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第1章 導き
第19話~戸惑い~
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彼女の並べ立てた彼と付き合えない理由。それは到底ジャックの納得のいく内容では無かった。
ジャックの話をする彼女の表情は誰が見ても“恋する女性”の顔になっている。にも関わらず、付き合うことは出来ないのだと想定外の返事を聞かされたジャックは困惑した。
彼の周りをうろつく女性達は皆、彼のルックスやリッチなところを見て言い寄ってくる女性ばかりだと言うのに、彼女はそこが嫌だと言う。
そんな彼女に益々興味が沸く。一度は諦めかけていた恋心だったが、まだ自分にもチャンスがあるはずと感じたジャックは、このまま黙って引き下がる事など出来なかった。
彼女の頬を優しく包み込み、ゆっくりと互いの距離を縮めていく。吐息を感じるほど近づいたその時、その手は頬を滑り彼女の後頭部を包み込むようにして場所を移した。
もう少しで彼女に触れる事が出来る。そう思ったとき、
「――? ……」
掌にかすかな振動が伝わってきたことがわかり、ゆっくりと目を開けた。すると、目の前にいる彼女は目も口も堅く閉じ明らかに強張っているのがわかった。膝の上に置かれた手も変に力が入ってしまっているのかぎゅっと握り締めていて、その姿がまるで何かに耐え忍んでいるかの様にも見える。
震えて怯えきっている彼女の様子を目の当たりにしたジャックは、己の感情だけで強引に奪おうとしているのだと言うことを痛感させられる。仮にも彼女は自分の事を拒んでいたのだ。――まぁ、その理由は到底ジャックが納得できるようなものでは無かったのだが。
(自覚が無いってのは、結構手強いもんだな)
ジャックの目尻が下がり口元が緩んだ。彼女の唇へと向かっていたはずがそこを通り過ぎ、彼女の耳元に近づいた。
「ちゃんとゆっくり考えてって言ったじゃない」
そう耳打ちすると、彼女がパッと目を見開いた。うるさく波打つ心臓の音を落ち着かせるかのように、胸の前で両手を重ねている。
「あ、あの……、時間かけると余計に悪い方向に行っちゃいそうで」
この期に及んでそんなわけのわからない言い訳を重ねる彼女を落ち着かせようと、そのままの姿勢で両腕を彼女の身体に巻きつけ、そっと腕の中に閉じ込めた。
「さっきの返事以上に悪い方向なんてないよ」
叶子の手が二人の間にわずかに隙間を作る。その手に触れるジャックの心臓は、彼女と同じくらいの早さで音を刻んでいた。
「あの、」
「とにかく。……もっとじっくり考えて見て? さっきのは聞かなかった事にするから」
そう言って、頭のてっぺんに軽くキスを落とすと、ジャックはゆっくりと距離を取った。
「おやすみ」
そう言うと、叶子の目をじっと見つめながら名残惜しそうに部屋から出て行った。
◇◆◇
わずかにある意識の中。バタンっとドアが閉まる音と、車のエンジンがかかる音が遠くで聞こえる。
「いってらっしゃいませ」
屋敷の主を見送る声で完全に目が覚め、ベッドサイドに置いた携帯電話を手に取り時間を確かめた。
「七時か……。早いなぁ」
昨晩は結局一睡も出来なかった。眠ってしまうと実は夢だった――、なんて事になりそうに思えたから。
『もっとじっくり考えてみて?』
シーツを頭まですっぽりと被り、彼に与えられた課題を考える。一度は断ったと言うのに、あたかも自分が出した答えは間違っているのだと諭すような彼の台詞。余程の自信家なのか、若しくは本当に自分の気持ちを見透かしたのか、なんて事は今の時点では判断つきそうもなかった。
笑ったり、泣いたり。子供の様な人かと思うと、急にセクシーな男の顔になる。コロコロと表情が変わる彼に、昨夜はドキドキしっぱなしだった。
彼の顔が近づいた時、キスをされると思ってしまった。しかも直前に彼を振っておいて、何故かそれを拒絶出来ない自分が居た。唇を彼が通り過ぎた時、少し拍子抜けしたのも感じていた。
「好き――、なのかなぁ」
叶子は自分の唇を指でなぞりながら、ひとりごちた。
◇◆◇
ゲストハウスを出て門迄歩く。後方から車が近づいて来る気配を感じ、道の端に避けると何故かその車は通り過ぎず、叶子の横でゆっくりと徐行を始めた。
「あら? 何、あなた泊まったの!?」
車の窓が開き、カレンがけげんそうな顔で運転席から覗いている。
「あ、はい」
やれやれと言った表情になりカレンは車を止めた。
「乗って」
運転席から身を乗り出し、助手席のドアを開けた。
「あ、いえ! 大丈夫です」
