56 / 141
第六章 あなたを落としたい
⑧ 今日の私は救助隊員
しおりを挟む
ユウナギの声援を受け、王が歌劇団の小さな舞台付近でふらふら散歩していると、後ろから人影が。
「おっ客さぁ~~ん」
突如とびかかって王の腕を捕まえたのは、劇団の娘だった。何やらいろいろ話しかけてくる。
「ねぇお客さん。前うちの子買ってた時ね、隣で聞いてたんだけどぉ、探してる人がいるのでしょ?」
「あ、ああ……」
「それって私たちのような年ごろの娘だったりする?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、私たちの中で探してみたらいかが? いらっしゃいよ」
饒舌な娘に、起こっている事態に、王の頭は対応しきれていない。娘はそんな彼に団の客室でもてなすと言い、強引に連れて行くのだった。
そういったわけで、茶一杯でそこに座らされている王だった。自分は一体何をしているのだろう、と情けない気持ちに流されている。
その時、そこの戸をばたっと開けてやってきたひとりの娘が。
「ねぇ、ここを出て」
例の歌姫だった。
「え?」
「こんなところにいても、ろくなことないわ。さぁ、ぼぉっとしてないで」
彼女は王の手を取り引き上げた。そして急いで行こうとするのだが、彼は足が弱く走れない。
「じゃあ私が支えるから、早歩きで」
といったふうに、ふたりはそこを出た。
「いったいどうしたのだい?」
彼は歌姫に尋ねた。
「あなた騙されるわ。あんなところにいたら」
「?」
彼女は団の幹部室で話されていたことを、包み隠さず話しだす。その前を通りすがり、客引きの娘と副団長との会話に聞き耳を立てた成果を。
その話とは、劇団の娘を彼が探している人物というのに仕立てあげ、更なる銅貨を踏んだくろうというはかりごとだった。なんせ彼は初回に多くの銅貨を払ってみせたのだから。
「まさかあの時の話を聞かれていただなんて。まぁ、ここの娘たちは……私も含まれるのだけど、地獄耳が生き残る術だから」
更に彼女は話を続ける。
「副団長は本当にがめつい人で、いつもお金のことばかり。彼が来てから確かにこの団は大きくなったけれど、私たちはただの消耗品となってしまった。団長はそれをやんわり諫めようとするの、でもやっぱり商売の上手い方がどうしても……なんて、つまらない話。とにかく、もうここには近付かない方がいいですわ」
「いや、騙されるなんてことは」
「あなた、本当にお人好し」
「いいや……。私は、本当は銅貨など少しも持っていないのだよ。この間のも、人から借りたものだった」
「…………」
「それに、家族に繋がる手掛かりが少しでも得られるなら、私だって嘘をつくよ。持ってもいない銅貨をちらつかせ……だから、騙されたなんて他人に言える立場にもないのだ」
歌姫にはこの初老の男性が、とても可哀そうに思えた。
「そのご家族の方は、女性? どういった特徴の?」
その時だった。
「火事だ――!!」
劇団の拠点の方からそんな叫び声が聞こえてきたのだった。
歌姫は慌ててそこへ走って行く。王も足を引きずりつつできるだけ急ぎ、彼女の後を追った。
そこに彼女が着くと、団の娘たちの寝室が連なる宿舎にまで火がまわり始めていた。
怯みながらも自室に行こうとする彼女に、なんとか追いついた王は、焦りをあらわにする。
「どこに行くんだ!?」
「私の寝室に……あそこには大事なものが……」
彼女は彼を振り切りたいが、初老とは言え男の力で引き止められているので、逆に彼の腕を掴み連れていくことに。
「熱い……」
入口の手前に着き、そこで何としてでも彼を振り切ろうとする。
「離して!」
「だめだ、火が回ってくる」
「まだ大丈夫よ!」
「どうしてそこまで?」
「母の形見が、中に!」
このやり取りの隙にも中へ飛び込もうとする彼女。その時、風に乗って飛んできた火の粉を目にし、彼女は不自然に震え出した。
「痛っ……熱い……いや! 怖い! やめて!!」
直接火の粉がかかったわけではないが、どうも様子がおかしい。いやに混乱している。それでもなお、這ってでも行こうとする彼女に。
「私が行こう」
王がその肩に手を乗せ、言い放った。
「!? あなたは足が……」
「形見とは?」
「……琴……竪琴!」
王はこくりと頷いてみせ、足を引きずりながら中へ飛び込んだ。
それから腰の抜けてすぐに動けない彼女は、「誰か――! 来て――!!」と力いっぱいに叫んでいた。
そこにやってきたのは大きな水瓶を背負い、自身も水を大量に被った、ずぶ濡れのユウナギだった。
「!? あなたは?」
「騒ぎを聞いて水持ってきたけど、必要な人いる!?」
