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第三章 あなたの役に立ちたい

⑨ 水のせいにして温め合おう

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 夕暮れ時、川屋のそば、ナツヒは「ほぼ全裸で」立ちすくんでいた。

 こんなところを誰かに見られでもしたら、と考えると非常に寒い。

 しばらく裸でユウナギとの掛け合いを回顧していた。

――――自分を引っ張って外に連れてきたユウナギは言った、話を聞いて、と。

「すぐ行くって、どこへ……どうして……。アヅミが何かしたんだな?」
「彼女はまだ何もしてない」
「まだ?」
「でも、彼女は嘘をついてる。……と思う。だから今から彼女を試す」

 嘘とは? 試すとは? 途中経過を聞かなければさっぱり意味が掴めない。

 しかし確実に危ないことをしようとしている、それは止めなくてはならない。

「待ち合わせの崖上に戻ったら、アヅミは私を川に突き落とす。……かもしれない」

「はぁ? 嘘をついてて試すと突き落とすってなんだよ! そんなの聞いて行かせるわけには」

 言い終わる前にユウナギは声を張り上げた。

「彼女が私を消すためにあそこで集合を言いつけたなら、その思惑に乗っからないと尻尾は出さない! だからナツヒ、全部脱いで」

「……はい?」

 脈絡のないことを言いだし即、ユウナギはナツヒの衣服を剥がそうとした。

「え? あ、待て。脱がっ……」

 手も足も出ず尻もちをついた彼の上にまたがり、彼女は彼を脱がし始める。

「私、泳げないから! 私が落ちてきたら助けて!」

 彼女の顔は真剣そのものだ。

「お願い……」

 服を掴む手も震えている。ナツヒは返事ができなかった。

「出入口の隣室が衣類置き場になってる。私を助けたらそこで介抱して」
と言いながら立ち上がり、更に
「全面的に信じてるから」
と。

 そして彼に燻製肉を1本渡して、また走って行った。

 ナツヒにとっては「不覚にも」止めることができず、話を聞くことすらできず、彼女を行かせてしまったのである。



 そういったわけでナツヒは自分の失態を恥じながら、軽い罰を受けるような気持ちで下を脱いだ。

 実際アヅミのことは、物心ついてから何年も共に励んだ、血を分けた妹なので、それこそ「全面的に」信頼している。

 が、彼の知るは10歳までの彼女だ。そこから先の彼女の人生は想像だにしない。ふみを交わしているのもトバリなのだ。

 現に、牢でのユウナギに対するあの度の超えた悪戯いたずらは、あんなことを思いつくような奴だったかと、疑念が湧く部分もある。

 
 ……など、また考えを巡らせていた時だった。

「ユウナギ」と彼女を呼ぶ声がどこからか、かすかに聞こえたのは。

 驚き辺りを見回した。少し霧がかかっていて遠くは見えない。室内からかもしれない。

 微かだが、低めの声を間違いなく聞いたのだ。

 ナツヒは思いきり殴られたような感覚に襲われる。

「思った通りだ。近くに、1年後の自分がいる」

 それはどう動いてる? 何を目的としている? 未来の自分と言っても所詮1年後だ、考え方は今と何ら変わらないだろう。

 そこまで思考の糸を繋いだ時、さきほどの違和感を思い出した。
 ユウナギと話した時。

 訳も分からず連れていかれ動転していたので、牢の中で考えていたことを失念してしまった。あれは紛れもなくユウナギだったから。

 そのうえ危地にあえて飛び込むような話を聞かされ、そこから平静に戻るのも無理だった。
 ついでに突然脱がされたのだし。

 でも確かに感じた。説明できない違和感を。

「もしかしたら、あれは1年後の……」

 その時だ。背後でドォンと水しぶきの上がる音が響いた。

「!!!?」

 バッと振り向いたら小さなしぶきがはらはら舞っている。ビリっと身体中を、ユウナギの言葉が駆け巡る。

“助けて” 

“お願い”

“信じてる”

 ナツヒの心は彼女のそれが共鳴するように、その名を夢中で叫び、川へ飛び込んだ。




 彼女の声が聞こえる、それも何度か名を呼ばれた。

 だからすぐに見つけられたのだ。

 水底に落ち行く彼女を全速力で捕まえて、片腕でひたすら水を掻く。
 顔が水の外に出たら、即その頭を自分の肩に乗せた。すると彼女は水を吐き出した。

 無我夢中で岸に乗り上げる。
 そして意識を失ったままの彼女を抱え、言われたとおりに衣類庫へ走るのだった。



 衣類庫に入室後、入口から死角となる奥に彼女を置き、脈が正常か確かめた。

 ひとまず命は取りとめたが、名を幾度呼んでも返事はなく、いつ意識が戻るか分からない。

 このびしょ濡れの衣服を着せ替えないと、体温が下がってしまう。



 ナツヒは息を吞んだ。

 少しのあいだ停止していた。しかし迷っている場合ではない。

 まず棚に積まれている布を何枚も用意し、なぜかやたら着こんでいる彼女を全て脱がしたら、布を当てることで水気を払う。
 そしてもっと大きな布で全身をぐるぐる巻きにして、何とか役目を果たした。

 気付けば自分も裸のままだ。
 急いで衣服を見繕って着、それから寝かせておいた彼女を軽く持ち上げ、腰を落とす。

 そのあと彼女を思い切り抱きしめたのは、その体温を下げないようにと思ってのことだが、実際は自分も寒気を感じそれを必要としていた。

 温もりに安心したのか、そのまま彼も寝入るのだった。



***

 窓から差す朝の光にあてられて、ユウナギは目を覚ました。

 身体の重さをひどく感じながら起き上がると、そこは木の壁の部屋で、道具倉庫だろうか、縄やら棒やらうつわやらが煩雑に置かれている。

「……? ここは?」

 そこにはただ一人、自分しかいない。立ち上がろうとすると、頭がずきずきと痛んだ。

 何が起こって今、自分はここにいるのか。記憶の糸を手繰ると、最後の感覚は痛みだった。

 何の痛みかは分からない。その前はあの、彼女の恐ろしい表情、必死にしがみついていた苦しみ、更には通して感じていた死への恐怖。

「そうだ、私、裏切られて……」

 思い出せば出すほど、絶望の思いで身震いが止まらない。

 確かに自分は川に落ちたのだ。

 しかし今、こうして生きている。

「まさか神のご加護が……? それなら」

 手を合わせ神に謝意を表し、さらに、こう願う。

「ナツヒを必ず無事に、私の元へ……」


 ユウナギはこれからどうするか考えた。
 ナツヒを探しに行くのが最優先である、と分かってはいる。

 ただ、心は違うところへ向かう。

 昨晩、意識が遠のく中で。

 意識が遠のいたからこそ余計はっきりと聴こえたのかもしれない。彼女は、「大嫌い」と言った。

 それは怒りというよりは、物悲しさを思わせる声だった。

 幼い頃自分たちの間で何かあったのだろうか。しかしこちらは彼女のことを本当に知らなかったのだ。

 本音を言えば、彼女に会うのは怖くて、できることなら逃げ出したい。

 こちらも騙され殺されかけた怒りを、どこへ持っていけばいいのか分からない。

 それでももう1度、話がしたい。

 このまま死んだふりをして逃げたら後悔する、気がする。


 ユウナギは、着ている侍女服のゆとりある裾をそこらの小さな鎌で裂き、動きやすいように結び合わせた。

 そして長めの棒を護身用に持ち出し、そこの扉を開けた。



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