「どっちにしろあの門をそのまま出る事は出来ないわよ? あのジャックの事だもの、どうせあなたを送るように言付けてあるでしょうし」
門を見ると警備員がこちらをじっと見ているのがわかる。これ以上世話を掛けたくないと思った叶子は、門を潜り抜ける所までカレンの車に乗せてもらう事にした。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
彼女が助手席に乗り込むと車は静かに走り出した。
門をくぐる所で一旦停車し、カレンは警備員に向かって『彼女は自分が送るから』と伝えている。すると、警備員は二つ返事で許可を出した。
「すみません、今日はお仕事じゃないんですか?」
「ええ、今日はもう一人の秘書が出てるわ。私は別の仕事があって、ジャックとの仕事は週に一、二回しかしてないのよ」
「そうなんですか。……あ、もうこの辺で大丈夫です」
門をくぐるところまでと思っていたが、カレンはそんなつもりは毛頭無かったようで一向に車を止める気配が感じられない。どうしようかと困惑していると、他愛の無いやり取りに飽きたのか、カレンは突然核心をつく様な事を言い出した。
「ところで彼と寝たの? 子猫ちゃん」
「っそ、そんなんじゃありませんから!」
「なぁんだ、そうなの?」
フフフッと笑うカレンの横顔がなんだか意味深に感じる。叶子の不安気な表情を見抜いたカレンは、しめたとばかりにニヤリとほくそえんだ。
「ジャックにしてはめずらしいわね」
「え?」
「一晩泊めて何もしないなんて」
「……」
色々な憶測が頭の中を駆け巡る。普段の彼ならば、すぐに女性に手を出す様な軽い男なのだと遠まわしに言いたいのだろうか。それとも自分にそれ程魅力が無いのだと言う事を知らしめたいのだろうか。
いずれにせよカレンが放った一言は、今の叶子を混乱させるのには十分すぎるものであった。
◇◆◇
「本当にここでいいの?」
「はい、どうもありがとうございました」
なんだかんだと車を降り損ね、結局駅まで送ってもらってしまった。深くお辞儀をすると、駅へと向かって歩き始めた。
「ねぇ!」
「?」
振り返るとカレンが手招きをしている。車にもう一度近づき、腰をかがめて中を覗き込んだ。
「傷つきたくなかったら、彼の事は忘れる事ね。貴方なんかがどうこう出来る相手じゃないわ」
「わ、わかってます。――そんなんじゃ、……ないですから」
「そう? ……ならいいけど。じゃあね、バーイ」
彼女の返答を聞いて安心したのかカレンは最後に微笑むと、すぐに車を走らせた。
ジャックの話をする彼女の表情は誰が見ても“恋する女性”の顔になっている。にも関わらず、付き合うことは出来ないのだと想定外の返事を聞かされたジャックは困惑した。
彼の周りをうろつく女性達は皆、彼のルックスやリッチなところを見て言い寄ってくる女性ばかりだと言うのに、彼女はそこが嫌だと言う。
そんな彼女に益々興味が沸く。一度は諦めかけていた恋心だったが、まだ自分にもチャンスがあるはずと感じたジャックは、このまま黙って引き下がる事など出来なかった。
彼女の頬を優しく包み込み、ゆっくりと互いの距離を縮めていく。吐息を感じるほど近づいたその時、その手は頬を滑り彼女の後頭部を包み込むようにして場所を移した。
もう少しで彼女に触れる事が出来る。そう思ったとき、
「――? ……」
掌にかすかな振動が伝わってきたことがわかり、ゆっくりと目を開けた。すると、目の前にいる彼女は目も口も堅く閉じ明らかに強張っているのがわかった。膝の上に置かれた手も変に力が入ってしまっているのかぎゅっと握り締めていて、その姿がまるで何かに耐え忍んでいるかの様にも見える。
震えて怯えきっている彼女の様子を目の当たりにしたジャックは、己の感情だけで強引に奪おうとしているのだと言うことを痛感させられる。仮にも彼女は自分の事を拒んでいたのだ。――まぁ、その理由は到底ジャックが納得できるようなものでは無かったのだが。
(自覚が無いってのは、結構手強いもんだな)
ジャックの目尻が下がり口元が緩んだ。彼女の唇へと向かっていたはずがそこを通り過ぎ、彼女の耳元に近づいた。
「ちゃんとゆっくり考えてって言ったじゃない」
そう耳打ちすると、彼女がパッと目を見開いた。うるさく波打つ心臓の音を落ち着かせるかのように、胸の前で両手を重ねている。
「あ、あの……、時間かけると余計に悪い方向に行っちゃいそうで」
この期に及んでそんなわけのわからない言い訳を重ねる彼女を落ち着かせようと、そのままの姿勢で両腕を彼女の身体に巻きつけ、そっと腕の中に閉じ込めた。
「さっきの返事以上に悪い方向なんてないよ」
