青空の下で君を想う時

まる。

文字の大きさ
上 下
29 / 29

最終話~過去、現在、未来~

しおりを挟む
 ◇◆◇

 ~十年後~

 何処までも果てしなく続く青空を見上げれば、夏の訪れを知らせる大きな雲がゆったりと流れている。僕は相変わらずこの空を眺めながら、スージーの事を考えていた。

 あんな事があってから、もう十年の時が経つ。今や、スージーは当時の僕と同じ、三十五歳になった。
 彼女と出会ってから既に四半世紀が過ぎている。時の流れの速さに気持ちが追いついていかず、思わず苦笑いが出た。

 スージーは歳を重ねるごとに素敵なレディへと成長し、その姿は誰もが目を見張るほどだった。少し妬いたりする事もあったが、美しい彼女を持つと言う事は、男としてまんざらでもない。

 彼女が喜んでいる時は共に笑い、誰にも悟られないようにこっそりとキッチンで泣いている時は、何も言わずただ静かに背中を抱きしめた。

 スージーと過ごした全ての時間が、僕にはとても大切で意味のあるものだと感じていた。

「――、……?」
「リオ? リオ! 何処なの?」

 僕の膝を枕がわりにして頭を置き、ブランコに横になってリオは眠っている。リオを探す声が聞こえて、僕はハッと我に返った。

「リオ……。ほら、お母さんが君を探しているよ」

 リオの肩を何度か叩いてみるが、リオはぐっすりと眠ってしまった様で全く起きる気配がない。
 芝を踏みしめる音が徐々に近づいて来たことで、彼女がすぐ側まで来ていることがわかる。

「こっちだよ」

 そう声を掛けると、目の前に現れた彼女はブランコですっかり眠ってしまっているリオを見つけて安堵の溜め息を吐いた。

「もう、リオったら。こんな所で寝たら風邪引くじゃない」

 眉間にしわを寄せながら、僕達の方へ近づいてきた。

「あ、ごめん。家の中に連れて行くべきだったね。つい、僕が考え事しちゃってて……」

 彼女はリオの足元側に腰を下ろし、リオをすっぽり包み込んでいる僕のシャツに手を這わした。

「また……先生のシャツを――」
「何もかけないよりかはましかなと思って。無意味だったかな?」

 困った様な顔をしてその女性は微笑んだ。
 笑うと目尻に出来る皺で、その人柄が滲み出ている。彼女は小さく溜息を吐くとさっきまで僕が見上げていた空を見上げ、独り言を言うように小さな声で呟いた。

「……先生?」
「ん? 何?」
「実はね……。私、プロポーズされたの」
「――そう……」

 そう言うと、僕達の間で眠るリオに視線を落とし、まだ幼いリオの髪をかき上げている。お目出度い話なのに、何故か彼女は浮かない顔をしていた。

「隣町の人なんだけど、とても私達に良くしてくれる人なの。リオも彼になついているし……」
「うん……」
「時々、この子にも父親が必要なのかな、って思うことがあって。パパの事を何度も聞いてくるしね。先生、貴方はどう思う? 私、やっぱり身勝手な事……言って、るの……かな?」

 伏せた目から涙がポトリと落ち、それによって僕のシャツに染みを作る。
 彼女はずっと女手一つで、自分の事よりも常にリオを優先してきた。そろそろ、彼女自身の幸せを考えてもいいはずだ。
 そう思った僕は、一つの決心をした。

「君が幸せになれるのなら、心から祝福するよ。僕は君の幸せを一番に願っているんだから。……でも、もしその人が君を泣かすような事があれば、すぐに僕を呼ぶんだよ? 僕の名前を呼んでくれたら、すぐに駆けつけるからね」

 悩んでいる彼女を見て僕は手を伸ばし、彼女の頭をポンポンと軽く触れた。

「……――!」

 その時、ぶわっと強い風が彼女の髪を吹き抜け、大きく目を見開いた彼女は俯いていた顔を咄嗟に上げた。

「今のって、……もしかして」

 両手で心臓の辺りをぎゅっと掴む。そっと目を瞑ると、穏やかな笑みを浮かべた。

「ミック……ありがとう」

「ケイト? ケイト、居るかい?」

 表の方で、彼女を呼ぶ優しそうな男性の声が聞こえる。

「ほらっ、彼が来たよ。行っておいで」

 僕がそう促すと指先で涙を拭い、その声のする方へと向かった。家の角から出てきた男性と出くわし、驚いた彼は彼女の両肘を掴んでいる。

「ああ、ケ、ケイト、ここに居たんだね。いや、特に用事があった訳じゃあないんだけど……その、元気かなぁってね」

 取って付けたような理由に、彼女はクスクスと笑いだした。

「今朝、会ったじゃない?」
「ん? ああ、そうだったかな?」

 二人で笑い合い一息つくと、その男性は真剣な表情に変わった。

「あの、本当はね。君に会いたかったんだ。その、よければ返事を貰えないかなって思って」

「私も――。私も貴方に会いたかったの。貴方と結婚したいって伝えたくて」
「ほ、本当に?」

 彼女は黙ってコクリと頷いた。
 思いも寄らぬ良い返事に、その男性はホッと安堵の表情を浮かべると、すぐに彼女をキツク抱きしめながら誓いの言葉を口にした。

「絶対幸せにするからね、約束するよ」

 午後の柔らかな日差しが二人を優しく包み込み、やがて二人の影は重なっていった。

 これで彼女も一人じゃない、やっと、自分の幸せを掴む時が来た。祝福すると言ったものの、本当は寂しい思いで一杯だった。そんな気持ちをぐっと堪え、僕は立ち上がり二人に背を向けると、両手を空に向かってグンと伸ばした。パタンと脱力してそのまま手をポケットに突っ込み、もう一度二人を振り返る。

「君と巡り会えた事を、心から感謝してる。――ありがとう、スージー……幸せになるんだよ」

 そう言い残すと、僕は又背中を向けてゆっくりと歩き出した。

 青々と生い茂った芝に足を踏み入れ、青空を見上げた。目を閉じ、大きく息を吸うと晴れやかな気持ちになる。

 もう、僕の役目は終った。

 彼女はこれから僕の居ない人生を歩んで行く。少し寂しいけれどいつまでも僕を想い続けて彼女が幸せを逃して行くのを、何も出来ずにただ黙って見ているよりかはこの方が幾分いい。

 もう二度と、僕の名前が呼ばれることが無い事を願いつつ、まるで背中に羽が生えてきたかの様に、僕は反射する太陽の光に包まれると徐々にその姿を消して行った。

 ありがとう、スージー。いつまでも愛してるよ……。

 そんな言葉と共に……。







 ~THE END~
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】あなたに恋愛指南します

夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。 お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。 少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり…… 純真女子の片想いストーリー 一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男 ムズキュンです♪

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

黒縁メガネの先生と、下着モデルの女子高生

桐嶋いろは
恋愛
※再編集しました※ 幼い頃に父を亡くした菜奈。母は大手下着会社の社長で、みんなに内緒で顏出しNGの下着モデルをやっている。スタイル抜群の彼女はある日の帰り道、高校生に絡まれ困っていると、黒縁メガネにスーツの黒髪イケメンに助けられる。その人はなんとマンションの隣に住む人で・・・さらに・・・入学する高校の担任の先生だった・・・!? 年上の教師に、どんどん大人にされていく。キスもその先も・・・・ でも、先生と生徒の恋愛は許されない。無理に幼馴染を好きになる。 何度も離れながらも本当に愛しているのは・・・

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...