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第6章 侵食
第12話~予想外~
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「さぁ、どうする?」
あまりの急な話に、これもお芝居で周りに記者達がいるのかとキョロキョロとあたりを見回す。動揺を隠せない叶子にブランドンは更なる混乱を招く言葉をサラリと言い放った。
「これは、芝居じゃないぞ。マスコミはとっくに撒いたからな」
「ええ? あ、あの」
「さぁ、どうすんだ? ホラ、もう後が無いぞ?」
目鼻立ちのくっきりとした、まるで彫刻のようなブランドンの顔が迫ってくる。ジャックよりも少し背の高い長身の彼に覆いかぶさられると、落ちかけのフレグランスがほんのり鼻孔を刺激した。直後、ジャックの家のリビングで犯してしまった過ちがスッと頭を過り、恥ずかしさでかぁっと頬を染めた。
お金持ちでルックスも最高なんて人は、この世でジャックしかいないのかと思っていたのに、もう一人いた事に今更ながら気がついた。
ジャックとは違って無表情だし、言いたいことは無遠慮に吐き捨てるまるで感情を持たないマシーンの様な人。そんな人が、ふとした時に顔をくしゃくしゃにして子供の様に笑う所を見てしまうと、そのギャップに驚いた胸がトクンッと大きな音を立てる。女性に対して優しい所も実はジャックと共通していて、目に見えて優しいジャックとは違い、ブランドンの優しさはかなりわかり辛い。でも、運良くその優しさに気付くことが出来ると、他の人が優しくするより何十倍も優しくされた気がするのは、いつもは毒舌でニコリともしない彼の特権なのかもしれない。
――魅力的な人
結果、その言葉がピタリと当てはまる。
ジャックに負けず劣らず、大人の色香が漂うブランドンに恋焦がれる女性は後を絶たないだろう。叶子でさえも、もしジャックと言う恋人の存在が無ければブランドンの吐き出す蜘蛛の糸に自ら飛び込み、じわじわと迫り来る糸の主に捕食されるのを待ち侘びる哀れな蝶と化すのかもしれない。
その事を決定付けるかの如く、まるで金縛りにあったかのように顔を背けることも突き飛ばす事も出来ず、ただ目を見開いて口をぎゅっと堅く結んでいた。
(う、動けない……)
遊んでいたブランドンのもう一方の手が、スッと顎を捉えてそのままクッと上を向かされた。その態勢にいよいよ追い詰められた事を感じ、イエスなのかノーなのかの決断を余儀なくされる。だが、答えを出す間もなく否応無しに迫ってくる唇に、叶子の体は完全に凍りつき全く動くことが出来なかった。
伏せられた事で長さが強調された長いまつげ、わずかに感じる体温。そして、ブランドンの吐息が口元に触れたその時、観念したかのようにぎゅっと目を瞑った。
「……ぷっ」
「……っ! ――?」
噴出した様な声が聞こえ、閉じていた瞼を片方づつゆっくりと見開いて行く。目の前に現れたのは、ブランドンが目を伏せながらも笑いを堪えている姿だった。
「な、なっ?」
「ぷっ! はははっ!! も、無理っ……」
終いには、完全に距離を取って身体を折り曲げながら大笑いしている。そんなブランドンを見て、またしても騙されたのだと知った叶子は恥ずかしさと同時に怒りがこみ上げてきた。
「ひ、酷いです! 人の弱みに付け込んで!」
「お、お前な、人を悪徳代官呼ばわりすんなって。ったく、いつの時代の人間だよ、身体と引き換えっ、て……ぷっ!」
「だって、そんな風に勘違いさせる様な言い方をしたのは、そっちじゃないですか!」
人の気も知らないで笑いを必死で堪えているブランドンを見て、顔は一気に紅潮しまた涙腺が緩くなる。悔しくて、恥ずかしくて。でも、絶対泣くもんかと意気込んで、ぎゅっと唇を噛み締めた。
(優しくない! この人全然優しくないっ!!)
