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第4章 甘い時間
第8話~訪れた静寂~
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再び狭い密室に乗り込み、無音の時が流れ行く。いつもの彼であればエレベーターの扉が開きだすと決まって扉に手を掛け、先に彼女を中へと誘導する。だが、社長室を出てからはまるで彼女が隣にいるのを忘れてしまっているかの様に、周りを気にかけることなく黙って先に乗り込んだ。
少し寄った眉間の皺が声を掛けるのはタブーだと感じる。きっと、落ち着いたらいつものジャックに戻るだろうと、彼が話し始めるのを待ち詫びた。
ブランドンが部屋を出てから、ずっとこんな調子だ。一体、何が理由で彼を無言にさせるのか、叶子には到底わかるものでもなかった。
コツコツコツ、と二人の靴音が地下駐車場に響き渡る。こんな音でも先程までの静寂よりかは随分ましだと思えた。ジャックは相変わらず何も話さず、左手をズボンのポケットに突っ込み右手には先程警備員から預かった車のキーを握り締めている。車の中でもこんな調子だったらと思うと、逃げ場がない分今以上落ち着かなくなるのは簡単に予想できた。
しかし、何台かある車の前で歩くスピードを緩め始めると、叶子の心配も他所に突然ジャックが口を開いた。
「あれ? 車が無いな……」
「僕の顔すら知らない警備員に任せたものだから、違う所に停めたのかも」と、さほど焦っている様子でもなく、キョロキョロと辺りを見渡しながら彼が呟いた。
「……」
いつも車を停めていたというNo,7に近づいていくと彼の車が無かった意味を知り、そして彼は再び言葉を失くした。
完全にジャックの足がピタリと止まる。自分の車があるはずのNo.7には大型のバイクが鎮座し、そして、彼の車はその向かい側に停められていた。
「――っ!」
車のキーを握り締めた手が、ぎゅっと硬く握られている。くるりと方向転換し、早足で車に向かうジャックの顔は豹変していた。
さらに深くなった眉間の皺を見て、何か声を掛けた方が良いのかと叶子は戸惑っている。だが、ジャックはそんな隙も与えずさっさと車の中に乗り込むとすぐにエンジンをかけ、今にもおいてかれそうな雰囲気を察した叶子は慌てて乗り込んだ。
車がいつもより荒く発進し、地下でキキキィーっとタイヤの軋む音が響き渡る。彼が何故荒れているのか、No,7に置かれていたバイクが一体何を意味するのか。気になりつつも、叶子は黙ってジャックが話し出すのを待つしかなかった。
片肘をコンソールボックスにつき、ジャックは親指の爪を噛んでいる。もう一方の手でハンドルを持ちながら、ずっと押し黙ったままだった。
時間がないからとはいえ頻繁に車線変更をし、次々と車を追い越して行く様が今の彼の心境を表している。ジャックはただひたすら車を走らせ、これから迫り来るであろう恐怖と戦う事になるのを感じている様だった。
◇◆一年前◆◇
「では、JJエンターテイメントさんとの打ち合わせも、本日で最後となります。本当に有難う御座いました。又、ご縁が御座いましたら… … …」
ボスが完全燃焼したといった表情で締めくくった。健人が手元の資料をまとめながら立ち上がろうとした時、
「林君、少し残ってくれる?」
と、ジャックが健人を呼び止めた。
「(粗相の無い様にね!)」
「(わぁーかってますって!)」
健人に耳打ちしたボスは、そそくさと部屋の外に出た。パタン、と扉が閉ざされ、皆の足音が遠ざかっていくのを確認すると不貞腐れた顔でジャックに向き直った。
「何ですか? 俺、カナちゃんの事だったら諦めませんから」
啖呵を切った健人に対し、ジャックは至って冷静にトントンと手元の資料を整えている。眼鏡を取り、両手を組んで肘をつくと、力強い目で健人を見据えた。
「正直に言うけど。僕は今、君を無性にぶん殴りたいと思ってる」
「っ、……や、やれるもんなら」
彼の鋭い眼力に正直たじろいだが、ここでひるんだら足元をすくわれると思ったのか、咄嗟に出た強がった言葉だった。
たったこれだけのやり取りしかしていないのに、健人の頭の中ではボスがカンカンに怒り狂ってる様が目に浮かび、せっかく掴んだ仕事もパー。下手すりゃ自分はぶち込まれる所まで妄想を膨らませていた。
だが、そんな予想もいい意味で裏切る形となる。
「まっ、あいにく僕は暴力からは何も生まれないって思ってるから、そんな真似は間違ってもしないけど」
組んだ指を解き、深く椅子にもたれかかると眼鏡を胸ポケットにしまい込んだ。
「しかし、少しは骨のある奴だと思っていたのに、君には呆れたよ。力ずくで彼女を自分のものにしようとするなんて。しかも何? 外で? デリカシーの欠片も無いんだな」
両手を広げ、あり得ないと言わんばかりにジャックは鼻で笑った。
「あ、あれはっ! ……悪いと思ってる、本気で」
痛いところを突かれたのか、健人は一気に戦闘意欲を削がれてしまった。
「まぁ、でも今回は君に感謝しないといけないのかもね。あんな事があったお陰で、僕達の絆は一層深まったんだから」
まるで勝者の余裕の様なものを見せ付けられ、健人は自然と握った手に力が入った。
「っ! そんな事を言いたいだけなんだったら、もう十分気が済んだろ!?」
これ以上馬鹿にされるのは耐えられないと、健人が背を向けた。
「待って。……実は、君に折り入って頼みがあるんだ」
「――」
もう一度振り返ると、先程までとは打って変わって、ジャックは何かに怯えている様な目をしていた。