叶子の手が二人の間にわずかに隙間を作る。その手に触れるジャックの心臓は、彼女と同じくらいの早さで音を刻んでいた。
「あの、」
「とにかく。……もっとじっくり考えて見て? さっきのは聞かなかった事にするから」
そう言って、頭のてっぺんに軽くキスを落とすと、ジャックはゆっくりと距離を取った。
「おやすみ」
そう言うと、叶子の目をじっと見つめながら名残惜しそうに部屋から出て行った。
◇◆◇
わずかにある意識の中。バタンっとドアが閉まる音と、車のエンジンがかかる音が遠くで聞こえる。
「いってらっしゃいませ」
屋敷の主を見送る声で完全に目が覚め、ベッドサイドに置いた携帯電話を手に取り時間を確かめた。
「七時か……。早いなぁ」
昨晩は結局一睡も出来なかった。眠ってしまうと実は夢だった――、なんて事になりそうに思えたから。
『もっとじっくり考えてみて?』
シーツを頭まですっぽりと被り、彼に与えられた課題を考える。一度は断ったと言うのに、あたかも自分が出した答えは間違っているのだと諭すような彼の台詞。余程の自信家なのか、若しくは本当に自分の気持ちを見透かしたのか、なんて事は今の時点では判断つきそうもなかった。
笑ったり、泣いたり。子供の様な人かと思うと、急にセクシーな男の顔になる。コロコロと表情が変わる彼に、昨夜はドキドキしっぱなしだった。
彼の顔が近づいた時、キスをされると思ってしまった。しかも直前に彼を振っておいて、何故かそれを拒絶出来ない自分が居た。唇を彼が通り過ぎた時、少し拍子抜けしたのも感じていた。
「好き――、なのかなぁ」
叶子は自分の唇を指でなぞりながら、ひとりごちた。
◇◆◇
ゲストハウスを出て門迄歩く。後方から車が近づいて来る気配を感じ、道の端に避けると何故かその車は通り過ぎず、叶子の横でゆっくりと徐行を始めた。
「あら? 何、あなた泊まったの!?」
車の窓が開き、カレンがけげんそうな顔で運転席から覗いている。
「あ、はい」
やれやれと言った表情になりカレンは車を止めた。
「乗って」
運転席から身を乗り出し、助手席のドアを開けた。
「あ、いえ! 大丈夫です」
「どっちにしろあの門をそのまま出る事は出来ないわよ? あのジャックの事だもの、どうせあなたを送るように言付けてあるでしょうし」
門を見ると警備員がこちらをじっと見ているのがわかる。これ以上世話を掛けたくないと思った叶子は、門を潜り抜ける所までカレンの車に乗せてもらう事にした。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
彼女が助手席に乗り込むと車は静かに走り出した。
門をくぐる所で一旦停車し、カレンは警備員に向かって『彼女は自分が送るから』と伝えている。すると、警備員は二つ返事で許可を出した。
「すみません、今日はお仕事じゃないんですか?」
「ええ、今日はもう一人の秘書が出てるわ。私は別の仕事があって、ジャックとの仕事は週に一、二回しかしてないのよ」
「そうなんですか。……あ、もうこの辺で大丈夫です」
門をくぐるところまでと思っていたが、カレンはそんなつもりは毛頭無かったようで一向に車を止める気配が感じられない。どうしようかと困惑していると、他愛の無いやり取りに飽きたのか、カレンは突然核心をつく様な事を言い出した。
「ところで彼と寝たの? 子猫ちゃん」
「っそ、そんなんじゃありませんから!」
「なぁんだ、そうなの?」
フフフッと笑うカレンの横顔がなんだか意味深に感じる。叶子の不安気な表情を見抜いたカレンは、しめたとばかりにニヤリとほくそえんだ。
「ジャックにしてはめずらしいわね」
「え?」
「一晩泊めて何もしないなんて」
「……」
色々な憶測が頭の中を駆け巡る。普段の彼ならば、すぐに女性に手を出す様な軽い男なのだと遠まわしに言いたいのだろうか。それとも自分にそれ程魅力が無いのだと言う事を知らしめたいのだろうか。
いずれにせよカレンが放った一言は、今の叶子を混乱させるのには十分すぎるものであった。
◇◆◇
「本当にここでいいの?」
「はい、どうもありがとうございました」
なんだかんだと車を降り損ね、結局駅まで送ってもらってしまった。深くお辞儀をすると、駅へと向かって歩き始めた。
「ねぇ!」
「?」
振り返るとカレンが手招きをしている。車にもう一度近づき、腰をかがめて中を覗き込んだ。
「傷つきたくなかったら、彼の事は忘れる事ね。貴方なんかがどうこう出来る相手じゃないわ」
「わ、わかってます。――そんなんじゃ、……ないですから」
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