その様子に気付いたブランドンはピタリと笑うのを止めると、またいつもの無表情な顔に戻った。
「――お前さ、あのまま俺が止めなかったらどうするつもりだったんだ?」
「わ、わかりません! そんなの!」
正直、あのままブランドンが止めなかったら叶子は抵抗出来ずに、そのまま流されていたのかも知れない。彼を助ける為、と言うより、まるで蛇に睨まれた蛙の如く身体が言う事を利かなくなったとは言え、そんな自分が情けなくて腹立たしかった。
「お前、正真正銘の馬鹿だな」
オブラートに包むことも無くストレートに思った事を言い放つ彼と同じ顔をしたこの男に、今度は頭が沸騰しそうになった。同じ顔をしているのに、なんでこう性格が真逆なんだろうか。
「なっ、またそんな事っ」
「カナコなんて名前もったいない、バカコに改名しろ」
怒りと恥ずかしさで熟したトマトの様に真っ赤になりつつ、何とか言い返そうと頭の中で言葉を必死に探す。
「ま、ジャックがあれだけ心配するのもわかる気がしてきたな。……お前、ほっとけないわ」
ブランドンの口から予想外の言葉が降って来た。無表情な顔を歪ませ、微笑みながら叶子の頭をクシャリと撫でた。普段中々笑わないブランドンの甘い顔を不意に見せられ、全ての感情が一瞬だけリセットされる。
(へぇ、こんな顔もするんだ)
ブランドンの表情につい見とれていると、何故かブランドンも言葉を無くしていた。
「んじゃ、三つ目の欲求を抑えられなくて実力行使に出てしまう前に、俺は退散するとするわ」
「まっ――!?」
「じゃな、ちゃんと腹に布団掛けて寝ろよ」
まるで小さな子供に言うように頭をポンポンと二回叩くと、ブランドンは廊下を歩きだした。
「……。――あ! あ、あ、あの!」
「?」
「――ありがとうございます」
このありがとうの意味は、送ってくれてありがとうと彼を守ってくれてありがとうの意を込めていた。
「……あ、あ。――また、連絡する」
そう言うと、ブランドンはまた暗い廊下を歩き出した。
「……?」
まただ。以前にもありがとうと礼を言うと、ブランドンはハッとした表情になったのを覚えている。
「――ま、いっか」
今日は色んな事があり過ぎて疲れきってしまった。とりあえず、何もかも忘れて今日は寝てしまおう。そう気持ちを切り替えて部屋の中へ入って行った。
「――。……チッ、――参ったな」
廊下を曲がったところで壁にもたれていたブランドンが、ポツリと呟き小さく舌打ちをする。扉が閉まる音が聞こえたのを確認すると壁についていた片足で壁を蹴り、その反動で身体を起こしてその場を後にした。
どれだけ腹が立っても感謝の言葉は忘れずに言わないと、と言う叶子の律儀な性格が仇となり、それが後の自分達に跳ね返ってくることになろうとは、この時の二人は気付くはずも無かった。
あまりの急な話に、これもお芝居で周りに記者達がいるのかとキョロキョロとあたりを見回す。動揺を隠せない叶子にブランドンは更なる混乱を招く言葉をサラリと言い放った。
「これは、芝居じゃないぞ。マスコミはとっくに撒いたからな」
「ええ? あ、あの」
「さぁ、どうすんだ? ホラ、もう後が無いぞ?」
目鼻立ちのくっきりとした、まるで彫刻のようなブランドンの顔が迫ってくる。ジャックよりも少し背の高い長身の彼に覆いかぶさられると、落ちかけのフレグランスがほんのり鼻孔を刺激した。直後、ジャックの家のリビングで犯してしまった過ちがスッと頭を過り、恥ずかしさでかぁっと頬を染めた。
お金持ちでルックスも最高なんて人は、この世でジャックしかいないのかと思っていたのに、もう一人いた事に今更ながら気がついた。
ジャックとは違って無表情だし、言いたいことは無遠慮に吐き捨てるまるで感情を持たないマシーンの様な人。そんな人が、ふとした時に顔をくしゃくしゃにして子供の様に笑う所を見てしまうと、そのギャップに驚いた胸がトクンッと大きな音を立てる。女性に対して優しい所も実はジャックと共通していて、目に見えて優しいジャックとは違い、ブランドンの優しさはかなりわかり辛い。でも、運良くその優しさに気付くことが出来ると、他の人が優しくするより何十倍も優しくされた気がするのは、いつもは毒舌でニコリともしない彼の特権なのかもしれない。
――魅力的な人
結果、その言葉がピタリと当てはまる。
ジャックに負けず劣らず、大人の色香が漂うブランドンに恋焦がれる女性は後を絶たないだろう。叶子でさえも、もしジャックと言う恋人の存在が無ければブランドンの吐き出す蜘蛛の糸に自ら飛び込み、じわじわと迫り来る糸の主に捕食されるのを待ち侘びる哀れな蝶と化すのかもしれない。
