、必要な人いる!?」

「男性が、初老の、私の客だった人が、中に」
「あれ? あなたは歌姫? まさか中にいるのって」

 ユウナギは気付いたらもちろん顔面蒼白だ。

「彼が私の代わりに中へ」

 すぐにも血相変えて彼女を問い詰める。
「中のどこ!?」
「ここから4つ目の右の戸……」
 それを聞いたら即行、ユウナギも中へ走って行った。


「王様――!! 返事して!!」

 いつ建物の枠組みに火が燃え移るか分からないそこで、ユウナギが4つ目の戸の前に辿り着いた時、その返事が聞こえた。
「ここだ!」
 戸が崩れ落ち、王が現れた。手には見慣れない物を持っている。

「良かった、さぁ早く!!」
「探しものは見つかった。生きて戻り、彼女に渡さねば」

 ユウナギは背台で運んだ瓶の水を、彼にばしゃっとかけた。ユウナギが支えながらふたりは早歩きで出口へと向かったが、もう少しというところで彼の足に不調が走る。

「王様? 立っ……」
「これを、彼女に渡してくれ」

 痛みでうずくまる彼は、脇に抱えていたそれをユウナギに渡そうとする。

「だめよ、あなたから渡さなきゃ。私の背に乗って」

 ユウナギは彼をおぶろうと、しゃがんで背を向けた。

「それではあなたまで……」
「もうすぐだから!! 早く!!」

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