ジャックは認めていないだろうが、健人は一人の女性を取り合う言わば恋敵。そんな相手に頼みがあると言われたことで興味を持った健人は、立ち去ろうとしていた足を止め、もう一度彼の方へと向き直った。
少し寄った眉間の皺が声を掛けるのはタブーだと感じる。きっと、落ち着いたらいつものジャックに戻るだろうと、彼が話し始めるのを待ち詫びた。
ブランドンが部屋を出てから、ずっとこんな調子だ。一体、何が理由で彼を無言にさせるのか、叶子には到底わかるものでもなかった。
コツコツコツ、と二人の靴音が地下駐車場に響き渡る。こんな音でも先程までの静寂よりかは随分ましだと思えた。ジャックは相変わらず何も話さず、左手をズボンのポケットに突っ込み右手には先程警備員から預かった車のキーを握り締めている。車の中でもこんな調子だったらと思うと、逃げ場がない分今以上落ち着かなくなるのは簡単に予想できた。
しかし、何台かある車の前で歩くスピードを緩め始めると、叶子の心配も他所に突然ジャックが口を開いた。
「あれ? 車が無いな……」
「僕の顔すら知らない警備員に任せたものだから、違う所に停めたのかも」と、さほど焦っている様子でもなく、キョロキョロと辺りを見渡しながら彼が呟いた。
「……」
いつも車を停めていたというNo,7に近づいていくと彼の車が無かった意味を知り、そして彼は再び言葉を失くした。
完全にジャックの足がピタリと止まる。自分の車があるはずのNo.7には大型のバイクが鎮座し、そして、彼の車はその向かい側に停められていた。
「――っ!」
車のキーを握り締めた手が、ぎゅっと硬く握られている。くるりと方向転換し、早足で車に向かうジャックの顔は豹変していた。
さらに深くなった眉間の皺を見て、何か声を掛けた方が良いのかと叶子は戸惑っている。だが、ジャックはそんな隙も与えずさっさと車の中に乗り込むとすぐにエンジンをかけ、今にもおいてかれそうな雰囲気を察した叶子は慌てて乗り込んだ。
車がいつもより荒く発進し、地下でキキキィーっとタイヤの軋む音が響き渡る。彼が何故荒れているのか、No,7に置かれていたバイクが一体何を意味するのか。気になりつつも、叶子は黙ってジャックが話し出すのを待つしかなかった。
片肘をコンソールボックスにつき、ジャックは親指の爪を噛んでいる。もう一方の手でハンドルを持ちながら、ずっと押し黙ったままだった。
時間がないからとはいえ頻繁に車線変更をし、次々と車を追い越して行く様が今の彼の心境を表している。ジャックはただひたすら車を走らせ、これから迫り来るであろう恐怖と戦う事になるのを感じている様だった。
◇◆一年前◆◇
「では、JJエンターテイメントさんとの打ち合わせも、本日で最後となります。本当に有難う御座いました。又、ご縁が御座いましたら… … …」
ボスが完全燃焼したといった表情で締めくくった。健人が手元の資料をまとめながら立ち上がろうとした時、
「林君、少し残ってくれる?」
と、ジャックが健人を呼び止めた。
「(粗相の無い様にね!)」
「(わぁーかってますって!)」
健人に耳打ちしたボスは、そそくさと部屋の外に出た。パタン、と扉が閉ざされ、皆の足音が遠ざかっていくのを確認すると不貞腐れた顔でジャックに向き直った。
「何ですか? 俺、カナちゃんの事だったら諦めませんから」
啖呵を切った健人に対し、ジャックは至って冷静にトントンと手元の資料を整えている。眼鏡を取り、両手を組んで肘をつくと、力強い目で健人を見据えた。
「正直に言うけど。僕は今、君を無性にぶん殴りたいと思ってる」
「っ、……や、やれるもんなら」
彼の鋭い眼力に正直たじろいだが、ここでひるんだら足元をすくわれると思ったのか、咄嗟に出た強がった言葉だった。
たったこれだけのやり取りしかしていないのに、健人の頭の中ではボスがカンカンに怒り狂ってる様が目に浮かび、せっかく掴んだ仕事もパー。下手すりゃ自分はぶち込まれる所まで妄想を膨らませていた。
だが、そんな予想もいい意味で裏切る形となる。
「まっ、あいにく僕は暴力からは何も生まれないって思ってるから、そんな真似は間違ってもしないけど」
組んだ指を解き、深く椅子にもたれかかると眼鏡を胸ポケットにしまい込んだ。
「しかし、少しは骨のある奴だと思っていたのに、君には呆れたよ。力ずくで彼女を自分のものにしようとするなんて。しかも何? 外で? デリカシーの欠片も無いんだな」
両手を広げ、あり得ないと言わんばかりにジャックは鼻で笑った。
「あ、あれはっ! ……悪いと思ってる、本気で」
痛いところを突かれたのか、健人は一気に戦闘意欲を削がれてしまった。
「まぁ、でも今回は君に感謝しないといけないのかもね。あんな事があったお陰で、僕達の絆は一層深まったんだから」
まるで勝者の余裕の様なものを見せ付けられ、健人は自然と握った手に力が入った。
「っ! そんな事を言いたいだけなんだったら、もう十分気が済んだろ!?」
これ以上馬鹿にされるのは耐えられないと、健人が背を向けた。
「待って。……実は、君に折り入って頼みがあるんだ」
「――」
もう一度振り返ると、先程までとは打って変わって、ジャックは何かに怯えている様な目をしていた。
ジャックは認めていないだろうが、健人は一人の女性を取り合う言わば恋敵。そんな相手に頼みがあると言われたことで興味を持った健人は、立ち去ろうとしていた足を止め、もう一度彼の方へと向き直った。
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