運命の人

まる。

文字の大きさ
上 下
98 / 163
第4章 甘い時間

第8話~訪れた静寂~

しおりを挟む
 再び狭い密室に乗り込み、無音の時が流れ行く。いつもの彼であればエレベーターの扉が開きだすと決まって扉に手を掛け、先に彼女を中へと誘導する。だが、社長室を出てからはまるで彼女が隣にいるのを忘れてしまっているかの様に、周りを気にかけることなく黙って先に乗り込んだ。
 少し寄った眉間の皺が声を掛けるのはタブーだと感じる。きっと、落ち着いたらいつものジャックに戻るだろうと、彼が話し始めるのを待ち詫びた。
 ブランドンが部屋を出てから、ずっとこんな調子だ。一体、何が理由で彼を無言にさせるのか、叶子には到底わかるものでもなかった。

 コツコツコツ、と二人の靴音が地下駐車場に響き渡る。こんな音でも先程までの静寂よりかは随分ましだと思えた。ジャックは相変わらず何も話さず、左手をズボンのポケットに突っ込み右手には先程警備員から預かった車のキーを握り締めている。車の中でもこんな調子だったらと思うと、逃げ場がない分今以上落ち着かなくなるのは簡単に予想できた。
 しかし、何台かある車の前で歩くスピードを緩め始めると、叶子の心配も他所に突然ジャックが口を開いた。

「あれ? 車が無いな……」

「僕の顔すら知らない警備員に任せたものだから、違う所に停めたのかも」と、さほど焦っている様子でもなく、キョロキョロと辺りを見渡しながら彼が呟いた。
 
「……」

 いつも車を停めていたというNo,7に近づいていくと彼の車が無かった意味を知り、そして彼は再び言葉を失くした。
 完全にジャックの足がピタリと止まる。自分の車があるはずのNo.7には大型のバイクが鎮座し、そして、彼の車はその向かい側に停められていた。

「――っ!」

 車のキーを握り締めた手が、ぎゅっと硬く握られている。くるりと方向転換し、早足で車に向かうジャックの顔は豹変していた。
 さらに深くなった眉間の皺を見て、何か声を掛けた方が良いのかと叶子は戸惑っている。だが、ジャックはそんな隙も与えずさっさと車の中に乗り込むとすぐにエンジンをかけ、今にもおいてかれそうな雰囲気を察した叶子は慌てて乗り込んだ。

 車がいつもより荒く発進し、地下でキキキィーっとタイヤの軋む音が響き渡る。彼が何故荒れているのか、No,7に置かれていたバイクが一体何を意味するのか。気になりつつも、叶子は黙ってジャックが話し出すのを待つしかなかった。


 片肘をコンソールボックスにつき、ジャックは親指の爪を噛んでいる。もう一方の手でハンドルを持ちながら、ずっと押し黙ったままだった。
 時間がないからとはいえ頻繁に車線変更をし、次々と車を追い越して行く様が今の彼の心境を表している。ジャックはただひたすら車を走らせ、これから迫り来るであろう恐怖と戦う事になるのを感じている様だった。



 ◇◆一年前◆◇

「では、JJエンターテイメントさんとの打ち合わせも、本日で最後となります。本当に有難う御座いました。又、ご縁が御座いましたら… … …」

 ボスが完全燃焼したといった表情で締めくくった。健人が手元の資料をまとめながら立ち上がろうとした時、

「林君、少し残ってくれる?」

 と、ジャックが健人を呼び止めた。

「(粗相の無い様にね!)」
「(わぁーかってますって!)」

 健人に耳打ちしたボスは、そそくさと部屋の外に出た。パタン、と扉が閉ざされ、皆の足音が遠ざかっていくのを確認すると不貞腐れた顔でジャックに向き直った。

「何ですか? 俺、カナちゃんの事だったら諦めませんから」

 啖呵を切った健人に対し、ジャックは至って冷静にトントンと手元の資料を整えている。眼鏡を取り、両手を組んで肘をつくと、力強い目で健人を見据えた。

「正直に言うけど。僕は今、君を無性にぶん殴りたいと思ってる」
「っ、……や、やれるもんなら」

 彼の鋭い眼力に正直たじろいだが、ここでひるんだら足元をすくわれると思ったのか、咄嗟に出た強がった言葉だった。
 たったこれだけのやり取りしかしていないのに、健人の頭の中ではボスがカンカンに怒り狂ってる様が目に浮かび、せっかく掴んだ仕事もパー。下手すりゃ自分はぶち込まれる所まで妄想を膨らませていた。
 だが、そんな予想もいい意味で裏切る形となる。

「まっ、あいにく僕は暴力からは何も生まれないって思ってるから、そんな真似は間違ってもしないけど」

 組んだ指を解き、深く椅子にもたれかかると眼鏡を胸ポケットにしまい込んだ。

「しかし、少しは骨のある奴だと思っていたのに、君には呆れたよ。力ずくで彼女を自分のものにしようとするなんて。しかも何? 外で? デリカシーの欠片も無いんだな」

 両手を広げ、あり得ないと言わんばかりにジャックは鼻で笑った。

「あ、あれはっ! ……悪いと思ってる、本気で」

 痛いところを突かれたのか、健人は一気に戦闘意欲を削がれてしまった。

「まぁ、でも今回は君に感謝しないといけないのかもね。あんな事があったお陰で、僕達の絆は一層深まったんだから」

 まるで勝者の余裕の様なものを見せ付けられ、健人は自然と握った手に力が入った。

「っ! そんな事を言いたいだけなんだったら、もう十分気が済んだろ!?」

 これ以上馬鹿にされるのは耐えられないと、健人が背を向けた。

「待って。……実は、君に折り入って頼みがあるんだ」
「――」

 もう一度振り返ると、先程までとは打って変わって、ジャックは何かに怯えている様な目をしていた。

 ジャックは認めていないだろうが、健人は一人の女性を取り合う言わば恋敵。そんな相手に頼みがあると言われたことで興味を持った健人は、立ち去ろうとしていた足を止め、もう一度彼の方へと向き直った。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】十六歳の誕生日、許嫁のハイスペお兄さんを私から解放します。

どん丸
恋愛
菖蒲(あやめ)にはイケメンで優しくて、将来を確約されている年上のかっこいい許嫁がいる。一方菖蒲は特別なことは何もないごく普通の高校生。許嫁に恋をしてしまった菖蒲は、許嫁の為に、十六歳の誕生日に彼を自分から解放することを決める。 婚約破棄ならぬ許嫁解消。 外面爽やか内面激重お兄さんのヤンデレっぷりを知らないヒロインが地雷原の上をタップダンスする話です。 ※成人男性が未成年女性を無理矢理手込めにします。 R18はマーク付きのみ。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する

如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。  八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。  内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。  慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。  そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。  物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。  有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。  二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

起業家幼馴染社長からの監禁溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
起業家幼馴染社長からの監禁溺愛

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...