「男性が、初老の、私の客だった人が、中に」
「あれ? あなたは歌姫? まさか中にいるのって」
ユウナギは気付いたらもちろん顔面蒼白だ。
「彼が私の代わりに中へ」
すぐにも血相変えて彼女を問い詰める。
「中のどこ!?」
「ここから4つ目の右の戸……」
それを聞いたら即行、ユウナギも中へ走って行った。
「王様――!! 返事して!!」
いつ建物の枠組みに火が燃え移るか分からないそこで、ユウナギが4つ目の戸の前に辿り着いた時、その返事が聞こえた。
「ここだ!」
戸が崩れ落ち、王が現れた。手には見慣れない物を持っている。
「良かった、さぁ早く!!」
「探しものは見つかった。生きて戻り、彼女に渡さねば」
ユウナギは背台で運んだ瓶の水を、彼にばしゃっとかけた。ユウナギが支えながらふたりは早歩きで出口へと向かったが、もう少しというところで彼の足に不調が走る。
「王様? 立っ……」
「これを、彼女に渡してくれ」
痛みでうずくまる彼は、脇に抱えていたそれをユウナギに渡そうとする。
「だめよ、あなたから渡さなきゃ。私の背に乗って」
ユウナギは彼をおぶろうと、しゃがんで背を向けた。
「それではあなたまで……」
「もうすぐだから!! 早く!!」
「おっ客さぁ~~ん」
突如とびかかって王の腕を捕まえたのは、劇団の娘だった。何やらいろいろ話しかけてくる。
「ねぇお客さん。前うちの子買ってた時ね、隣で聞いてたんだけどぉ、探してる人がいるのでしょ?」
「あ、ああ……」
「それって私たちのような年ごろの娘だったりする?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、私たちの中で探してみたらいかが? いらっしゃいよ」
饒舌な娘に、起こっている事態に、王の頭は対応しきれていない。娘はそんな彼に団の客室でもてなすと言い、強引に連れて行くのだった。
そういったわけで、茶一杯でそこに座らされている王だった。自分は一体何をしているのだろう、と情けない気持ちに流されている。
その時、そこの戸をばたっと開けてやってきたひとりの娘が。
「ねぇ、ここを出て」
例の歌姫だった。
「え?」
「こんなところにいても、ろくなことないわ。さぁ、ぼぉっとしてないで」
彼女は王の手を取り引き上げた。そして急いで行こうとするのだが、彼は足が弱く走れない。
「じゃあ私が支えるから、早歩きで」
といったふうに、ふたりはそこを出た。
「いったいどうしたのだい?」
彼は歌姫に尋ねた。
「あなた騙されるわ。あんなところにいたら」
「?」
彼女は団の幹部室で話されていたことを、包み隠さず話しだす。その前を通りすがり、客引きの娘と副団長との会話に聞き耳を立てた成果を。
その話とは、劇団の娘を彼が探している人物というのに仕立てあげ、更なる銅貨を踏んだくろうというはかりごとだった。なんせ彼は初回に多くの銅貨を払ってみせたのだから。
「まさかあの時の話を聞かれていただなんて。まぁ、ここの娘たちは……私も含まれるのだけど、地獄耳が生き残る術だから」
更に彼女は話を続ける。
「副団長は本当にがめつい人で、いつもお金のことばかり。彼が来てから確かにこの団は大きくなったけれど、私たちはただの消耗品となってしまった。団長はそれをやんわり諫めようとするの、でもやっぱり商売の上手い方がどうしても……なんて、つまらない話。とにかく、もうここには近付かない方がいいですわ」
「いや、騙されるなんてことは」
「あなた、本当にお人好し」
「いいや……。私は、本当は銅貨など少しも持っていないのだよ。この間のも、人から借りたものだった」
「…………」
「それに、家族に繋がる手掛かりが少しでも得られるなら、私だって嘘をつくよ。持ってもいない銅貨をちらつかせ……だから、騙されたなんて他人に言える立場にもないのだ」
歌姫にはこの初老の男性が、とても可哀そうに思えた。
「そのご家族の方は、女性? どういった特徴の?」
その時だった。
「火事だ――!!」
劇団の拠点の方からそんな叫び声が聞こえてきたのだった。
歌姫は慌ててそこへ走って行く。王も足を引きずりつつできるだけ急ぎ、彼女の後を追った。
そこに彼女が着くと、団の娘たちの寝室が連なる宿舎にまで火がまわり始めていた。
怯みながらも自室に行こうとする彼女に、なんとか追いついた王は、焦りをあらわにする。
「どこに行くんだ!?」
「私の寝室に……あそこには大事なものが……」
彼女は彼を振り切りたいが、初老とは言え男の力で引き止められているので、逆に彼の腕を掴み連れていくことに。
「熱い……」