その事を決定付けるかの如く、まるで金縛りにあったかのように顔を背けることも突き飛ばす事も出来ず、ただ目を見開いて口をぎゅっと堅く結んでいた。
(う、動けない……)
遊んでいたブランドンのもう一方の手が、スッと顎を捉えてそのままクッと上を向かされた。その態勢にいよいよ追い詰められた事を感じ、イエスなのかノーなのかの決断を余儀なくされる。だが、答えを出す間もなく否応無しに迫ってくる唇に、叶子の体は完全に凍りつき全く動くことが出来なかった。
伏せられた事で長さが強調された長いまつげ、わずかに感じる体温。そして、ブランドンの吐息が口元に触れたその時、観念したかのようにぎゅっと目を瞑った。
「……ぷっ」
「……っ! ――?」
噴出した様な声が聞こえ、閉じていた瞼を片方づつゆっくりと見開いて行く。目の前に現れたのは、ブランドンが目を伏せながらも笑いを堪えている姿だった。
「な、なっ?」
「ぷっ! はははっ!! も、無理っ……」
終いには、完全に距離を取って身体を折り曲げながら大笑いしている。そんなブランドンを見て、またしても騙されたのだと知った叶子は恥ずかしさと同時に怒りがこみ上げてきた。
「ひ、酷いです! 人の弱みに付け込んで!」
「お、お前な、人を悪徳代官呼ばわりすんなって。ったく、いつの時代の人間だよ、身体と引き換えっ、て……ぷっ!」
「だって、そんな風に勘違いさせる様な言い方をしたのは、そっちじゃないですか!」
人の気も知らないで笑いを必死で堪えているブランドンを見て、顔は一気に紅潮しまた涙腺が緩くなる。悔しくて、恥ずかしくて。でも、絶対泣くもんかと意気込んで、ぎゅっと唇を噛み締めた。
(優しくない! この人全然優しくないっ!!)
その様子に気付いたブランドンはピタリと笑うのを止めると、またいつもの無表情な顔に戻った。
「――お前さ、あのまま俺が止めなかったらどうするつもりだったんだ?」
「わ、わかりません! そんなの!」
正直、あのままブランドンが止めなかったら叶子は抵抗出来ずに、そのまま流されていたのかも知れない。彼を助ける為、と言うより、まるで蛇に睨まれた蛙の如く身体が言う事を利かなくなったとは言え、そんな自分が情けなくて腹立たしかった。
「お前、正真正銘の馬鹿だな」
オブラートに包むことも無くストレートに思った事を言い放つ彼と同じ顔をしたこの男に、今度は頭が沸騰しそうになった。同じ顔をしているのに、なんでこう性格が真逆なんだろうか。
「なっ、またそんな事っ」
「カナコなんて名前もったいない、バカコに改名しろ」
怒りと恥ずかしさで熟したトマトの様に真っ赤になりつつ、何とか言い返そうと頭の中で言葉を必死に探す。
「ま、ジャックがあれだけ心配するのもわかる気がしてきたな。……お前、ほっとけないわ」
ブランドンの口から予想外の言葉が降って来た。無表情な顔を歪ませ、微笑みながら叶子の頭をクシャリと撫でた。普段中々笑わないブランドンの甘い顔を不意に見せられ、全ての感情が一瞬だけリセットされる。
(へぇ、こんな顔もするんだ)
ブランドンの表情につい見とれていると、何故かブランドンも言葉を無くしていた。
「んじゃ、三つ目の欲求を抑えられなくて実力行使に出てしまう前に、俺は退散するとするわ」
「まっ――!?」
「じゃな、ちゃんと腹に布団掛けて寝ろよ」
まるで小さな子供に言うように頭をポンポンと二回叩くと、ブランドンは廊下を歩きだした。
「……。――あ! あ、あ、あの!」
「?」
「――ありがとうございます」
このありがとうの意味は、送ってくれてありがとうと彼を守ってくれてありがとうの意を込めていた。
「……あ、あ。――また、連絡する」
そう言うと、ブランドンはまた暗い廊下を歩き出した。
「……?」
まただ。以前にもありがとうと礼を言うと、ブランドンはハッとした表情になったのを覚えている。
「――ま、いっか」
今日は色んな事があり過ぎて疲れきってしまった。とりあえず、何もかも忘れて今日は寝てしまおう。そう気持ちを切り替えて部屋の中へ入って行った。
「――。……チッ、――参ったな」
廊下を曲がったところで壁にもたれていたブランドンが、ポツリと呟き小さく舌打ちをする。扉が閉まる音が聞こえたのを確認すると壁についていた片足で壁を蹴り、その反動で身体を起こしてその場を後にした。
どれだけ腹が立っても感謝の言葉は忘れずに言わないと、と言う叶子の律儀な性格が仇となり、それが後の自分達に跳ね返ってくることになろうとは、この時の二人は気付くはずも無かった。
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