入口の手前に着き、そこで何としてでも彼を振り切ろうとする。
「離して!」
「だめだ、火が回ってくる」
「まだ大丈夫よ!」
「どうしてそこまで?」
「母の形見が、中に!」
このやり取りの隙にも中へ飛び込もうとする彼女。その時、風に乗って飛んできた火の粉を目にし、彼女は不自然に震え出した。
「痛っ……熱い……いや! 怖い! やめて!!」
直接火の粉がかかったわけではないが、どうも様子がおかしい。いやに混乱している。それでもなお、這ってでも行こうとする彼女に。
「私が行こう」
王がその肩に手を乗せ、言い放った。
「!? あなたは足が……」
「形見とは?」
「……琴……竪琴!」
王はこくりと頷いてみせ、足を引きずりながら中へ飛び込んだ。
それから腰の抜けてすぐに動けない彼女は、「誰か――! 来て――!!」と力いっぱいに叫んでいた。
そこにやってきたのは大きな水瓶を背負い、自身も水を大量に被った、ずぶ濡れのユウナギだった。
「!? あなたは?」
「騒ぎを聞いて水持ってきたけど、必要な人いる!?」
「男性が、初老の、私の客だった人が、中に」
「あれ? あなたは歌姫? まさか中にいるのって」
ユウナギは気付いたらもちろん顔面蒼白だ。
「彼が私の代わりに中へ」
すぐにも血相変えて彼女を問い詰める。
「中のどこ!?」
「ここから4つ目の右の戸……」
それを聞いたら即行、ユウナギも中へ走って行った。
「王様――!! 返事して!!」
いつ建物の枠組みに火が燃え移るか分からないそこで、ユウナギが4つ目の戸の前に辿り着いた時、その返事が聞こえた。
「ここだ!」
戸が崩れ落ち、王が現れた。手には見慣れない物を持っている。
「良かった、さぁ早く!!」
「探しものは見つかった。生きて戻り、彼女に渡さねば」
ユウナギは背台で運んだ瓶の水を、彼にばしゃっとかけた。ユウナギが支えながらふたりは早歩きで出口へと向かったが、もう少しというところで彼の足に不調が走る。
「王様? 立っ……」
「これを、彼女に渡してくれ」
痛みでうずくまる彼は、脇に抱えていたそれをユウナギに渡そうとする。
「だめよ、あなたから渡さなきゃ。私の背に乗って」
ユウナギは彼をおぶろうと、しゃがんで背を向けた。
「それではあなたまで……」
「もうすぐだから!! 早く!!」
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
【R15】お金で買われてほどかれて~社長と事務員のじれ甘婚約~【完結】
双真満月
恋愛
都雪生(みやこ ゆきな)の父が抱えた借金を肩代わり――
そんな救世主・広宮美土里(ひろみや みどり)が出した条件は、雪生との婚約だった。
お香の老舗の一人息子、美土里はどうやら両親にせっつかれ、偽りの婚約者として雪生に目をつけたらしい。
弟の氷雨(ひさめ)を守るため、条件を受け入れ、美土里が出すマッサージ店『プロタゴニスタ』で働くことになった雪生。
働いて約一年。
雪生には、人には言えぬ淫靡な夢を見ることがあった。それは、美土里と交わる夢。
意識をすることはあれど仕事をこなし、スタッフたちと接する内に、マッサージに興味も出てきたある日――
施術を教えてもらうという名目で、美土里と一夜を共にしてしまう。
好きなのか嫌いなのか、はっきりわからないまま、偽りの立場に苦しむ雪生だったが……。
※エブリスタにも掲載中
2022/01/29 完結しました!
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―
吉野屋
キャラ文芸
14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。
完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。
時戻りのカノン
臣桜
恋愛
将来有望なピアニストだった花音は、世界的なコンクールを前にして事故に遭い、ピアニストとしての人生を諦めてしまった。地元で平凡な会社員として働いていた彼女は、事故からすれ違ってしまった祖母をも喪ってしまう。後悔にさいなまれる花音のもとに、祖母からの手紙が届く。手紙には、自宅にある練習室室Cのピアノを弾けば、女の子の霊が力を貸してくれるかもしれないとあった。やり直したいと思った花音は、トラウマを克服してピアノを弾き過去に戻る。やり直しの人生で秀真という男性に会い、恋をするが――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる